異世界から召喚する方法は「ガチャ」らしいですよ

矢崎 拓真

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第一章 異世界からの来訪者編

第5話 チャンスは突然やってくるみたいですよ。

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「――――と言うわけだ! これで一通りこの世界の事と魔法師については分かったと思う――っておい! タクミ! 聞いているのか?」

 昨日の夜、就寝前にエリーヌからこの世界について知るよう言われ、早朝にたたき起こされて教室で授業を受けてからの今である。
 目の前には魅力的な身体を持つ20代の綺麗な女教師がいて、拓海のために教鞭をとっている。
 普通なら羨ましい限りのシチュエーションのはずであるが、拓海を現在支配している感情は別のものである。

「聞いてはいるんだけど――さすがに眠いっす」

 どんなに健全な10代後半の男子でも、血気盛んな戦士でもこの感情には勝てない。

「ふぅ。眠いのは分かるがもう少し頑張って欲しいものだ」

 目の前の生徒の頭から大きく「zzZ」の文字が見えるのだから、エリーヌがため息をつくのも当然と言える。

「あ、あのエリーヌさん」

「ん? 質問か?」

 拓海が真剣な表情を作り、エリーヌに質問をしようとする。その真剣な表情から何かを読み取ったのか、エリーヌが先を促す。

「出来れば魔法の使い方を教えてもらえますか? 早く元の世界に戻りたいんです」

「うむ。だが精霊術師となると、私も教えられることが少ない。魔術や法術は基本的に詠唱するものだからな。しかし精霊術師は詠唱の必要が無いと聞く。そのことから別の発動方法があるような気がするのだが――何か思い当たることはないか?」

 拓海の質問に質問で返すエリーヌ。

「いや、そうは言っても――ん? あれ? でも、もしかしたら」

 今までの説明と自分の置かれている状況、大罪王という固有名と精霊術師に召喚士、その他諸々を拓海が頭の中で組み立てていき、一つの解答を得られたような表情をする。

「何か分かったのか?」

「いや、確証を持ってるわけじゃないんですけど――。この世界って、俺が召喚される前に遊んでたゲームと一致する点が多くて」

 拓海が思いついた考えをそのまま口にする。普通であれば「くだらない事」として受け流すはずだ。
 しかし昨日からの状況を振り返ってみると、どうしても無関係とは考えられないのである。

「そのゲームではどうなっているのだ?」

 拓海の言葉にエリーヌが問いかける。

「えっと、説明が難しいんですけど――――」

 拓海がそう前置きしてから自分の考えを話し始める。
 自分のやってたゲームで「召喚士」のスキルについて、能力について、パーティについて、精霊術師の能力などを全て話し、最後に

「――――『協力者の経済力により増減』ってのはもしかして、召喚ポイントの事になるのかな?」

 ゲームで引いたガチャのついて、唯一不明だった部分を質問するように呟く。

「ふむ――――。タクミのやっていたゲームが、想像の範囲ではあるが理解した。多分、タクミの理解で間違いないと思うぞ。この世界で召喚士が何かを召喚する場合、召喚ポイントを購入してカードにチャージし、それを使用することによって可能となる」

 完全に肯定するわけではないが、それでもほぼ間違いないとエリーヌが言う。

「しかし、それではどのようにしてタクミが精霊術――魔法連携スペルコネクトを使用するのか分からないな」

 しかし続けてエリーヌが発した言葉はもっと簡単な疑問であった。

「念じれば――――なんてことはないですよね?」

「さすがにそんなご都合主義なことはないだろう。そうだな、今日魔法師ギルドに登録するわけだから、そこに精霊術師の一人や二人いるだろう。何かコツを聞いてきてはどうだろうか?」

 昨日の夜、既に閉店していた魔法師ギルドに今日も拓海は行き、登録することになっている。
 しかし当の本人は全然乗り気で無いため、エリーヌのアドバイスにあまり良い表情をしない拓海である。

「まぁそんな顔をするな。魔術も法術もまともに使えない事では精霊術師の意味が無いからな。それにいきなり戦えと言われても無理があるだろう? これをタクミに貸しておく」

 そう言うとエリーヌは自分の腰から騎士剣を鞘ごと引き抜き拓海に渡す。

「それはそうなんですけど――でも俺、そもそも魔法って見たことがないですよ」

 拓海が騎士剣を受け取りながらそう呟くと、そう言えばという表情をエリーヌがする。
 思い返してみれば、この世界に召喚されたのは間違いなくシャンテの召喚魔法によるものだが、それを拓海が見たわけではない。
 そしてそのまま今に至るまで、実際に魔法というものに触れていないのだから拓海の苦言も尤もである。

「言われてみれば確かにそうかもしれないな。では今からタクミに見せて、今日は終わりとするか。魔術と法術どちらが良い?」

「ん~~そしたら法術の方かな。魔術だと主に攻撃する為のものですから、出来たら俺の中途半端な体力を回復してもらいたいです。出来れば再び眠らせてくれるような法術が――――」

 拓海の今考えていることは一つである。中途半端な睡眠時間だったため、再び眠りたいと、そう訴えているのである。
 その答えを聞いたエリーヌが不敵な笑みを浮かべると

「よし分かった! 命の源、清らかなる水よ、我が手に集え」

 そう言うとエリーヌが拓海に向けて手を突き出し、詠唱を開始する。

流水ウォーター!」

 次の瞬間、冷たくて爽やかな液体が拓海の顔面を打つ。
 誰でも一度は口にしたことのある液体であり、人間が生活するのに必ず必要となるもの。
 それは――――

「あの俺、法術って言ったと思うんですけど、なんで魔術なんですか? しかも水の!」

 拓海が言葉に出したように「水」であった。
 エリーヌの手から生成された、拳大の水の塊が拓海の眠気を一気に吹き飛ばしたのだ。

「知っているぞ。それで再び寝ようとしたのだろう? だから冷水で起こして差し上げたのだ!」

 笑い声混じりにエリーヌがそう言うと

「エリーヌさんって美人なのに悪魔ですよね?」

 拓海がそう言い、教室を出ていくのであった。

※ ※ ※ ※

 エリーヌとの甘い時間――ではなくお勉強の時間は冷水を浴びて終わった拓海であるが、部屋に戻った後やはりもう一度寝てしまったのは言うまでもない。
 十時近くになって、シャンテに布団の上からダイビングされるという起こされ方をされ、しばらくうめくことになった拓海である。

「この学園の女性はみんな過激な起こし方をするのか?」

 過激な起こし方とはもちろん、シャンテのやった寝ている人へのダイブだ。

「いやそう言うわけじゃないけど、昨日エリーヌ姉さんが『もしタクミが起きなかったらこうしろ』って言うから――――」

「――次回からは普通に起こしてくれ」

 エリーヌの声色で腕を組み、モノマネをするシャンテに一つ、お願いごとをする拓海であった。

 寝間着から着替え、外出する用意を整え終えた拓海だが、シャンテはなぜかまだ寝間着のままであった。
 そのことを不思議に思い拓海が話しかける。

「シャンテは着替えないのか?」

 これから出かけるところは決定している。
 今は昼間のためそんなに急ぐ必要もないのだが、出来ることなら早めに用事は済ませてしまいたい。
 そう思って口にした言葉であるが。

「えっと、さすがにタクミの前で着替えるのは――」

「あ、そう言えばそうだったな。じゃ、俺は外にいるから着替え終わったら呼んでくれ!」

 シャンテの言葉で謎が解け、部屋を出ていく拓海であった。
 恐らく着替える時間自体は十五分あれば十分なはずである。しかし、シャンテが拓海を部屋に再び呼んだのは何故か一時間後であった。

「やっとか! 着替えるだけなのに何でそんなに時間が――」

「掛かるんだ!」という拓海の怒りの言葉は最後まで発せられることはなかった。

「――――どう、かな?」

 部屋に入った拓海を迎え入れたのは、昨夜学内で見たシャンテとはまるで別人であった。

「いや、その――」

 陽光を浴びて輝く肌は白雪の様であり、肩まである黒髪は純潔さを一層引き立てる。身に纏っているのは、肌と同じくらい白いワンピースにケープを羽織っただけであるが、それは名匠が生涯をかけて描き上げた一枚の絵の様であった。
 目に映る美少女に見惚れ、拓海は今ほど時間が止まって欲しいと思ったことはないだろう。

「似合う――かな?」

 その絵画の少女が口を開き、鈴の音のような声で拓海に問いかける。

「あ、あぁ――綺麗だ。シャンテじゃないみたいだ」

 まだ知り合ってから一日しか経過していない為、この表現は本来ならおかしい。
 しかし、そう感じてしまうほど、拓海は目の前の少女に見惚れてしまっていた。

「支度が遅かったのは化粧してたからか」

「そりゃ、男の子と出かけるんだもん。化粧ぐらいはするわよ」

 頬を膨らませてそう言うシャンテは、とても不幸な人生を歩んできたとは思えない程、どこから見ても年相応の少女である。

「別にオシャレをする必要はないんだが――その気持ちは嬉しいよ。さ、ギルドに行こうか!」

 離れかけた意識を無理矢理に引き戻し、ギルドに向かおうとする拓海に

「あ! ちょっと待って!」

 シャンテが声を掛けて隣に駆け寄り

「こうすればタクミも格好がつくでしょ?」

 腕を組んで学園を出ていく二人であった。

※ ※ ※ ※

 昨夜は既に閉店していたギルドであるが、昼間であればそれなりに人も多く、掲示板にはたくさんのクエスト依頼が貼り出されていた。
 その掲示板を見ながら拓海が口を開き、隣のシャンテに話しかける。

「シャンテ」

「ん?」

 拓海の言葉に首を傾げて答える。

「昨日も話したと思うけど、読めない」

 まだ拓海はこの世界の言語について、全く知識がない。当然読み書きも出来ず、目の前のクエストの難易度が高いのか低いのかすらわからないのである。

「あ、そうだよね? 取りあえず登録だけ済ませてからにしよう!」

 そう言うと拓海の手を引き、ギルド登録に必要な書類を持ってカウンターに持って行く。

「はい、シャンテさんとタクミさんですね? ギルド登録ありがとうございます。クエスト自体は初めてだと思いますので、難易度の比較的低い――探索系のクエストなどで経験を積んだ方が良いと思います。どのクエストをやるか決定したらこちらのカウンターまでお持ちください!」

 そう二人にアドバイスをしたのはギルドの案内係だろう。
 エリーヌと同じくらい魅力的な身体の美人である。

「あ! タクミ今、あのお姉さんに見惚れてたでしょ?」

 その拓海の視線に気付いたのか、シャンテが拓海の顔を覗き込んで厳しい視線を送る。

「あーえっと、まぁ。男の子だからその辺は許してくれると助かるんだけど――ダメ?」

「今はダメ! 私の立場が無くなるでしょ! それでどのクエストにするかだけど――」

 そう言って目の前の掲示板を見上げるシャンテであった。
 二人の目の前に貼り出されているクエストは、難易度の高いものから低いものまで多種多様にある。
 拓海には読めないが、依頼内容を示している横に共通のマークがあり、その数が多いのが高難易度であろうと推測できる。

「取りあえず簡単なのがいいよね? これとかにしようか!」

 そう言ってシャンテが貼り紙を一枚剥がし、拓海の前に提示する。

「どんな内容なの?」

 難易度を表しているだろうマークの数は「2」、依頼内容は当然だが拓海は読めない。

「えっと、ここから北に行ったところに『エーギソスの湖』っていうのがあるんだけど、そこに生息するモンスターの生態系に異常が発生しているんだって」

 この世界にも生態系というものが存在する様で、それに異常が生じているという。
 地球でも生態系に異常が生じた時、場合によっては絶滅する動植物があるため調査の上、除去することがある。

