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第2章:ナナライパーティ
第12話-1 ナナライパーティとの出会い
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青い空に真っ赤な林檎はよく映える。朝陽は海岸を歩きながら、放り投げた林檎をキャッチして一口齧った。
勇者に見捨てられたあの日、朝陽は勇者パーティが戻る前にハラル町を出た。今の彼は、ハラルから二時間馬車を走らせた場所に佇む、海沿いの賑やかな町で生活している。まだ暮らし始めて一カ月だが、波の音と町民の笑い声が耳に心地いい、このチノマという町を朝陽は気に入っていた。
散歩していた朝陽を、追いかけてきた冒険者が声をかける。
「あのっ、そこの黒髪の人! あなた、アサヒ!?」
「へっ?」
朝陽を呼び止めたのは、革の防具を身につけた若い女性の冒険者だった。装いからしてまだ走り出しの低ランク冒険者だろう。
林檎を頬張りながら頷く朝陽に、冒険者は「お願い!」と両手を合わせた。
「私たちの単発ローラーになってくれない!? お給金はそんなに出せないけどっ……」
朝陽はローラーとして冒険者を続けていた。といっても、冒険者ギルドに登録しただけで、勇者パーティのローラーをして以来一度もしたことがなかったのだが。
冒険者の名前はナナライといった。朝陽の推測通り、ナナライパーティは貧乏な低級冒険者の集まりだった。今回は初めて大掛かりな旅をするらしく、ローラーの手が必要だという。しかし、ベテランのローラーを雇うには資金が足りず、一番費用が低く抑えられるペーペーの朝陽に声をかけたのだそうだ。
「お給金は一日大銀貨五枚でどうかな!? ほんと、少なくてごめんねえ……」
ちょうど暇を持て余していたところなので、朝陽は依頼を引き受けることにした。
女性冒険者はガッツポーズをしてから朝陽と握手を交わす。
「快く受けてくれてありがとう! 私はナナライ! 来て、私のパーティを紹介するわ!」
ナナライに手を引かれ行きついた先は、立ち並ぶ屋台の間に設置されたテーブルだった。そこには三人の冒険者がタコの串焼きに齧りついていた。
ナナライのパーティは、剣士、槍士、弓使い、魔法使いで構成されていた。ナナライをはじめ全員が人懐っこく、初対面の朝陽に対しても旧友のように接した。
朝陽は、彼らに申し訳なさそうに尋ねる。
「あの、僕は経験が浅いですし、全く戦えないんですが、本当にそれでもいいですか?」
それに対して、ナナライが親指を立てる。
「もちろん! ローラーに求めているのは旅のサポート! 戦闘力は必要ないよ! それに、アサヒの経験が浅いから私たちはローラーを雇えたの! むしろありがとう!」
「僕は、万が一のことがあってもあなたたちの囮にはなれませんが、それでもいいですか?」
朝陽の質問に、ナナライパーティは目を見合わせ、首を傾げた。
「何言ってるの? あなたは単発ローラーよ。あなたは私たちに守られる立場であって、あなたに私たちを守る義務はない。ピンチになったら、私たちを置いてでも真っ先に逃げてね」
ナナライのパーティは、ローラーのことを「旅のサポーター」として認識していて、誰も「囮」だとは思っていないようだった。
「ナナライさんたちはローラーに優しいんですね」
「え? それが普通だと思うけど。そんな、ローラーに囮になれなんて言うろくでもない冒険者なんかいるの?」
朝陽は応えず、ジョッキに口を付けた。
(ローラーをあんな意図で雇っているのは、もしかして勇者パーティだけなのかな)
朝陽が勇者パーティについて質問すると、ナナライのパーティはうっとりと勇者たちに思いを馳せる。
「かっこいいよね、勇者様のパーティ……。強いし、みんな端正な顔立ちだし、武具も防具もきらびやかで……」
ナナライがそう言うと、弓使いの女性、マルシャが何度も頷いた。
「何か月か前に勇者様のパーティがこの町に来たんだよ。その時に手を振ったら、みんな笑顔で振り返してくれた! みんな素敵だったぁ」
剣士オウンと槍士ピヴルの男性陣は、魔法使いのことで盛り上がっている。
「俺はエルマさん推しだ……。強いし色っぺえしたまらん」
「なに言ってんだ、サルルちゃん一択だろうがよ。あー、養いてえ~」
朝陽は「サルルは三十二歳ですよ」という言葉を必死に呑み込んだ。知らない方が幸せなこともある。
このように、勇者パーティはナンブリッジ国の――アストレラ地区では特に――人気者だ。雑貨屋には彼らの似顔絵が描かれたカードや、彼らの武器をモチーフにしたおもちゃなどが並んでいるほどだった。朝陽の中で勇者パーティは魔物よりも非人道的な存在だったので、そういった商品を見るたびに失笑してしまう。
ナナライパーティは、三日後にクエストの旅に出るらしい。期間は一週間を予定しており、近隣の地下ダンジョンに潜るそうだ。
ダンジョンマップを広げたナナライが朝陽に尋ねる。
「アサヒはダンジョンに潜ったことはある?」
「ないです。地上の魔物を討伐する旅にしか同行したことがなくて」
魔王城なら行ったことはあるが、あれも地上には変わりない。
「そうなのね。ダンジョンでは魔物がたくさんいるから気を付けてね。食料なんかはこっちで用意しておくから、アサヒは身一つで来てくれて大丈夫」
そう言われたものの、朝陽は書道道具などが入った鞄を持っていくことにした。中には書道道具の他に、スマホや日本のお金が入った財布などが入っている。この世界では役に立たないものばかりだが、馴染みのある元の世界の物を手元に置いていないと落ち着かないのだ。
