上 下
9 / 45
第二章 友人と恋人

第八話

しおりを挟む
 だが、やる気があっても解けないものは解けない。
 ものの五分で根を上げた俺に、木渕と花崎さんが分かりやすく教えてくれた。
 またすぐに分からない設問にぶち当たったが、二人は七岡に捕まっていた。
 チラチラと彼らの様子を窺う俺に気付き、酒井さんと中迫さんが丁寧に解説してくれる。

「うわー。分かりやすい。ありがとう」
「っ! う、ううん!」
「私たちで良かったら、いつでも聞いてね!」

 お礼を言っただけで顔を赤らめる彼女たち。化粧をしておらず、不自然に細い眉が最近眉を整えることを覚えたのだろうと分かる。クラスではほとんど目立たないその二人は、イケイケグループとオタクグループのちょうど境目に位置しているのだろう。
 俺と七岡、木渕も、男子グループの中でちょうど彼女たちと同じ立ち位置だと思う。
 だからだろうか。彼女たちと過ごす時間が、それなりに気楽で悪くなかった。

 あっという間に時間は過ぎ、気付けば夜になっていた。
 教科書やノート、消しゴムのカスが散らばるテーブルの上で、花崎さんのスマホが鳴る。

「あっ、やば! もうこんな時間!?」

 花崎さんはそう漏らして、席を外して電話に出た。すぐに戻って来た彼女は、そろそろ帰らないといけないと申し訳なさそうに言った。
 女子もいるので、今日はここまでにすることにした。

 約束通り、ファミレス代は俺の奢りだ。財布を握っている女子を、木渕と七岡が「気にすんなー」と店から追い出している。
 さっさと支払いを済ませて合流すると、女子三人に深々と頭を下げられた。食事を奢って申し訳なさそうな顔をされたのは初めてだ。

「今日はありがとうね、南君」

 駅までの道すがら、隣で歩いていた花崎さんがボソッと言った。

「楽しかった。翔子も実理も、楽しかったって」

 中迫翔子さん、酒井実理さん、花崎巴さん。今日俺は、三人ものフルネームを覚えた。

「それはよかった。俺の方こそ、勉強教えてくれてありがとう。みんな俺たちに勉強教えっぱなしで、自分の勉強できなかったんじゃない?」
「ううん。人に教えるのって復習にもなるから。私たちにとっての勉強でもあるの」
「そっか。ありがとう」
「良かったらまた誘ってね」
「俺たちこの一週間、あのファミレスで勉強してるからさ。暇な時は顔出して」

 また集まってもいいと思える程度には、このメンバーで勉強会をするのは悪くなかった。

 うん、と頷く花崎さん。端正な顔立ちに、耳当たりの良い声色。頭も良いし、性格も穏やか。
 確かに木渕が惚れるのも分かる、とぼんやり思った。

 その夜、木渕から『勉強会』というグループチャットの招待が来た。メンバーはもちろん、今日の六人。
 クラスメイトのグループチャットに参加するのは初めてだ。俺は深呼吸をして、参加ボタンを押す。他のメンバーはもう全員参加していたので、俺は「よろしくおねがいします」のスタンプを送信して、しばらく彼らのやり取りを眺めていた。


「おーい! 南ー」

 中間考査三日前の金曜日。廊下から俺を呼ぶ声が聞こえた。棚本だ。

「ちょっと、こっち来い!」
「なんだ、またお前か!」

 何度呼んでも俺が動こうとしないので、棚本が教室に入ってきた。俺の目の前に立ったこいつは、両手を合わせて頭を下げる。

「頼む!」
「断る!」

 こいつが来た時点でお察しだ。

「またあのメンバーで遊びたいって、俺の妹が~」
「いやです」
「テーマパークに行こうぜ南~!」
「絶対いやです」

 誰が前回の地獄を味わった後に、同じメンツでテーマパークに行きたいなんて思うんだ。

「何言ってんだよ南! 行けよ!」
「はぁ!?」

 七岡が大声で叫び、木渕もそれに乗っかる。

「そうだぞ! 可愛い女子たちとテーマパークだぞ! 行くに決まってんだろ!?」
「お前らメンタル強すぎじゃない!?」

 まさか七岡と木渕が行きたがるなんて思っていなかった。俺だったら、お前らと同じ扱いをされたら二度と同じメンバーで遊びたくないと思うのに。
 鼻の穴を膨らませて説得しようとしているこいつらに、俺は理解が追いつかなかった。

「なんで!? お前らだって嫌だっただろ? あんな空気のように扱われて」
「良いんだよ! あんな可愛い子たちとテーマパークだぞ!? 俺たちの存在なんて、空気でも壁でも何でもいいわそんなもん!」

 何がお前たちをここまで突き動かしているんだ。

「あわよくばジェットコースターとかでしがみつかれたりするかもしれねえだろうが!」
「おっぱいが腕に当たるかもしれないだろうが!!」

 なるほど、おっぱいか。なるほど。

「お前たちが行きたいことは分かったが、俺は断固拒否だ」
「なんでだよ!!」
「南~頼むよ~。妹に功名を~」

 嫌がる俺に縋り付く男三人。気持ち悪い光景をちらちらと見ているクラスメイト。笑っているのは花崎さんと酒井さん、中迫さんくらいだ。
 俺は花崎さんたちに口パクで助けを求めたが、小声で「がんばれー」と返されただけだった。

「やっぱり手ごわいな~……。だがな、南。もう俺は、お前の攻略法を知っている!」

 情けない声を出していた棚本が打って変わり、不敵な笑みを浮かべてスマホを見せつけた。

「……なぁ!?」
「『劇場版ネオン』をテーマに作られたアトラクションが、今! 期間限定で遊べるぞ! しかもカップルでこのアトラクションに乗った人にだけ、限定グッズ配布中!」
「棚本貴様ぁぁぁっ!!」

 まるで親の仇を目にした時のような叫び声をあげる俺。勝ちを確信して悪い顔になる七岡と木渕。これからどういう展開になるの、と興味津々で見物している花崎さんたち。

 七岡と木渕が耳元で囁く。

「いいのか、南? 限定グッズ欲しくないのかあ?」
「ぐぅぅ……」
「カップル限定でもらえるグッズ、欲しいよなあ?」
「あぁぁ……」

 俺はまた負けてしまうのか。こいつらの戦略と、己の欲に。

「……行きます」
「「「よっしゃーーーーー!!」」」

 こうして俺は、またあの地獄を味わうことになる。地獄へ落ちるのは来週の土曜日。こんな気持ちで中間考査を受けることになるなんて。
 成績が悪かったらお前のせいだからな、棚本。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愛する人への手紙

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

習作~はじめての投稿~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ライバルはわんこ

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

異世界でアイドル始めちゃいました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...