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第二章 友人と恋人

第十八話

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 ◇◇◇

《話は変わるんですが、ユウさんって、『ネオン』お好きなんですか?》
「えっ」

 シアンさんと『クラセル』攻略についてDMでやりとりをしていると、唐突にそんなメッセージが来た。シアンさん、『ネオン』知っているのか!?

《昨日、SNSで『ネオン』のセリフっぽいこと呟いていたので、そうなのかなあって》

 確かに昨日、『ネオン』のセリフを文字った文章を、SNSに書き込んだ。だが俺が引用したセリフは、『ネオン』好きじゃないと気付かない程度のマイナーなものだ。それだけで分かるなんて、もしかしてシアンさんも『ネオン』ファンなのでは。

 興奮しすぎて震える指で返信する。

《よく分かりましたね。もしかしてシアンさんも、『ネオン』好きだったりしますか?》
《わー! やっぱり! あのセリフがすっと出てくるってことは、相当好きなのかなーって思って! はい! 私も大好きなんですー。といっても、にわかですが!》
「まじかよおい!!」

 嬉しくて思わず声が出た。仰向けになって寝転んでいたが、うつ伏せに態勢を変えて、俺は両手でスマホを持つ。

《まじですか! すごく嬉しいです。俺、周りに『ネオン』好きがいなくて。テンション上がります》
《私もなんですよー。友だちに『ネオン』好きがいなくて。『劇場版ネオン』も、一人で観に行ったくらい笑》

 一人で『劇場版ネオン』に行っただあ!? この人ホンモノの『ネオン』ファンじゃねえか! どこがにわかだよ! なんだこの人最高か!?

 やりとりを続けて分かったことは、シアンさんは、アニメ版と、劇場版、さらには漫画版の全てを履修済みだった。しかも一番好きなものが、俺と同じアニメ版だった。

《劇場版、SNSで評価を見てると、みんなすごく良かったって書いてますよね。私も好きなんですが、なんというか……綺麗にまとまりすぎていて、『ネオン』っぽくない感じがしちゃって》

 分かる。

《劇場版は、観て良かったって気持ちと、観なきゃよかった気持ちが半々なんですよね。でも、こんなこと思ってるの、私くらいかも……》

 めちゃくちゃ分かる。イイネ一万回押したい。
 そうなんだよ。劇場版は確かにクオリティが高かった。映像作品としても最高傑作だろう。

 だが、ひねくれた『ネオン』ファンの俺としてはちょっと違った。
 アニメ版のような、最後まで救われない、後味の悪さが好きだったのに、劇場版は登場人物のほとんどが、救われたりハッピーエンドを迎えたりしていた。
 俺はそれが引っかかっていた。そしてシアンさんも、同じ気持ちなんだ。

《分かります。俺も劇場版のことすごく好きなんですが、アニメ版の方がしっくり来るというか》
《そうなんですよ! うわー、嬉しい。同じ気持ちの『ネオン』ファンと、こうして語り合えるなんて! なんか、またアニメを観返したくなってきたなー!》
《俺もです! 早速明日から観返してみようかな》
《お! じゃあ一緒に観ませんか? と言っても、同時に再生ボタンを押して、DMでやり取りしながら観るってだけですが》

 何それ、楽しそう。通話じゃなくてDMってところも良い。
 シアンさんの提案に、俺はノリノリで賛成する。

《いいですね! やりましょう。俺は明日からでも大丈夫ですよ》
《本当ですか? やったー! じゃあ、明日の夜二十一時からはどうでしょう!》
《了解です! 楽しみです!》

 シアンさんとのやり取りが終わり、俺は思いっきり伸びをした。
 『ネオン』好きの人と一緒にアニメ鑑賞ができるなんて。今まで一人で黙々と観ていた俺にとって、それは夢のような話だった。

 気分が落ちていたこのタイミングでというのも、すごくありがたい。
 久しぶりにワクワクする。明日が待ち遠しい。


 そして翌日、バイトを終えた俺は、早々に部屋に戻り、アニメ『ネオン』のBRⅮをブルーレイプレイヤーに差し込んだ。
 時計を見ると、まだ約束の時間より一時間も前だったので、風呂に入って時間を潰す。それでも時間が余ったので、そわそわしながら『クラセル』をプレイした。

