33 / 50
第四章 刀工と騎士と身分評議会
騎士団長の来客は
しおりを挟む
ルーキュルクがミシュア達の隊舎たる白蘭館を訪れた、その三日後。
執務室でユニリからの報告に、ミシュアは呆然と呟いた。
「え……ギレイさんが失踪?」
「落ち着いて下さい、団長。正確に言えばリュッセンベルク近郊の森より飛び去った飛竜を目撃した者達が多くいまして……」
「ユニリ……ギレイさん、何で?」
「何でと言われても……おそらくですが、リュッセンベルクへの出禁を命じられたギレイ=アドは、難癖をつけらぬように遠方へ逃れたのでは?」
「待って……待ってよ、ユニリ」
言いながら、ミシュアは思う。
(どうして? わたしに何も言わずに……)
彼の顔が思い浮かぶ。
(直接会うのは難しくても、書簡ぐらいなら。ギレイさんの署名を入れなければ、わたしにどうにか送れるはずなのに……どうして? わたしは苦労して送ったのに……)
思い浮かんだ彼の顔に、初めて、少し怒りのようなものが湧く。
「団長……未確認情報ですが」
「今度は……なに?」
「ギレイ=アドは昔に鍛冶仕事を習った親方の元へ出向いているのではないか、とのことです。しかし……その親方は、今は、農具の鍛冶だけをやっているとのこと」
「その親方が刀工……じゃないの?」
当たり前のように頷いたユニリ……そんなことにさえ、ミシュアは微かな怒りが湧いた。ギレイが何を考えているのか、それが分からない。いや、元々分かりづらいところのある人ではあるかと、ミシュアは思い直す。
乱れていく思考を振り払うように、首を振る。
(もし刀工じゃない……親方の元へ帰った……なら、)
不意に、思ってしまう。
(ギレイさん……もしかして、)
机の傍らに立てかけてある剣を見やる。試作品……一緒に完成させようと彼は言った。言ったのに……本当に、本当に嬉しかったのに。
(刀工を辞めるつもり……じゃないよね?)
思い至ってしまった未来に目が眩むように、ミシュアは目蓋を下ろした。
(嘘……でしょ? わたしと一緒に完成させる――って言ってくれてたのに)
何も考えたくなくなっていく。でも、次から次へと止めどもなく。
(あの武芸大会が……最後? もう、わたしを支えてはくれない? ギレイさんはもう、そのつもりがない…………ううん、まさか……でも……)
信じたくないことを、次々と思ってしまう。だから、もう……何も思えなくなってしまえばいいとさえ、思ってしまう。
そうして、結局、無言のままに、ミシュアは立ち上がった。
「団長?」
心配そうなユニリに、何とか笑顔を見せる。
「すまん……少し、席を外す」
「お気持ちは察しますが……来客が控えて、」
「すぐに戻るさ」
ミシュアは逃げ出すように、でもギレイの剣を腰にして、執務室を後にする。
何か、目的があったわけではない。ただユニリの……彼女は何ら悪くはないのだが……彼女のもたらす情報をこれ以上、聞きたくなくなってしまっていた。
当てもなく館の回廊を歩くと、窓の外、中庭の花壇――今や散っているが――が目に入る。それよりも目に飛び込んでくるのは花壇の傍ら、松葉杖をついたリンファの姿だった。
(そういえば……最近、)
見舞って謝って以来、顔を合わせてなかったことをミシュアは思い出す。一言だけでも労うのが団長の務めだと思い、駆けだした。ギレイのことを思い悩んでしまうことを一時でも止めたいだけだと、半ば、自覚しながら。
回廊を駆け抜け、階段を飛び降りるように過ぎゆき、ミシュアは中庭へとたどり着く。が、当のリンファは魔法傷による後遺症のリハビリに励んでいるだろう、その顔は真剣で少し辛そうで、声をかけづらかった。が、リンファの方が先に気づいたようで、声を上げた。
「団長……?」
