心を殺した人と心を救った人

千晴ル

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心を殺した人と心を救った人

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全てに絶望していた。
全てが自分を否定しているように感じていた。
周りの幸福を見て自分には不相応だと思っていた。
あの人と出会うまでは、、、。
 
 今日も朝を迎えた。また無意味な1日が始まると1人絶望を抱えながら迎えるいつもと同じ朝。
『あー。今日もあさが来た』
何となく自然と口からこぼれ落ちた言葉に『あっ』と口を塞ぐ。
 自分の人生を振り返れば
両親はアルコール中毒者でまともな親の思い出がない。唯一の思い残しは、珍しく小学校に行く朝、母親が『おはよう。いってらっしゃい』と自分に話しかけて来た日、母は他界した。
自分はアルコールの匂いを纏った母親が大嫌いだった。その日は珍しいなと思いながらも無視をして家を出た。
ただそれだけが心残りだ。
父はあんな母でも亡くなった時は涙をながし酒に溺れた。
 そんな環境下で育ち、母が他界し数年が経った頃、成人し実家を出ることになった。父から離れる為でもあった。
『自由だな』ふとそう思った。新しいアパートへ向かう足取りは軽かった。
その後は何とか仕事も順調に進み順風満帆な日々を送っていた。
 だがまた数年後、父が借金を俺に押し付け飛んでしまった。
また地獄の始まりだった。
『あぁ、どこまでいっても自分には自由はないんだ』そう思い絶望した。
 自分の人生の為に、明るい未来の為に貯めた貯金もすぐに消えた。
その内、借金も払えなくなり生活もギリギリになった時、玄関を強く叩き罵声を飛ばす声が聞こえて来た。
『無視してもきっと近所迷惑か』と半ば諦めながら玄関を開けると
身長は190はあるだろう銀髪をオールバックにした一瞬圧巻してしまうほどの美しい姿をした男の人が立っていた。
 男は一言目に『お前がカナメくん?』と優しい口調で話しかけて来た。
呆けていた自分はただ『、、、はい』と返事をするだけだった。
 男はズカズカと家の中に上り家の中を見渡すと、くるりとこちらを向き
『でっ。君返すものがあるだろ?』と現実味のある質問をして来て、はっ!とする。
『今は返す金がない。親父はどうしたんだ?どこにいる?』と聞くと
『さぁねぇ。それがわかっていれば苦労せず君のところにも来ないよ』と顔を近づけて彼は言った。
それもそうか。俺は貧乏クジを引かされたようなもんだ。誰も救ってはくれない。とまた1人絶望した。
そんな俺を見て男は更に俺に近づいて来て壁際に寄せられてしまった。
『んー。君、可愛い顔をしてるね』と不敵な笑みを浮かべると突然アゴを掴まれ上を向かされる。
背の高い彼にそうされる事は自分にとって屈辱的でもあったが身長差により抵抗もできない。
精一杯の抵抗で『何をっ!』と声を出しきる前にキスをされた。
『んっ!』思わず口から声が漏れる。
『と、突然何するんだよ!』上擦った声で反論する。
『ん?何って。借金の取り分を貰っただけだが?』

どこまでこの男は自分を馬鹿にするのか。
屈辱的な思いが沸々と湧く中、
男は何事もなかったように身なりを整える。
『お前の事を気に入った』
『は?』
わけがわからない。さっきまで金のやり取りの話をしていただけだ。名前すら名乗っていない。
『何なんだよお前!金が欲しいんじゃないのかよ!』
『金よりお前が欲しくなった』
そう男は目を細めてこちらを振り返る。
また意味のわからない事を。
だが金の請求をされないのは都合がいい。だがこの先この男は俺をどうするつもりなのだろうか?内臓でも売れというのか?または、、、。
『なぁ。俺はこれからどうしたらいい?借金の取り立てが目的じゃなくなったんだろ?』と俺はオドオドしながら聞いてみた。
『さっきも言っただろ?俺はお前が気に入った。だから俺はお前自身を借金のかたに受け取る』
全くもって話についていけないという顔をしながらポカンとしてしまう。
コイツのものになる?一体どいう事だ?一瞬の事でわけがわからない。惚れたのか?なんて聞けるわけもなくなぜか心の奥底がモヤッとした。
『とりあえず腹減ったな』ふと彼が不敵な笑みでそういう。
『飯でも食いに行くぞ。ついてこい』
今度は飯か。確かに腹は減ったがオメオメとついていっていいのか?
だがここにいても仕方ない。
トボトボと俺は彼について行くことにした。
家から数百メートル先にあるファミレスにやって来た。
『食いたいもん食えよー。俺の奢りだから』そう男はニヤニヤとした顔で告げた。
悔しいが最近まともに飯を食っていないせいで腹ペコだ。
少し遠慮がちにメニューを選び久々の食事に感動した。
男は目を細めながらもジッと俺を見ていた。
男はコーヒーを飲み干すと『うまいか?』と聞いて来た。
俺は素直に『うまいよ』と答えた。
男は俺の頭を撫でながらクスッと笑い満足そうにしていた。
食事が終わり落ち着くと
『俺の名前はシュウだ』と突然話しかけて来た。
『シュウ?』
『そうだそう呼んでくれ』
そういうとまた頭をぐりぐりと撫でた。

