16 / 129
第二章『泥に塗れた少女』
16 新たな住人(後)
しおりを挟む牢に入って来た僕に気付いて目を覚ましたカリスに、僕は口元に指を当てて静かにするように伝える。
と言っても魔法の眠りは深いので、少々喋った程度じゃ眠らせた見張りは起きない。
単に繋がれた鎖を早く外したいから黙ってて貰うだけだ。
指を鍵穴に突っ込んでガチリと開ける僕に、カリスの目が見開かれた。
うん、確かに普通の人間に出来る事じゃないね。
如何話を切り出すべきか少し悩むが、でも正直に行こうと決める。
「夜分遅くに失礼します。今晩は、カリスさん。僕はレプトと言う名の、そう、悪魔です。助ける心算で来たんですが、少しお話しませんか?」
僕は悪魔ではあるけれど、誤魔化しが得意なタイプでは決してないから。
小声での名乗りを聞いたカリスの瞳に、不信の色が強くなる。
まあ当然の反応だ。
僕だって、逆に此処で「悪魔ですか。助けてくれるんですね? やぁ助かりましたよ」なんて軽く言われたら、今更見捨てはしないけど拠点に連れて行くのはやめとこうって思う。
でも大声を出して暴れる訳でも無いのだから、話し合いを拒絶された訳じゃ無い。
少し考えながら次の言葉を探す僕を、カリスはサッと手を突き出て制した。
「待て、一つだけ聞かせて欲しい。悪魔よ、彼は殺してしまったのか?」
そう言ってカリスが指をさすのは、僕が眠らせた牢番だ。
その問いに僕は大きく首を横に振った。
「いえ、眠らせただけです。触って起こさないなら確かめて貰って良いですよ。人助けに来て人を殺すのって嫌ですし。友人を助ける為にどうしても必要なら、多分きっと躊躇いませんが、今回は違うので誰も手に掛けてません」
僕の言葉に、カリスは此方を警戒したまま鉄格子の傍に移動して、牢番の胸が呼吸で動くのを確かめる。
此方を振り返ったカリスの瞳は、少し不信の色が和らいでいた。
「悪魔よ、疑った失礼を許されたい。私の知る伝承では、悪魔とは狡猾で恐ろしい存在だったのだ」
未だ警戒をしながらも律儀に謝罪するカリスに、僕は笑みを浮かべて首を振る。
他の悪魔に出会った事は無いけれど、以前グラモンさんに教わった内容を思い出す限り、悪魔とはカリスの言う通りの存在だ。
疑うのは何も間違った事じゃ無い。
「いえ、大丈夫。でも多分僕が例外なだけで、他の悪魔はそんなだろうから、別に何も悪くないですよ」
まあ勿論疑われるのが嬉しい訳じゃ無いし、そんな風に謝って貰えると少し嬉しくなっちゃうけれども。
ほんの少し僕とカリスの間の空気は緩んだが、しかし此処は敵地である。
幾ら見張りを無力化したとは言え、ゆっくりと親交を深める時間は無い。
ずばりと本題に、僕と一緒に逃げてくれないかと問えば、矢張り想像通りにカリスは首を横に振った。
「悪魔よ、確かに君が助けてくれるなら逃げる事も容易いかも知れない。しかし逃げてしまえば私の言葉は嘘になる。そして教会の追求の手は、私の友人たちにも及ぶだろう」
カリスの身体に刻まれた拷問の後は、恐らく発言の撤回を拒否した為に付けられた物で、つまり覚悟は既に決まっているのだろう。
そして彼の言う通り、普通に逃げて行方を晦ませば追及の手は匿う可能性があるカリスの友人にも伸び、或いは其処でも拷問の類が行われるかも知れなかった。
しかしなら諦めますと言う位なら、僕は最初から此処には来ていない。
その問題を解決する為の手段なら、既にちゃんと用意してある。
「真実の言葉も、受け取り手が歪んで居れば嘘にしかなりません。命を懸けた言葉なら教会上層部の心に届くと信じる程、カリスが愚かなら仕方ないですが、彼等には本当にその価値があるんですか?」
僕の言葉にカリスは黙り、けれど強く僕を睨み付けた。
でも僕は言葉を止めない。
「或いはカリスの言葉が教会にでは無く、友や教え子に向けての物ならば、貴方はとても酷い人間だ。嘘の無い言葉を心に届かせ、自分の後に続いて教会に歯向かい死んでくれと言ってるのだから」
噛み締めた、カリスの唇から血の滴が垂れる。
僕もこんな言葉は吐きたくないが、其れでも此れは必要な言葉だった。
飴と鞭に例えるならば此れは鞭で、懐柔の為に必要な手法だ。
「でも其れでもカリスの言葉は正しいから、僕は貴方を助けに来た。大丈夫、貴方が死ぬより教会に自らを振り返らせて、貴方の友に追及の手が及ばない方法は、僕がちゃんと用意している」
そして最後に飴を投げる。
此れでダメならもうどうしようも無い。
カリスの救いは死にしかなかったと、所詮僕は駆け引きが下手な悪魔だからと諦めよう。
……でも、暫くの間僕の目を見つめ続けたカリスは、
「……その方法を聞かせてくれ」
絞り出すように飴に喰い付いた。
つまり今回の駆け引きは、無事に僕の勝利である。
「そんな事が本当に可能なのか?」
開いた門の魔法の前で、カリスは僕に問う。
其れはどちらに不安を抱いてるのだろう?
