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第2章:ナナライパーティ
第15話 水晶の間
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朝陽とナナライパーティがダンジョンに潜った五日目。もうすぐダンジョン最奥というところで、ナナライが地下に続く隠し通路を見つけた。
興奮気味に地下に下りた彼らの目の前に広がったのは、水晶で造られた神秘的な空間だった。薄暗い洞窟の地下だとは思えないほど明るいのは、水晶そのものが淡い光を放っているからのようだ。
床の中心に魔法陣が掘られており、蝋燭や枯れた月桂樹の葉で囲まれている。そして空間の奥壁には、不思議な文字や記号が彫り込まれた扉があった。
オウンとピヴルが力いっぱい引いても扉は開かない。押してもビクともしなかった。
「おい。これってもしかして……魔術系の仕掛け……だよな?」
オウンの問いかけに、ナナライは虚ろな目で頷いた。
「諦めよう」
「いやっ、諦めるの早すぎだろ!! もうちっと頑張ってくれよ!! 絶対この扉の奥にはすんげえ宝があるんだからよぉ!!」
「無理に決まってるでしょお!? 私は術式どころかヘブル文字もルーン文字も読めないんだよ!!」
帰ろうとするナナライの足にしがみつき、行かないでくれ、頑張って解いてくれ、と泣きつくメンバー三人。彼女たちの攻防はだんだんとエスカレートしていき、挙句の果ては取っ組み合いのケンカにまで発展していた。
そんな彼らを放置したまま、朝陽はじっと魔法陣を観察した。
(この魔法陣……この前読んだ魔術書にあったぞ)
朝陽は脳内に保存した魔術書のページをぱらぱらとめくる。
(確か、最後の方のページにあったような気がする。……あった!)
そのページに描かれた魔法陣は床のそれと酷似していた。周りを囲んでいる蝋燭と月桂樹の位置もほぼ同じ。
魔術書には魔法陣を展開する手順が記載されているはずなのだが、文字が読めないので詳しくは分からない。だが、ちょっとした挿絵が載っているのでおおまかなことは分かった。
床を転げまわっている仲間に、朝陽は声をかける。
「あの、ナナライさん。蝋燭に火の魔法を打ってくれませんか?」
「へっ? アサヒ、解けるの!?」
「分かりません。でも、宝箱から出た魔術書に同じような魔法陣が載ってたんですよね。分からないなりにやってみても?」
ナナライパーティはコクコク頷き、魔法陣の周りに集まった。
朝陽の指示に従って、ナナライは魔法陣に魔法をかけていく。火魔法で蝋燭に火を点けたあとは、月桂樹に水魔法と回復魔法をかけ、枯れ葉に命を吹き込んだ。
「よし、月桂樹が緑になりましたね。あとは魔法陣の中央から扉に向けて風を送れば良いっぽいような図解が載っています。ナナライさん、お願いします」
「何これ、楽しい~! これで扉が開いたら私かっこよすぎない!? 魔術師みたいじゃない!」
はしゃいでなかなか風魔法を打たないナナライに、痺れを切らせたオウンが一喝する。
「さっさとやれやぁ! こっちはその先が見たくてウズウズしてんだよ!!」
「あっ! えへへ、ごめんごめん!」
ナナライは咳払いのあと姿勢を正し、扉に杖を向けた。
「ウァン・ブルジーネ」
魔法陣の中心から風が起こる。蝋燭の火が揺れ、月桂樹の葉がこすれ合う音がした。
緑の香りを乗せた風は扉を撫で――
「……」
「……」
何も起こらなかった。
蝋燭の火が消え、月桂樹の葉が枯れた。
気まずい沈黙が流れる。ナナライも朝陽も顔が真っ赤だ。
「……ねえ、アサヒ」
「は、はい……」
「何も起こらなかったよ……?」
「す、すみませぇん……」
ナナライは頬を膨らませ、ぷるぷる震えた。
「やり直し!! もう一回考え直して!!」
「えっ!? まだやるんですか!?」