《ユウさーん! 準備できましたー!》

 二十一時ちょうど、シアンさんからDMが来たので、俺はすぐさまメッセージを返す。

《俺もいつでもオッケーです!》
《ユウさん、いつもよりテンション高い笑》

 そりゃ、テンションも上がりますよ。

《私が「いっせーのせ」ってメッセージ送るので、ユウさんが再生ボタン押したらリアクションスタンプ押してください!》
《了解です!》
《じゃあ、いっせーのせ!》

 シアンさんの合図を元に、再生ボタンを押して、リアクションスタンプを送る。多少の時差はあるだろうが、これで充分だ。
 『ネオン』のオープニングが始まる。アニメ版のオープニングソングは、何度聴いてもテンションが上がる。
 シアンさんも同じ気持ちのようで、メッセージが来た。

《はーーーー。最高。最高。作画良すぎでしょ……》

 いつもよりも語彙力が低下している。よっぽど『ネオン』が好きなんだな。
 画面にヒロインの一人である「マナ」が登場すると、またシアンさんからメッセージが届く。

《はー……。マナちゃんのおっぱい尊すぎでは……》

 おっぱい。

《ふとももやばい。最高すぎんか》

 ふともも。
 あれ、シアンさんって割とそういうのいけるタイプ? SNSや今までのDMでは、品行方正の、下ネタが苦手なお姉さんというイメージだったのだが。
 試しに二人目のヒロインである「チナミ」(俺の推し)が登場したときに、俺もメッセージを送ってみた。

《チナミちゃんのおっぱい》

 するとすぐに返事が来る。

《チナミちゃんのおっぱいーーー。ぎゃわー! ユウさんはチナミちゃんのおっぱい推しか!》

 ふむ。この人、こういうのいける人だな。ノリノリじゃねえか。

《シアンさんはマナ推し?》
《選べない! マナの華奢で慎ましやかなおっぱいも尊いし、チナミちゃんの豊満なおっぱいも最高! バブバブしたい!》

 バブバブ。

 どうする。俺も言ってみるか。いやしかし、男がそんなこと言ったら引かれるか?
 どうする。どうする俺。攻めてみるか……?

 俺は深呼吸をしてから、震える指で送信ボタンを押した。

《分かる。チナミちゃんにバブバブしたい》

 すぐに返事がない。
 やばい。引かれたか。やっぱりだめだったか。どうしよう。送信削除とかDMにないし。うわーやっちまった。このままブロックされて終わりなのでは……。

 後悔で死にたくなっていると、通知音が鳴る。

《ねーーー!! バブバブしたいよねーーー!! は~……。まさか『クラセル』で『ネオン』好きと出会えて、しかもチナミちゃんのバブみが分かる人だなんて……。幸せすぎるんだが?》

 このメッセージを読んで、俺の視界が滲んだ。

 今まで誰にも言えなかった俺の秘密。墓まで持って行こうとしていたのに、こうして誰かに話せている。しかもそれを聞いて、彼女は「出会えて幸せ」だって言ってくれた。
 受け入れてもらえた。本当の俺のこと。

 それからも俺たちは、好きなシーンで騒いだり、意味深なシーンで考察し合ったり、キャラクターに対する愛情をぶつけ合ったりした。何も知らない人がこれらのメッセージを読んだら、とんでもない変態二人だと思うに違いない。だからこそ、俺たちは楽しかった。

 その日は一話から三話までを見た。毎話オープニングとエンディングを飛ばさずに観ていたし、観終わったあとにも感想会をしていたので、気が付いたら約二時間が経過していた。

 その後二人で話し合い、毎週火曜日と土曜日の夜に、『ネオン』鑑賞会をしようということになった。
 これから週に二度もこんなに楽しい時間がやってくると考えると、憂鬱な気分が紛れるどころか、今までで一番生きるのが楽しいんじゃないかと思ってしまうほど、嬉しかった。

《ユウさん、今日はありがとうございました! とても楽しかったです! 次は火曜日ですね。今から楽しみです~》
《シアンさん、『ネオン』観てる時とキャラ変わりすぎですよ笑 俺も楽しかったです。また火曜日、よろしくお願いします》
《ユウさんだって変わりすぎ!笑 お互いさまってことで! ではでは、おやすみなさい!》

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