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第1章 チュートリアル

第2話 Q.モンスターに襲われたらどうしたら良いですか? A.全力で逃げましょう

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「さてと、とりあえずは何をしたら良いんだろう?」

 異世界に転生した時に打った頭をさすり、ちょうど痛みが引いたところで、次なる問題に直面している真である。
 目的ははっきりしている。魔王を討伐することだ。
 しかし、この世界の知識が全くない真にしてみれば、右も左もわからないところに置いてけぼりを食らった、まさに迷子と言う状態である。

「普通なら街を目指すべきなんだろうけど――ここはどう見ても山の中だしなぁ――」

 誰に言うとでもなくそう呟き、左右を見回してみるが、真の視界に移るのは、木、木、木だけである。

「こんな状態で何をしろって言うんだ?」

 そう呟くと途端に怒りがこみ上げてくる。
 不時着して頭をぶつけたこと、この世界に転生をさせたクリス、この世界に転生することになってしまった最大の原因である、真を撥ねたトラック。
 何もかもに腹が立ち始め
「あぁもう! めんどくせぇ! 一体どうしろって言うんだよ!」
 真の怒りが最高点に到達し、声を荒げて叫び、その叫びが木霊となって虚しくあたりに響き渡る。

「ん?」

 真の叫びが消えたと同時に、背中に視線を感じて後ろを振り向くと

「――――――」

 声にならないというのは、こういうことを言うのかもしれない。
 真の背中に視線を送っていたのは、体長3メートル以上はある二足歩行の羊であった。
 いや、正確に表現するならば羊ではない。なぜならその頭には、羊の角の他にもう一本鋭い角があり、獲物を見つめる目は3つある、羊に似たモンスターであった。

「いや、冗談だろ?」

 そう叫ぶやいなや、その場から羊型モンスターのいる方向とは逆に全力で走り出す。

「おいおいおいおい! なんだよこれ! 全然『運』良くねぇじゃん!」

 異世界に転生して頭を打ち、更にモンスターに追いかけられる。
 これのどこが『運が良い』と言えるのだろうか? 誰がどう見ても運が悪いと、そう思うだろう。

「あぁくそ! 完全に詐欺だろ!」

 悪態をついて山中の木の間を縫い、岩を乗り越え、途中の狭い谷を飛び越え捕まらないように全力で逃げる。逃げる。逃げる。
 そうして5分程も走っただろうか、後ろから気配を感じなくなり足を止める。

「ふぅ――逃げ切った?」

 一息つき、後ろを振り返ると、先ほど飛び越えた狭い谷の淵に何やら白いものが見える。
 近づいていきよく見るとそれは、先ほど真を追いかけていた羊型モンスターの手であった。 谷を覗き込むと、先ほどのモンスターが必死に狭い谷をよじ登ろうとしているのが見える。
 よくよく見てみると、頭部から血が出ており、足が変な方向に曲がっている。
 恐らく真を追いかけている最中に木や岩にぶつけ、足を折ったのであろう。実に痛そうで、さっきまで必死に逃げていたがいっそ哀れに見える。
 この状態を見ると、体が大きいというのも考えものである。
 それが原因で真が飛び越えたこの狭い谷を、このモンスターは飛び越えられなかった、という事であろう。

「これって――もしかして――チャンス?」

 そう言うと真は邪悪な笑みを浮かべ、落ちないように必死に谷の淵にしがみついているモンスターの手を、情け容赦なく踏みつける。
 そのことに動揺したのか、あたふたしながら真にやめるような仕草をするが、踏みつける力はさらに増加し

「あぁもうくそ! しぶといな! さっさと落ちろ!」

 なかなかモンスターが谷底に落ちないことに苛立ちを覚え、しがみついている手を思いっきり蹴り飛ばす。
 とうとう耐え切れなくなったモンスターは谷底へ――――落ちなかった。
 今度は谷の途中に生えている枝を掴み、落ちるのを必死に耐えていた。

