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逃避行
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少しぬるい風が通り過ぎて、潮の香りが鼻に届く。
12月の沖縄は、冬とは思えないほど暖かった。日差しもあり半袖で十分過ごせる気温だ。離島のヴィラには太陽光が降り注ぎ、抜けるような空の青と白い室内のコントラストは映画のワンシーンのようだった。
「お食事は本館のレストランをご利用いただくか、室内のキッチンでお作りいただくことも可能です。ルームサービスもございます」
「昼をまだ食べていないので、適当に2人分持ってきてもらえますか。内容は何でも大丈夫です」
「かしこまりました。厨房に確認次第、こちらへお持ちいたします。その他何かあればフロントまでご連絡ください。それではごゆっくりお過ごしくださいませ」
案内役のスタッフが頭を下げて部屋を出て行く。一棟丸ごと貸し切っているため、窓が開いていても室内は静寂に包まれていた。非日常感に浸って静かに深呼吸をしたところで、バタバタと駆ける音が近づいてくる。
「ハセさん!風呂めっちゃ広かった!なんか花がいたるところにあって──うわ!海見える!!スゲー!」
振り返るまでもなく初瀬を追い抜いた皆木が、外に見える海に大きい声を出した。
「ハセさん、海!海!」
「ああ、海だな」
広いテラスから海を一望でき、透明度の高い海原は青くきらめいていた。綺麗だが沖縄の海を見るのが初めてではない初瀬は、はしゃぐこともなくラタンの長椅子に腰かけた。
「え、テンション低。海っすよ海!行きましょうよ。早く早く!」
「まず飯食ってからだ。今日一日移動ばっかりでろくなもん食ってねえ」
「ええ~!海より飯なの!?飯はなんでもいいでしょ!」
「カップラーメン続きでもう飽き飽きしてんだよ、俺は」
騒ぐ皆木をいなしてテーブルにあった館内マップを読み、頭に入れる。初瀬が逃走経路を想定しきった頃、スタッフがルームサービスをワゴンで給仕した。昼には遅すぎて夜には早い時間にも関わらずきちんとした料理が何皿も用意され、文句を言っていた皆木もすっかり食べる気満々で椅子に着席している。
スタッフが部屋からいなくなるのを首を伸ばして確認した皆木は、笑顔で水のグラスを掲げた。
「じゃ、逃亡生活に乾杯!」
「そんなことに乾杯するな」
言いながら初瀬は皆木のグラスにグラスを当てた。「うま!」と嬉しそうに肉料理を食べる皆木は、昔と違って肘もつかず膝も立てずナイフとフォークを操っている。
「いや~もう半年経ったなんて信じらんないっすね。オレ、今でも覚えてますよ。大阪の路地で隠れて寝てたらハセさんが現れた時の衝撃!いまだに夢にも見るもん」
「お前、俺見て泣いてたもんな」
「そりゃ泣くでしょ!2週間も放置されて、ハセさん死んだかと思ってたんだから!」
「色々やることあったんだよ。いい加減許せ」
皆木を逃がしたあの日、初瀬が会沢に命を助ける代わりに依頼したのは死体偽造だった。『権力争いの末に初瀬と皆木が共謀して会沢を襲いに来て、会沢が返り討ちにして2人とも殺した』ということにさせたのだ。快諾した会沢は部屋にいた売人2人の顔を薬品で溶かし、皮膚を焼き、身体特徴を偽装した。初瀬と皆木の反逆と死亡を知った兼城組と襲撃者を探す奈古組の動向を追い、そして会沢が裏切らないかという探り合いを続け、初瀬がまともに動けるようになったのは2週間も経ってからだった。その2週間は初瀬も皆木が生きているのか気が気じゃなかったが、そんなことは誰にも言っていない。
とにかく有り金を抱えて皆木を迎えに行ってから半年、2人で転々と居場所を変えながら今日無事沖縄に着いたのだった。
「でもなんでわざわざ沖縄来たの。こっちにツテもないし足見つけるの大変でしたよね?泊まるとこもこんな豪華で平気?金とか」
「お前が前に綺麗な海見てみたいって言ったんだろ。金は別に問題ない。使いどころだしな」
初瀬が肉を切りながら言うと、パンを食べていた皆木は口を半開きにして固まる。
「ええ~……。もういい加減にしてよ、マジで。なんでオレ抱かれてないの?これで」
「お前ホントにそればっかりだな。早く海行きたいならさっさと食え。デザート全部やる」
初瀬がサービスワゴンのデザート皿を持ち上げると、台の上に封筒が置いてあった。皆木に皿を渡したついでに手に取り、そのまま自然な動きで背中に隠す。
(……やっぱり続かねえか、こんな生活)
最近はその日暮らしの毎日にも慣れ、良くも悪くも薄れていた緊張感が指先に戻ってくる。宛名も差出人も書かれていなかったが、初瀬には誰が寄越したのか十分にわかっていた。
