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第一章 クラスメイトと後輩
第四話
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あっという間に平日がやってくる。
三十分ほどベッドの上で『クラセル』をプレイしてから、身支度をして家を出た。
四月なのにもう暑い。学校へ行くだけでも、カッターシャツに汗が沁み込んだ。
「おはよ」
花崎さんの席を通り過ぎる時に、誰にも聞こえないほどの小さな声で挨拶すると、彼女は顔を上げて「おはよ」と返した。
彼女の机にはB六サイズのスケジュール帳が広げられていて、それには綺麗な字でところどころに予定が書きこまれていた。シールやスタンプで彩られているスケジュールがなかなかに可愛い。
「予定の確認?」
俺の下手な話題にも、花崎さんはにこやかに答えてくれる。
「うん。今週ちょっと忙しくて。習い事とか、歯医者とか」
「歯医者かー。最近行ってないな。俺、歯医者苦手なんだよね」
「私も苦手。音が怖くて」
分かる、と頷いたあと、俺はもうひとつの事について尋ねる。
「習い事は何やってるの?」
「……笑わない?」
「笑わない」
花崎さんはモジモジしたあと、小さな声で答える。
「ダンス」
「ダンス? すごい」
「全然。まだ始めたてで下手なの」
「それでもすごいよ」
そう言うと、彼女はぽぽぽと頬を赤らめた。そしてボソッと呟く。
「バカにされなくて良かった」
何と返せば良いのか分からず、俺は聞こえないふりをした。
どうしてダンスを習っていることをバカにされると思っているのか、さっぱり分からない。ダンスかっこいいじゃん。
俺も花崎さんも会話が苦手なので、妙な沈黙が流れる瞬間があったり、ごまかすようにぎこちなく笑ったりすることも多かったが、彼女と話すのはそれなりに楽しい。
それはきっと、花崎さんが俺の顔をジロジロ見たり、金の話をしたりしないからだと思う。
しばらくすると、牽制するように七岡と木渕がやって来た。こいつらが来ると、花崎さんは俺との会話を止めて、もう見尽くしたであろうスケジュール帳に目を戻す。
花崎さんと何を話していたんだ、何親し気に微笑み合っているんだと小声で攻め立てられているうちにチャイムが鳴り、朝から疲れた俺は深いため息をついた。
ぼけっと口を半開きにして椅子に座っているだけの毎日を五回繰り返すと、いつの間にか土曜日になっていた。
来てほしくなかった。この日だけは永遠に。
「きゃー! 本物だー!」
「かっこいいーーーー!!」
「はじめましてぇっ! よろしくお願いしますぅっ!」
「お兄ちゃんがお世話になってます~!」
「はあ、はじめまして」
鼓膜が破れそうなほど大きな声で、しかもやたらと甲高い声で喋る、色とりどりの女子四人が俺に群がっている。すでに帰りたくてしょうがない。
今日は棚本の妹と、その愉快な仲間たち三人、プラス七岡、木渕、棚本と遊ぶ日だ。
駅で合流した女子たちを見て、俺は思わずクソまずい料理を食べた時のような顔をした。
一方、七岡と木渕は、口をあんぐり開けながらも頬を赤らめている。
赤髪の棚本妹を筆頭に、金髪ロング、ピンク髪のツインテール女子までいる。唯一まともそうな茶髪の韓流女子もいたが、全員化粧バッシバシで、スカートは尻が見えそうなほど短い。怖いです。
あと全員マッチ棒かってくらい足が細い。飯ちゃんと食ってんのか?
しかし、そんな挑戦的な髪型や服装が似合ってしまうほど、彼女たちは可愛く、自信に溢れていた。
目の前にいる女子たちは、ブリーチをかけまくりだろうに髪はツヤツヤサラサラで、二次元かと思うくらい顔が完璧に仕上がっている。さらに、これでもかというほど見せつけている手足は長く、それらにはうぶ毛一本すら生えていなように見えた。
女子たちが俺を囲み、口々に何かを喋っている。何かを尋ねられているような気もするが、心と脳みそをシャットダウンしている俺には、彼女たちが発している言葉を理解することができなかった。
俺は現実逃避をするために、とりあえず女子たちの胸に視線を落とす。
胸が大きい子は胸元がパックリ開いた服で谷間をアピールしていて、胸が小さい子はふんわりした服を着て、可愛らしさや清楚さを表現していた。
たぶん俺がデブ専じゃなかったら、こんなに可愛くてスタイルが良い子たち四人に囲まれている今の状況は、ズボンにテントが張るほどドキドキしただろう。
だが残念ながら現実は、やたらと細い手足に違和感を覚えながら、キャーキャー騒いでいる自己主張の激しい彼女たちに、ただただ辟易していた。
「とりあえず、どうする? 飯でも食う?」
仕切り役の棚本が、腕時計をチラ見して声をかけると、女子たちは「賛成~!」と言って、決めポーズをして四人で自撮りを一枚撮った。
今すぐにでも踵を返したい気持ちを抑えるために、俺は頭の中で「『劇場版ネオン』数量限定配布特典、描きおろし漫画〇巻」という魔法の言葉を三回唱えた。よし、俺はまだいける。
棚本が選んだ店は、値段が高めに設定されたちょっと良いファミレスだった。内装もおしゃれだし、ソファの座り心地がいい。メニューも普通のファミレスより凝っていてうまそうだ。
俺は当然の如く、両隣を女子に占拠されている。店に入る前に女子たちがじゃんけんで盛り上がっているなとは思っていたが、それは俺の隣に座る子を決めていたのか。
「結也先輩っ。どれ頼みますぅ~?」
右側に座っている茶髪の女子が、話しかけながらすり寄ってきた。名前は確か……葵ちゃん。
唯一まともな色である彼女の茶色い髪は、胸下まで伸び、ウェーブで大きくくびれさせている。韓国アイドルのような髪型だ。
異様にでかい目で上目遣いをされた俺は、今からこの子に捕食されてしまうのではないかと身構えてしまう。
「えーっと、じゃあ、パスタにしようかな」
何とか声を絞り出す。どのパスタにしますかと聞かれたのでミートパスタと答えると、葵ちゃんはパッと顔を輝かせる。
「あ! ほんとですかぁ? 私、ミートパスタとたらこクリームパスタで迷ってたんです~。良かったら半分こしませんか?」
キャピ、という効果音が聞こえてきそうなほど、キメ顔が決まっている。
なんてこった。初対面の男女がパスタの半分こ? とんでもねえ。何てこと言いやがる。
しかし小心者の俺に断れるはずもなく、「い、いいよ」と返事をしてしまう。
葵ちゃんは嬉しそうに笑い、高速でスマホをいじり始めた。画面を盗み見ると、SNSに何かを投稿しようとしている。
《やったー☆ 憧れの先輩とパスタの半分こできちゃう~!》
良かったね、と心の中でイイネを押して、俺はあくびを噛み締めた。
三十分ほどベッドの上で『クラセル』をプレイしてから、身支度をして家を出た。
四月なのにもう暑い。学校へ行くだけでも、カッターシャツに汗が沁み込んだ。
「おはよ」
花崎さんの席を通り過ぎる時に、誰にも聞こえないほどの小さな声で挨拶すると、彼女は顔を上げて「おはよ」と返した。
彼女の机にはB六サイズのスケジュール帳が広げられていて、それには綺麗な字でところどころに予定が書きこまれていた。シールやスタンプで彩られているスケジュールがなかなかに可愛い。
「予定の確認?」
俺の下手な話題にも、花崎さんはにこやかに答えてくれる。
「うん。今週ちょっと忙しくて。習い事とか、歯医者とか」
「歯医者かー。最近行ってないな。俺、歯医者苦手なんだよね」
「私も苦手。音が怖くて」
分かる、と頷いたあと、俺はもうひとつの事について尋ねる。
「習い事は何やってるの?」
「……笑わない?」
「笑わない」
花崎さんはモジモジしたあと、小さな声で答える。
「ダンス」
「ダンス? すごい」
「全然。まだ始めたてで下手なの」
「それでもすごいよ」
そう言うと、彼女はぽぽぽと頬を赤らめた。そしてボソッと呟く。
「バカにされなくて良かった」
何と返せば良いのか分からず、俺は聞こえないふりをした。
どうしてダンスを習っていることをバカにされると思っているのか、さっぱり分からない。ダンスかっこいいじゃん。
俺も花崎さんも会話が苦手なので、妙な沈黙が流れる瞬間があったり、ごまかすようにぎこちなく笑ったりすることも多かったが、彼女と話すのはそれなりに楽しい。
それはきっと、花崎さんが俺の顔をジロジロ見たり、金の話をしたりしないからだと思う。
しばらくすると、牽制するように七岡と木渕がやって来た。こいつらが来ると、花崎さんは俺との会話を止めて、もう見尽くしたであろうスケジュール帳に目を戻す。
花崎さんと何を話していたんだ、何親し気に微笑み合っているんだと小声で攻め立てられているうちにチャイムが鳴り、朝から疲れた俺は深いため息をついた。
ぼけっと口を半開きにして椅子に座っているだけの毎日を五回繰り返すと、いつの間にか土曜日になっていた。
来てほしくなかった。この日だけは永遠に。
「きゃー! 本物だー!」
「かっこいいーーーー!!」
「はじめましてぇっ! よろしくお願いしますぅっ!」
「お兄ちゃんがお世話になってます~!」
「はあ、はじめまして」
鼓膜が破れそうなほど大きな声で、しかもやたらと甲高い声で喋る、色とりどりの女子四人が俺に群がっている。すでに帰りたくてしょうがない。
今日は棚本の妹と、その愉快な仲間たち三人、プラス七岡、木渕、棚本と遊ぶ日だ。
駅で合流した女子たちを見て、俺は思わずクソまずい料理を食べた時のような顔をした。
一方、七岡と木渕は、口をあんぐり開けながらも頬を赤らめている。
赤髪の棚本妹を筆頭に、金髪ロング、ピンク髪のツインテール女子までいる。唯一まともそうな茶髪の韓流女子もいたが、全員化粧バッシバシで、スカートは尻が見えそうなほど短い。怖いです。
あと全員マッチ棒かってくらい足が細い。飯ちゃんと食ってんのか?
しかし、そんな挑戦的な髪型や服装が似合ってしまうほど、彼女たちは可愛く、自信に溢れていた。
目の前にいる女子たちは、ブリーチをかけまくりだろうに髪はツヤツヤサラサラで、二次元かと思うくらい顔が完璧に仕上がっている。さらに、これでもかというほど見せつけている手足は長く、それらにはうぶ毛一本すら生えていなように見えた。
女子たちが俺を囲み、口々に何かを喋っている。何かを尋ねられているような気もするが、心と脳みそをシャットダウンしている俺には、彼女たちが発している言葉を理解することができなかった。
俺は現実逃避をするために、とりあえず女子たちの胸に視線を落とす。
胸が大きい子は胸元がパックリ開いた服で谷間をアピールしていて、胸が小さい子はふんわりした服を着て、可愛らしさや清楚さを表現していた。
たぶん俺がデブ専じゃなかったら、こんなに可愛くてスタイルが良い子たち四人に囲まれている今の状況は、ズボンにテントが張るほどドキドキしただろう。
だが残念ながら現実は、やたらと細い手足に違和感を覚えながら、キャーキャー騒いでいる自己主張の激しい彼女たちに、ただただ辟易していた。
「とりあえず、どうする? 飯でも食う?」
仕切り役の棚本が、腕時計をチラ見して声をかけると、女子たちは「賛成~!」と言って、決めポーズをして四人で自撮りを一枚撮った。
今すぐにでも踵を返したい気持ちを抑えるために、俺は頭の中で「『劇場版ネオン』数量限定配布特典、描きおろし漫画〇巻」という魔法の言葉を三回唱えた。よし、俺はまだいける。
棚本が選んだ店は、値段が高めに設定されたちょっと良いファミレスだった。内装もおしゃれだし、ソファの座り心地がいい。メニューも普通のファミレスより凝っていてうまそうだ。
俺は当然の如く、両隣を女子に占拠されている。店に入る前に女子たちがじゃんけんで盛り上がっているなとは思っていたが、それは俺の隣に座る子を決めていたのか。
「結也先輩っ。どれ頼みますぅ~?」
右側に座っている茶髪の女子が、話しかけながらすり寄ってきた。名前は確か……葵ちゃん。
唯一まともな色である彼女の茶色い髪は、胸下まで伸び、ウェーブで大きくくびれさせている。韓国アイドルのような髪型だ。
異様にでかい目で上目遣いをされた俺は、今からこの子に捕食されてしまうのではないかと身構えてしまう。
「えーっと、じゃあ、パスタにしようかな」
何とか声を絞り出す。どのパスタにしますかと聞かれたのでミートパスタと答えると、葵ちゃんはパッと顔を輝かせる。
「あ! ほんとですかぁ? 私、ミートパスタとたらこクリームパスタで迷ってたんです~。良かったら半分こしませんか?」
キャピ、という効果音が聞こえてきそうなほど、キメ顔が決まっている。
なんてこった。初対面の男女がパスタの半分こ? とんでもねえ。何てこと言いやがる。
しかし小心者の俺に断れるはずもなく、「い、いいよ」と返事をしてしまう。
葵ちゃんは嬉しそうに笑い、高速でスマホをいじり始めた。画面を盗み見ると、SNSに何かを投稿しようとしている。
《やったー☆ 憧れの先輩とパスタの半分こできちゃう~!》
良かったね、と心の中でイイネを押して、俺はあくびを噛み締めた。
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