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画廊編:4人での日々
赤壁の戦い
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強大な大国を目の前にした小国がすることはひとつ。束の間の同盟だ。ひとりの力ではモニカに敵わないと考えたウィルクとポルは、目を合わせて小さく頷いた。
(この子どもは気に食わないけど…!そんなことは言っていられない!)
(モニカを倒したら次はおまえだからな、ウィリー)
まずウィルクが動いた。二人の腕をひねりあげているモニカの腹に、思いっきり頭突きを食らわせる。モニカが「ん"ぁ"っ」と呻き、よろけた。手の力が弱まった隙にポルが抜け出し、モニカに飛び掛かる。ポルもろともうしろへ吹き飛ばされたモニカは、ベッドから落ちて尻もちをついた。
「いったぁー…」
「ウィリー!今だ!」
ポルが叫んだが、さすがのウィルクも姉をボコボコに殴るほど野蛮ではない。おろおろとあたりを見回し、机の上に薬草を束ねる紐を見つけた。ウィルクはそれを引っ掴み、モニカの手足をグルグルに縛った。モニカが抵抗しようとすると、ポルが捨て身で動きを封じてくる。
「ちょっと!!ほどきなさいよぉ!!」
「申し訳ありませんが、少し静かにしていただきますよお姉さま!」
「モニカは毎日アーサーと一緒だろ!ちょっとくらい俺に譲れよぉ!」
「やだぁぁぁっ!!」
そう言って暴れながらも、魔法も使わずに大人しく縛られたのは、モニカのちょっとした優しさだった。
「ふう」
「やったなウィリー!俺たちの勝ちだ!」
「そうだな。お前なかなかやるな。体を張って僕を守るなんて。褒めてやる」
「お、お前のためじゃない。俺のためだ。俺よりお前の方が力が強そうだったからな。お前が生きてた方が勝率が上がる」
「それが分かってても、なかなかできることじゃないんだ」
ウィルクがボソボソとそう呟いた。ポルの表情はムスっとしていたが、少し顔を赤らめている。褒められたことが嬉しかったようだ。
ウィルクはアーサーに目をやった。ベッドの上ですやすやと眠っている。次にポルに視線を移した。モニカにつけられた引っ掻き傷や、暴れられたときについた青い痣が体中にある。頬も、モニカの肘がぶつかったのか腫れていた。
「あー、ポル」
「なんだよ」
「今日は、お兄さまは二人のものということでどうだ」
「なっ、アーサーは俺の…」
「今、僕とお前がやり合ったら、間違いなく僕が勝つぞ」
「……」
「本当は独り占めしたいけど、頑張った者には褒美を与えないといけない。だから今日だけは、お兄さまを半分あげよう」
「…次はお前にだって勝ってやる」
「はん。やれるものならやってみるんだな」
小競り合いをしながら、ウィルクとポルはベッドに潜り込む。アーサーを挟んで横になり、川の字になって眠った。
ポルはアーサーの腕にしがみつきながら、チラチラとウィルクを見た。アーサーと顔立ちが似ている少年。性格は全然ちがうし、高圧的でむかつくけれど、こうして互いに全力で喧嘩をした人ははじめてだった。
ポルは三兄弟の長男で、母親の代わりに弟たちの面倒を見ていた。不満もわがままも言わず、ただ黙々と彼らの世話をするポルは、母親にとっては可愛げがなかったのかもしれない。一方に甘え上手に育った弟たちは、母親に愛されていた。
だんだんと母親の、ポルと弟たちへの態度が変わっていった。ポルには小さなパンのかけら、弟たちには大きなパン、自分はドライフルーツが入ったパン。ポルは母親に、憂さ晴らしに意味もなく暴力を振るわれ、お出かけするときはポルだけが留守番をさせられた。いつしか彼は、弟たちにも疎まれるようになっていた。