「本当にしぶといな! 何かないか? さすがにあそこまでは届かねぇし――」

 モンスターがしがみついていた枝までの距離は約2メートル程。さすがに自分の体格では届かないと判断し、何か武器になりそうなものがないか左右を見回す。
 そして

「お!」

 谷の淵に生えていた枝に巻きついているものを見つけ、近くによって見ると

「これでいいじゃん!」

 真が見つけたのは棘付きの鞭であった。それも革製ではなく金属製の鞭である。

「こういうのってアイアンウィップとかいうのかな?」

 見つけた棘付きの鞭を枝からほどき、先ほどモンスターが耐えていた場所まで戻って再び谷を覗き込む。
 真の手に持っている鞭を見て、モンスターの動きが止まる。
 恐らくこのモンスターの頭の中は嫌な予感でいっぱいであろう。その事が表情から見てわかる。
 当然その様子は真からもわかるはずであるが

「それじゃ、さよーなら――――!」

 先ほどよりも一層邪悪な笑みを浮かべてそう言うと、しがみついているモンスターの手に向かって勢いよく鞭を振り下ろす。
 鉄製の鞭に枝を掴んでいた手を激しく打たれ、モンスターの手の皮が破れて血が噴き出す。
 しかし、モンスターも命が懸かっている。
 そう簡単に放してたまるものかと、必死に痛みに耐えて枝を掴む。

「オラオラオラオラオラ! 死にさらせー」

 真が振り下ろす鞭はその数を増し、必死に耐えているモンスターの手だけでなく、身体や周囲の地面、そしてモンスターの命綱ともいえる枝を、情け容赦なく打ち付ける。
 やがてモンスターよりも、捕まっていた枝が先に限界を超えた。
 崖肌に力強く根を張り成長していた木の枝は、真の鞭による攻撃に耐え切れず途中からぽっきりと折れ、その枝にしがみついていた二足歩行の羊型モンスターは、谷底に真っ逆さまに落ちていく。
 モンスターの断末魔の悲鳴が谷底に木霊し、その様子を見送ってから鞭が巻き付いていた枝の方に視線を送ると

「お! まだ何かあるぞ」

 鞭が巻き付いていた枝のすぐそばには、全長六十センチほどの棒の方なものが落ちていた。

「これって――まさか斧じゃないよな?」

 もし真が手に取ったものが斧であれば、今後の戦闘を有利に進められたかも知れない。しかし真が手に取ったそれはもちろん斧ではない。
 金属製の棒の尖端に金属製の柄頭を取り付けられている。

「多分、メイスってやつかな?」

 中世ヨーロッパでは鉄製の鎧に対抗するため、こういう武器が用いられたと聞いたことがある。ものによっては、先端に棘がついているのもあるようだが、真の手にしたそれには、棘はついていない代わりに刃が4つ、上から見ると十字形に取り付けられている。