「えっと、戦闘とかってあると思う?」

 一番拓海が危惧しているのはこれだろう。今現在、拓海には戦う手段が全くと言って良いほどない。
 仮に戦闘があった場合、シャンテを頼り切ることになるわけで、男としてそれはどうかと考える拓海であるが、

「えっと調査ってだけだけど、少しはあるかも――――どうして?」

「そしたらこの中に精霊術師っているか? いたら」

 学校でエリーヌに言われた「コツ」のようなもの(あるかどうかは別として)を、同じ精霊術師に聞こうとシャンテに質問する。

「えっとね――今はいないと思う。全員魔術師か法術師だと思うなぁ」

 ぐるりと周りを見てから拓海に視線を戻し、ここに精霊術師はいないと答える。
 もともとかなりレアな職業のようで、現在この場所にいなくてもこれと言って不思議はない。
 しかし、拓海にとっては若干都合が悪いのは言うまでもない。このままではシャンテの足を引っ張るだけとなるからだ。

「取りあえず依頼を受けるのは良いんだけど、俺は全然戦えないよ。それでも良い?」

 自分で恥ずかしいことを口にしているのは自覚しているのだろう。
 シャンテにギリギリ聞こえるだろう小声で話しかける。

「大丈夫! その辺はフォローするよ! 少しポイントもチャージしたし、さ!行こうか!」

 そう言うと拓海の手を取り、目的地に向かって行く二人であった。

※ ※ ※ ※

 エーギソスの湖は王都アルコルから北上し、レアシュ森林を抜けた先にある。
 レアシュ森林にも低レベルのモンスターが生息しており、幾度か戦闘になりはした。しかし、学園でエリーヌから借りた騎士剣で対処が可能なレベルのモンスターであり、さほど苦労することなくエーギソスの湖に到着する。
 拓海に剣の才能があったわけではない。単純にモンスターが弱すぎたのだ。

「ここがエーギソスの湖?」

 拓海がシャンテの方を見て質問する。

「そうだよ! あまり強いモンスターがいないし湖がきれいだから、結構デートに来る人もいるんだけど――」

 シャンテの言葉通りならそれなりに人がいるはずであり、今こうして二人で並んでいるところを他人が見たら、きっと恋人同士と思われてもおかしくないだろう。
 しかし、目の前に広がる湖はお世辞にも美しいとは言えない。緑色に濁り、紫色の陽炎が立っているのが拓海にも見える。

「多分今回の依頼はあれだろうね」

 シャンテが前方を指差して拓海に話しかける。

「まぁ、そうだよな」

 拓海もそれに応じて返事をする。
 その美しいはずの湖を汚しているのは、羽を持つ巨大な虫。
 地球にも存在し、その虫が飛び回るところは基本的に悪臭がしていることが多い。その悪臭がするところは極端に不衛生であり、その原因のほとんどは生物の排泄物である。
 地球上に置いてその虫の大きさは1cmにも満たないことが多く、不快なだけであまり脅威を感じることはない。
 しかし目の前にいるそれは、どう見ても人間とほぼ同じくらいの大きさであり、見ているだけで怖気がする。
 その虫とは

「――――ハエだよな? 巨大な」

 そう、ハエである。
 人間と同じ大きさのハエが湖に口を付け、その水をすすっている。
 すすっている場所から濁った色に変化していることから、湖の生態系を崩しているのは目の前のハエであることは間違いないだろう。

「この世界のハエってあんなに巨大なのか?」

「拓海の世界のハエがどのくらいの大きさなのか知らないけど、あれはさすがに異常です。あんなの触りたくないんですけど」

「それは俺も同感だ。見なかったことにして帰るか?」

「そうする? 調査だから原因が分かればいいような気がするし――――ってあれ!」

 二人が既にギルドへ帰還することを決めていた時、シャンテが突然叫びある一点を指さす。
 拓海がシャンテの声に反応し、差している先を確認すると

「あれ、何?」

 そこには不思議な生物がいた。
 一見すると子熊だが、前足と後ろ足の間にヒレがあり地球上のムササビに似ている。
 愛くるしい黒い目は丸く、もこもことした毛が温かそうである。
 そのムササビ熊が巨大ハエの脚に絡めとられ今現在、絶賛ピンチである。

「タクミ!」

「良し! 逃げよう!」

「じゃなくて、助けるんでしょ! ほら行くよ!」

 逃げようとする拓海の襟をつかみ、巨大ハエに向かって行き

「それじゃ先手必勝!」

 そう叫ぶとシャンテが召喚カードを取り出し、先ほどギルドでチャージしたポイントを消費して召喚魔法を行う。
 シャンテが行う召喚は当然、通常召喚。つまり何が出て来るかは「運」次第。
 カードを天にかざし、召喚ポイントが金色の光となって湖を照らし、召喚されたのは、

「なぁシャンテ、これって――――」

「えっと――――さっきまであそこにいた子だね」

 シャンテが通常召喚によって呼び出したのは、巨大ハエに捉えられ今まさに絶賛ピンチであった、拓海がムササビ熊と名付けた動物であった。
 愛くるしい目をシャンテに向け、そのモフモフの毛を摺り寄せている。

「かわいー」

 その動物をシャンテが抱きしめ、頬ずりする。だが、今はそれよりももっと優先すべきことがある。

「ってそんなことしてる場合じゃねぇだろ! 逃げるぞ!」

 拓海が叫ぶと同時にシャンテの手を握り、もと来た道を全速力で引き返す。

「逃げるのは分かるんだけど、今どういう状況なの?」

「後ろを振り向きたくないんだが、とりあえず追ってきてるのは間違いない!」

 全速力で逃げる二人の耳に、不快な羽音が聞こえる。
 実際にどのくらいの距離があるのか分からないが、徐々に距離が詰まってきているのは、羽音が大きくなっていく事から理解できる。

「シャンテ! 他に何か召喚できないのか?」

 走りながら拓海が、別のものを召喚して撃退できないのかとシャンテに問いかける。
 
「さっきので召喚ポイント全部使っちゃった!」

 しかし先ほど召喚し、今抱えているムササビ熊で召喚ポイントを全て使用してしまったと答える。

「あぁくそ! 俺に本当に精霊術師の力が眠ってるなら今目覚めてくれよぉ!」

 悪態を付き自分の無力さを棚に上げ、自分に眠っている力があるなら早く目覚めろと、拓海がそう叫ぶ。

 地球では魔法とは既に廃れた学問であり、現実には魔法とは存在しないとされている。
 それがこの異世界では魔法がごく当たり前にあり、普通に使う事が可能である。その魔法を使うのが魔法師である。
 そして魔法師の中でも特にレアな職業として精霊術師が存在し、その精霊術師として召喚された拓海にもその能力があるはずである。
 普通、魔術師や法術師が魔法を行使する際には詠唱が必要となるが、精霊術師にはその詠唱が必要ないとされている。
 そして精霊術師が魔法を行使する際、魔術師や法術師の様に詠唱を必要としない理由は意外と知られていないのは、絶対数が少ないからだろう。
 精霊術師が魔法を行使する場合、その場にいる精霊と対話することで加護を受けて精霊術を行使する。
 つまり水の多い場所では火の精霊は少なく(ゼロではない)、草原のような場所では風や地の精霊の力を使用することになる。
 精霊と対話すると言う特殊な方法を使う為、精霊術師には魔法詠唱の必要がないのである。
 拓海とシャンテが今逃げている場所であれば、風と地と水の精霊から加護を受けている状態なのだが、今現在巨大なハエから逃げ回っている中、そんな加護に気付くはずはない。

「やべぇ! どんどん追いついてくる!」

 そして当然こうなるわけである。
 振り返って迫りくる異形の敵を確認し、拓海が叫びをあげながら全力で逃げる。

「ねぇどうしよう?」

「そんなこと俺に言われても――――って、ん?」

 シャンテの問いかけに答えようとした時、拓海の視界に透明な球体が現れる。それも一つや二つではない。拓海の視界一杯に青、白、黒の球体が出現する。

「この球体何? さっき来たときはなかったのに!」

 その球体を避けながら拓海がシャンテに話しかける。

「え? 球体? そんなの無いよ!」

「は? じゃあこれ何?」

 どうやらシャンテには拓海が見ている三色の球体が見えないようである。
 拓海が走りながら目の前の球体の内、緑色のを一つ手に取ってみると

「初めまして。僕は風の精霊、シルフだよ!」

 突然目の前に自分より年下と思われる緑色の少女が現れる。
 その突然の事に

「おわ! あんた誰? って言うか、やべぇ追いつかれる」

 目の前に現れた少女に驚き、咄嗟に急ブレーキをかけるがすぐに逃げている最中だと気づき再び走り出そうとする。
 しかし、なぜだが自分の身体を動かすことが出来ないことに拓海が焦りを覚える。

「そんなに焦らなくても大丈夫だよ! 今こうして僕たちと会話している時は精神世界での話だから。みんなが生きている次元とは少しズレてるんだよ!」

「次元がズレている?」

 そう呟き後ろを振り返ってみると、巨大なハエがその動きを止めているのが見える。
 ハエだけではない。隣にいるシャンテもそうだ。いや、もっと視界を大きくしてみれば何の音も聞こえない。
 木々の擦れ合う音や風の音、何もかも聞こえない。

「分かる? 精霊術師は僕たち精霊と対話するとき、自分たちの次元から意識だけを別次元にズラすんだよ」

「つまり時間が止まってるってことか――――」

 しかし根本的に今の状況が解決したわけではない。仮にこの止まっている時間が動き出したら、再び巨大ハエから逃げなければならないのだ。
 それにもっと肝心なことがある。

「この止まってる時間って、どうやったら戻せるの?」

 時が止まったままだった場合、意識だけそのままでこの先を過ごさなければならない。
 それを考えるとぞっとする話だ。

「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ! 僕たち精霊との対話が終わったら、君の意思で時間は動くようになるから! それでここからが重要だよ! 僕たちの力の使い方だから!」

 どうやらある程度は術師の意思でこの状態は解除できるようである。
 それを知ってホッとする拓海であるが、その次に襲い掛かる問題に直面して顔をしかめる。

「精霊の――――使い方?」

「そ! 精霊術師だから精霊の力を使って戦うんだよ! これは精霊術師にしか出来ない事! でも――――なんかお兄さん、普通の精霊術師とは違う感じがするんだけど、どうしてだろう?」

 精霊術師だから精霊の力を行使して戦う。それは当然の事だろう。
 問題は拓海が普通の精霊術師とは違うという事だ。

「俺も分からんが違う感じがするのは多分、俺が異世界から召喚されたからじゃないかな?」

「え! お兄さん異世界の精霊術師なの?」

「正確に言うなら召喚された時には精霊術師ってなってた。俺は向こうの世界では何の力も持たない、ただの学生だからな」

 思い返さなくても拓海は昨日までただの高校生だったのだ。それがこの世界に召喚された時に「精霊術師」という職業を与えられた。
 拓海自身、なぜそんな職業が与えられたのかは全く分かっていない。

「ふ~~ん。さすがに僕も何とも言えないけど、お兄さんが異世界から精霊術師として召喚されたのには理由があると思うんだよね~。または精霊と何かしらの縁があるとか――」

「う~~ん、そうは言っても全く心当たりがないんだが――。それはそうと、どうやれば精霊の力を使う事が出来るんだ? まずは後ろの奴を何とかしないと!」

 精霊術師として召喚されたからには何かしら意味があるという少女だが、今は拓海の言う通り後ろに迫りくる巨大ハエを何とかしなければならない。

「それもそっか! そしたら僕の力を使いなよ! 重要なのはイメージ! そのイメージ通りに僕が力を貸してあげるから!」

「それだけでいいのか? 何か呪文を詠唱したりってことは――」

「必要ないよ! 力を貸す術師のイメージを具現化するのが僕たちだから!」

 どうやらこれが魔術師や法術師の違うところなのだろう。
 魔法師は詠唱することにより、既に出来上がっている魔術・法術を行使するが、精霊術師は自分の思った通りに魔法を操ることが出来る。
 このことが魔法師の中でも精霊術師が特別扱いされる理由なのだろう。

「さ、イメージして! 最初は次元から意識を元に戻すのは僕がやるよ!」

 少女にそう言われ、頭の中で後ろのハエを倒せるものをイメージする。

「(ハエを倒すものってなんだ? 俺の世界なら殺虫剤が一般的だけど――あ、でも確か俺のイメージ通りにしてくれるって言ってたよな? そしたらそれもアリなのか)」

 心の中でそう考え、地球の殺虫剤をイメージする。
 地球の殺虫剤は、有機リン剤やニコチン剤と言った毒性のものが多いらしいが、当然拓海にそんな知識はない。
 ただハエや蚊に毒となるガスをイメージするだけとなる。

「難しいイメージだね! お兄さんのいた世界ってこんなのがあるんだ? でも僕にこれと全く同じものは作れないから、似たようなものを作るね! オーブは十分。それじゃこの精霊術に名前を付けて!」

 どうやら拓海のイメージしたものをそっくりそのまま具現化するのは不可能で、それに似た効果を持つものを具現化するようである。
 そして少女はそれに名前を付けるよう拓海に言ったのだ。

「え? 名前?」

「そ! 今後このイメージを使う時、僕らにはそれが合図となるから!」

 拓海がイメージした時、そんなものは考えていない。間抜けな声を上げる拓海であったが、

「どういうこと?」

「えっとね、簡単に言うと精霊術って言うのはその人個人のものなんだ。だから同じ術は誰にも使えない。同じ精霊術師であってもね。どういえば良いかな――大きな図書館に新しい本を作って納める感じかな。それをオーブを使って呼び出すって言えば良いのかな?」

 彼女の言ったオーブというのは、恐らく拓海の目に映っている球体の事だろう。精霊術の行使にはオーブが必要だという事だ。

「何となくわかった。それじゃ虫だから――――インセクト、殺すだからキル――――インセクトキラー(思いっきり中二病っぽいけど)」

「オッケー! 次元を戻したら発動する相手に向かって今のをイメージして! 戻すよ!」

 少女がそう言うと今まで聞こえなかった音が拓海の耳を襲う。次元のズレから元の次元に戻った証拠である。
 突然次元を戻され、拓海が態勢を崩してその場に倒れ込む。

「タクミ!」

 シャンテが振り返って拓海の名前を叫ぶように呼ぶ。
 倒れている拓海に、また別の不快な音が急激に接近してくるのが分かる。

「のわあああぁ!」

「(イメージだよお兄さん!)」

 不意に拓海の耳に先ほどの少女の声が聞こえた気がした。いや、確かに聞こえたはずである。

「(イメージ――――殺虫剤)食らえ! インセクトキラー!」

 巨大ハエが拓海のすぐ目の前まで接近した時、裂帛の気合と共に拓海が先ほどの精霊術の名前を叫ぶ。

※ ※ ※ ※

「何とかなったな」

「もう本当に心配したんだから! でもどうして急に精霊術が使えるようになったの?」

 レアシュ森林を抜け、ギルドに結果を報告する帰宅途中である。
 巨大ハエを拓海の考案した精霊術「インセクトキラー」で倒した二人だが

「んーまぁ詳しくは帰ってから話すわ。それよりもまさか俺の術があんな効果を生み出すとは思わなかったな――――」

 拓海の呟いた「あんな効果」とは、地球の殺虫剤とは似て非なる効果。
 術名を叫んだ瞬間、拓海の手から白い気体がもうもうと上がり、巨大ハエを文字通り溶かしたのだ。
 絶命する瞬間の断末魔のような仕草は、しばらく拓海の脳裏に焼き付き夢でうなされるかもしれない。
 そんなことを考えながら憂鬱な表情でギルドへの道を歩いていると

「(パパとママ、さっきは助かったのです)」

 突然二人の頭の中に聞いたことのない声が響くのであった。
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 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

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