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一章 戦士
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しおりを挟む夜襲で大切な要素は幾つかあるが、その一つは当然ながらいかに見つからずに襲撃を仕掛けるかだ。
しかしこれまた当たり前の話であるが、完全に見つからずに襲撃を仕掛けるのは大変困難だった。
極々少人数の精鋭でなら、また話は変わって来るが、敵だって見張りも立てずに全員が酒を飲んで寝こけてる訳でもあるまいし、どうしてもある程度の距離まで近づけば気付かれてしまう。
何しろこちらは鉄の鎧を身に纏った傭兵達だから、歩くだけでもガチャガチャと音が鳴る。
故にもう最初から気付かれる前提で、ある程度の距離を詰めた後は、寧ろ思い切り物音を立て、怒鳴り声を上げながら勢い良く突っ込むのだ。
人は睡眠から醒める際、静かに起こされるよりも大きな音や振動で叩き起こされた方が慌てふためく。
例えば鶏の声で朝の訪れを知って起きるより、大きな地揺れで目を醒ます方が混乱するだろう。
つまり夜襲を仕掛ける側は、突撃の勢いと足音、怒鳴り声と武器を振う音で大きな地揺れを演出する。
目覚めさせてしまうのは構わない、大事なのは相手に戦う覚悟を決めさせない事。
大きな怒鳴り声と共に突撃した傭兵達が、勢いのままに盗賊の見張りを槍で突き殺し、そのまま野営地に雪崩れ込む。
その次に相手を殺す順番も割と大事な要素だろう。
動揺し、混乱し、怯えた相手は後で良い。
素早く状況を認識し、反撃の意思を見せた相手から殺さねば、そいつが周囲の混乱を収めて纏め上げて組織だった抵抗を試みる可能性がある。
故に賢しく勇敢な者から殺す。
僕の突き出した槍は、狙い違わず剣を抜こうとした盗賊の喉を貫いた。
急所を貫かれて倒れ、物言わぬ骸と化した盗賊の身体を踏み、槍を引き抜く。
槍は弓と並んで戦場の主役というべき武器だろう。
これが歴史に登場してから、使われなかった戦場は一つもない……、というと流石に大袈裟だけれど、勢いよくそう言ってしまいたくなる程度には活躍してる武器だろう
また一口に槍と言っても全てが同じな訳ではなく、片手で扱える物、投摘に適した物、長さの違いはもちろんの事、太さの違いでも用途が異なってくる。
例えば柄の中央に比べて先端が少し細くなってる槍は、その差が生み出すしなりによって、強い叩き付けや、穂先を使っての斬撃にも向く。
当然ながら穂先の形状も重要だ。
引っ掛かりの付いた、敵を馬から引きずり落とすのに向いた物や、斬撃を活かす為に刃が大きく付いた物、突き刺しに特化して鋭く尖った穂先のみが付いた物と、種類は本当に幅広い。
このように槍とは、戦場の主役として進化してきた優れた武器だった。
では何故僕が普段は剣を持っているかと言えば、それは得意不得意の問題じゃなくて、槍に比べて圧倒的に、剣の方が携帯性に優れる……、つまりは旅の共に向いているからである。
穂先に覆いを被せていても、槍を担いで歩けばどうしても目立つし、馬車にだって乗れないが、剣は鞘に納めれば、槍程には目立たない。
それに扱える場所も、槍に比べれば多かった。
室内で槍を使うのはその長さが仇になって自由には振り回せないが、剣ならそこは融通が利くって具合に。
ただ、今のような状況で正面から戦うならば、槍は剣よりも一枚も二枚も強力な武器だ。
夜襲が成功すれば、実に相手は脆かった。
正面からぶつかり合えば被害は免れなかっただろう相手だが、所詮彼等は盗賊で、傭兵に比べれば練度は一枚も二枚も下だろう。
練度の差は、正面からぶつかり合う戦いよりも、こう言った咄嗟の時の対応や、逆に夜襲を仕掛ける等の特殊な戦いを行う際に如実に表れる。
抵抗らしい抵抗も出来ぬままに次々と狩り取られて行く盗賊達。
もはや単なる虐殺に過ぎないが、傭兵は少なくとも戦いの最中であればそれを厭うそぶりも見せない。
早々に反撃を諦めて一目散に逃げだした極一部と、敢えて捕虜とした分隊長を除いて、七十名近くいた盗賊の殆どは骸になって森の中に転がった。
そうなると次に待っているのは、そう、戦利品の収奪だ。
「おぉ、マジで賊にしちゃあマシな武器使ってんな!」
骸の手が固く握りしめた剣を乱暴に毟り取って、ゲアルドが嬉しそうに笑う。
リャーグ人である彼が持てば小さく見えてしまう剣だけれど、それでも紛れもなく鉄の剣だから、持って行くところに持って行けば銀貨くらいにはなる筈だ。
他にも懐を漁れば金袋の中には、小銀貨だの半銀貨が詰まってる。
また自身が殺した盗賊の持ち物のみならず、この分隊が略奪して溜め込んでいた財貨も後で分配されるだろうし、そもそもラドーラの町から盗賊退治の褒賞金も出るだろう。
旅の路銀稼ぎとしては実に効率が良い仕事だったかもしれない。
命懸けの戦いには違いなかったが、僕は自らの力で金を稼ぐという行為に楽しさを感じていた。
もちろん紅の猪隊や、ゲアルドを含む他の傭兵達も居たからこそ、大きな危険もなく盗賊を狩れたのだと言う事は決して忘れてはならないけれども。
「おぅ、クリューも確り殺したな。偉い偉い。若いのに随分とやるじゃないか」
上機嫌なゲアルドがこちらにやって来て僕の背をドンと叩く。
褒め言葉の内容は物騒だし、背中を叩く力も鍛えてない一般人なら骨が圧し折れそうに強いが、それが彼なりの親しみを示すやり方である事は理解が出来た。
……寧ろ鎖帷子を着込んだ僕の背を叩いて、ゲアルドの手は痛くないのだろうか?
僕はそんな風に思いながらも、ゲアルドの腹に拳を叩き込む。
別に叩かれて怒った訳じゃないけれど、何事もやられっ放しは良くはない。
恩であれ仇であれ、親愛であれ悪ふざけであれ、相手からの行為には報いる必要があった。
例えばやり返さなかった場合の話だけれど、ゲアルドが僕を叩いたのを見た傭兵が、あぁアイツはあんな風に接しても良いのだと思ったとしよう。
次にくる悪ふざけはもう少し激しい物になるかも知れないし、それが習慣化して行けば徐々にエスカレートする事だってあり得る。
つまりそれは、舐められて行くって話だった。
人と人の関係は、そう言った小さな積み重ねで上下関係が構築される事だってあるのだ。
それは恩であっても同じで、相手から受けた小さな恩を、小さいからと疎かにすればそれが積み重なって恩知らずになって行く。
故に些細な事であっても、相手からの行為にはその都度報いる方が後腐れがない。
まぁ当然ながら直ぐには返せない場合もあるけれど、要するにそう言う心掛けの話である。
「おっ? おー、中々だな。でもまだ軽いぞ。クリュー、もっと肉を食って身体に肉を付けろ。よし、ラドーラに戻ったらいい飯屋に連れてってやろう」
僕が殴った腹をさすりながら、ゲアルドは楽しそうに笑う。
それは実にありがたい申し出で、僕は手の痛みを振って誤魔化し、彼の言葉に頷いた。
やっぱり鉄の鎧を着てる相手なんて、武器も使わずに殴るもんじゃない。
いずれにしても僕達は、まずは一山を越えただろう。
これでラドーラの町は完全に街道の封鎖から、つまり領主軍は後方の脅威から解放された。
更に盗賊の分隊長を捕らえたので、彼が握る情報次第では本隊の排除も容易になる筈。
二百余名もの数が活動するなら、必ず物資の、特に食料の集積地となる拠点は用意しているだろうから、その場所さえ判明すれば後は戦力差を活かして磨り潰せば良い。
盗賊に少しでも考える頭があれば、分隊壊滅を知った時点で間違いなく飛散して逃げ出すだろうけれど……、まぁそれはそれで僕的には構わなかった。
逃げたとしても盗賊に他の生き方を選べる余地はなく、また別の場所で治安を脅かす存在でいてくれるだろう。
するとそこに傭兵や、僕の様に武力を売り物にして金銭を得たり、立身出世を狙う者の需要が生まれる。
つまり僕の飯の種である事に、何ら変わりはないのだ。
寧ろ今回は既に十分な報奨金が支払われるだろうから、逃げてくれた方がお得感すらあった。
何せその逃走すら、僕等の活躍の結果が生んだものだから。
ただ、そう、唯一つの不安要素は、盗賊に武器供与の支援を行った誰かが、成果なしで終わる事を許容するのかどうか。
自らが動けないからこそ盗賊を使うなんて真似をしたんだろうから、黙り込まざる得ないとは思うのだけれど。
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