「さっきみたいなやつが現れたら困るからな。とりあえずこれももらっておこう」

 見つけたメイスを手に取り一、二回振ってから感触を確かめる。

「正直扱いづらいが、ま、無いよりマシか。さてと、この鞭ももらっておいた方が良いよな」

 次に先ほどモンスターを叩き落とした鉄製の鞭を手に取り、同じように感触を確かめる。

「どちらかというとこっちのほうが扱いやすいかな? 先端を意識しやすいしリーチも長いしな。さてと、これからどうするかな――」

 これから自分の身を守るための武器をしまい、最初の疑問に立ち返る。
 とはいえ、何かヒントのようなものがあるわけではない。結局

「どうしたら良いんだろう? 普通こういうのって、案内人みたいな人が居るはずだよな。何で誰もいないんだよ! ったく、あの女神も少しは手伝えってんだよ」

 元の疑問にたどり着き、自分をこの世界に転生させた女神に悪態をつく。

「さっきからぶつぶつと男らしくないわよ!」

 不意に真の発言に不満をぶつける女性の声が、後方から聞こえ勢いよく振り向く。
 見たことのない――いや、結構最近に見たことのある女性がそこに立っている。

「えっと――クリス――かな?」

「そうですよ! さっき会ったばかりなのにもう顔を忘れちゃったの?」

「いや、忘れてはいないけど――って言うか、分からなくても仕方ないだろ!」

 真の反論ももっともである。
 先ほどあったばかりの女神クリスは、身に纏っていたものは純白の衣一枚。それに対して今はフード付きの白いコートのようなものを着ている。

「えっと――さっきまで着てたやつは?」

「女神の衣の事? これだよ」

 そう言うとクリスは身に纏っているコートを指し示す。

「女神の衣は私の意思で変形するのよ。とはいっても『着る』っていう概念は残さないといけないけどね!」

 どうやらクリスが身に着けているものは『女神の衣』という名称らしい。説明を聞くとかなり便利なものだが、そんなことは今問題ではない。

「あのさ、なんでクリスが今ここにいるの?」

 そう、本当の問題はこれである。
 真をこの世界に転生させた段階で、女神の仕事は終わりなのではないだろうか。

「えっと、簡単に言うとマコトのサポートに来たのよ」

「それは嬉しいんだけど、どうして?」

「正直言ってかなり、かな~~り頼りないから」

 クリスの言葉はかなり真の心を抉ったようだ。自分が男であり、発言した相手が美少女であった場合、そのダメージは計り知れない。がっくりとうなだれ、その場にうずくまる真。
 その状態のまま、クリスをしたから睨みつけて

「――――じゃ何でその、かな~~~り頼りない俺を転生させたの?」

 もとはと言えばクリスの勧め、というよりも嘆願でこの世界に転生したのだ。それなのに、『頼りない』と言われたら反論も出てくる。

「えっと理由は一度話してると思うんだけど、マコトが最後のかも知れないから――だよ」

 クリスに言われ、そう言えばと過去を回想する。

「思い出した?」

「思い出した。それで、殆ど説明をしないで転生させてくれた女神さまは、何をしてくれるんですかね?」

 これは完全に嫌味である。誰にでもわかりやすいその嫌味を聞いた女神クリスは、キョトンとして答える。

「何って、マコトが魔王を倒す手伝い」

「具体的には?」

「応援――かな?」

 首を傾げ舌を出して答えるクリス。
 その様子を見て

「――んなもんいるか! この役立たず!!」

 溜まっていた怒りと共に、今の感情を思いっきりぶちまけてクリスを罵倒する。

「そんなこと言わないでぇ! もうマコトしか頼れる人がいないの! 私のために助けてぇぇぇ!」

 涙を浮かべて真に泣きつくクリスである。
 本来ならここで女に甘い真は許すだろう。しかし、今までのことを帳消しにして許せるほど真は大人ではない。

「うるさい! 離れろ! それになんだよ『私のため』って。 この世界を救わないとお前死ぬのかよ? 俺はもう既にやる気なくした。魔王討伐なんかもうしない。俺はこの世界で遊んで暮らす!」

 クリスの腕を振り払い、自分の欲望のままに遊んで暮らすことを宣言する真だが

「でも、このままだと魔王に殺されちゃうよ」

「――――は?」

 クリスの発言に一瞬思考が停止し、続けて疑問を投げる。

「えっと、この世界が魔王の侵攻を受けてるのは話したと思うんだけど」

「聞いた」

 ここまではこの世界に転生する前に聞いている。しかし、この世界が滅亡するかどうかは不確定だったはずだ。
 クリスは鈴の音がなるような声で続けて言う

「そのまま放っておくと、この世界の人たち多分全員殺されちゃうよ」

「――共存っていう手段は?」

「無理だと思うな~。そもそもそういう風な世界に作ってあるし、魔王になった人もそういう風に転生しているし――」

 もしかしたらと思って妥協点を提案してみるが、あえなく却下される。
 いや、それよりも今重要なことをクリスは言わなかっただろうか?

「魔王が転生している?」

 クリスは確かにそう言った。
 魔王になった人は転生していると。どういう事だろうか?

「あれ? 言わなかったっけ? この世界の魔王はマコトと同じ地球からの転生者だよ。それで転生するときに引いたカードがなんと! 魔王になれるカードだったの。さすがにそれはマズイと思って私は引き留めたわ。でもその人は頑なにその世界に転生すると言ったの。そこで私は条件を出したわ。魔王に転生するのは分かったけど、あなたより強い勇者が現れたら必ず倒されること! って。そしたらその人も条件出してきたわ。自分より弱い勇者には負けない。自分が魔王として死んだ場合、地球に転生するときは資産家とすることって。それを承諾してその人は魔王に――」

「待て待て待てーい!」

 こいつは何を言った? 今ものすごい大変なことを言った気がする。この世界の魔王は俺と同じ地球からの転生者であると、そう言ったはずだ。

「ちょっと整理するぞ! この世界が滅亡の危機に瀕しているのは魔王の所為である。これは間違いないな?」

「大丈夫だよ!」

「それで、魔王は強力な力を持っている」

「そうそう」

「その魔王は――地球からの転生者である」

「正解! いやぁ理解が早いと嬉しいよ! ま、ここまで話したのはマコトが初めてなんだけどね! やっぱり頭が良いってぐぇっ!」

 自分の話したことを全て理解して貰えて満足気なクリスが、突然カエルのような声を発する。その首を真が絞めていたからだ。

「全部テメェの所為じゃねぇか! 自業自得じゃねぇか! 自分で蒔いた種をなんで俺が刈らないといけねぇんだ?」
 クリスの細い首を絞めながら、その腕を前後に激しく揺らして真が怒りをあらわにする。

「ま、待って! 話を全部聞いて!」

 真の腕をバンバンと叩き、自分の話を全部聞くようにクリスは言う。
 話を聞くために首を解放し、真が続きを促す。

「何だよ?」

 数回せき込んでから深呼吸し、真の方を見てクリスが恐る恐る話し出す。

「取りあえず落ち着いてね」

「早く話せよ!」

 イラつきをあらわにし、続きを早く話す様に真が静かに言う。

「えっと、この世界が並行世界っていうのは既に説明したと思うんだけど、その並行世界が存在するのは私たち女神の研究によるものなの。『もしもこうだったら』っていう一つの探求心からレポートを作って、神様に提出するのね。それで私の研究課題が、『もしもファンタジーの世界が存在したら』っていう課題で――」

「やっぱり自業自得じゃねぇか! 何でそんなのに俺たちが協力しなくちゃいけねぇんだ? しかも命懸けで! だいたい何だ研究課題って?」
 あろうことかこの女神は、並行世界を作ったのは自分達で、その理由が研究だと言った。

 完璧な世界というのがどういうものか想像がつかないが、とりあえず今は横に置いておくことにする。
 問題は魔王自体が、世界を征服する設定になっていることと、魔王より弱い勇者には負けないと頑なに頑固であるという事である。

「そもそも転生させる奴をちゃんと選べばこんな事態にはならなかったんじゃないのか?」

「そうなんだけど、転生させることが出来る人っていうのは限られていて、それは私たちは指名出来ないの。だから、仕方なくその――お願い! 協力して! このままだと私、落第しちゃうの」

 両手を合わせて真に嘆願する姿は、もはやどちらが上なのか既にわからなくなっている。

「――はぁ、分かったよ。出来る限りだけどな」

 もはや怒る気力も失い、クリスの嘆願をしぶしぶ聞き入れることにする真だが、その心中は『なるようになってしまえ』である。

「本当に? ありがとう! あ、そうだ! もし本当に魔王を倒してくれたら、何でも一つだけ願いを叶えてあげる! 女神の特権で!」

 大丈夫だろうかこの女神。俺を買収している。男がどういう人間かわかっている奴ならば、絶対にこんなことを交換条件にしないはずだ。
 今までのことを全て加味するとこの女神、容姿は最高だが頭は足らないらしい。それならそれで都合が良いのだが念のため

「なんでもいいのか?」

 先ほどモンスターを谷底に落とした時に浮かべたのと同等の、いやそれ以上の邪悪な笑顔を作り、クリスに念を押す。

「なんでも良いよ!」

 その笑顔に気付いているのかいないのか、無邪気な笑顔を浮かべてクリスは答える。
 やはりこの女神、自分の成績の事で頭がいっぱいなのだろう。魔王を倒した後のことが楽しみだ。

「考えておく。それで、とりあえず今はどうすればいいんだ?」

「取りあえず街に行きましょうか! もう少し行ったところに、この世界最大の都市『聖ゾディアック王国』があるわ」

「もう少しって、どのくらい?」

「このまま南へ、大体10kmぐらいのところかな」

「――なぁ、クリス。お前女神なんだろ? そしたらその聖ゾディアック王国とやらに一瞬で移動すること出来ないのか?」

 一番近い街までの距離を聞き、何とか楽できないものかと提案したのだが

「残念だけど私たち女神でも瞬間移動的な力はないわ。地道に歩いて行けば2時間ぐらいで到着よ!」

「――役立たず!」

「うるさいわね! 男でしょ! 諦めて歩きなさいよ!」

 真の罵声を受けて、負けずにクリスも声を荒げる。

「女神って言うけど人間と変わらねぇじゃねぇか!」

「うるさいわね! 私のおかげですごい才能を持って転生出来たんだから感謝しなさい!」

「運なんてあってもちっとも嬉しくねぇよ」

「マコトになんて運ですらもったいないわよ!」

 徐々にヒートアップしていく二人の口論であるが、この熱気は僅か30秒後に冷たい空気へと変わる。
 なぜなら

「「「「「「「「ガ! グラァ!!」」」」」」」」

 二人の後ろから凶暴な雄叫びが上がり、周囲に響き渡る。
 それも一つや二つではない。
 雄叫びのした方をゆっくりと、恐る恐る二人は振り返り

「「出たあぁぁぁ」」

 二人の熱気を絶対零度にまで下げた雄叫びの正体は、鋭い牙と爪を持ち、全身を黒い毛皮に覆われ、頭部に大きな角を生やした大型犬にも似たモンスターであった。
 二人は口論を中断し、我先にと山を下り、街に向かって全力疾走をする。

「おおお、おま、お前女神だろ! あいつら何とかしろよ!」

「私には戦闘能力は備わってないのよ! あんたこそ男でしょ! 何とかしなさいよ!」

「無茶言うな! あんなに大勢相手できるか! お前が大声上げるからだろ!」

「それはお互い様でしょ!」

 走りながらお互いに責任を擦り付け、街を目指して二人は全力で逃げる。

※ ※ ※ ※

「ハァハァ――もうダメ走れない――逃げ切った?」

 クリスが限界を告げる声を出して立ち止まり、真に確認する。

「た――多分、もう――大丈夫、だと思う――ってあれ?」

 立ち止って後ろを振り返り、追ってきたモンスターから逃げ切ったことを確認する。
 一体どのくらい走ったのだろうか? クリスの話では、聖ゾディアック王国までの道のりは10km程だったはずだ。
 それが、モンスターから逃げ切り顔を上げると、もう目の前まで到着していた。

「クリス、あれって――」

「聖ゾディアック王国ね」

「人間って死ぬ気になれば何でも出来るって言うけど、10kmの道のりを僅か30分で走破した計算になるぞ」

 マラソン選手もビックリのタイムをたたき出した二人だが

「でも、もう限界。今日はもう休みたい」

「同感。じゃホテル――じゃない宿屋――でもないか。とりあえず泊まる金くれよ」

 この世界に転生してから、真は通貨というものに触れたことがない。当然だが無一文であり、今日止まるための宿泊代をクリスに要求するが

「私女神なのよ! そんなのあるわけないじゃない! マコトこそいくらか持ってないの?」

「普通は転生する時いくらか持たせるはずだろ? それが何でないんだよ!」

 どんなRPGでも必要最低限の資金は提供されているのが常だ。しかし、この世界に転生する前も後も、そういうことは一切なかった。
 よって無一文の男女二人が今夜止まるところは、聖ゾディアック王国の馬小屋に決定したのである。
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