「あ、ああ」
「どうされました?」
「……いや、その。すまん。最近、顔を合わせていなかったから……」
大丈夫なのか、と言いかけた口を閉じる。
(そのはずが、ない……だからこうして、リンファは励んでいるのだ)
リンファをそれとなく励ますことを言わねばと思いあぐね、自然と、ミシュアは腰にあった剣に触れる。幾分、気が和らぐ。と、また、リンファの方が先に口を開いてくれた。
「団長、わたしは大丈夫……です。最近、団長はお忙しそうなので……わたしにはお構いなく」
無理矢理の作り笑顔のまま、リンファは続けた。
「あ、でもっ! 気にして頂けるのは嬉しく、」
リンファが言いかけた時だった。
「探しましたよ、団長……来客が来ています」
ユニリに振り返ってから、ミシュアはまた顔だけ振り向かせてリンファに言う。
「すまん、また」
「……いえ」と何か言いたげなリンファは気にはなった……が。
「団長、急ぎませんと。来客を待たせているのです」
ユニリに急かされ、ミシュアは少し早足で、執務室へと向かう。向かう、その過程で。
(何をやってるんだ、わたしは……)
中途半端に仲間へ労ってしまったと後悔。自然と手は、また剣に触れる。
(支えてくれるって、言ってくれたのに……だから騎士団を率いることも出来そうだって思えてたのに――)
またも思い悩みかけ、それを押しとどめる――などと繰り返している内に、執務室へとたどり着いていた――そして。
「やぁやぁ、お久しぶりですな~ミシュア団長閣下」
妙に明るく挨拶をしてくる、ギレイの親友のハサンに執務室で出迎えられた。
色々と思うことはありつつも、ミシュアはそのハサンは楽しげな様子に、いや、ハサンがその手に持つもの――ミシュアがギレイに苦労して送った書簡――に目が釘付けになる。
「あ、あの――それは、」
「申し訳ないが、読まさせて頂きました」
にやにやと、ハサンは告げる。
「商談があります……品物は無論、肉ではないのですがね」
執務室でユニリからの報告に、ミシュアは呆然と呟いた。
「え……ギレイさんが失踪?」
「落ち着いて下さい、団長。正確に言えばリュッセンベルク近郊の森より飛び去った飛竜を目撃した者達が多くいまして……」
「ユニリ……ギレイさん、何で?」
「何でと言われても……おそらくですが、リュッセンベルクへの出禁を命じられたギレイ=アドは、難癖をつけらぬように遠方へ逃れたのでは?」
「待って……待ってよ、ユニリ」
言いながら、ミシュアは思う。
(どうして? わたしに何も言わずに……)
彼の顔が思い浮かぶ。
(直接会うのは難しくても、書簡ぐらいなら。ギレイさんの署名を入れなければ、わたしにどうにか送れるはずなのに……どうして? わたしは苦労して送ったのに……)
思い浮かんだ彼の顔に、初めて、少し怒りのようなものが湧く。
「団長……未確認情報ですが」
「今度は……なに?」
「ギレイ=アドは昔に鍛冶仕事を習った親方の元へ出向いているのではないか、とのことです。しかし……その親方は、今は、農具の鍛冶だけをやっているとのこと」
「その親方が刀工……じゃないの?」
当たり前のように頷いたユニリ……そんなことにさえ、ミシュアは微かな怒りが湧いた。ギレイが何を考えているのか、それが分からない。いや、元々分かりづらいところのある人ではあるかと、ミシュアは思い直す。
乱れていく思考を振り払うように、首を振る。
(もし刀工じゃない……親方の元へ帰った……なら、)
不意に、思ってしまう。
(ギレイさん……もしかして、)
机の傍らに立てかけてある剣を見やる。試作品……一緒に完成させようと彼は言った。言ったのに……本当に、本当に嬉しかったのに。
(刀工を辞めるつもり……じゃないよね?)
