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第1章:魔王討伐

第5話 退屈なエリートの自慢話

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 もしもあの日、朝陽が公園にいた生徒に声をかけなかったら。生徒が書いた魔法陣を手直ししていなければ。朝陽は今も、昨日と同じ生活を続けていたのかもしれない。
 勇者にあてがわれた宿屋の一室の中で、朝陽はそんなことをぼうっと考えていた。

「アサヒ。入っていいか?」

 ノック音のあと、勇者がドアから顔を出した。なぜか彼は宿屋の中でさえゴテゴテの鎧と剣を身につけたままだ。
 勇者はエールと軽食をテーブルに載せ、一緒に飲もうと朝陽を手招きした。

「少しはこの世界に慣れたか?」
「半日ではさすがにまだ……。僕の世界とは全く違う環境なので」

 朝陽が召喚されたこの場所は、ナンブリッジ国のアストレラ地区にあるハラルという町だった。町並みはまるで近世ヨーロッパのようで、質素なチュニックとズボンやロングスカートを身につける人々が行き交い、石造りの道路には馬車が歩いている。

 その雰囲気自体は気に入っていた。だが、この世界には電気と風呂がなかった。ゲームをすることはおろか、湯船に浸かりながら動画を見ることもできない。つまり、朝陽が求める娯楽がほとんどなかったのだ。

 慣れるどころかくたびれている様子の朝陽に、勇者は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「ところで、さっきはきちんと自己紹介をしていなかったと思ってな。君のステータスを勝手に見た詫びに、俺のステータスが表示された魔法スクロールを持ってきたんだ」

 勇者に手渡された巻物は、朝陽が使用した上級「鑑定」魔法スクロールよりさらに豪華な作りだった。それについて勇者に尋ねると、この巻物はさらに高ランクの、特級「鑑定」魔法スクロールなのだという答えが返ってきた。

 朝陽は勇者のステータスに目を通した。レベルは五十と朝陽の倍だ。

「どれもこれも、僕のステータスより桁が二つ多い……」
「はは。これでも勇者だからな。普通の冒険者よりもかなり高いはずだ。ちなみに、この〝勇者の紋章〟という特性は、勇者の生まれ変わりしか持たないものであり、勇者の素質を持つ証なんだ」

 〝勇者の紋章〟は、レベルが低いうちから全てのステータスがかなり高く、しかもレベルが上がりやすい特性なのだそうだ。
 勇者は鎧に取りつけられているバッジを指さした。

「そしてこれは、国王から勇者パーティに任命された者に贈られるものだ。悪いが君は正式な勇者パーティではないから、このバッジは渡せない。すまないね」
「はあ、そうですか」

 エリートの意識高い系の話を真面目に聞いているとメンタルが崩壊してしまうと早々に悟った朝陽は、途中から真面目に聞くことを止めていた。
 小一時間話して気が済んだのか、勇者が紙袋をテーブルに置き席を立つ。

「これはナンブリッジ国の服だ。それと給金として金貨三十枚を渡しておく。宿はここを使っていい。明日は朝六時に迎えに行くから、準備をしておいてくれ」

 部屋を出ようとした勇者を、朝陽が引き留めた。

「あの、どうして僕をパーティに入れたんですか? 戦えない僕なんてただの役立たずでしょう」

 勇者は微笑み、恭しく礼をした。

「俺たちは、俺たちを支えてくれる『ローラー』を軽視していない。君たちがいるからストレスなく戦うことができるんだ。……それに、俺たちは君を役立たずだなんてこれっぽっちも思っていないよ。君が秘めている力を、俺たちは見抜いている」
「え、そんなものないですけど……」
「それじゃあ、また明日」

 これ以上朝陽と会話をするつもりはないらしく、勇者は手を振って部屋を出た。
 朝陽は硬いベッドに横たわり、ため息を吐く。

「絶対買い被られてる……」
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