17 / 55
変化していく日常
1
しおりを挟む
中学に上がるとまず最初のうちは翠が連日学校へと登校した。近隣の小学校三校から生徒が集まり一学年七クラスという大人数。翠が同じクラスになったのは顔見知り程度の同じ小学校出身の生徒と他の二校から来た生徒ばかり。実質誰も知り合いのいない状況での中学校生活のスタートとなった。
けれどクラス内の人間関係がはっきりしていない状態は翠にとって好都合だった。小学校でもクラス替えの直後にそうであったように、まずはクラスの女子皆で仲良くしようという空気が生まれるのだ。各派閥に別れギスギスしたりいじめが起きたりと変化していくのはもう少しだけ先の事。
ともかくとして、今のこの状況を楽しむことに加えてそれとなく今後も仲良くできそうな人――控えめなタイプの、或いはカースト上位とまではいかなくとも中間に位置するようなタイプの――と積極的に交流していこうと考えた。
既に頭角を現しているカーストトップに位置しそうな騒がしく派手なグループにはあまり目を付けられないように。それだけは気を付けようと思った。孤立することに慣れていてもいじめにはあいたくないものだ。
「翠ちゃん、中学校はどう?」
ある日。翠が帰宅すると珍しい事に葛がまだ帰宅しておらずそんな質問を投げかけてきた。
「楽しいよ。みんなで仲良くしてるし友達もできそう」
葛と話す事はやや緊張したが、パパに伝わる事も考え無難な答えを話した。
「それは良かった。ねぇ、もしよかったら今週の土曜日にふたりでお出かけしない? 好きなところへ連れて行ってあげる」
葛と翠が最後に出かけたのはもう一年以上も前の事だ。以前は時々葛が翠を連れ出してくれていたが、翠はいつでも居心地が悪くあまり記憶に残っていなかった。
「いいの? だって葛さん土曜日は休みでしょ?」
行きたい、とは思わなかった。しかし誘いを断る事や渋る事はもっとできなかった。
「仕事じゃなくてお友達、姉妹、親子……なんでも良いけど、私が翠ちゃんと出かけたいの。どう? 祐二さんにはもう許可は貰っているから」
土曜日と日曜日は勉強以外にすることがなく、パパも最近は翠をどこへも連れ出してくれない。あまり乗り気ではなかったが行くしかないのだからと翠はできるだけポジティブに考えようとする。
「わかった。行く」
「それは良かった。じゃあ土曜の午前十一時に車で迎えに来るからそれまでに準備をしておいて」
「うん」
「それじゃあまたね」
ひらひらと手を振り慌ただしく葛は帰って行った。先程、葛が友達、姉妹、親子と関係性を並べていたが言われてみれば翠は葛との関係性を何かに例えたことはない。家事をしにきてくれる人。それだけだった。それでも葛は若く見える。恐らく三十代だろう。親子でもおかしくはない年齢差だが葛の年齢不詳でモデルのようなスタイルの良さや私生活がすっかり謎な様子、それに何故家政婦として家で長いこと働いているのかという疑問――親子と言うにはしっくりこない。小さい頃からお手伝いとして働いている葛を友達とは思えない。そうすると残された選択肢は姉妹となる。
しかし翠の中で姉妹は紅ひとりであり、その姉妹という枠に葛を入れるのはどうにも違う。
葛の事はパパの次に謎であると、翠はそんなように思う。
「葛さんのことはわたしはあまり」
紅に葛のことを話したが紅はあまり葛については知らないようだった。
「そうだよね、ぼくもさっぱりだし」
「でもどうして家政婦なんてしてるのかしら? どこかの会社から派遣されているわけではないのよね?」
「だと思う。パパが直接雇ってるみたい」
「それって……怪しいわよね」
「え? 怪しい?」
「もしかするとパパの彼女とか」
パパの彼女。予想だにしていなかったキーワードに翠は一瞬思考が停止した。
「まさか。そんなこと」
そもそも翠はパパと葛が話している姿を見た事がなかった。葛はパパと翠が家を出た後でやってきて翠が帰る前には家事を終えて帰宅している。
パパと葛の接点すらないと、翠から見ればそう見えるのだ。
「色々事情があるのかしら。まぁいいわ、土曜に出かけるならその時に聞けば良いじゃない」
「ぼくそんな質問できないよ」
「わたしが聞いてあげたいどころだけど約束で決まってるから残念ね」
翠と紅の些細な変化に気が付かれては困る。約束は忠実に守られていた。
「でも楽しみね。久しぶりのちゃんとした外出じゃない?」
「うん。まぁ」
久しぶりに葛と出かけること。翠は出かけることを楽しみにしようと決めたものの、やはり心配だった。翠ももう中学生で、今の自分がどのようにして葛と接すれば良いのかわからないのだ。
「楽しんできて」
「ありがとう……」
