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第一章 はじまり
#33
しおりを挟む歩き始めてしばらくはむーっとしていたカリーナだったが、歩を進めていくうちにみるみる機嫌を取り戻していた。
「あっ、見てくださいマモルお兄さんっ、あそこで何かやってるみたいです!」
言われて見てみると、そこでは影魔術を利用した演劇をしているようだった。
「へえ、影を人形ひとがたにして動かしてるのか、すごいな……。演劇みたいだけど、まだ昼まで時間があるし、見ていく?」
「はいっ!」
影の人形は物理的に影響を及ぼせないようだが、違和感なくするすると人の動きを表現している。
今の護の魔力操作能力では、人形を作れたとしても鈍い動きしかさせられず、動かしているうちに形を崩してしまうだろう。要訓練だ。
演目は、過去一人でダンジョンを踏破し、ミスリルランクとなった『雷光の賢者』と呼ばれる冒険者の話だ。幸い二人が見始めたのは開幕してすぐだったらしい。
話の概要はこうだ。
この世界にダンジョンが現れてしばらくのこと、某国のあるダンジョンを擁する町にふらりと一人の男が現れた。
その男は金髪の美男子だったが、身を守る武装もなく、とても質素な格好をしていた。彼はその町で冒険者となり、依頼をこなしていくうちにめきめきと頭角を現していった。
たったの数年であらゆる攻撃魔術を使いこなし、スキルを取ったとしても覚えることのできない、見たこともない様々な魔術によってダンジョンを攻略していった。
今でも魔術名だけは語り継がれている。
「唸れ疾風、轟け雷光!『シャントゥ○ン』!」
「吹けよ氷雪、轟け雷光!唸れ疾風、燃えろ灼熱!『マ○シマムトゥロン』!!」
「光になれ!『ヘル・○ンド・ヘブン』!!」
「…………ぶふっ!?」
「どうしたんですか? マモルお兄さん」
「あ、いや、なんでもない。なんでもないよ」
聞き覚えのある魔術名に、どこの勇○王軍団だよ! などとつい噴きだしてしまった護であった。
それというのも、この『雷光の賢者』なる冒険者『シシ○・ガイ』と名乗った男は護と同じく地球からの来訪者だったのだ。
いかにトイボックスが地球の何倍も大きな星だったとしても、送られた人間は千や二千程度ではない。
担当神からの要請で、あまり密集させてはあっさりダンジョンを踏破される可能性があり、好ましくないとのことで、アマテラスは適度にばらけさせるためにあらゆる大陸、あらゆる時間の狭間に来訪者達を送り込んだ。
この世界に馴染めずに道端で死んでしまった者。
冒険者になって道半ばに命を散らした者。
安息の場所を見つけ、満足して息を引き取った者。
そして英雄を目指し、研鑽の果てにダンジョンの踏破を成し遂げた者。
彼らはこの世界に新たな価値観や知識を持ち込み、名を残しながら少しずつ世界を作り変えていった。
……さすがにダンジョンを踏破する頃には我に返って本名を名乗ろうとした者もいたが、有名になりすぎてしまっていた彼らは今更名前の訂正など出来ないと悟ったそうだ。
護もこの夜、メモ帳からアマテラスに質問することで真相を聞いていたりする。
「面白かったですね、『雷光の賢者』のお話」
「あ、うん。そ、そうだね!」
「それにしても、個人でミスリルランクになるなんて、一体どんな冒険者さんだったんでしょう?」
「うーん……俺もまだシルバー+ランクだし、想像もつかないな」
「マモルお兄さんもソロですし、いつかそうなれるかもしれませんよっ」
「はは、そうなれるように努力はするよ」
頃合よく、演劇が終わったのは昼の少し前といったところだ。
催しを見ながら摘める物を適当に買い足しながら二人は広場へ向かっていた。
そこに着いた時、丁度何かが始まるところだったらしい。内容は魔術によるパフォーマンスだ。
大通りでも大道芸人によるそれはあったが、こちらは規模が違う。複数人による様々な魔術を使い、観客の目を楽しませてくれる。
ダンジョン正面の入り口が閉じられており、その手前の広場は結界が張られていて見物客が入れないようになっていた。
開幕の合図と共に、その中に待機していた何人かの人族が立ち上がり、魔術を発動する。
途端に地面が割れ、中からいくつもの小さな火の玉が飛び出した。
火の玉は結界の中を舞い踊り、やがて一つに纏まると大きな炎の竜をかたどる。
炎の竜が首をもたげたかと思えば、観客に向けて大きな咆哮を叩きつけた。
そこかしこで悲鳴があがるが、実際はそれほど大きな音でもない。高度な風魔術によってそれらしい音と、大気を震わせて擬似的な咆哮を再現させたのだ。
炎の竜が観客に襲い掛かるような動作を見せた時、そのままだった地割れから水が噴出して水の竜を形作り、その勢いのまま炎の竜に突進して爆発した。
結界は爆発を防いだものの、周囲一帯を白く染め上げる。
すると広場の中心に向けて風が吹き、収束させて形作られた白雲が観客に降り注ぐ陽光を遮り、儚く舞い散る淡雪を降らせ、真夏の空に幻想的な光景を作り上げた。
その光景に見とれる観客をよそに、少しして結界の上面に穴が空けられ、白雲から飛び出した氷の竜と雷の竜がもつれ合いながら地面に激突。地面に大穴を空けて粉々になってしまう。
もちろん激突する前に結界の穴はふさがれている。
地面に空いた穴に、今度は周囲から土で出来た小さめの竜が何体も飛び込み、地面が元の平面に戻った時、広場は平穏を取り戻した。
このパフォーマンスをするために、どれだけの時間をかけてイメージを固めてきたのだろうか。極限まで消費効率を高めたにもかかわらず、魔力を使い果たした魔術師達だったが、疲労困憊ながらも笑顔を見せている。
これにて終演です。
そう告げた主催者の言葉をきっかけに、観客は凄まじい歓声を上げた。
「わーっ、わー! すごかったです!!」
「うん! 本当にすごかったっ!!」
周囲の歓声にかき消されないように、二人は興奮しながら大声でパフォーマンスを称え合った。
観客達は興奮冷めやらぬまま徐々に四方に散っていく。護とカリーナの二人も、あれがすごかった、これが綺麗だった、などと話しながら広場を後にした。
「マモルお兄さん、今日は本当にありがとうございましたっ。私、すごく楽しかったですっ!」
二人は広場を去ってからもまだ通っていない西と南の大通りを見て周り、変わった芸や演劇を楽しみ、珍しい料理を食べては大いに堪能し、主人達へのお土産を片手に、宿の前に帰ってきていた。
「ああ、いや、こちらこそありがとう。カリーナちゃんと一緒で俺も楽しかったよ」
実際のところ、一人で行っていたら人ごみにうんざりして途中で帰っていたかもしれない。護は本当にカリーナと一緒に行った事で楽しんでいたのだ。
「ほんとですか? ……やっぱり迷惑なんじゃないかって、少し不安だったんです」
「そんなことないよ、今日はカリーナちゃんがいて本当に良かった」
その言葉で満面の笑顔を見せるカリーナ。その表情ご褒美をそっと目に焼きつけ、今までで最高の祭りの日を終えた護であった。
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