思い至ってしまった未来に目が眩むように、ミシュアは目蓋を下ろした。
(嘘……でしょ? わたしと一緒に完成させる――って言ってくれてたのに)
何も考えたくなくなっていく。でも、次から次へと止めどもなく。
(あの武芸大会が……最後? もう、わたしを支えてはくれない? ギレイさんはもう、そのつもりがない…………ううん、まさか……でも……)
信じたくないことを、次々と思ってしまう。だから、もう……何も思えなくなってしまえばいいとさえ、思ってしまう。
そうして、結局、無言のままに、ミシュアは立ち上がった。
「団長?」
心配そうなユニリに、何とか笑顔を見せる。
「すまん……少し、席を外す」
「お気持ちは察しますが……来客が控えて、」
「すぐに戻るさ」
ミシュアは逃げ出すように、でもギレイの剣を腰にして、執務室を後にする。
何か、目的があったわけではない。ただユニリの……彼女は何ら悪くはないのだが……彼女のもたらす情報をこれ以上、聞きたくなくなってしまっていた。
当てもなく館の回廊を歩くと、窓の外、中庭の花壇――今や散っているが――が目に入る。それよりも目に飛び込んでくるのは花壇の傍ら、松葉杖をついたリンファの姿だった。
(そういえば……最近、)
見舞って謝って以来、顔を合わせてなかったことをミシュアは思い出す。一言だけでも労うのが団長の務めだと思い、駆けだした。ギレイのことを思い悩んでしまうことを一時でも止めたいだけだと、半ば、自覚しながら。
回廊を駆け抜け、階段を飛び降りるように過ぎゆき、ミシュアは中庭へとたどり着く。が、当のリンファは魔法傷による後遺症のリハビリに励んでいるだろう、その顔は真剣で少し辛そうで、声をかけづらかった。が、リンファの方が先に気づいたようで、声を上げた。
「団長……?」
「あ、ああ」
「どうされました?」
「……いや、その。すまん。最近、顔を合わせていなかったから……」
大丈夫なのか、と言いかけた口を閉じる。
(そのはずが、ない……だからこうして、リンファは励んでいるのだ)
リンファをそれとなく励ますことを言わねばと思いあぐね、自然と、ミシュアは腰にあった剣に触れる。幾分、気が和らぐ。と、また、リンファの方が先に口を開いてくれた。
「団長、わたしは大丈夫……です。最近、団長はお忙しそうなので……わたしにはお構いなく」
無理矢理の作り笑顔のまま、リンファは続けた。
「あ、でもっ! 気にして頂けるのは嬉しく、」
リンファが言いかけた時だった。
「探しましたよ、団長……来客が来ています」
ユニリに振り返ってから、ミシュアはまた顔だけ振り向かせてリンファに言う。
「すまん、また」
「……いえ」と何か言いたげなリンファは気にはなった……が。
「団長、急ぎませんと。来客を待たせているのです」
ユニリに急かされ、ミシュアは少し早足で、執務室へと向かう。向かう、その過程で。
(何をやってるんだ、わたしは……)
中途半端に仲間へ労ってしまったと後悔。自然と手は、また剣に触れる。
(支えてくれるって、言ってくれたのに……だから騎士団を率いることも出来そうだって思えてたのに――)
またも思い悩みかけ、それを押しとどめる――などと繰り返している内に、執務室へとたどり着いていた――そして。
「やぁやぁ、お久しぶりですな~ミシュア団長閣下」
妙に明るく挨拶をしてくる、ギレイの親友のハサンに執務室で出迎えられた。
色々と思うことはありつつも、ミシュアはそのハサンは楽しげな様子に、いや、ハサンがその手に持つもの――ミシュアがギレイに苦労して送った書簡――に目が釘付けになる。
「あ、あの――それは、」
「申し訳ないが、読まさせて頂きました」
にやにやと、ハサンは告げる。
「商談があります……品物は無論、肉ではないのですがね」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる