異世界トラック

二水

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異世界トラック

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 日頃の疲れが祟っていたのだろう。トラックを運転していたら不意に急な眠気に襲われた。気付いたときにはもう手遅れで、ブレーキを踏んだかどうかもあやふやだ。
 ただ何かがぶつかるような衝撃と激しい音で夢現をさまよっていた意識が急に引き戻されたことだけはハッキリと思い出せる。
 状況が理解できないまますぐにトラックを下りて周囲を確認する。
 小さな女の子が泣いており周りには野次馬が集まっているがケガ人らしき人は見当たらない。
「大丈夫かい?」
 念のため泣いている女の子に確認するが、彼女も泣きながら首を縦に振るだけでどうやら轢いてしまったわけではなさそうだ。
 ほどなくして誰かが通報したのだろう、警察がやってきた。
 しかし、その際の実況見分は実に奇妙なものだった。
 目撃者は多数いるのだが、その誰もが被害者のことを話さない。いや、被害者はいるのだろうが「消えてしまった」と。
 横断歩道に飛び出した少女をかばうようにして高校生くらいの男子が後追いで飛び出したらしいのだが、衝突した際に影も形もなく消えてしまったらしい。
 警官がトラックの下なども見てみたものの、巻き込んでしまった様子もないそうだ。
 警官も首を傾げ、自分も記憶がはっきりしないこともあり結局被害者なしのまま調書だけを取られる形で任意同行し、その日は仕事に復帰した。
 帰り際にトラックを調べた際に見覚えのないへこみがあったのが少し気がかりではあったがそういうこともあるのだろうなともやもやした気分のまま一日を終えた。
 その後数日間はこれといって変化はなかったが、次に異変があったのは寒い雨の日だ。
 この日はいやに冷え込みが激しく、手がかじかんでしまってすっかり参っていた。加えてエアコンも不調なようで冷風しか出てこない。
 運転をしながらエアコンのツマミをいじっているときだっただろうか。不意に人影が見えた気がして驚いて急ブレーキを踏んだ。
 耳を裂くような音の後、鈍い音。そして嫌な衝撃。
 つい最近にもあった体験だ。その時の緊張感はいまだに体からは抜けきっていない。
 トラックを下りて確認するが、やはり何もない。
 警官がやっていたようにトラックの下を非常灯で照らしてもみたが、人の体どころか布切れ一枚すら見つからなかった。
 はて、どういうことなのだろうか。
 その時は周囲には誰もおらず、車を確認していたときに犬の散歩をしていた婦人が一人通りがかったくらいだ。
 まったく、わけがわからん。
 再びトラックに乗り込み仕事を再開したが、しばらくしてから大変なことをしでかしたのではないかという焦燥感が襲ってきた。なにせ、万が一本当に撥ねていれば轢き逃げだ。どこかに監視カメラがあるだろうし、散歩中の婦人には顔も見られている。
 しかしそんな焦りとは裏腹に、やはりその後も何も起きることはなかった。休みの日に例の場所を見に行ったりもしたが、静かなもので事故があった痕跡などはやはり見当たらなかった。
 きっと疲れていたか、鳥か何かを見間違えたのかもしれない。
 自分にそう言い聞かせあの感触を思い出さないように努めていくことを決めた。
 しかしどうやら思い込みや疲れているなどというものではなかったようで、その後何度も似たような事象が起きた。あるときは見通しの悪い夜間に。ある時は見通しがいいにも関わらず携帯の着信に気を取られた一瞬の間に。
 自分の不注意を棚に上げるのもなんだが、あまりにも理不尽なタイミングと、いずれの状況でも撥ねてしまったと思われる相手がいなかったり消えてしまっていることにほとほと困り果ててしまった。
 目撃証言も当てにならないし、隠ぺいを疑われ荷台を開けることもあった。
 そんなことが数日から数週間単位で立て続けに起こり、三カ月もしないうちにひどく疲れたような感じがした。
 同僚にも顔色が悪いと指摘はされたがどうすることもできず、有給を取って数日旅行でもしようと思ったものの、乗り物に乗ることすらすでに拒否感を覚えはじめているようでどうも気が進まず結局家でゴロゴロしているだけだった。
 そして休み明けの出勤日。
 上司からは無理をしないように言われたがこれ以上休んで迷惑をかけるわけにもいかず、再びいつものようにハンドルを握ることにした。
 途中で急な配送の依頼が入ったため、それを届けるために少し焦っていた。
 そんなときだ。ああまただ。
 衝撃音。そして一瞬揺れる車体。
 しかしもうそれにもすっかり慣れてしまった。
 急いで荷物を届けなければ。俺はそのままアクセルを踏んで目的地へと急いだ。
 何かを踏んだ気もするがどうせ気のせいだろう。
 バックミラー越しには人だかりができているが知ったことか。

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