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第一章 クラスメイトと後輩
第一話
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人に言えないことは、誰にだってひとつやふたつくらいあるだろう。
人に言えないってことは、それが普通じゃないと自分で分かっているということだ。そしてそれは、百歩譲って気心知れた親友になら話せるかもしれないが、ただの友人や嫌われたくない恋人には、なかなか打ち明けられないものなんだ。
例えば――
実は俺がデブ専で、ふくよかなおっぱいと腹で圧死するのが夢だとか。
赤ちゃんみたいにバブバブしたいとか、まあ、そこらへんだ。
それを打ち明けようものなら、速攻彼女にフラれ、友人に笑われ、名前も知らない人たちに後ろ指をさされるだろう。
だって気持ち悪いって自分でも思うもんな。なんだよ、バブバブしたいって。
残念ながら、俺には気心知れた親友なんてものはいない。それどころか恋人も、ただの友人すらほとんどいない。
だから俺はこの誰も知らない俺だけの秘密を、墓まで持っていくって決めている。
そんな心持ちで、俺は新学期を迎えた。
高校二年生になって早一週間が経った。興味本位で話しかけてきたクラスメイトも、俺の根暗で素っ気ない態度に距離を置き始めた頃合いだ。できたら誰とも話したくないので、どんどん距離を取ってほしい。一人でいる方が落ち着くし、変な気を遣わなくて済む。
その日はいつもより早く教室に着いたので、俺は生徒が登校している姿を、頬杖をついて眺めていた。
どんよりとした曇り空。せっかくの桜も色褪せて見える。そんな中で楽しげに笑う生徒たちは、まるで俺とは別の世界で生きている存在なのではないかと思うほど、違和感があった。
「南君。落書きしていないで、授業に集中しなさい」
「あっ、はい! すみません」
国語の授業中、名前を呼ばれていることに気付かなかった俺は、先生に注意されてしまった。
ドッと教室が湧き、クラスメイトが俺に視線を浴びせる。先生ですら、俺を見てクスクス笑っていた。
居心地が悪い。目立ちたくなかったのに、やってしまった。
真横から強烈な視線を感じる。おそるおそる窺い見ると、隣の席の花崎さんと目が合った。
彼女は目尻を下げてコソッと囁く。
「何書いてたの?」
「えっと、清少納言に鼻毛足してた……」
本当は清少納言の胸を巨乳にしていたんだけど。
花崎さんが「なにそれ」と呆れたように笑うと、彼女の長い黒髪がゆらゆら揺れた。
同じクラス、隣の席の花崎さん。その顔立ちの良さから、入学当初は学年で一番可愛い女子と噂されていたが、他の女子の化粧スキルがどんどんと上がっていき、今では学年で五番か六番くらいにランク付けされていたと思う。
とはいえ、化粧っけがないのに美人な花崎さんに、清楚系が好きな一定数の男子は今でも夢中だ。
彼女が一番から五番にまでランクが下がった理由がもうひとつある。それは、彼女の男子に対する態度だった。
花崎さんは男子と話すことが苦手のようで、男子が話しかけても素っ気ない短い返事がくるだけのことが多いらしい。あまりに会話が続かないので、彼女より外見はいまいちでも、明るくて話が弾む女子の方が、男子の中で人気になった。
そんな花崎さんが唯一自ら話しかける男子というのが俺だった。同じクラスになって一週間が経つが、彼女が俺以外の男子に話しかけているところを見たことがない。
それがなぜかは分からないが、とにかく彼女は、この根暗な俺に今でも話しかけてくる、数少ないクラスメイトの一人だった。
「はい今日も南は花崎さんとイチャついてましたー」
授業終わり、早速男子にイジられた。
俺の素っ気ない返答にもめげずに、しつこく俺を構いに来る奇特なクラスメイト、七岡と木渕。こいつらとは一年のときも同じクラスだった。入学時から俺にくっついて離れないこいつらとまた同じクラスになるとは。
