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第3章:魔術師ソロモン
第25話 意味のない幸せな日々
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ソチネに魔法陣を描いてみるようにと言われた朝陽は、恥ずかしそうに体を揺らす。
「あ、あの……。ぼ、僕、あなたの魔法陣が好きすぎて、ずっと臨書していたんです」
「臨書?」
「手本を真似て書くことです。だから、その、遠く及ばないとは思いますが、あなたの書体っぽい字になってしまうかと思いますので、ご了承くださいぃ……」
ソチネは「それがどうしたの?」と不思議そうな顔をする。
「弟子は師匠を真似るものでしょう? 当り前のことをしているだけなのに、どうしてそんなに恥ずかしそうなの?」
「あのね、モノマネ芸人が本人の前でモノマネしろと言われたら緊張するのと同じで、臨書し続けていた魔術師の前で魔法陣を描けと言われたら死にそうなほど心臓がバクバクするんですよ……!」
「たとえが全く分からないわ。早く描きなさい」
朝陽が書道道具を取り出すと、ソチネが興味深そうに手に取った。
「なにこれ! 面白い道具ね。これがアサヒの魔術具なの?」
「魔術具ではないですが、いつもこれで魔法陣を描いていました」
「いいわね! ずっと大切に使っていたのね。元々不思議な力を持つこの道具に、あなたの積み重ねた努力や想いがしっかり沁みついている。インクも面白いものを使っているのね。さあ、描いて」
筆で正円を描いた朝陽に、ソチネは目を瞬いた。
「コンパスも使わず正円を……」
魔術文字を書いているときの朝陽は、一文字、いや一線たりとも気を抜かず、どのような線で書き上げるかだけを考えているようだった。
(すごい集中力……。ここまで私の魔法陣を再現できた弟子は、この百五十年間で彼が初めてだわ。それにこの字……。なんてこと……)
ソチネは両手で顔を覆った。
(もしも彼が魔力を持っていたのなら、私を越える魔術師になれたでしょうに……。それほどまでに、アサヒの書き上げる字は特別な力を持っている。どうして神は、彼に魔力を与えなかったの……)
魔法陣を描き終えた朝陽は、おそるおそる顔を上げた。
「あ、あの。描けました……。はあ、緊張した」
「うん……。お疲れ……。良かったわよ、アサヒ」
「もし直すべきところがあったら教えてください。実はこの文字が上手く真似できなくて。あれってソチネさんはいつもどう書いてるんですか? あとバランスはどうです? それと、外円の太さってこのくらいで良いと思いますか? 僕、これで毎回悩むんですよね……」
そこでふと、朝陽はあることに気付いた。
「あれ? どうして泣いてるんです?」
ソチネはハッとして、鼻をすすりながら口角を上げる。
「泣いてないわよ」
「いえ、泣いてますよね。そんなにひどかったですか、僕の魔法陣……。泣くほどに……?」
「まあね。だってこの文字とかひどいんだもの。力み過ぎてみっともない字になっているわ」
外界と陽の光を遮った、町のはずれに佇む古屋の中。今日も孤独に飽きた齢百七十の魔術師は、魔力を持たない異世界人に魔術を教える。
いくら素質があっても、いくら適正スキルを持っていても、魔力を持たない者が一人前の魔術師になれる日はこない。
無意味で愚かな行為であることは重々承知だ。それでも、彼があんまり楽しそうに勉強をするものだから、彼女は教えずにはいられなかった。
「あ、あの……。ぼ、僕、あなたの魔法陣が好きすぎて、ずっと臨書していたんです」
「臨書?」
「手本を真似て書くことです。だから、その、遠く及ばないとは思いますが、あなたの書体っぽい字になってしまうかと思いますので、ご了承くださいぃ……」
ソチネは「それがどうしたの?」と不思議そうな顔をする。
「弟子は師匠を真似るものでしょう? 当り前のことをしているだけなのに、どうしてそんなに恥ずかしそうなの?」
「あのね、モノマネ芸人が本人の前でモノマネしろと言われたら緊張するのと同じで、臨書し続けていた魔術師の前で魔法陣を描けと言われたら死にそうなほど心臓がバクバクするんですよ……!」
「たとえが全く分からないわ。早く描きなさい」
朝陽が書道道具を取り出すと、ソチネが興味深そうに手に取った。
「なにこれ! 面白い道具ね。これがアサヒの魔術具なの?」
「魔術具ではないですが、いつもこれで魔法陣を描いていました」
「いいわね! ずっと大切に使っていたのね。元々不思議な力を持つこの道具に、あなたの積み重ねた努力や想いがしっかり沁みついている。インクも面白いものを使っているのね。さあ、描いて」
筆で正円を描いた朝陽に、ソチネは目を瞬いた。
「コンパスも使わず正円を……」
魔術文字を書いているときの朝陽は、一文字、いや一線たりとも気を抜かず、どのような線で書き上げるかだけを考えているようだった。
(すごい集中力……。ここまで私の魔法陣を再現できた弟子は、この百五十年間で彼が初めてだわ。それにこの字……。なんてこと……)
ソチネは両手で顔を覆った。
(もしも彼が魔力を持っていたのなら、私を越える魔術師になれたでしょうに……。それほどまでに、アサヒの書き上げる字は特別な力を持っている。どうして神は、彼に魔力を与えなかったの……)
魔法陣を描き終えた朝陽は、おそるおそる顔を上げた。
「あ、あの。描けました……。はあ、緊張した」
「うん……。お疲れ……。良かったわよ、アサヒ」
「もし直すべきところがあったら教えてください。実はこの文字が上手く真似できなくて。あれってソチネさんはいつもどう書いてるんですか? あとバランスはどうです? それと、外円の太さってこのくらいで良いと思いますか? 僕、これで毎回悩むんですよね……」
そこでふと、朝陽はあることに気付いた。
「あれ? どうして泣いてるんです?」
ソチネはハッとして、鼻をすすりながら口角を上げる。
「泣いてないわよ」
「いえ、泣いてますよね。そんなにひどかったですか、僕の魔法陣……。泣くほどに……?」
「まあね。だってこの文字とかひどいんだもの。力み過ぎてみっともない字になっているわ」
外界と陽の光を遮った、町のはずれに佇む古屋の中。今日も孤独に飽きた齢百七十の魔術師は、魔力を持たない異世界人に魔術を教える。
いくら素質があっても、いくら適正スキルを持っていても、魔力を持たない者が一人前の魔術師になれる日はこない。
無意味で愚かな行為であることは重々承知だ。それでも、彼があんまり楽しそうに勉強をするものだから、彼女は教えずにはいられなかった。
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