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第五章 刀工と騎士の戦争
刀工の親友
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リュッセンベルク商工業区画。ルーキュルク工房内、ギレイ私室前。
ハサン=シューは扉の前で、腕を組んだ。
扉の向こうから響いてくる激しい鎚音に聞き耳を立てながら、黙考した。
(参ったな……入りづらい)
親友たるギレイはおそらく、剣の鍛錬に集中している。こうなったら、ギレイは周囲が全く見えなくなる。声をかけても、肩を叩いてもダメだ。というか、ハサンは耳元で絶叫したり、頭をはたいたり、鼻毛を抜いたりしたコトもあるが、それでも鎚を振るうのだ。
そういうギレイをしかし、ハサンは気に入っている。金貨なんかじゃ手に入らない何かを、ギレイは持っているのだと思っている。
(出直したい……ところだが)
戦争は既に間近に迫っている。先遣隊たるアベル騎士団が壊滅し、当初計画されていたリュッセンベルク城塞都市と魔族領を別つ、雪に閉ざされたゴラン山脈の先にある、デカン平原での決戦。その人族側の目論見は薄れ始めている。
もしかしたら、最悪、城塞都市が主戦場たり得るのだ。
ハサンとしては攻城戦を仕掛けるほど魔族が短慮ではないと考えているのだが、現実では常に、もしもは有り得る。
組んでいた腕をとき、扉を叩こうとし、扉さえ振るわせるような鎚音に阻まれる。
(……どうしたもんか)
再び腕を組んだ時だった。
「あーあ~ん、疲れたぁーよッ! よォッ!」
怒声のような、愚痴のような不思議な声を、ハサンは聞いた。ちょっと驚きつつも、鎚音が響かないことに安心し、扉を叩いた。
「入るぞ、ギレイっ!」
扉を開けると、床に寝っ転がっているギレイを見つける。
「あれ……ハサン? どうしたの?」
野良猫のようなあくびをしているギレイに、ハサンは笑ってしまう。
「今、この都市で……お前だけだぞ、そこまで緊張感のないヤツ」
「ひどいなー僕だって頑張ってるーううん、頑張った直後だから、ダラダラしているんだよーもう少し頑張らなきゃいけないからね~今は頑張らないように頑張ってるんだー」
「……普通に休んでると言ってくれ」
言いながら、この親友らしいとまたも笑い、妙に納得した。
(この図太さか……俺が金貨以上のモンをコイツに感じンのは)
思って、だからこそ、ハサンは言わねばならなかった。
「ギレイ」
「んー?」
「一緒に避難すンぞ」
「えぇ~どうしてさ?」
「どうして? 馬鹿か、分かってンだろ? 戦争に巻き込まれないようにさ。時間切れだ、時間切れ。もう逃げねぇとヤバいンだよ。モノと人は任せろ、どこまでも逃げられるように、取り揃えてある。つーか、もう工房の外に隊列組んで待たしてある、急げ」
「やだよー」
寝っ転がっていたギレイが、ちらりと壁に掛かった折れた剣を見やる。戦友の遺品、ミシュアの持ち込んだモノ、武芸大会で折れた剣、加えて、武芸大会で投げ入れられた剣――ギレイの試作の剣――も増えていた。
ハサンは親友を理解してはいた。
ギレイはミシュアに渡した二振りの剣よりも良い、いや、それらを経たからこその完成した剣を鍛え上げようとしている――だとしても、言わずにはいられなかった。
「……ッざっけンな、死ぬ気か?」
「ん~その気はないよーというか、僕は戦争には巻き込まれないよー」
「……何、言ってんだ、お前?」
ギレイは寝っ転がりながら、というか、ゴロゴロと寝返りを打ちながら、
「だって、ミシュアさんがいるんだ……きっと、この戦争は負けないよ」
予言者のように、確信を持って告げてくる。
「僕が彼女を負けさせない……僕はだから、剣を鍛えてるんだ」
「おまえ……、」
正気かよ、と言いかけ、ハサンはしかし閉じた。ギレイのダラけきった佇まいに……本当に死なないと信じているような親友の所作に、
(コイツ……アホだ)
嘆息しかけ、でも、親友が信じていることを、どうしてか、信じたくなってしまった。
「……ははっ――ははッ!」
無性に楽しくなって、笑ってしまう。親友の盲信をけれど、ただの妄想だと断じられない。ギレイは良い刀工だ……そんな彼が良い騎士に出逢ったのだ。
「わかったよ、というか、参ったぜ……ギレイ」
「ん? どういう?」
「知るか。黙れ」
「……どうしたの? 正気なの?」
「お前が言うなよ」
「……なんか、ごめん」
「や、詫びるなよ……でもな、俺は逃げンぞ」
「うん、ハサンは肉屋だからね」
「おう、お前は刀工だ。なら、剣、完成させろよ」
「うん、もちろんだよ~」
ダラけた返事のギレイに、ハサンは手を挙げて軽く振って踵を返す。そのまま、扉へと歩み去ろうとして、しかし、ふと気がかりがあって聞いてみることにした。
「なぁ、ギレイ」
「ん?」
「ミシュア=ヴァレルノ……さんに、お前の……想うところは言ってンのか?」
ハサン=シューは扉の前で、腕を組んだ。
扉の向こうから響いてくる激しい鎚音に聞き耳を立てながら、黙考した。
(参ったな……入りづらい)
親友たるギレイはおそらく、剣の鍛錬に集中している。こうなったら、ギレイは周囲が全く見えなくなる。声をかけても、肩を叩いてもダメだ。というか、ハサンは耳元で絶叫したり、頭をはたいたり、鼻毛を抜いたりしたコトもあるが、それでも鎚を振るうのだ。
そういうギレイをしかし、ハサンは気に入っている。金貨なんかじゃ手に入らない何かを、ギレイは持っているのだと思っている。
(出直したい……ところだが)
戦争は既に間近に迫っている。先遣隊たるアベル騎士団が壊滅し、当初計画されていたリュッセンベルク城塞都市と魔族領を別つ、雪に閉ざされたゴラン山脈の先にある、デカン平原での決戦。その人族側の目論見は薄れ始めている。
もしかしたら、最悪、城塞都市が主戦場たり得るのだ。
ハサンとしては攻城戦を仕掛けるほど魔族が短慮ではないと考えているのだが、現実では常に、もしもは有り得る。
組んでいた腕をとき、扉を叩こうとし、扉さえ振るわせるような鎚音に阻まれる。
(……どうしたもんか)
再び腕を組んだ時だった。
「あーあ~ん、疲れたぁーよッ! よォッ!」
怒声のような、愚痴のような不思議な声を、ハサンは聞いた。ちょっと驚きつつも、鎚音が響かないことに安心し、扉を叩いた。
「入るぞ、ギレイっ!」
扉を開けると、床に寝っ転がっているギレイを見つける。
「あれ……ハサン? どうしたの?」
野良猫のようなあくびをしているギレイに、ハサンは笑ってしまう。
「今、この都市で……お前だけだぞ、そこまで緊張感のないヤツ」
「ひどいなー僕だって頑張ってるーううん、頑張った直後だから、ダラダラしているんだよーもう少し頑張らなきゃいけないからね~今は頑張らないように頑張ってるんだー」
「……普通に休んでると言ってくれ」
言いながら、この親友らしいとまたも笑い、妙に納得した。
(この図太さか……俺が金貨以上のモンをコイツに感じンのは)
思って、だからこそ、ハサンは言わねばならなかった。
「ギレイ」
「んー?」
「一緒に避難すンぞ」
「えぇ~どうしてさ?」
「どうして? 馬鹿か、分かってンだろ? 戦争に巻き込まれないようにさ。時間切れだ、時間切れ。もう逃げねぇとヤバいンだよ。モノと人は任せろ、どこまでも逃げられるように、取り揃えてある。つーか、もう工房の外に隊列組んで待たしてある、急げ」
「やだよー」
寝っ転がっていたギレイが、ちらりと壁に掛かった折れた剣を見やる。戦友の遺品、ミシュアの持ち込んだモノ、武芸大会で折れた剣、加えて、武芸大会で投げ入れられた剣――ギレイの試作の剣――も増えていた。
ハサンは親友を理解してはいた。
ギレイはミシュアに渡した二振りの剣よりも良い、いや、それらを経たからこその完成した剣を鍛え上げようとしている――だとしても、言わずにはいられなかった。
「……ッざっけンな、死ぬ気か?」
「ん~その気はないよーというか、僕は戦争には巻き込まれないよー」
「……何、言ってんだ、お前?」
ギレイは寝っ転がりながら、というか、ゴロゴロと寝返りを打ちながら、
「だって、ミシュアさんがいるんだ……きっと、この戦争は負けないよ」
予言者のように、確信を持って告げてくる。
「僕が彼女を負けさせない……僕はだから、剣を鍛えてるんだ」
「おまえ……、」
正気かよ、と言いかけ、ハサンはしかし閉じた。ギレイのダラけきった佇まいに……本当に死なないと信じているような親友の所作に、
(コイツ……アホだ)
嘆息しかけ、でも、親友が信じていることを、どうしてか、信じたくなってしまった。
「……ははっ――ははッ!」
無性に楽しくなって、笑ってしまう。親友の盲信をけれど、ただの妄想だと断じられない。ギレイは良い刀工だ……そんな彼が良い騎士に出逢ったのだ。
「わかったよ、というか、参ったぜ……ギレイ」
「ん? どういう?」
「知るか。黙れ」
「……どうしたの? 正気なの?」
「お前が言うなよ」
「……なんか、ごめん」
「や、詫びるなよ……でもな、俺は逃げンぞ」
「うん、ハサンは肉屋だからね」
「おう、お前は刀工だ。なら、剣、完成させろよ」
「うん、もちろんだよ~」
ダラけた返事のギレイに、ハサンは手を挙げて軽く振って踵を返す。そのまま、扉へと歩み去ろうとして、しかし、ふと気がかりがあって聞いてみることにした。
「なぁ、ギレイ」
「ん?」
「ミシュア=ヴァレルノ……さんに、お前の……想うところは言ってンのか?」
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