そんな彼らは、不本意ながら、かろうじて友人と呼べる唯一の存在だ。
「イチャついてなんかねえよ。ちょっと話しかけられただけ」
うんざりした口調で応えると、七岡と木渕は般若のような顔で俺を睨みつける。
「はいでました」
「そういうとこ。そういうとこな」
「牟潮高校男子ランク一位の言うことは違いますわ」
牟潮高校男子ランクとは、うちの高校の新聞部が勝手に付けているランキングのことだ。先ほどの女子ランクもそれ。ほとんどが新聞部員の独断と偏見であり、信憑性は全くない。
俺が一位になっている理由は、ただ単純に――
「顔も良ければお金持ち。くっそー、腹立つぜー」
――と、いうことだ。
俺はげんなりしてため息をついた。
顔が良い、金を持っている。だいたい俺に対する評価はそこで決まっている。
確かに俺は顔が良い方だし、金も持っている方だと思う。だがそれは全部、親が俺にくれたものってだけだ。俺自身はただの、喋り下手で平凡な成績の、巨乳とむちむちの腹のことしか考えていない、ただの変態の高校生。人より秀でた才能も、人をあっと驚かせるような趣味も特技もない。
敢えて言うとしたら、今ハマッているソシャゲの間で俺は有名プレイヤーだが、それだって持て余している時間と金で手に入れたステータスってだけ。
つまるところ親がくれたもの以外、俺は何も持っていなかったし、誰も俺にそれ以外を求めていなかった。
「顔が良いってだけで、先生にも甘く見られてるしな」
「花崎さんにも話しかけられるしな」
「いいよなあ、顔が良いってなー」
「はいはい」
これ以上歯向かっても倍返しをされるだけなので、軽くあしらいちらりとクラスメイトに目をやった。
顔は中の下だが、吹奏楽部でバリバリ活躍している七岡。
顔は平凡だが、成績が学年トップでプログラミングまでできる木渕。
二人とも、自分の力で手に入れた特技を持っている。俺はお前たちが羨ましいよ。
こいつらに話しかけられるのはさほど嫌ではない。だが俺はこいつらと話す度、自分のカラッポさが浮き彫りになり、やるせなくなる。
だからやっぱり、一人の方が楽だ。
人に言えないってことは、それが普通じゃないと自分で分かっているということだ。そしてそれは、百歩譲って気心知れた親友になら話せるかもしれないが、ただの友人や嫌われたくない恋人には、なかなか打ち明けられないものなんだ。
例えば――
実は俺がデブ専で、ふくよかなおっぱいと腹で圧死するのが夢だとか。
赤ちゃんみたいにバブバブしたいとか、まあ、そこらへんだ。
それを打ち明けようものなら、速攻彼女にフラれ、友人に笑われ、名前も知らない人たちに後ろ指をさされるだろう。
だって気持ち悪いって自分でも思うもんな。なんだよ、バブバブしたいって。
残念ながら、俺には気心知れた親友なんてものはいない。それどころか恋人も、ただの友人すらほとんどいない。
だから俺はこの誰も知らない俺だけの秘密を、墓まで持っていくって決めている。
そんな心持ちで、俺は新学期を迎えた。
高校二年生になって早一週間が経った。興味本位で話しかけてきたクラスメイトも、俺の根暗で素っ気ない態度に距離を置き始めた頃合いだ。できたら誰とも話したくないので、どんどん距離を取ってほしい。一人でいる方が落ち着くし、変な気を遣わなくて済む。
その日はいつもより早く教室に着いたので、俺は生徒が登校している姿を、頬杖をついて眺めていた。
どんよりとした曇り空。せっかくの桜も色褪せて見える。そんな中で楽しげに笑う生徒たちは、まるで俺とは別の世界で生きている存在なのではないかと思うほど、違和感があった。
「南君。落書きしていないで、授業に集中しなさい」
「あっ、はい! すみません」
国語の授業中、名前を呼ばれていることに気付かなかった俺は、先生に注意されてしまった。
ドッと教室が湧き、クラスメイトが俺に視線を浴びせる。先生ですら、俺を見てクスクス笑っていた。
居心地が悪い。目立ちたくなかったのに、やってしまった。