それでもポルは、母親と弟たちへの愛情を持ったままだった。弟たちがおなかいっぱいになって、楽しい思いをしているのなら、自分は辛い思いをしたってしょうがない。そう思っていた。
ただ、家族に疎まれ、意味もなく暴力を振るわれている自分が、みじめで仕方がなかった。
親に白金貨10枚で売られトロワへ来たポルは、父親代わりのアーサーと出会った。アーサーは優しくて、好きなだけワガママを言わせてくれた。時にはたしなめられることもあったが、決してポルに冷たい目を向けることはなかった。
アーサーとウィルクは全然違う。ウィルクはポルに突っかかって来るし、ポルと同じくらいアーサーにワガママを言う。年上だからといって引くこともせず、挙句の果てに殴り合いにまで発展した。
家族に対してずっと我慢してきた彼にとって、こうして互いにワガママを言い合ってケンカをするという経験は初めてだった。思い出すと腹が立ってくるが、どこか胸がスッキリしている。正直に言うと、楽しかった。自分に兄がいたのならこんな感じだったのだろうか、とぼんやり考え口元を緩める。
(俺も…母さんや弟にこのくらい気持ちをはっきり出してたら…ちょっとは違ったのかな)
ウィルクにとっても、ポルのような存在ははじめてだった。自分より年下の平民風情が、ウィルクに対してワガママを言い、欲しいものを譲らない。汚い言葉遣いで彼を呼び捨てにして暴言を吐く。その上股間を蹴り上げられた。そんなこと、散々ウィルクを怒らせてきたアーサーでもしなかった。
はじめは腹が立った。何度伝書インコを飛ばそうかと思ったか。だがモニカという強敵が現れ、そうも言ってられなくなった。共闘していくうちに、ウィルクにポルとの仲間意識が芽生えた。そして、あの小さな体でウィルクを捨て身で守ろうとする姿に、少なからず胸を打たれた。
ポルは”ウィルク”を守ったのだ。”王子”を守ったのではない。
(どうしてだろう。頭が軽い)
ウィルクは深い吐息を漏らした。その日初めて、目には見えない王冠が頭から外れた気がした。
(この子どもは気に食わないけど…!そんなことは言っていられない!)
(モニカを倒したら次はおまえだからな、ウィリー)
まずウィルクが動いた。二人の腕をひねりあげているモニカの腹に、思いっきり頭突きを食らわせる。モニカが「ん"ぁ"っ」と呻き、よろけた。手の力が弱まった隙にポルが抜け出し、モニカに飛び掛かる。ポルもろともうしろへ吹き飛ばされたモニカは、ベッドから落ちて尻もちをついた。
「いったぁー…」
「ウィリー!今だ!」
ポルが叫んだが、さすがのウィルクも姉をボコボコに殴るほど野蛮ではない。おろおろとあたりを見回し、机の上に薬草を束ねる紐を見つけた。ウィルクはそれを引っ掴み、モニカの手足をグルグルに縛った。モニカが抵抗しようとすると、ポルが捨て身で動きを封じてくる。
「ちょっと!!ほどきなさいよぉ!!」
「申し訳ありませんが、少し静かにしていただきますよお姉さま!」
「モニカは毎日アーサーと一緒だろ!ちょっとくらい俺に譲れよぉ!」
「やだぁぁぁっ!!」
そう言って暴れながらも、魔法も使わずに大人しく縛られたのは、モニカのちょっとした優しさだった。
「ふう」
「やったなウィリー!俺たちの勝ちだ!」
「そうだな。お前なかなかやるな。体を張って僕を守るなんて。褒めてやる」
「お、お前のためじゃない。俺のためだ。俺よりお前の方が力が強そうだったからな。お前が生きてた方が勝率が上がる」
「それが分かってても、なかなかできることじゃないんだ」
ウィルクがボソボソとそう呟いた。ポルの表情はムスっとしていたが、少し顔を赤らめている。褒められたことが嬉しかったようだ。