門魔法の移動が不安なのか、それとも教会への僕の工作か、あるいはその両方だろうか。
「大丈夫、可能ですよ。僕は悪魔ですからね。心から信じる必要は無いけれど、口から出る言葉に嘘はありません」
不安を抱いたのがどちらにせよ、問題は無い。
言い切った僕に、カリスは一つ頷いた。
「わかった、信じよう悪魔よ。君は私に誠実だった。後は頼む」
そう言い残してカリスの姿は門の向こうへと消える。
送った先はこの都市の外壁の向こうだ。
カリスも今から起きる事を遠目であろうとも見たいだろうし、何よりいきなり拠点に送ると、ベラにもぐもぐされかねない。
さあ、ではあまりカリスを待たせても悪いし、最後の仕上げに取り掛かろう。
僕が収納から取り出したのは、一枚の石板だ。
ただしこの世界の技術では不可能な程に磨かれて、更に正確な正方形をしている。
そして石板には、
『私の名を騙り、我が子が我が子を踏み躙る。私は我が子を愛するが故、我が子が己を顧みるよう、我が子が救われるよう、私は此処に怒りを落とす』
とこの世界の文字で刻まれていた。
いや、石板を用意したのは僕だけれども。
そう、僕が用意した手段とは、教会への天罰だ。
勿論それを下すのは神じゃなくて僕なので、……何罰になるんだろう?
まあ天罰の模倣である。
カリスの消失もその一環にしてしまえば、彼の友人への追求は教会の首を絞める事になるだろう。
その代わりカリスは二度と此処に戻って来れないが、其れは彼も納得済みだ。
此れは教会を試す試練でもあった。
もし彼等が信心を持っていて悔い改めたならば、一時的に教会の権威は低下するだろうが、奇跡を目の当たりにした民衆からの信仰は深まって結果的にはプラスに働く。
しかし悔い改めねば、意に反し続ける彼等への次の天罰はもっと大規模な物になるだろう。
そうなってしまえば、教会の権威は恐らく取り返しの付かない所まで失墜し、今の秩序は崩壊する。
牢を出、石板を聖堂の祭壇に置き、僕は手を天へと向けた。
結構大きな魔法の行使になるけれど、犠牲者が出ない位置は計算済みだ。
今回の件で犠牲者が出ればカリスが悔やむし、犠牲者が出ない方がより奇跡が演出されるだろう。
それに何より、僕がカリスに語った「人助けに来て人を殺すのが嫌」って言葉に嘘は無い。
その日、深夜に大聖堂に降り注いだ雷は、聖堂を破壊こそすれ唯一人の犠牲者も出さず、見付かった石板の内容と合わさって天の奇跡、神が教会の腐敗を正す為に行った天罰だと噂される。
けれども教会はその噂を否定、もみ消しに走り、その態度に己の行いを顧みる様子は見られなかった。
1
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!
川井田ナツナ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。
だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。
だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。
馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。
俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした
セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。
牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。
裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる