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祖父から父へ、私へ
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ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や。息を忘れてころりとたてや、風が吹くなら世も閉じ厭きる。おかえりなさい、かえりなさい。籠を忘れて血に白玉。
私の祖父は早くに亡くなり、私が見た記憶はない。おばさんが言うには、
「おじいちゃんがいる」
と当時二歳の時の私は遺影の上を指差し、そういったらしい。光っていた電球がぱちぱちと音を鳴らし、お坊さんがそこにいらっしゃいますね、と少し微笑んでいたらしい。
祖母に祖父の話を聞くと、三度の飯よりお酒が好きで、高知出身の人だったため酒豪だったらしい。高知は龍がいると噂になっていた地であり、よくバイクで走っては洞窟や神社に行くのが好きだったらしい。お守りなどを買って帰ってきては飾って大事にしてたそうな。その中で特に大事なものにしていたものがあったらしいが、祖母はどこかにやったといって笑って話をしてくれた。
そんな話をして、お守りのことについて気になって調べた。そう、心当たりがあったのだ。いつからあるかわからない、ランドセルの中に入っていた一つの謎のお守りのようなもの。握ると少し暖かい気がして、文字もあるのだが崩し字で何と書いてあるかわからないため調べようもなかった。祖母にも見せたが、そんなプラスチックの袋に入ってるようなもんじゃなくてもっときれいな赤い袋に入っとったよと言っていた。だから手当たり次第に高知県の方の神社やお守りについて検索をかけてみた。
予想のあるものは一応見つかったが、山の中にあった。散歩が趣味になっていた私は「まあ山もいったん上ってみるのもありか」と行く算段を立てた。これが最悪の皮切りだった。
早い時間に家を出て、電車で移動し、高知県へ。祖父は室戸の方出身らしいのでそこから少し離れた山へ私は向かった。登山口へ着いた頃にはもう昼時だった。正直ワクワクしかしていなかった。高知は自然豊かな地だ。禁足地もあるぐらい由緒が正しい場所がたくさんある。写真にたくさんその景色を残そうとスマホカメラをたくさん構えながら歩みを進めた。
すると、一人の登山客と出会った。景色に浮かれていた私は、「こんにちは」と降りてくる人に明るく挨拶した。返事はなかった。一般的な登山道ではないため少し疲れているのかな、と思いながら私も歩みを進めた。
それから数分後。また前から登山客が降りてきた。
「え」と思わず声を出してしまった。降りてきたのはさっきすれ違った人だった。なぜさっきすれ違った人とまたすれ違うのか。うつむいた姿勢で顔は全く見えず、ただ通り過ぎていく。おかしい。何か変だ。と思った私は少し考えながら歩みを進めた。思えばなぜこんなところにおばあさんがいるかわからなかった。
その数分後、川から少し離れた山道になり、その先を進んでいた。するとまたあのおばあさんが降りてきた。流石に怖くなって見るのをやめた。少し狭い道を通らないといけないため、私は道に背を向き、近くの植物の写真を撮っていた。カメラの画面の反射で通り過ぎるのを確認してから、私は前へ進んだ。正直、もう怖かった。近くを通り過ぎたときに気づいたのだが、そのおばあさんには足音がなかった。その時点で人ではないとわかった。もう会いたくないと、早めに足を進めた。が、その思いも虚しかった。
またあのおばあさんが降りてきた。今自分の見ているものが何なのかわからなかった。夢だと思いたかった。足早に抜き去ろうと思った瞬間、おばあさんが私の方に少し体を寄せた。反射的に私は避けようとしてしまった。と気づいたときには、もう遅かった。
「なぁ。みえとるよな」
しわがれた声のようなものが、私の鼓膜を明らかに揺らした。私の足は全速力で駆けていた。なんなんだ、なんなんだ。あれはいったい何なんだ。切れる息など考えず、ただただ走り抜けた。後ろを見る余裕などなかった。恐ろしかったのだ。聞こえていなかったはずの足音が迫ってきているとわかったから。いつまでもいつまでも、あの足音が追ってくる。こわい、怖い、恐い。昼間なのにもかかわらず、よくわからないものに追い掛け回されている。ただ山道を進むしかなかった。草を掻き分け、落ち葉を蹴飛ばし、石段を踏み込み。気づいたときには、神社の境内だった。駆け込んで地面に腰を落とし、荒い息を一旦整え、恐る恐るもう追っていないかと鳥居から下を見た。
老婆は真っ黒の顔で満面の笑みを湛えながら、こちらをじっと見つめて消えていった。
助かった、と腰が抜け、守ってくれた神様の本殿へ感謝のお参りをし、再び社務所へ向かった。寂びれた社務所は誰もいなかった。そこには、お守りやお札などがぽつんと置かれているだけだった。そこには、美しい赤い糸で作られた袋のお守りが売ってあった。
「このお守り、多分おじいちゃんのやつだ」直感的にそう感じた。三百円をお賽銭箱に入れ、お守りを買って帰った。少し日が傾いて、そろそろ夕焼けが生まれそうだなという空を眺めながら、あのおばあさんの顔を思い出してしまった。思念を一旦振りほどき、降りたくないな…と思いながら息を整え、お守りを握りしめ、山道を降りた。後ろから鳴る葉の音に体を跳ねさせたり、目の前に降ってくる落ち葉に声を荒らげたり。ビクビクしながら降りたが、お守りのおかげかなんともなく登山口を後にした。
そのまま電車に乗って、そのままスッと家に帰ってこられた。あれはいったい何だったのか、思い出したくもない。未だにあの黒い顔が頭の中に焼き付いている。忘れよう、忘れようと部屋でゆっくり撮った写真を見ていた時、ふと何か物を落としてしまった。使っていたスマホケースだった。そこには、もともと持っていたお守りがあった。スマホを新しくしたから、すっかり持っておくのを忘れていた。新しいスマホケースにそのお守りを入れ、写真を再び眺めた。
後日、祖母の家に訪問して、お守りを見せた。すると祖母は、「あぁ~それやなぁ~。なんか色褪せとったからわからんかったけどそんな色やったわ~。」と言って懐かしそうに見つめていた。なので、祖母へお守りを渡してあげた。私のこのお守りは、父からもらったものだ。祖父から受け継いだものとは知らなかったが、私の大事なお守りだ。これからも大事にしていこうと思いながら、祖母の家を後にした。
見慣れた地元の風景を眺めながら家へ帰ろうとした。その時、前から荷車を引いたおばあさんが歩いてきた。私は血の気が引いた。息をのんだ瞬間、
「あら、こんにちは。今日は一人で散歩かい? 」
公園でいつも会う、地元で仲良くしてくれているおばあさんだった。ほうっと息をついて胸を撫で下ろし、地面にへたり込んで、大丈夫大丈夫と作り笑いで返事を返した。もうあんなことは起きない。私にはお守りがあるから。顔を上げて立ち上がり、再び歩みを踏み出した刹那、さっきのおばあさんがこういった。
「なぁ、みえとるよな? 」
霊。生きを忘れてコロリと絶てや、天が止むなら幽世も開き綴じる。往ってらっしゃい、逝きなさい。加護を思い出して涙が光る。
私の祖父は早くに亡くなり、私が見た記憶はない。おばさんが言うには、
「おじいちゃんがいる」
と当時二歳の時の私は遺影の上を指差し、そういったらしい。光っていた電球がぱちぱちと音を鳴らし、お坊さんがそこにいらっしゃいますね、と少し微笑んでいたらしい。
祖母に祖父の話を聞くと、三度の飯よりお酒が好きで、高知出身の人だったため酒豪だったらしい。高知は龍がいると噂になっていた地であり、よくバイクで走っては洞窟や神社に行くのが好きだったらしい。お守りなどを買って帰ってきては飾って大事にしてたそうな。その中で特に大事なものにしていたものがあったらしいが、祖母はどこかにやったといって笑って話をしてくれた。
そんな話をして、お守りのことについて気になって調べた。そう、心当たりがあったのだ。いつからあるかわからない、ランドセルの中に入っていた一つの謎のお守りのようなもの。握ると少し暖かい気がして、文字もあるのだが崩し字で何と書いてあるかわからないため調べようもなかった。祖母にも見せたが、そんなプラスチックの袋に入ってるようなもんじゃなくてもっときれいな赤い袋に入っとったよと言っていた。だから手当たり次第に高知県の方の神社やお守りについて検索をかけてみた。
予想のあるものは一応見つかったが、山の中にあった。散歩が趣味になっていた私は「まあ山もいったん上ってみるのもありか」と行く算段を立てた。これが最悪の皮切りだった。
早い時間に家を出て、電車で移動し、高知県へ。祖父は室戸の方出身らしいのでそこから少し離れた山へ私は向かった。登山口へ着いた頃にはもう昼時だった。正直ワクワクしかしていなかった。高知は自然豊かな地だ。禁足地もあるぐらい由緒が正しい場所がたくさんある。写真にたくさんその景色を残そうとスマホカメラをたくさん構えながら歩みを進めた。
すると、一人の登山客と出会った。景色に浮かれていた私は、「こんにちは」と降りてくる人に明るく挨拶した。返事はなかった。一般的な登山道ではないため少し疲れているのかな、と思いながら私も歩みを進めた。
それから数分後。また前から登山客が降りてきた。