真横から強烈な視線を感じる。おそるおそる窺い見ると、隣の席の花崎さんと目が合った。
彼女は目尻を下げてコソッと囁く。
「何書いてたの?」
「えっと、清少納言に鼻毛足してた……」
本当は清少納言の胸を巨乳にしていたんだけど。
花崎さんが「なにそれ」と呆れたように笑うと、彼女の長い黒髪がゆらゆら揺れた。
同じクラス、隣の席の花崎さん。その顔立ちの良さから、入学当初は学年で一番可愛い女子と噂されていたが、他の女子の化粧スキルがどんどんと上がっていき、今では学年で五番か六番くらいにランク付けされていたと思う。
とはいえ、化粧っけがないのに美人な花崎さんに、清楚系が好きな一定数の男子は今でも夢中だ。
彼女が一番から五番にまでランクが下がった理由がもうひとつある。それは、彼女の男子に対する態度だった。
花崎さんは男子と話すことが苦手のようで、男子が話しかけても素っ気ない短い返事がくるだけのことが多いらしい。あまりに会話が続かないので、彼女より外見はいまいちでも、明るくて話が弾む女子の方が、男子の中で人気になった。
そんな花崎さんが唯一自ら話しかける男子というのが俺だった。同じクラスになって一週間が経つが、彼女が俺以外の男子に話しかけているところを見たことがない。
それがなぜかは分からないが、とにかく彼女は、この根暗な俺に今でも話しかけてくる、数少ないクラスメイトの一人だった。
「はい今日も南は花崎さんとイチャついてましたー」
授業終わり、早速男子にイジられた。
俺の素っ気ない返答にもめげずに、しつこく俺を構いに来る奇特なクラスメイト、七岡と木渕。こいつらとは一年のときも同じクラスだった。入学時から俺にくっついて離れないこいつらとまた同じクラスになるとは。
そんな彼らは、不本意ながら、かろうじて友人と呼べる唯一の存在だ。
「イチャついてなんかねえよ。ちょっと話しかけられただけ」
うんざりした口調で応えると、七岡と木渕は般若のような顔で俺を睨みつける。
「はいでました」
「そういうとこ。そういうとこな」
「牟潮高校男子ランク一位の言うことは違いますわ」
牟潮高校男子ランクとは、うちの高校の新聞部が勝手に付けているランキングのことだ。先ほどの女子ランクもそれ。ほとんどが新聞部員の独断と偏見であり、信憑性は全くない。
俺が一位になっている理由は、ただ単純に――
「顔も良ければお金持ち。くっそー、腹立つぜー」
――と、いうことだ。
俺はげんなりしてため息をついた。
顔が良い、金を持っている。だいたい俺に対する評価はそこで決まっている。
確かに俺は顔が良い方だし、金も持っている方だと思う。だがそれは全部、親が俺にくれたものってだけだ。俺自身はただの、喋り下手で平凡な成績の、巨乳とむちむちの腹のことしか考えていない、ただの変態の高校生。人より秀でた才能も、人をあっと驚かせるような趣味も特技もない。
敢えて言うとしたら、今ハマッているソシャゲの間で俺は有名プレイヤーだが、それだって持て余している時間と金で手に入れたステータスってだけ。
つまるところ親がくれたもの以外、俺は何も持っていなかったし、誰も俺にそれ以外を求めていなかった。
「顔が良いってだけで、先生にも甘く見られてるしな」
「花崎さんにも話しかけられるしな」
「いいよなあ、顔が良いってなー」
「はいはい」
これ以上歯向かっても倍返しをされるだけなので、軽くあしらいちらりとクラスメイトに目をやった。
顔は中の下だが、吹奏楽部でバリバリ活躍している七岡。
顔は平凡だが、成績が学年トップでプログラミングまでできる木渕。
二人とも、自分の力で手に入れた特技を持っている。俺はお前たちが羨ましいよ。
こいつらに話しかけられるのはさほど嫌ではない。だが俺はこいつらと話す度、自分のカラッポさが浮き彫りになり、やるせなくなる。
だからやっぱり、一人の方が楽だ。
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