忘れることのない、水色の封筒だった。
12月の沖縄は、冬とは思えないほど暖かった。日差しもあり半袖で十分過ごせる気温だ。離島のヴィラには太陽光が降り注ぎ、抜けるような空の青と白い室内のコントラストは映画のワンシーンのようだった。
「お食事は本館のレストランをご利用いただくか、室内のキッチンでお作りいただくことも可能です。ルームサービスもございます」
「昼をまだ食べていないので、適当に2人分持ってきてもらえますか。内容は何でも大丈夫です」
「かしこまりました。厨房に確認次第、こちらへお持ちいたします。その他何かあればフロントまでご連絡ください。それではごゆっくりお過ごしくださいませ」
案内役のスタッフが頭を下げて部屋を出て行く。一棟丸ごと貸し切っているため、窓が開いていても室内は静寂に包まれていた。非日常感に浸って静かに深呼吸をしたところで、バタバタと駆ける音が近づいてくる。
「ハセさん!風呂めっちゃ広かった!なんか花がいたるところにあって──うわ!海見える!!スゲー!」
振り返るまでもなく初瀬を追い抜いた皆木が、外に見える海に大きい声を出した。
「ハセさん、海!海!」
「ああ、海だな」
広いテラスから海を一望でき、透明度の高い海原は青くきらめいていた。綺麗だが沖縄の海を見るのが初めてではない初瀬は、はしゃぐこともなくラタンの長椅子に腰かけた。
「え、テンション低。海っすよ海!行きましょうよ。早く早く!」
「まず飯食ってからだ。今日一日移動ばっかりでろくなもん食ってねえ」
「ええ~!海より飯なの!?飯はなんでもいいでしょ!」
「カップラーメン続きでもう飽き飽きしてんだよ、俺は」
騒ぐ皆木をいなしてテーブルにあった館内マップを読み、頭に入れる。初瀬が逃走経路を想定しきった頃、スタッフがルームサービスをワゴンで給仕した。昼には遅すぎて夜には早い時間にも関わらずきちんとした料理が何皿も用意され、文句を言っていた皆木もすっかり食べる気満々で椅子に着席している。
スタッフが部屋からいなくなるのを首を伸ばして確認した皆木は、笑顔で水のグラスを掲げた。
「じゃ、逃亡生活に乾杯!」
「そんなことに乾杯するな」
言いながら初瀬は皆木のグラスにグラスを当てた。「うま!」と嬉しそうに肉料理を食べる皆木は、昔と違って肘もつかず膝も立てずナイフとフォークを操っている。
「いや~もう半年経ったなんて信じらんないっすね。オレ、今でも覚えてますよ。大阪の路地で隠れて寝てたらハセさんが現れた時の衝撃!いまだに夢にも見るもん」
「お前、俺見て泣いてたもんな」
「そりゃ泣くでしょ!2週間も放置されて、ハセさん死んだかと思ってたんだから!」
「色々やることあったんだよ。いい加減許せ」
皆木を逃がしたあの日、初瀬が会沢に命を助ける代わりに依頼したのは死体偽造だった。『権力争いの末に初瀬と皆木が共謀して会沢を襲いに来て、会沢が返り討ちにして2人とも殺した』ということにさせたのだ。快諾した会沢は部屋にいた売人2人の顔を薬品で溶かし、皮膚を焼き、身体特徴を偽装した。初瀬と皆木の反逆と死亡を知った兼城組と襲撃者を探す奈古組の動向を追い、そして会沢が裏切らないかという探り合いを続け、初瀬がまともに動けるようになったのは2週間も経ってからだった。その2週間は初瀬も皆木が生きているのか気が気じゃなかったが、そんなことは誰にも言っていない。
とにかく有り金を抱えて皆木を迎えに行ってから半年、2人で転々と居場所を変えながら今日無事沖縄に着いたのだった。
「でもなんでわざわざ沖縄来たの。こっちにツテもないし足見つけるの大変でしたよね?泊まるとこもこんな豪華で平気?金とか」
「お前が前に綺麗な海見てみたいって言ったんだろ。金は別に問題ない。使いどころだしな」
初瀬が肉を切りながら言うと、パンを食べていた皆木は口を半開きにして固まる。
「ええ~……。もういい加減にしてよ、マジで。なんでオレ抱かれてないの?これで」
「お前ホントにそればっかりだな。早く海行きたいならさっさと食え。デザート全部やる」
初瀬がサービスワゴンのデザート皿を持ち上げると、台の上に封筒が置いてあった。皆木に皿を渡したついでに手に取り、そのまま自然な動きで背中に隠す。
(……やっぱり続かねえか、こんな生活)
最近はその日暮らしの毎日にも慣れ、良くも悪くも薄れていた緊張感が指先に戻ってくる。宛名も差出人も書かれていなかったが、初瀬には誰が寄越したのか十分にわかっていた。
忘れることのない、水色の封筒だった。
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