「途中までは上手くいってた気がするもん! どこかが違っただけだもん! アサヒならなんかいけそうな気がする!!」
ピヴル、マルシャ、オウンもナナライと同じ意見のようだ。
「ここまで来たら成功するまで帰んねえぞ!!」
「うんうん! 見てるのも楽しかった! もっと見たい!」
「今日はここでメシ食おうぜ! アサヒは忙しいから、俺がメシ作るわ!」
一方ナナライは、気乗りしないまま鞄から魔術書を取り出した。
「私も手伝う。役に立つかは分からないけど」
一人で心細かった朝陽は、ナナライが手を貸してくれると聞き安堵のため息を吐く。
「助かります。これからどうしようかと思ってました」
膝を突き合わせ、ああでもない、こうでもない、と意見を出し合う朝陽とナナライ。魔術文字が読めないため推測でしか話ができないが、少しずつ試すことが固まってきた。
まず朝陽が注目したのは魔法陣そのものだ。
「こうしてじっくり魔術書と照らし合わせると、書物と水晶に彫られているものが、ちょっとずつ違うんですよね」
まず、水晶に彫られた魔法陣は、円が完全に閉じられていない。他にも複数の誤字があった。
「僕、魔術文字の書く練習をしたからちょっと分かるんですが、この文字には三つ、よく似た文字があるんです。始めは気付かなかったですが、こうして見ると、こことここの文字が間違っています」
朝陽が指示した文字と魔術書を見比べても、ナナライには違いがさっぱり分からない。
「同じように見えるよぉ……」
「本当にちょっとの違いですからね。この誤字を直して魔法陣の円を閉じれば、もしかしたら上手くいくかもしれません」
そこでナナライが手を挙げる。
「アサヒ! 私も思ったことがあるの。さっきは私が杖で魔法を使ったでしょ? でもこの魔術書を見ると、火とか水とかの形が玉の形で描かれてる。これはたぶん、魔法スクロールを使って出した魔法だ。回復魔法以外の魔法は、魔法スクロールを使ってみようよ」
「いいですね! じゃあ、それで試してみましょう!」
円を書き足すために、ナナライはオウンから剣を、朝陽はマルシャから矢を借り、水晶の床を彫ろうとした。しかし床には引っかき傷一つつかない。オウンやピヴルが試してみてもダメだった。
力ステータスが足りないのかもしれないという結論に行きつき、さすがの皆も諦めムードだ。
「私たちには早かったかあ……」
気落ちしたナナライは、魔法陣に背を向け焚火の前に座った。マルシャがジョッキに並々と酒を注いでやると、ナナライは一気に飲み干した。
興奮気味に地下に下りた彼らの目の前に広がったのは、水晶で造られた神秘的な空間だった。薄暗い洞窟の地下だとは思えないほど明るいのは、水晶そのものが淡い光を放っているからのようだ。
床の中心に魔法陣が掘られており、蝋燭や枯れた月桂樹の葉で囲まれている。そして空間の奥壁には、不思議な文字や記号が彫り込まれた扉があった。
オウンとピヴルが力いっぱい引いても扉は開かない。押してもビクともしなかった。
「おい。これってもしかして……魔術系の仕掛け……だよな?」
オウンの問いかけに、ナナライは虚ろな目で頷いた。
「諦めよう」
「いやっ、諦めるの早すぎだろ!! もうちっと頑張ってくれよ!! 絶対この扉の奥にはすんげえ宝があるんだからよぉ!!」
「無理に決まってるでしょお!? 私は術式どころかヘブル文字もルーン文字も読めないんだよ!!」
帰ろうとするナナライの足にしがみつき、行かないでくれ、頑張って解いてくれ、と泣きつくメンバー三人。彼女たちの攻防はだんだんとエスカレートしていき、挙句の果ては取っ組み合いのケンカにまで発展していた。
そんな彼らを放置したまま、朝陽はじっと魔法陣を観察した。
(この魔法陣……この前読んだ魔術書にあったぞ)
朝陽は脳内に保存した魔術書のページをぱらぱらとめくる。
(確か、最後の方のページにあったような気がする。……あった!)