 それから『シュウ』という名の男は毎日来るようになった。だが相変わらず金銭の話題は出さずに食事に誘って来たり部屋で1日俺の様子を見ながら構ってくるだけだ。
最近わかった事だが
この男は頭を撫でるのが好きらしい。
不思議と俺も撫でられることに抵抗感が無くなっていた。むしろ心地いいとさえ、、、。
 この関係は何なのだろうか。この感情は何なのだろうか。モヤモヤする日々が数日経った頃、シュウが会いにこなくなった。
別に心配をしているわけではないが毎日来ていた奴が突然こなくなると不安になるのは必然だろう。
どうしているのかと雨音を聞きながら考えていると家の戸がトントンとなった。もしかして!と思い慌てて玄関を開けると案の定ずぶ濡れのあの男が立っていた。シュウは家に入ると『カナメ』と目を細めながら抱きしめて来た。とても大きな体で自分なんかすっぽりと収まってしまうのに何故か子供のように感じられた。
その後、ふろを貸してやり頭を拭きながら
『今までどうしてたんだ?』と聞いてみる。
『いやぁ。少しやらかしちゃって、お説教喰らってたかな』とまた曖昧な返事を返す。
確かに口の端を怪我したりとよくみるとボロボロだ。
『言いたくないなら深くは聞かない。でも心配はさせてくれ』というと
『心配してくれるの?』とまた不敵な笑みを浮かべ聞いてくる。
自分の言葉に、はっ!として頭をブンブンと横に振る。
何を言っているんだ自分は!弱みを見せるから絆されただけだ!そう自分に言い聞かせて心の中のざわめきをかき消した。
『なぁ。俺当分の間ここに居てもいい?』甘えるように尋ねるシュウに
グゥ!と喉がなる。何なんだコイツは
突然突き放したかと思えば甘えて来たり!と内心落ち着かない俺だったが
深呼吸し『まぁ借金の件もあるし数日なら、、、』と返すと
『ありがとう』といいまた抱きしめられるとキスをされた。
俺は抵抗せずそれを受け入れた。

 同居生活が数日続いたある日。
『おはよう』と寝癖姿、でもどこか華のある男が起きて来た。そして朝食を作っていた俺に背後から抱きつく。もう習慣になっていたので驚く事は無いが
相変わらず何を考えているのか掴めない。
『ねぇ。今日はご飯なに?』と聞いてくる。まるで子供だ。
『内緒』と言うと『え~』と笑いながら頬にキスをされる。
最近、スキンシップに抵抗感が無いのはなぜなんだろうか。むしろ今までの寂しさも感じない。これが充実感と言うのかはわからないけどシュウが俺の人生に入り込んできているのは間違いがない。
 朝食の味噌汁を飲みながら『あぁ美味しい。毎日作って欲しいな』と冗談なのか本気なのかわからない声音で話す彼を眺めながらため息を吐く。
そんな日々を送る中、男は突然『ねぇ。この同居続けない?』とふと提案される。
『なんでだ?あんたがここに居る理由はないだろ?』と言うと
『理由ねぇ。理由はあるよ』
ジッと目を見つめられて困惑する。
『俺のものになってよ』と唐突にまた変な事を、、、と思ったが内心どこか喜んでいる自分がいた。
『人をもの扱いするな、、、まぁ俺もあんたの事嫌いじゃない』と言うと
シュウは目をキラキラさせて抱きしめて来た。
心のどこかでわかっていた。
俺もコイツに寂しさを埋められていた事。
コイツに最初から心奪われていた事。
俺はコイツに惚れていたんだ。
初めて自覚した感情に顔が熱くなる。
シュウはといえば俺の頬に擦り付いて離れようとしない。
『好きだよ君の心に俺を入れて』というシュウに
『とっくの前からあんたはオレの心に触れているよ』と言うとまた嬉しそうに笑い2人見つめ合いキスをした。


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