ウィルクはアーサーに目をやった。ベッドの上ですやすやと眠っている。次にポルに視線を移した。モニカにつけられた引っ掻き傷や、暴れられたときについた青い痣が体中にある。頬も、モニカの肘がぶつかったのか腫れていた。
「あー、ポル」
「なんだよ」
「今日は、お兄さまは二人のものということでどうだ」
「なっ、アーサーは俺の…」
「今、僕とお前がやり合ったら、間違いなく僕が勝つぞ」
「……」
「本当は独り占めしたいけど、頑張った者には褒美を与えないといけない。だから今日だけは、お兄さまを半分あげよう」
「…次はお前にだって勝ってやる」
「はん。やれるものならやってみるんだな」
小競り合いをしながら、ウィルクとポルはベッドに潜り込む。アーサーを挟んで横になり、川の字になって眠った。
ポルはアーサーの腕にしがみつきながら、チラチラとウィルクを見た。アーサーと顔立ちが似ている少年。性格は全然ちがうし、高圧的でむかつくけれど、こうして互いに全力で喧嘩をした人ははじめてだった。
ポルは三兄弟の長男で、母親の代わりに弟たちの面倒を見ていた。不満もわがままも言わず、ただ黙々と彼らの世話をするポルは、母親にとっては可愛げがなかったのかもしれない。一方に甘え上手に育った弟たちは、母親に愛されていた。
だんだんと母親の、ポルと弟たちへの態度が変わっていった。ポルには小さなパンのかけら、弟たちには大きなパン、自分はドライフルーツが入ったパン。ポルは母親に、憂さ晴らしに意味もなく暴力を振るわれ、お出かけするときはポルだけが留守番をさせられた。いつしか彼は、弟たちにも疎まれるようになっていた。
それでもポルは、母親と弟たちへの愛情を持ったままだった。弟たちがおなかいっぱいになって、楽しい思いをしているのなら、自分は辛い思いをしたってしょうがない。そう思っていた。
ただ、家族に疎まれ、意味もなく暴力を振るわれている自分が、みじめで仕方がなかった。
親に白金貨10枚で売られトロワへ来たポルは、父親代わりのアーサーと出会った。アーサーは優しくて、好きなだけワガママを言わせてくれた。時にはたしなめられることもあったが、決してポルに冷たい目を向けることはなかった。
アーサーとウィルクは全然違う。ウィルクはポルに突っかかって来るし、ポルと同じくらいアーサーにワガママを言う。年上だからといって引くこともせず、挙句の果てに殴り合いにまで発展した。
家族に対してずっと我慢してきた彼にとって、こうして互いにワガママを言い合ってケンカをするという経験は初めてだった。思い出すと腹が立ってくるが、どこか胸がスッキリしている。正直に言うと、楽しかった。自分に兄がいたのならこんな感じだったのだろうか、とぼんやり考え口元を緩める。
(俺も…母さんや弟にこのくらい気持ちをはっきり出してたら…ちょっとは違ったのかな)
ウィルクにとっても、ポルのような存在ははじめてだった。自分より年下の平民風情が、ウィルクに対してワガママを言い、欲しいものを譲らない。汚い言葉遣いで彼を呼び捨てにして暴言を吐く。その上股間を蹴り上げられた。そんなこと、散々ウィルクを怒らせてきたアーサーでもしなかった。
はじめは腹が立った。何度伝書インコを飛ばそうかと思ったか。だがモニカという強敵が現れ、そうも言ってられなくなった。共闘していくうちに、ウィルクにポルとの仲間意識が芽生えた。そして、あの小さな体でウィルクを捨て身で守ろうとする姿に、少なからず胸を打たれた。
ポルは”ウィルク”を守ったのだ。”王子”を守ったのではない。
(どうしてだろう。頭が軽い)
ウィルクは深い吐息を漏らした。その日初めて、目には見えない王冠が頭から外れた気がした。
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