そのページに描かれた魔法陣は床のそれと酷似していた。周りを囲んでいる蝋燭と月桂樹の位置もほぼ同じ。
魔術書には魔法陣を展開する手順が記載されているはずなのだが、文字が読めないので詳しくは分からない。だが、ちょっとした挿絵が載っているのでおおまかなことは分かった。
床を転げまわっている仲間に、朝陽は声をかける。
「あの、ナナライさん。蝋燭に火の魔法を打ってくれませんか?」
「へっ? アサヒ、解けるの!?」
「分かりません。でも、宝箱から出た魔術書に同じような魔法陣が載ってたんですよね。分からないなりにやってみても?」
ナナライパーティはコクコク頷き、魔法陣の周りに集まった。
朝陽の指示に従って、ナナライは魔法陣に魔法をかけていく。火魔法で蝋燭に火を点けたあとは、月桂樹に水魔法と回復魔法をかけ、枯れ葉に命を吹き込んだ。
「よし、月桂樹が緑になりましたね。あとは魔法陣の中央から扉に向けて風を送れば良いっぽいような図解が載っています。ナナライさん、お願いします」
「何これ、楽しい~! これで扉が開いたら私かっこよすぎない!? 魔術師みたいじゃない!」
はしゃいでなかなか風魔法を打たないナナライに、痺れを切らせたオウンが一喝する。
「さっさとやれやぁ! こっちはその先が見たくてウズウズしてんだよ!!」
「あっ! えへへ、ごめんごめん!」
ナナライは咳払いのあと姿勢を正し、扉に杖を向けた。
「ウァン・ブルジーネ」
魔法陣の中心から風が起こる。蝋燭の火が揺れ、月桂樹の葉がこすれ合う音がした。
緑の香りを乗せた風は扉を撫で――
「……」
「……」
何も起こらなかった。
蝋燭の火が消え、月桂樹の葉が枯れた。
気まずい沈黙が流れる。ナナライも朝陽も顔が真っ赤だ。
「……ねえ、アサヒ」
「は、はい……」
「何も起こらなかったよ……?」
「す、すみませぇん……」
ナナライは頬を膨らませ、ぷるぷる震えた。
「やり直し!! もう一回考え直して!!」
「えっ!? まだやるんですか!?」
「途中までは上手くいってた気がするもん! どこかが違っただけだもん! アサヒならなんかいけそうな気がする!!」
ピヴル、マルシャ、オウンもナナライと同じ意見のようだ。
「ここまで来たら成功するまで帰んねえぞ!!」
「うんうん! 見てるのも楽しかった! もっと見たい!」
「今日はここでメシ食おうぜ! アサヒは忙しいから、俺がメシ作るわ!」
一方ナナライは、気乗りしないまま鞄から魔術書を取り出した。
「私も手伝う。役に立つかは分からないけど」
一人で心細かった朝陽は、ナナライが手を貸してくれると聞き安堵のため息を吐く。
「助かります。これからどうしようかと思ってました」
膝を突き合わせ、ああでもない、こうでもない、と意見を出し合う朝陽とナナライ。魔術文字が読めないため推測でしか話ができないが、少しずつ試すことが固まってきた。
まず朝陽が注目したのは魔法陣そのものだ。
「こうしてじっくり魔術書と照らし合わせると、書物と水晶に彫られているものが、ちょっとずつ違うんですよね」
まず、水晶に彫られた魔法陣は、円が完全に閉じられていない。他にも複数の誤字があった。
「僕、魔術文字の書く練習をしたからちょっと分かるんですが、この文字には三つ、よく似た文字があるんです。始めは気付かなかったですが、こうして見ると、こことここの文字が間違っています」
朝陽が指示した文字と魔術書を見比べても、ナナライには違いがさっぱり分からない。
「同じように見えるよぉ……」
「本当にちょっとの違いですからね。この誤字を直して魔法陣の円を閉じれば、もしかしたら上手くいくかもしれません」
そこでナナライが手を挙げる。
「アサヒ! 私も思ったことがあるの。さっきは私が杖で魔法を使ったでしょ? でもこの魔術書を見ると、火とか水とかの形が玉の形で描かれてる。これはたぶん、魔法スクロールを使って出した魔法だ。回復魔法以外の魔法は、魔法スクロールを使ってみようよ」
「いいですね! じゃあ、それで試してみましょう!」
円を書き足すために、ナナライはオウンから剣を、朝陽はマルシャから矢を借り、水晶の床を彫ろうとした。しかし床には引っかき傷一つつかない。オウンやピヴルが試してみてもダメだった。
力ステータスが足りないのかもしれないという結論に行きつき、さすがの皆も諦めムードだ。
「私たちには早かったかあ……」
気落ちしたナナライは、魔法陣に背を向け焚火の前に座った。マルシャがジョッキに並々と酒を注いでやると、ナナライは一気に飲み干した。
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