生徒の習字作品も、宿に置きっぱなしにして盗難に遭うのが嫌だったので、常に持ち歩いていた。
勇者に見捨てられたあの日、朝陽は勇者パーティが戻る前にハラル町を出た。今の彼は、ハラルから二時間馬車を走らせた場所に佇む、海沿いの賑やかな町で生活している。まだ暮らし始めて一カ月だが、波の音と町民の笑い声が耳に心地いい、このチノマという町を朝陽は気に入っていた。
散歩していた朝陽を、追いかけてきた冒険者が声をかける。
「あのっ、そこの黒髪の人! あなた、アサヒ!?」
「へっ?」
朝陽を呼び止めたのは、革の防具を身につけた若い女性の冒険者だった。装いからしてまだ走り出しの低ランク冒険者だろう。
林檎を頬張りながら頷く朝陽に、冒険者は「お願い!」と両手を合わせた。
「私たちの単発ローラーになってくれない!? お給金はそんなに出せないけどっ……」
朝陽はローラーとして冒険者を続けていた。といっても、冒険者ギルドに登録しただけで、勇者パーティのローラーをして以来一度もしたことがなかったのだが。
冒険者の名前はナナライといった。朝陽の推測通り、ナナライパーティは貧乏な低級冒険者の集まりだった。今回は初めて大掛かりな旅をするらしく、ローラーの手が必要だという。しかし、ベテランのローラーを雇うには資金が足りず、一番費用が低く抑えられるペーペーの朝陽に声をかけたのだそうだ。
「お給金は一日大銀貨五枚でどうかな!? ほんと、少なくてごめんねえ……」
ちょうど暇を持て余していたところなので、朝陽は依頼を引き受けることにした。
女性冒険者はガッツポーズをしてから朝陽と握手を交わす。
「快く受けてくれてありがとう! 私はナナライ! 来て、私のパーティを紹介するわ!」
ナナライに手を引かれ行きついた先は、立ち並ぶ屋台の間に設置されたテーブルだった。そこには三人の冒険者がタコの串焼きに齧りついていた。
ナナライのパーティは、剣士、槍士、弓使い、魔法使いで構成されていた。ナナライをはじめ全員が人懐っこく、初対面の朝陽に対しても旧友のように接した。
朝陽は、彼らに申し訳なさそうに尋ねる。
「あの、僕は経験が浅いですし、全く戦えないんですが、本当にそれでもいいですか?」
それに対して、ナナライが親指を立てる。
「もちろん! ローラーに求めているのは旅のサポート! 戦闘力は必要ないよ! それに、アサヒの経験が浅いから私たちはローラーを雇えたの! むしろありがとう!」
「僕は、万が一のことがあってもあなたたちの囮にはなれませんが、それでもいいですか?」
朝陽の質問に、ナナライパーティは目を見合わせ、首を傾げた。
「何言ってるの? あなたは単発ローラーよ。あなたは私たちに守られる立場であって、あなたに私たちを守る義務はない。ピンチになったら、私たちを置いてでも真っ先に逃げてね」
ナナライのパーティは、ローラーのことを「旅のサポーター」として認識していて、誰も「囮」だとは思っていないようだった。
「ナナライさんたちはローラーに優しいんですね」
「え? それが普通だと思うけど。そんな、ローラーに囮になれなんて言うろくでもない冒険者なんかいるの?」
朝陽は応えず、ジョッキに口を付けた。
(ローラーをあんな意図で雇っているのは、もしかして勇者パーティだけなのかな)
朝陽が勇者パーティについて質問すると、ナナライのパーティはうっとりと勇者たちに思いを馳せる。
「かっこいいよね、勇者様のパーティ……。強いし、みんな端正な顔立ちだし、武具も防具もきらびやかで……」
ナナライがそう言うと、弓使いの女性、マルシャが何度も頷いた。
「何か月か前に勇者様のパーティがこの町に来たんだよ。その時に手を振ったら、みんな笑顔で振り返してくれた! みんな素敵だったぁ」
剣士オウンと槍士ピヴルの男性陣は、魔法使いのことで盛り上がっている。
「俺はエルマさん推しだ……。強いし色っぺえしたまらん」
「なに言ってんだ、サルルちゃん一択だろうがよ。あー、養いてえ~」
朝陽は「サルルは三十二歳ですよ」という言葉を必死に呑み込んだ。知らない方が幸せなこともある。
このように、勇者パーティはナンブリッジ国の――アストレラ地区では特に――人気者だ。雑貨屋には彼らの似顔絵が描かれたカードや、彼らの武器をモチーフにしたおもちゃなどが並んでいるほどだった。朝陽の中で勇者パーティは魔物よりも非人道的な存在だったので、そういった商品を見るたびに失笑してしまう。
ナナライパーティは、三日後にクエストの旅に出るらしい。期間は一週間を予定しており、近隣の地下ダンジョンに潜るそうだ。
ダンジョンマップを広げたナナライが朝陽に尋ねる。
「アサヒはダンジョンに潜ったことはある?」
「ないです。地上の魔物を討伐する旅にしか同行したことがなくて」
魔王城なら行ったことはあるが、あれも地上には変わりない。
「そうなのね。ダンジョンでは魔物がたくさんいるから気を付けてね。食料なんかはこっちで用意しておくから、アサヒは身一つで来てくれて大丈夫」
そう言われたものの、朝陽は書道道具などが入った鞄を持っていくことにした。中には書道道具の他に、スマホや日本のお金が入った財布などが入っている。この世界では役に立たないものばかりだが、馴染みのある元の世界の物を手元に置いていないと落ち着かないのだ。
生徒の習字作品も、宿に置きっぱなしにして盗難に遭うのが嫌だったので、常に持ち歩いていた。
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