「え」と思わず声を出してしまった。降りてきたのはさっきすれ違った人だった。なぜさっきすれ違った人とまたすれ違うのか。うつむいた姿勢で顔は全く見えず、ただ通り過ぎていく。おかしい。何か変だ。と思った私は少し考えながら歩みを進めた。思えばなぜこんなところにおばあさんがいるかわからなかった。
その数分後、川から少し離れた山道になり、その先を進んでいた。するとまたあのおばあさんが降りてきた。流石に怖くなって見るのをやめた。少し狭い道を通らないといけないため、私は道に背を向き、近くの植物の写真を撮っていた。カメラの画面の反射で通り過ぎるのを確認してから、私は前へ進んだ。正直、もう怖かった。近くを通り過ぎたときに気づいたのだが、そのおばあさんには足音がなかった。その時点で人ではないとわかった。もう会いたくないと、早めに足を進めた。が、その思いも虚しかった。
またあのおばあさんが降りてきた。今自分の見ているものが何なのかわからなかった。夢だと思いたかった。足早に抜き去ろうと思った瞬間、おばあさんが私の方に少し体を寄せた。反射的に私は避けようとしてしまった。と気づいたときには、もう遅かった。
「なぁ。みえとるよな」
しわがれた声のようなものが、私の鼓膜を明らかに揺らした。私の足は全速力で駆けていた。なんなんだ、なんなんだ。あれはいったい何なんだ。切れる息など考えず、ただただ走り抜けた。後ろを見る余裕などなかった。恐ろしかったのだ。聞こえていなかったはずの足音が迫ってきているとわかったから。いつまでもいつまでも、あの足音が追ってくる。こわい、怖い、恐い。昼間なのにもかかわらず、よくわからないものに追い掛け回されている。ただ山道を進むしかなかった。草を掻き分け、落ち葉を蹴飛ばし、石段を踏み込み。気づいたときには、神社の境内だった。駆け込んで地面に腰を落とし、荒い息を一旦整え、恐る恐るもう追っていないかと鳥居から下を見た。
老婆は真っ黒の顔で満面の笑みを湛えながら、こちらをじっと見つめて消えていった。
助かった、と腰が抜け、守ってくれた神様の本殿へ感謝のお参りをし、再び社務所へ向かった。寂びれた社務所は誰もいなかった。そこには、お守りやお札などがぽつんと置かれているだけだった。そこには、美しい赤い糸で作られた袋のお守りが売ってあった。
「このお守り、多分おじいちゃんのやつだ」直感的にそう感じた。三百円をお賽銭箱に入れ、お守りを買って帰った。少し日が傾いて、そろそろ夕焼けが生まれそうだなという空を眺めながら、あのおばあさんの顔を思い出してしまった。思念を一旦振りほどき、降りたくないな…と思いながら息を整え、お守りを握りしめ、山道を降りた。後ろから鳴る葉の音に体を跳ねさせたり、目の前に降ってくる落ち葉に声を荒らげたり。ビクビクしながら降りたが、お守りのおかげかなんともなく登山口を後にした。
そのまま電車に乗って、そのままスッと家に帰ってこられた。あれはいったい何だったのか、思い出したくもない。未だにあの黒い顔が頭の中に焼き付いている。忘れよう、忘れようと部屋でゆっくり撮った写真を見ていた時、ふと何か物を落としてしまった。使っていたスマホケースだった。そこには、もともと持っていたお守りがあった。スマホを新しくしたから、すっかり持っておくのを忘れていた。新しいスマホケースにそのお守りを入れ、写真を再び眺めた。
後日、祖母の家に訪問して、お守りを見せた。すると祖母は、「あぁ~それやなぁ~。なんか色褪せとったからわからんかったけどそんな色やったわ~。」と言って懐かしそうに見つめていた。なので、祖母へお守りを渡してあげた。私のこのお守りは、父からもらったものだ。祖父から受け継いだものとは知らなかったが、私の大事なお守りだ。これからも大事にしていこうと思いながら、祖母の家を後にした。
見慣れた地元の風景を眺めながら家へ帰ろうとした。その時、前から荷車を引いたおばあさんが歩いてきた。私は血の気が引いた。息をのんだ瞬間、
「あら、こんにちは。今日は一人で散歩かい? 」
公園でいつも会う、地元で仲良くしてくれているおばあさんだった。ほうっと息をついて胸を撫で下ろし、地面にへたり込んで、大丈夫大丈夫と作り笑いで返事を返した。もうあんなことは起きない。私にはお守りがあるから。顔を上げて立ち上がり、再び歩みを踏み出した刹那、さっきのおばあさんがこういった。
「なぁ、みえとるよな? 」
霊。生きを忘れてコロリと絶てや、天が止むなら幽世も開き綴じる。往ってらっしゃい、逝きなさい。加護を思い出して涙が光る。
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どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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