パパには言わない

田中潮太

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変化していく日常

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 中学に上がるとまず最初のうちは翠が連日学校へと登校した。近隣の小学校三校から生徒が集まり一学年七クラスという大人数。翠が同じクラスになったのは顔見知り程度の同じ小学校出身の生徒と他の二校から来た生徒ばかり。実質誰も知り合いのいない状況での中学校生活のスタートとなった。

 けれどクラス内の人間関係がはっきりしていない状態は翠にとって好都合だった。小学校でもクラス替えの直後にそうであったように、まずはクラスの女子皆で仲良くしようという空気が生まれるのだ。各派閥に別れギスギスしたりいじめが起きたりと変化していくのはもう少しだけ先の事。
 ともかくとして、今のこの状況を楽しむことに加えてそれとなく今後も仲良くできそうな人――控えめなタイプの、或いはカースト上位とまではいかなくとも中間に位置するようなタイプの――と積極的に交流していこうと考えた。
 既に頭角を現しているカーストトップに位置しそうな騒がしく派手なグループにはあまり目を付けられないように。それだけは気を付けようと思った。孤立することに慣れていてもいじめにはあいたくないものだ。

「翠ちゃん、中学校はどう?」

 ある日。翠が帰宅すると珍しい事に葛がまだ帰宅しておらずそんな質問を投げかけてきた。

「楽しいよ。みんなで仲良くしてるし友達もできそう」

 葛と話す事はやや緊張したが、パパに伝わる事も考え無難な答えを話した。

「それは良かった。ねぇ、もしよかったら今週の土曜日にふたりでお出かけしない? 好きなところへ連れて行ってあげる」

 葛と翠が最後に出かけたのはもう一年以上も前の事だ。以前は時々葛が翠を連れ出してくれていたが、翠はいつでも居心地が悪くあまり記憶に残っていなかった。

「いいの? だって葛さん土曜日は休みでしょ?」

 行きたい、とは思わなかった。しかし誘いを断る事や渋る事はもっとできなかった。

「仕事じゃなくてお友達、姉妹、親子……なんでも良いけど、私が翠ちゃんと出かけたいの。どう? 祐二さんにはもう許可は貰っているから」

 土曜日と日曜日は勉強以外にすることがなく、パパも最近は翠をどこへも連れ出してくれない。あまり乗り気ではなかったが行くしかないのだからと翠はできるだけポジティブに考えようとする。

「わかった。行く」
「それは良かった。じゃあ土曜の午前十一時に車で迎えに来るからそれまでに準備をしておいて」
「うん」
「それじゃあまたね」

 ひらひらと手を振り慌ただしく葛は帰って行った。先程、葛が友達、姉妹、親子と関係性を並べていたが言われてみれば翠は葛との関係性を何かに例えたことはない。家事をしにきてくれる人。それだけだった。それでも葛は若く見える。恐らく三十代だろう。親子でもおかしくはない年齢差だが葛の年齢不詳でモデルのようなスタイルの良さや私生活がすっかり謎な様子、それに何故家政婦として家で長いこと働いているのかという疑問――親子と言うにはしっくりこない。小さい頃からお手伝いとして働いている葛を友達とは思えない。そうすると残された選択肢は姉妹となる。

 しかし翠の中で姉妹は紅ひとりであり、その姉妹という枠に葛を入れるのはどうにも違う。
 葛の事はパパの次に謎であると、翠はそんなように思う。

「葛さんのことはわたしはあまり」

 紅に葛のことを話したが紅はあまり葛については知らないようだった。

「そうだよね、ぼくもさっぱりだし」
「でもどうして家政婦なんてしてるのかしら? どこかの会社から派遣されているわけではないのよね?」
「だと思う。パパが直接雇ってるみたい」
「それって……怪しいわよね」
「え? 怪しい?」
「もしかするとパパの彼女とか」

 パパの彼女。予想だにしていなかったキーワードに翠は一瞬思考が停止した。

「まさか。そんなこと」

 そもそも翠はパパと葛が話している姿を見た事がなかった。葛はパパと翠が家を出た後でやってきて翠が帰る前には家事を終えて帰宅している。
 パパと葛の接点すらないと、翠から見ればそう見えるのだ。

「色々事情があるのかしら。まぁいいわ、土曜に出かけるならその時に聞けば良いじゃない」
「ぼくそんな質問できないよ」
「わたしが聞いてあげたいどころだけど約束で決まってるから残念ね」

 翠と紅の些細な変化に気が付かれては困る。約束は忠実に守られていた。

「でも楽しみね。久しぶりのちゃんとした外出じゃない?」
「うん。まぁ」

 久しぶりに葛と出かけること。翠は出かけることを楽しみにしようと決めたものの、やはり心配だった。翠ももう中学生で、今の自分がどのようにして葛と接すれば良いのかわからないのだ。

「楽しんできて」
「ありがとう……」

 不安は消えなかったが、紅にそう言われるとそう答える他なかった。悪い事が起こる訳じゃない。ほんの少し気まずいだけだ。たったそれだけの事が翠の中で引っかかり仕方がなかった。
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