不安は消えなかったが、紅にそう言われるとそう答える他なかった。悪い事が起こる訳じゃない。ほんの少し気まずいだけだ。たったそれだけの事が翠の中で引っかかり仕方がなかった。
けれどクラス内の人間関係がはっきりしていない状態は翠にとって好都合だった。小学校でもクラス替えの直後にそうであったように、まずはクラスの女子皆で仲良くしようという空気が生まれるのだ。各派閥に別れギスギスしたりいじめが起きたりと変化していくのはもう少しだけ先の事。
ともかくとして、今のこの状況を楽しむことに加えてそれとなく今後も仲良くできそうな人――控えめなタイプの、或いはカースト上位とまではいかなくとも中間に位置するようなタイプの――と積極的に交流していこうと考えた。
既に頭角を現しているカーストトップに位置しそうな騒がしく派手なグループにはあまり目を付けられないように。それだけは気を付けようと思った。孤立することに慣れていてもいじめにはあいたくないものだ。
「翠ちゃん、中学校はどう?」
ある日。翠が帰宅すると珍しい事に葛がまだ帰宅しておらずそんな質問を投げかけてきた。
「楽しいよ。みんなで仲良くしてるし友達もできそう」
葛と話す事はやや緊張したが、パパに伝わる事も考え無難な答えを話した。
「それは良かった。ねぇ、もしよかったら今週の土曜日にふたりでお出かけしない? 好きなところへ連れて行ってあげる」
葛と翠が最後に出かけたのはもう一年以上も前の事だ。以前は時々葛が翠を連れ出してくれていたが、翠はいつでも居心地が悪くあまり記憶に残っていなかった。
「いいの? だって葛さん土曜日は休みでしょ?」
行きたい、とは思わなかった。しかし誘いを断る事や渋る事はもっとできなかった。
「仕事じゃなくてお友達、姉妹、親子……なんでも良いけど、私が翠ちゃんと出かけたいの。どう? 祐二さんにはもう許可は貰っているから」
土曜日と日曜日は勉強以外にすることがなく、パパも最近は翠をどこへも連れ出してくれない。あまり乗り気ではなかったが行くしかないのだからと翠はできるだけポジティブに考えようとする。
「わかった。行く」
「それは良かった。じゃあ土曜の午前十一時に車で迎えに来るからそれまでに準備をしておいて」
「うん」
「それじゃあまたね」
ひらひらと手を振り慌ただしく葛は帰って行った。先程、葛が友達、姉妹、親子と関係性を並べていたが言われてみれば翠は葛との関係性を何かに例えたことはない。家事をしにきてくれる人。それだけだった。それでも葛は若く見える。恐らく三十代だろう。親子でもおかしくはない年齢差だが葛の年齢不詳でモデルのようなスタイルの良さや私生活がすっかり謎な様子、それに何故家政婦として家で長いこと働いているのかという疑問――親子と言うにはしっくりこない。小さい頃からお手伝いとして働いている葛を友達とは思えない。そうすると残された選択肢は姉妹となる。
しかし翠の中で姉妹は紅ひとりであり、その姉妹という枠に葛を入れるのはどうにも違う。
葛の事はパパの次に謎であると、翠はそんなように思う。
「葛さんのことはわたしはあまり」
紅に葛のことを話したが紅はあまり葛については知らないようだった。
「そうだよね、ぼくもさっぱりだし」
「でもどうして家政婦なんてしてるのかしら? どこかの会社から派遣されているわけではないのよね?」
「だと思う。パパが直接雇ってるみたい」
「それって……怪しいわよね」
「え? 怪しい?」
「もしかするとパパの彼女とか」
パパの彼女。予想だにしていなかったキーワードに翠は一瞬思考が停止した。
「まさか。そんなこと」
そもそも翠はパパと葛が話している姿を見た事がなかった。葛はパパと翠が家を出た後でやってきて翠が帰る前には家事を終えて帰宅している。
パパと葛の接点すらないと、翠から見ればそう見えるのだ。
「色々事情があるのかしら。まぁいいわ、土曜に出かけるならその時に聞けば良いじゃない」
「ぼくそんな質問できないよ」
「わたしが聞いてあげたいどころだけど約束で決まってるから残念ね」
翠と紅の些細な変化に気が付かれては困る。約束は忠実に守られていた。
「でも楽しみね。久しぶりのちゃんとした外出じゃない?」
「うん。まぁ」
久しぶりに葛と出かけること。翠は出かけることを楽しみにしようと決めたものの、やはり心配だった。翠ももう中学生で、今の自分がどのようにして葛と接すれば良いのかわからないのだ。
「楽しんできて」
「ありがとう……」
不安は消えなかったが、紅にそう言われるとそう答える他なかった。悪い事が起こる訳じゃない。ほんの少し気まずいだけだ。たったそれだけの事が翠の中で引っかかり仕方がなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる