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最終章:大魔王討伐
第61話 その後
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ソチネは魔石を拾い上げ、アサヒに投げ渡す。
「魂魄はちゃんと消滅できたから、今後大魔王が転生することはなくなるわ」
「え。あの。ソチネさん、この魔石はどうしたら……」
「あなたが持っておきなさい。デュベの魔石だけでも充分強いけど、魔石はいくら持ってても困らないでしょう」
「ああ……僕はまた強くなってしまった……」
クスクス笑ったあと、ソチネが気まずそうに勇者に向き直った。
「あの……さっきはごめんなさい。ありがとう。あなたのおかげで、儀式が成功したわ」
「かまワン……。コノくらいのコトは……サセロ……」
沈黙が流れる。
朝陽はビリビリ痺れたまま、勇者の背中を叩いた。
「ギャッ! ナ、ナニをスル貴様!」
「ご、ごめん。まだ電流が流れてるみたいだ。そ、それはともかく……」
朝陽は大魔王の間の出口を指さした。
「一緒に帰ろう」
「……バカなのカお前。オレは国王に国外追放サレた身……。その上、大魔王ニ魂を売ッタ裏切リ者ダゾ。帰れるワケがナイダロウ」
「そうかな?」
朝陽はニッと笑い、勇者の肩に腕を回す。
「君が勇者の剣を捧げたおかげで、大魔王が今後二度と転生することはなくなったんだ。君はれっきとした功労者だよ」
「……ダガ、俺の姿はモウ、ヒトではナイ」
「そこはさ、大魔王との戦いで負った後遺症って言えば大丈夫だし」
勇者は眉をひそめた。
「オ前……正気カ? 俺の悪行ニ目を瞑リ、オレを英雄に仕立テ上げるツモリか?」
「うん、それでいいよ。その代わり、僕の言うこと聞いてくれる?」
「……」
「君さ、これからは冒険者の育成に力を注いでよ。君の特性は、仲間の経験値獲得量を上げるんでしょ? ぴったりと思うんだよね」
脅されるかと構えた勇者は、朝陽の善良すぎる命令に肩透かしを食らった気分だった。
「……ソンナことデ良いノカ? オ前はバカなのか? 他にモットあるだろうニ」
「他にもあるんだ。僕、魔術師の育成がしたいな。それに、チノマに習字教室も開きたい」
あと、と朝陽は頬を赤らめて勇者の耳元で囁いた。
「絶対にソチネさんに手出すなよ」
毒気を抜かれた勇者は、初めて朝陽の前で笑った。
「俺ガお前ノ言うコトに逆らえるトデモ?」
大魔王城から出ると、眩しいほどの朝日が五人を照らした。
彼らは安全な森の中で野宿してから、王城に大魔王討伐完了の報告をしに行った。
朝陽が国王に下手な嘘を吐くも、勇者含め他のメンバーの表情で、勇者の悪行は早々にバレた。しかし一番の功労者である朝陽の懇願により、勇者は国外追放を免れ、朝陽とソチネの目の届く場所に限り居住を許可された。
しかし、当然勇者パーティは解散。勇者に捨てられたかつてのメンバーは他のパーティに加入したものの、今まで当然のようにあやかっていた勇者の経験値ボーナスがなくなり、レベル上げが困難になったストレスをメンバーにぶつけた。ワガママで自分勝手な彼らにメンバーは早々に愛想を尽かし即追放。さらに彼らの悪評が広まり、受け入れてくれるパーティはどこにもいなくなった。
対照的に、地道にコツコツ冒険者の活動を続けていた善良なナナライパーティは、目立った活躍はないものの、着実に実力を上げている。こっそり彼らを評価している冒険者ギルドマスターは意外と多く、ナナライパーティに来る依頼は絶えない。お金に余裕ができた今でも、彼らはマルシャが狩った鶏肉を肴に、屋台の安酒を飲んでいる。
大魔王討伐でヒト族に恩を売ったドロリスは、国王から受け取った報酬で魔王城に花畑を作った。色とりどりの花に、ドロリスの子どもたちは大喜びだ。
ただ、その花畑に使っている肥料が、得体の知れない内臓をすりつぶした物だと聞いた朝陽は、すぐその花たちが真っ黒になるだろうことを察した。
花が黒くなるたびに、国王はこっそり魔王に色とりどりの花の種を贈る。その風習は数百年と続いたそうだ。
リヴィルは大魔王討伐のあと、かなり苦労したらしい。大魔王城に入り穢された体を清めるため、一カ月は聖水の泉に浸かりっぱなしだったそうで、いつか自分の体から鱗が生えるんじゃないかと心配したとのちに語っていた。
彼はこれからも、平穏で退屈な日々をフルーバで過ごす。数カ月に一度、娘のように可愛がっているヒト族と、その夫の来訪だけを楽しみにして。
大魔王に魂の半分を売り、ヒトではなくなってしまった元勇者マルクスは、チノマの町でひっそりと暮らしている。ヒトではなくなった上に、かつての仲間の腹いせで、今までのマルクスの悪行を言いふらされてしまった彼は、町を歩いていると町民に陰口をたたかれ、ときに石を投げつけられる。
それでも彼は、朝陽とした約束を守るため、低級冒険者のための訓練場を経営することにした。はじめは閑古鳥だったが、最近はちらほらと生徒が集まってきた。おそらく、朝陽が人を集めてくれたのだろう。
実際にマルクスに訓練をつけてもらった冒険者は、彼の上手な教え方と、経験値ボーナスのおかげでぐんぐん成長していった。そう遠くないうちに、彼らがマルクスの悪い噂を上書きしてくれることだろう。
そして、ソチネと朝陽は、チノマで今まで通りの暮らしを続けている。
ソチネは今も、魔術師の研究のかたわらで、図書館司書として働いている。彼女の朝陽への愛情は何年経っても沸騰温度から下がらず、毎日まんざらでもなさそうな朝陽に拒絶されては押し通している。きっと朝陽がおじいさんになっても、この関係性は続くのだろう。
大魔王討伐の一番の功労者として、朝陽は国王から勇者の称号を与えられそうになった。しかし朝陽は、断固として拒否し、今も魔術師兼ローラーとして、時たまナナライパーティと冒険をしている。
また、朝陽はチノマの町で習字教室兼魔術師学校を開業した。魔術の勉強をしたいと思っていた魔法使いは多く、初日から大勢の人がおしかけた魔術学校に比べ、習字教室はほとんど町民の関心を寄せられなかった。
それを知ったドロリスが、子どもたちを習字教室に通わせくれたので、朝陽の心はほんの少し救われた。
大魔王討伐から帰った朝陽とソチネは、フルーバの町で身内だけの小さな結婚式を挙げた。ソチネの熱烈な求婚に仕方なく応じたと言い張る朝陽は、結婚式で、誰よりも幸せそうに笑っていたらしい。
「魂魄はちゃんと消滅できたから、今後大魔王が転生することはなくなるわ」
「え。あの。ソチネさん、この魔石はどうしたら……」
「あなたが持っておきなさい。デュベの魔石だけでも充分強いけど、魔石はいくら持ってても困らないでしょう」
「ああ……僕はまた強くなってしまった……」
クスクス笑ったあと、ソチネが気まずそうに勇者に向き直った。
「あの……さっきはごめんなさい。ありがとう。あなたのおかげで、儀式が成功したわ」
「かまワン……。コノくらいのコトは……サセロ……」
沈黙が流れる。
朝陽はビリビリ痺れたまま、勇者の背中を叩いた。
「ギャッ! ナ、ナニをスル貴様!」
「ご、ごめん。まだ電流が流れてるみたいだ。そ、それはともかく……」
朝陽は大魔王の間の出口を指さした。
「一緒に帰ろう」
「……バカなのカお前。オレは国王に国外追放サレた身……。その上、大魔王ニ魂を売ッタ裏切リ者ダゾ。帰れるワケがナイダロウ」
「そうかな?」
朝陽はニッと笑い、勇者の肩に腕を回す。
「君が勇者の剣を捧げたおかげで、大魔王が今後二度と転生することはなくなったんだ。君はれっきとした功労者だよ」
「……ダガ、俺の姿はモウ、ヒトではナイ」
「そこはさ、大魔王との戦いで負った後遺症って言えば大丈夫だし」
勇者は眉をひそめた。
「オ前……正気カ? 俺の悪行ニ目を瞑リ、オレを英雄に仕立テ上げるツモリか?」
「うん、それでいいよ。その代わり、僕の言うこと聞いてくれる?」
「……」
「君さ、これからは冒険者の育成に力を注いでよ。君の特性は、仲間の経験値獲得量を上げるんでしょ? ぴったりと思うんだよね」
脅されるかと構えた勇者は、朝陽の善良すぎる命令に肩透かしを食らった気分だった。
「……ソンナことデ良いノカ? オ前はバカなのか? 他にモットあるだろうニ」
「他にもあるんだ。僕、魔術師の育成がしたいな。それに、チノマに習字教室も開きたい」
あと、と朝陽は頬を赤らめて勇者の耳元で囁いた。
「絶対にソチネさんに手出すなよ」
毒気を抜かれた勇者は、初めて朝陽の前で笑った。
「俺ガお前ノ言うコトに逆らえるトデモ?」
大魔王城から出ると、眩しいほどの朝日が五人を照らした。
彼らは安全な森の中で野宿してから、王城に大魔王討伐完了の報告をしに行った。
朝陽が国王に下手な嘘を吐くも、勇者含め他のメンバーの表情で、勇者の悪行は早々にバレた。しかし一番の功労者である朝陽の懇願により、勇者は国外追放を免れ、朝陽とソチネの目の届く場所に限り居住を許可された。
しかし、当然勇者パーティは解散。勇者に捨てられたかつてのメンバーは他のパーティに加入したものの、今まで当然のようにあやかっていた勇者の経験値ボーナスがなくなり、レベル上げが困難になったストレスをメンバーにぶつけた。ワガママで自分勝手な彼らにメンバーは早々に愛想を尽かし即追放。さらに彼らの悪評が広まり、受け入れてくれるパーティはどこにもいなくなった。
対照的に、地道にコツコツ冒険者の活動を続けていた善良なナナライパーティは、目立った活躍はないものの、着実に実力を上げている。こっそり彼らを評価している冒険者ギルドマスターは意外と多く、ナナライパーティに来る依頼は絶えない。お金に余裕ができた今でも、彼らはマルシャが狩った鶏肉を肴に、屋台の安酒を飲んでいる。
大魔王討伐でヒト族に恩を売ったドロリスは、国王から受け取った報酬で魔王城に花畑を作った。色とりどりの花に、ドロリスの子どもたちは大喜びだ。
ただ、その花畑に使っている肥料が、得体の知れない内臓をすりつぶした物だと聞いた朝陽は、すぐその花たちが真っ黒になるだろうことを察した。
花が黒くなるたびに、国王はこっそり魔王に色とりどりの花の種を贈る。その風習は数百年と続いたそうだ。
リヴィルは大魔王討伐のあと、かなり苦労したらしい。大魔王城に入り穢された体を清めるため、一カ月は聖水の泉に浸かりっぱなしだったそうで、いつか自分の体から鱗が生えるんじゃないかと心配したとのちに語っていた。
彼はこれからも、平穏で退屈な日々をフルーバで過ごす。数カ月に一度、娘のように可愛がっているヒト族と、その夫の来訪だけを楽しみにして。
大魔王に魂の半分を売り、ヒトではなくなってしまった元勇者マルクスは、チノマの町でひっそりと暮らしている。ヒトではなくなった上に、かつての仲間の腹いせで、今までのマルクスの悪行を言いふらされてしまった彼は、町を歩いていると町民に陰口をたたかれ、ときに石を投げつけられる。
それでも彼は、朝陽とした約束を守るため、低級冒険者のための訓練場を経営することにした。はじめは閑古鳥だったが、最近はちらほらと生徒が集まってきた。おそらく、朝陽が人を集めてくれたのだろう。
実際にマルクスに訓練をつけてもらった冒険者は、彼の上手な教え方と、経験値ボーナスのおかげでぐんぐん成長していった。そう遠くないうちに、彼らがマルクスの悪い噂を上書きしてくれることだろう。
そして、ソチネと朝陽は、チノマで今まで通りの暮らしを続けている。
ソチネは今も、魔術師の研究のかたわらで、図書館司書として働いている。彼女の朝陽への愛情は何年経っても沸騰温度から下がらず、毎日まんざらでもなさそうな朝陽に拒絶されては押し通している。きっと朝陽がおじいさんになっても、この関係性は続くのだろう。
大魔王討伐の一番の功労者として、朝陽は国王から勇者の称号を与えられそうになった。しかし朝陽は、断固として拒否し、今も魔術師兼ローラーとして、時たまナナライパーティと冒険をしている。
また、朝陽はチノマの町で習字教室兼魔術師学校を開業した。魔術の勉強をしたいと思っていた魔法使いは多く、初日から大勢の人がおしかけた魔術学校に比べ、習字教室はほとんど町民の関心を寄せられなかった。
それを知ったドロリスが、子どもたちを習字教室に通わせくれたので、朝陽の心はほんの少し救われた。
大魔王討伐から帰った朝陽とソチネは、フルーバの町で身内だけの小さな結婚式を挙げた。ソチネの熱烈な求婚に仕方なく応じたと言い張る朝陽は、結婚式で、誰よりも幸せそうに笑っていたらしい。
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