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宇宙との交信9 ~宇宙への挑戦?~
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私はかつて宇宙人と交信していた。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。本当に宇宙バカだったと断言できる。多分今でも宇宙バカだ。でも、嘘をつく彼女をおおらかに許そうとする人間らしき宇宙人だ。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。でも、そのメールのやり取りをしていた私を騙る人物の出現で、私はメールのやり取りを辞めることとなった。
宇宙人の彼女がその人物である。彼女がついていた嘘は既に宇宙人にばれている。この間、それに関する言いがかりみたいなもので彼女に襲撃されたから、彼女は本当に地球を襲撃にきた火星人だと確信した。
宇宙人と火星人のカップルを見るたび私はニヨニヨしていたけど、最近は雰囲気がイチャイチャから静かなものに変化していて、ニヨニヨして見ていると宇宙人カップルの別れを期待しているような不謹慎な雰囲気になるので見ないようにしている。だって、火星人に再襲撃されたら困るから!
そう、再襲撃されたら困るんだよね。そう思いながら、手元の画面を見つめる。なぜ、ブラックホール。どうした宇宙人。
私は寒さからくるものだと信じたい身震いをした。火星人に襲撃されてから一か月。世のカップルはイベントでそわそわしている時期だろうに。なぜ、クリスマス・イブ前日にブラックホール……。意味が分からん。
確か昨日も学食で宇宙人カップルが一緒に居たのを見たと男の娘が言っていたような。一応私と男の娘は、あの宇宙人の火星人に対する盛大な惚気を聞いてしまった手前、あの二人が無事に付き合い続けているのかは気にしている。本来なら、私は宇宙人と火星人の付き合いをニヨニヨ観察しているだけで良い立場だったはずなのに、何の因果で、こわごわ宇宙人カップルを見る羽目になったんだろう。前みたいにニヨニヨ見るのは辞めている。要らぬ火種になりたくないからだ。
なのに、ブラックホール。嫌な予感しかしない。とりあえず、宇宙人の気分転換になりそうな画像がないか考える。
家の窓から、空を眺める。寒さにためらわずに窓を開けられるほど重装備はしていないからだ。真っ暗な夜空に星が瞬いている。ここが地方で良かったと思うのは、星がきれいに見えることだ。暗い空に、オリオン座を見つける。
あ、オリオンにしよう。あれは肉眼でも見えるし。
M42のオリオン座大星雲の画像を添付してメールを返信する。怖くて本文は何も書かなかった。返事がなくて、逆にほっとする。
そもそも、私は一切メールを送っていないのに、宇宙人はなぜ送ってきたんだろう。完全に今までの流れと違うことに戸惑いがある。
火星人が嘘をついていても、本当のことを言ってくれればいいのに、と心の広さを見せていた宇宙人の幸せを祈っているんだけど。一体ブラックホールが何を示しているのか。……どうやったって、ネガティブにしかとらえられないんだけど。せめて本文にしょうもないこと書いてあったら、下らないって笑えるのに、本気で笑えないんだけど。
*
暖房がほどほどに効いた学食でいつもの席に行こうとして、その前のテーブルに宇宙人とその友達が並んでいるのに気付いて、違うところに座ることにする。
今日は十二月二十五日。
確かに我々は今日が年内の授業の締めだけど。宇宙人がクリスマスに友達といる意味は? 恐ろしくて考えたくもない……。
「ちょっとみゃー、どこ行くの」
踵を返そうとした私を呼び止めたのは、男の娘だ。
「えーっと、いつもと違う席でも……」
私の婉曲的な言い回しは、男の娘には何も伝わるはずもなかった。
「あ、シロー先輩!」
男の娘が手を挙げる。フルフルと横に振っているあたり、呼んだ先から手を振り返されたんだろう。あ、この流れはダメなやつだ。
「ほら、行こう。みゃーは気付いてなかったの?」
「絶賛気づいてて気まずいから避けようとしたんですけど!」
「気まずいって……。あ」
思案顔になった男の娘がようやく私の行動の意味を理解したらしい。
「ケイスケ先輩、彼女は?」
「知らない。存じ上げない」
「クリスマスに一人……切ない」
「八代もな」
私がぼそりと突っ込んだ言葉は、男の娘にもばっちり聞こえたらしい。男の娘はトレイを片手で持つと、私が逃げないように私の二の腕をつかんだ。まだ逃げるチャンスはあったのか、と今更ながら思う。だが、今更だ。
男の娘は偽勇者をデートに誘って玉砕している。なぜ知っているかって、目の前で断られたことを見ていたことと、なぜか今日私が偽勇者とクリスマスを祝う会を開くことになっているからだ。偽勇者は、予定があるからダメ、とニッコリと笑って男の娘をバッサリと切った後、私に目力で“ことの次第をばらしたらどうなるかわかってるわよね”と脅してきたから、私は口には出せなかった。しょせん私は小市民。偽とは言え“勇者”と呼ばれる人物に勝てるわけがない。
もしばらしたら最後、私はまたモルモットに転じることが決まっている。着せ替え人形という名のモルモット。あの時は悲惨だった。男の娘にそれなりに似合う服をセレクトした偽勇者の腕前は、きっとそこそこ上級者だったのだろうと思う。少なくとも今日偽勇者に指定されて着て来た服装を見て、私をいつも小ばかにするように見ていた同じ学科の女子集団が目を見開いていた。だからきっと、この格好は大分まともなんだろう。女子として。
あとあれかな……クリスマスに、って言うのがたぶんとても影響していた気がする。その実、クリスマスを祝う会は、偽勇者とだがな。女子二人。……偽勇者がそれでいいのか、未だに疑問だ。
男の娘にも服装について何か言われたような気がするが、そのセンスのなさは折り紙付きなので、完全に聞き流した。
「みゃーちゃん、そんな服も似合うね」
宇宙人とその友達が待つ席にたどり着くと、宇宙人の友達が邪気のない様子でニッコリと笑った。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、この場に偽勇者が居なくて良かったと本気で思う。きっと私は偽勇者に視線で射殺されていたことだろう。……偽勇者は未だに宇宙人の友達狙いだ。……ほぼ遭遇できていないけど。あってもニアミスくらいだ。これだけ縁がないって言うのも、ある意味すごい気がしている。
「先輩方は、大学で何かあるんですか?」
私を宇宙人の友達の隣の席に押し込めるように席に着いた男の娘は、当たり障りのない内容を質問する。
「今日の五時が卒論締め切りで。最後のチェックしてる最中だよ」
なるほど。それで二人揃ってるのか。
「大変ですね。……クリスマス・イブとかデートどころじゃないですね」
言い切った男の娘の口を永遠に封印したくなった。偽勇者がここにいればよかったのに。あの魔が生まれる口を永遠に封印してくれそうだ。あ、でも偽だったな。
「院でも教えてもらう先生に出すから、手は抜けないよな」
でも予想外に宇宙人は普通に返事をした。
「これで卒業なら、適当に出せたかもね。許されるかどうかは別として。でも、就職決まってるのに卒業させないとかはしないでしょ」
宇宙人の友達が苦笑する。同級生の中にはそう言う人もいるのかもしれない。
「ふーん。そんなものなんですね」
男の娘がうんうんと頷く。
「あ、そうそう。タケノシン。夜、卒論お疲れ様会するつもりなんだけど、来るよね?」
宇宙人の友達が、誘うようなフリをして男の娘の予定を断定した。
「え……シロー先輩。私にも予定があるかもしれないじゃないですか」
ムッとする男の娘に、宇宙人の友達が、ごめんごめん、と軽い謝罪をした。絶対本心で謝ってなどない。
「暇ならどうかな?」
宇宙人の友達は言い換えたけれど、その顔はニヤニヤと笑っている。
「……暇ですけど」
「結局暇じゃん」
私の突っ込みに、男の娘がまたムッとする。
「何さ自分はデートだからって」
「え? みゃーちゃん彼氏できたの?」
「いつできたのか知らないんですけど?」
宇宙人の友達の質問に、私は速攻質問返しをした。そんな事実はありませんが。
「だって、さっき質問したらデートだって言ってたじゃん」
どうやら男の娘の話をスルーしすぎて適当に返事をしすぎたらしい。多分、“デートなの?” と問いかけられて“そうそう”とでも適当に返事をしたんだろう。そんな返事をした心当たりは……ある。
「ごめん。全然話聞いてなかった」
「ニッコリ笑って言うことじゃないから! みゃーの扱いがひどい!」
シクシク、と泣きまねをする男の娘に、宇宙人がクスリと笑う。
「じゃあ、来れば?」
その視線が向いたのは私だ。その心は?
「え? ケイスケ先輩もいるんですか? 彼女さんはいいんですか?」
完全に油断した男の娘が、何の気なく質問する。やっぱり偽勇者が居ればよかった!
「予定があるらしいよ」
苦笑する宇宙人に、いやこの日に彼氏優先しないってあるか、と私以外の二人の顔にもありありとある。
が、誰もコメントはしない。いや、正確にはできない。何せ我らは皆、聖なる日に卒論お疲れパーティーや女二人でクリスマスを祝う会を開くような立場だ。宇宙人の気が楽になるような経験に基づいた前向きコメントよりも、傷に塩を塗り込むだろう慰めコメントしか思い付けない。
男の娘も発言の不味さを思い出したんだろう。ようやく魔の溢れる口が開かなく……。
「ケイスケ先輩! 気持ちは分かります!」
なるわけがなかった。わからんで良いわ! 男の娘よ、宇宙人がフラれた体で話をするんじゃない!
「まだフラれてないから」
苦笑している宇宙人に、まだなだけでしょう、と突っ込まなかった私を誉めてほしい。宇宙人に突っ込むDNAが私の口を震わしそうになるけれど、理性と言う人間の持てる叡智で何とか押し留めている。隣に悪い見本がいるしね。今日の私は違うよ!
「今日は嫌に静かだな」
窓際からの宇宙人の視線に、私はニコリと笑って見せる。
「たまには」
「気持ち悪いな」
「大変申し訳ないですが、先輩のフラれた傷をえぐらないように抑えてるとこなんです!」
とたんにクククと宇宙人の友達が笑い出す。
「断定! ひでー」
あ、やってしまった!
「フラれてないから」
宇宙人は苦笑しているものの、抉られているような雰囲気はない。
「そ……そうですね」
ハハハ、と誤魔化してみる。
「みゃー、ひどいよ」
男の娘に責められるのが腑に落ちない。
「先にひどいこと言い出したのは自分でしょ。今日の日を男二人でいる意味考えてよ!」
「だって!」
「だってじゃないでしょ!」
「みゃーちゃん、圭介にだけじゃなくて俺にも酷いよ」
「なら、シロー先輩にはウフフな予定があった、もしくはあるんですか?」
八つ当たりついでに宇宙人の友達を追求してみる。
「ないよ。ないから今日はクリスマスを祝わないんでしょ」
「じゃあ、文句言わないでください」
「で、今日は自分も参加だろ?」
宇宙人が、したり顔で私を見る。フラれてないとは言え、宇宙人にとってはあまり喜ばしい状況ではないだろうに、ケロッとしている感じが不思議ではあるけど。
「いいえ。予定があります」
私にとっても喜ばしい予定かは分からないが、偽勇者とのクリスマスを祝う会の予定がある。
「ああ、女子会な」
「むさい男子会よりいいですよね!」
「へぇ、みゃーちゃんの友達? どんな子?」
宇宙人の友達には、さぞかし私の“友達”というやつが珍獣に思えると見た。完全に興味津々だ。だがしかし。
「いえ。友達ではありません」
「友達じゃないのに女子会ってありなの?」
宇宙人が至極当然な疑問を持ったらしい。
「知りません」
知らぬ存ぜぬ。私はただ巻き込まれただけだ。
「……一体どんな相手との女子会か気になる。どうせだから合同にしようよ」
私はちらりと男の娘を見る。偽勇者が現われたら、きっと男の娘は狂喜乱舞するだろう。……だがしかし、偽勇者が宇宙人の友達狙いなのは知ってるわけだから……嫌がるか? んー、と考えこもうとして、いやいやと首を振る。こんなこと私が考えてあげる必要などないはずだ。
「いやです」
「みゃーちゃん、ちょっと考えたでしょ? 別にいいんじゃないかな?」
「先輩方、夕方の締め切りは大丈夫ですか?」
こんなくだらない話してる場合じゃないでしょう、と伝えると、宇宙人とその友達は肩をすくめた。
「まあ、気が向いたら参加したらいいよ」
「そうだな。じゃ、タケノシン、後でな」
宇宙人とその友達は話をしながらも食べ終わっていたらしく、席を立つ。ぺこりと一応の礼をして、心の中で決意する。
絶対行かぬ。
*
決心したはずなのに、なぜ、私は宇宙人の家のベランダに偽勇者といるんだろう?
例えクリスマスに彼女が一緒に過ごそうとしなくて、振られる直前だったとしても、自宅に他の女子を迎え入れてはいけないと思う。
最初は偽勇者宅でのクリスマス会だった。それは間違いない。だが、宇宙人から送信されたメールの意味が分からなくて、困惑して気を抜いた一瞬に、私は宇宙人たちから会合に誘われてしまったのだとこぼしてしまったのだ。送られてきたのはM43の画像で、この間私が送ったM42の北にくっついて見えるオリオン座の散光星雲だった。そしてまたもや本文が書いてなかった。どういう意味か全然分からなくて、困ったところでやってしまったのだ!
宇宙人の友達(男)を好きな偽勇者(女)と偽勇者(女)を好きな男の娘(勿論男)という二人の存在が、私の脱出を許してくれなかった。もし火星人に襲撃された時にはこの二人を盾にしようと思っている。そう思いながら、寒い中嬉々として途中まで迎えに来た男の娘と、男の娘の喜びなどそっちのけで宇宙人の友達に思いを馳せる偽勇者に挟まれながら宇宙人の家に連行された。
でも、流石宇宙バカ。いや、宇宙人。宇宙人の家の本棚に、私が読みたい本がわんさかあった。そして宇宙人との議論は白熱し、気がつけば宇宙人の友達と男の娘と偽勇者に呆れたような顔で見られていて、その三人の目にはありありと「宇宙バカだな」との気持ちが溢れていた。その三人を無視して議論を続ければ、三人に嘆かれた。曰く、私の将来が心配だとの総意だった。同意はしかねた。
確かにポスドク問題にぶつかり四苦八苦する未来は容易に思い描けるが、宇宙バカをやめる予定もない。せっかくどっぷり宇宙に漬かれる環境に来たのだからと、熱弁すれば、三人に呆れられた。
面白そうに笑うのは宇宙人くらいで、それならうちのゼミに来るといい、と言われた。どうやら宇宙人が選ぶだけあって、教授が更にエキセントリックな宇宙バカだとのこと。それは確かに魅力的だと食いついたら、三人に更に呆れられた。
ついでに、そのゼミを決める権力かコネがあるのか尋ねたら、宇宙人と宇宙人の友達にそんなものあるわけないと一刀両断された。
実力でのしあがるしかないと聞いて安心したと言ったら、当たり前だと宇宙人にも呆れられた。
そんな感じで合同パーティーを割合楽しんでしまった。
勿論、楽しんで終わりじゃなかった! 二十五日が終わろうとしている時間に、宇宙人の家のチャイムが鳴った。
宇宙人はものすごくニュートラルな表情をしていたけど、そのチャイムを鳴らす人物に心当たりがありすぎる宇宙人の友達と私と男の娘は、ぎくりとした。事情を知らない偽勇者に彼女だと思う旨を伝えると、すぐに理解したようで、まず偽勇者が玄関にあった私と偽勇者の靴をバルコニーに移動させた。
その行為に我に返った私も、部屋の中にある我々二人の痕跡を集め、コートを着込むと、バルコニーに向かった。当然ながらクリスマスの夜中の屋外は、暖かい室内から出たばかりだと極寒だった。だが仕方あるまい。
バルコニーの窓を閉めるときに、宇宙人が申し訳なさそうな表情をしてたけど、事情を知っていてなお巻き込まれてしまったので、お互い様だ。私は心の中で宇宙人と宇宙人の友達と男の娘があの火星人の不条理にあわなければいいな、と願いつつ、空を見上げた。
流石宇宙人、と唸ったのは、そのバルコニーの向こう側に墓地が広がり、その奥には山が切り立っているため、周囲に余計な光がほとんどなくて、星がものすごくきれいに見えたことだ。目を輝かした私の隣で、偽勇者の表情が完全に引いていた。
普通の人の部屋選びとしては目の前に墓地はマイナスポイントだろう。どうやら宇宙人が申し訳ない表情をしたのは、我々を追い出すことだけではなく、この景色のこともあったらしいと分かる。でも、私は次の部屋選びの時の参考にしようと決めた。きっと家賃も相場より安いに違いない。
表情の硬い偽勇者の隣で星空を見上げていたら、部屋の中から、「じゃ、俺ら帰るから」という宇宙人の友達の声が聞こえた。まじか、と思いつつ、まあ彼女が来たらその選択肢しかないか、と納得もする。隣の偽勇者も、あー。と言いたそうな表情をしているので、納得はしているんだろう。
どうやらこの部屋の防音性は低いらしい。火星人が連絡をくれなかった宇宙人を責めている。人の痴話げんかなど聞きたいわけじゃない。
どうやってここから脱出しようかな、と考えていたら、建物の脇から宇宙人の友達と男の娘が現われた。二人がビールケースを手に持っているのを見て、これで脱出できるとほっとする。宇宙人の部屋は一階で、そのまま地面だったらすぐに脱出できたのだけど、わざわざバルコニーの形に整えられていたせいで私たち二人では脱出するのは困難だった。
スカートじゃなければ、早々に脱出を試みたんだけど、なにせ今日は偽勇者からのスカート指定で脱出に不適なのは間違いない。二人の手助けによりバルコニーから無事脱出した我々は、やれやれと家路についた。
……火星人から逃げきれたのか?! 攻撃されるのは……誰だ?
これぞまさしく、宇宙への挑戦?
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。本当に宇宙バカだったと断言できる。多分今でも宇宙バカだ。でも、嘘をつく彼女をおおらかに許そうとする人間らしき宇宙人だ。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。でも、そのメールのやり取りをしていた私を騙る人物の出現で、私はメールのやり取りを辞めることとなった。
宇宙人の彼女がその人物である。彼女がついていた嘘は既に宇宙人にばれている。この間、それに関する言いがかりみたいなもので彼女に襲撃されたから、彼女は本当に地球を襲撃にきた火星人だと確信した。
宇宙人と火星人のカップルを見るたび私はニヨニヨしていたけど、最近は雰囲気がイチャイチャから静かなものに変化していて、ニヨニヨして見ていると宇宙人カップルの別れを期待しているような不謹慎な雰囲気になるので見ないようにしている。だって、火星人に再襲撃されたら困るから!
そう、再襲撃されたら困るんだよね。そう思いながら、手元の画面を見つめる。なぜ、ブラックホール。どうした宇宙人。
私は寒さからくるものだと信じたい身震いをした。火星人に襲撃されてから一か月。世のカップルはイベントでそわそわしている時期だろうに。なぜ、クリスマス・イブ前日にブラックホール……。意味が分からん。
確か昨日も学食で宇宙人カップルが一緒に居たのを見たと男の娘が言っていたような。一応私と男の娘は、あの宇宙人の火星人に対する盛大な惚気を聞いてしまった手前、あの二人が無事に付き合い続けているのかは気にしている。本来なら、私は宇宙人と火星人の付き合いをニヨニヨ観察しているだけで良い立場だったはずなのに、何の因果で、こわごわ宇宙人カップルを見る羽目になったんだろう。前みたいにニヨニヨ見るのは辞めている。要らぬ火種になりたくないからだ。
なのに、ブラックホール。嫌な予感しかしない。とりあえず、宇宙人の気分転換になりそうな画像がないか考える。
家の窓から、空を眺める。寒さにためらわずに窓を開けられるほど重装備はしていないからだ。真っ暗な夜空に星が瞬いている。ここが地方で良かったと思うのは、星がきれいに見えることだ。暗い空に、オリオン座を見つける。
あ、オリオンにしよう。あれは肉眼でも見えるし。
M42のオリオン座大星雲の画像を添付してメールを返信する。怖くて本文は何も書かなかった。返事がなくて、逆にほっとする。
そもそも、私は一切メールを送っていないのに、宇宙人はなぜ送ってきたんだろう。完全に今までの流れと違うことに戸惑いがある。
火星人が嘘をついていても、本当のことを言ってくれればいいのに、と心の広さを見せていた宇宙人の幸せを祈っているんだけど。一体ブラックホールが何を示しているのか。……どうやったって、ネガティブにしかとらえられないんだけど。せめて本文にしょうもないこと書いてあったら、下らないって笑えるのに、本気で笑えないんだけど。
*
暖房がほどほどに効いた学食でいつもの席に行こうとして、その前のテーブルに宇宙人とその友達が並んでいるのに気付いて、違うところに座ることにする。
今日は十二月二十五日。
確かに我々は今日が年内の授業の締めだけど。宇宙人がクリスマスに友達といる意味は? 恐ろしくて考えたくもない……。
「ちょっとみゃー、どこ行くの」
踵を返そうとした私を呼び止めたのは、男の娘だ。
「えーっと、いつもと違う席でも……」
私の婉曲的な言い回しは、男の娘には何も伝わるはずもなかった。
「あ、シロー先輩!」
男の娘が手を挙げる。フルフルと横に振っているあたり、呼んだ先から手を振り返されたんだろう。あ、この流れはダメなやつだ。
「ほら、行こう。みゃーは気付いてなかったの?」
「絶賛気づいてて気まずいから避けようとしたんですけど!」
「気まずいって……。あ」
思案顔になった男の娘がようやく私の行動の意味を理解したらしい。
「ケイスケ先輩、彼女は?」
「知らない。存じ上げない」
「クリスマスに一人……切ない」
「八代もな」
私がぼそりと突っ込んだ言葉は、男の娘にもばっちり聞こえたらしい。男の娘はトレイを片手で持つと、私が逃げないように私の二の腕をつかんだ。まだ逃げるチャンスはあったのか、と今更ながら思う。だが、今更だ。
男の娘は偽勇者をデートに誘って玉砕している。なぜ知っているかって、目の前で断られたことを見ていたことと、なぜか今日私が偽勇者とクリスマスを祝う会を開くことになっているからだ。偽勇者は、予定があるからダメ、とニッコリと笑って男の娘をバッサリと切った後、私に目力で“ことの次第をばらしたらどうなるかわかってるわよね”と脅してきたから、私は口には出せなかった。しょせん私は小市民。偽とは言え“勇者”と呼ばれる人物に勝てるわけがない。
もしばらしたら最後、私はまたモルモットに転じることが決まっている。着せ替え人形という名のモルモット。あの時は悲惨だった。男の娘にそれなりに似合う服をセレクトした偽勇者の腕前は、きっとそこそこ上級者だったのだろうと思う。少なくとも今日偽勇者に指定されて着て来た服装を見て、私をいつも小ばかにするように見ていた同じ学科の女子集団が目を見開いていた。だからきっと、この格好は大分まともなんだろう。女子として。
あとあれかな……クリスマスに、って言うのがたぶんとても影響していた気がする。その実、クリスマスを祝う会は、偽勇者とだがな。女子二人。……偽勇者がそれでいいのか、未だに疑問だ。
男の娘にも服装について何か言われたような気がするが、そのセンスのなさは折り紙付きなので、完全に聞き流した。
「みゃーちゃん、そんな服も似合うね」
宇宙人とその友達が待つ席にたどり着くと、宇宙人の友達が邪気のない様子でニッコリと笑った。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、この場に偽勇者が居なくて良かったと本気で思う。きっと私は偽勇者に視線で射殺されていたことだろう。……偽勇者は未だに宇宙人の友達狙いだ。……ほぼ遭遇できていないけど。あってもニアミスくらいだ。これだけ縁がないって言うのも、ある意味すごい気がしている。
「先輩方は、大学で何かあるんですか?」
私を宇宙人の友達の隣の席に押し込めるように席に着いた男の娘は、当たり障りのない内容を質問する。
「今日の五時が卒論締め切りで。最後のチェックしてる最中だよ」
なるほど。それで二人揃ってるのか。
「大変ですね。……クリスマス・イブとかデートどころじゃないですね」
言い切った男の娘の口を永遠に封印したくなった。偽勇者がここにいればよかったのに。あの魔が生まれる口を永遠に封印してくれそうだ。あ、でも偽だったな。
「院でも教えてもらう先生に出すから、手は抜けないよな」
でも予想外に宇宙人は普通に返事をした。
「これで卒業なら、適当に出せたかもね。許されるかどうかは別として。でも、就職決まってるのに卒業させないとかはしないでしょ」
宇宙人の友達が苦笑する。同級生の中にはそう言う人もいるのかもしれない。
「ふーん。そんなものなんですね」
男の娘がうんうんと頷く。
「あ、そうそう。タケノシン。夜、卒論お疲れ様会するつもりなんだけど、来るよね?」
宇宙人の友達が、誘うようなフリをして男の娘の予定を断定した。
「え……シロー先輩。私にも予定があるかもしれないじゃないですか」
ムッとする男の娘に、宇宙人の友達が、ごめんごめん、と軽い謝罪をした。絶対本心で謝ってなどない。
「暇ならどうかな?」
宇宙人の友達は言い換えたけれど、その顔はニヤニヤと笑っている。
「……暇ですけど」
「結局暇じゃん」
私の突っ込みに、男の娘がまたムッとする。
「何さ自分はデートだからって」
「え? みゃーちゃん彼氏できたの?」
「いつできたのか知らないんですけど?」
宇宙人の友達の質問に、私は速攻質問返しをした。そんな事実はありませんが。
「だって、さっき質問したらデートだって言ってたじゃん」
どうやら男の娘の話をスルーしすぎて適当に返事をしすぎたらしい。多分、“デートなの?” と問いかけられて“そうそう”とでも適当に返事をしたんだろう。そんな返事をした心当たりは……ある。
「ごめん。全然話聞いてなかった」
「ニッコリ笑って言うことじゃないから! みゃーの扱いがひどい!」
シクシク、と泣きまねをする男の娘に、宇宙人がクスリと笑う。
「じゃあ、来れば?」
その視線が向いたのは私だ。その心は?
「え? ケイスケ先輩もいるんですか? 彼女さんはいいんですか?」
完全に油断した男の娘が、何の気なく質問する。やっぱり偽勇者が居ればよかった!
「予定があるらしいよ」
苦笑する宇宙人に、いやこの日に彼氏優先しないってあるか、と私以外の二人の顔にもありありとある。
が、誰もコメントはしない。いや、正確にはできない。何せ我らは皆、聖なる日に卒論お疲れパーティーや女二人でクリスマスを祝う会を開くような立場だ。宇宙人の気が楽になるような経験に基づいた前向きコメントよりも、傷に塩を塗り込むだろう慰めコメントしか思い付けない。
男の娘も発言の不味さを思い出したんだろう。ようやく魔の溢れる口が開かなく……。
「ケイスケ先輩! 気持ちは分かります!」
なるわけがなかった。わからんで良いわ! 男の娘よ、宇宙人がフラれた体で話をするんじゃない!
「まだフラれてないから」
苦笑している宇宙人に、まだなだけでしょう、と突っ込まなかった私を誉めてほしい。宇宙人に突っ込むDNAが私の口を震わしそうになるけれど、理性と言う人間の持てる叡智で何とか押し留めている。隣に悪い見本がいるしね。今日の私は違うよ!
「今日は嫌に静かだな」
窓際からの宇宙人の視線に、私はニコリと笑って見せる。
「たまには」
「気持ち悪いな」
「大変申し訳ないですが、先輩のフラれた傷をえぐらないように抑えてるとこなんです!」
とたんにクククと宇宙人の友達が笑い出す。
「断定! ひでー」
あ、やってしまった!
「フラれてないから」
宇宙人は苦笑しているものの、抉られているような雰囲気はない。
「そ……そうですね」
ハハハ、と誤魔化してみる。
「みゃー、ひどいよ」
男の娘に責められるのが腑に落ちない。
「先にひどいこと言い出したのは自分でしょ。今日の日を男二人でいる意味考えてよ!」
「だって!」
「だってじゃないでしょ!」
「みゃーちゃん、圭介にだけじゃなくて俺にも酷いよ」
「なら、シロー先輩にはウフフな予定があった、もしくはあるんですか?」
八つ当たりついでに宇宙人の友達を追求してみる。
「ないよ。ないから今日はクリスマスを祝わないんでしょ」
「じゃあ、文句言わないでください」
「で、今日は自分も参加だろ?」
宇宙人が、したり顔で私を見る。フラれてないとは言え、宇宙人にとってはあまり喜ばしい状況ではないだろうに、ケロッとしている感じが不思議ではあるけど。
「いいえ。予定があります」
私にとっても喜ばしい予定かは分からないが、偽勇者とのクリスマスを祝う会の予定がある。
「ああ、女子会な」
「むさい男子会よりいいですよね!」
「へぇ、みゃーちゃんの友達? どんな子?」
宇宙人の友達には、さぞかし私の“友達”というやつが珍獣に思えると見た。完全に興味津々だ。だがしかし。
「いえ。友達ではありません」
「友達じゃないのに女子会ってありなの?」
宇宙人が至極当然な疑問を持ったらしい。
「知りません」
知らぬ存ぜぬ。私はただ巻き込まれただけだ。
「……一体どんな相手との女子会か気になる。どうせだから合同にしようよ」
私はちらりと男の娘を見る。偽勇者が現われたら、きっと男の娘は狂喜乱舞するだろう。……だがしかし、偽勇者が宇宙人の友達狙いなのは知ってるわけだから……嫌がるか? んー、と考えこもうとして、いやいやと首を振る。こんなこと私が考えてあげる必要などないはずだ。
「いやです」
「みゃーちゃん、ちょっと考えたでしょ? 別にいいんじゃないかな?」
「先輩方、夕方の締め切りは大丈夫ですか?」
こんなくだらない話してる場合じゃないでしょう、と伝えると、宇宙人とその友達は肩をすくめた。
「まあ、気が向いたら参加したらいいよ」
「そうだな。じゃ、タケノシン、後でな」
宇宙人とその友達は話をしながらも食べ終わっていたらしく、席を立つ。ぺこりと一応の礼をして、心の中で決意する。
絶対行かぬ。
*
決心したはずなのに、なぜ、私は宇宙人の家のベランダに偽勇者といるんだろう?
例えクリスマスに彼女が一緒に過ごそうとしなくて、振られる直前だったとしても、自宅に他の女子を迎え入れてはいけないと思う。
最初は偽勇者宅でのクリスマス会だった。それは間違いない。だが、宇宙人から送信されたメールの意味が分からなくて、困惑して気を抜いた一瞬に、私は宇宙人たちから会合に誘われてしまったのだとこぼしてしまったのだ。送られてきたのはM43の画像で、この間私が送ったM42の北にくっついて見えるオリオン座の散光星雲だった。そしてまたもや本文が書いてなかった。どういう意味か全然分からなくて、困ったところでやってしまったのだ!
宇宙人の友達(男)を好きな偽勇者(女)と偽勇者(女)を好きな男の娘(勿論男)という二人の存在が、私の脱出を許してくれなかった。もし火星人に襲撃された時にはこの二人を盾にしようと思っている。そう思いながら、寒い中嬉々として途中まで迎えに来た男の娘と、男の娘の喜びなどそっちのけで宇宙人の友達に思いを馳せる偽勇者に挟まれながら宇宙人の家に連行された。
でも、流石宇宙バカ。いや、宇宙人。宇宙人の家の本棚に、私が読みたい本がわんさかあった。そして宇宙人との議論は白熱し、気がつけば宇宙人の友達と男の娘と偽勇者に呆れたような顔で見られていて、その三人の目にはありありと「宇宙バカだな」との気持ちが溢れていた。その三人を無視して議論を続ければ、三人に嘆かれた。曰く、私の将来が心配だとの総意だった。同意はしかねた。
確かにポスドク問題にぶつかり四苦八苦する未来は容易に思い描けるが、宇宙バカをやめる予定もない。せっかくどっぷり宇宙に漬かれる環境に来たのだからと、熱弁すれば、三人に呆れられた。
面白そうに笑うのは宇宙人くらいで、それならうちのゼミに来るといい、と言われた。どうやら宇宙人が選ぶだけあって、教授が更にエキセントリックな宇宙バカだとのこと。それは確かに魅力的だと食いついたら、三人に更に呆れられた。
ついでに、そのゼミを決める権力かコネがあるのか尋ねたら、宇宙人と宇宙人の友達にそんなものあるわけないと一刀両断された。
実力でのしあがるしかないと聞いて安心したと言ったら、当たり前だと宇宙人にも呆れられた。
そんな感じで合同パーティーを割合楽しんでしまった。
勿論、楽しんで終わりじゃなかった! 二十五日が終わろうとしている時間に、宇宙人の家のチャイムが鳴った。
宇宙人はものすごくニュートラルな表情をしていたけど、そのチャイムを鳴らす人物に心当たりがありすぎる宇宙人の友達と私と男の娘は、ぎくりとした。事情を知らない偽勇者に彼女だと思う旨を伝えると、すぐに理解したようで、まず偽勇者が玄関にあった私と偽勇者の靴をバルコニーに移動させた。
その行為に我に返った私も、部屋の中にある我々二人の痕跡を集め、コートを着込むと、バルコニーに向かった。当然ながらクリスマスの夜中の屋外は、暖かい室内から出たばかりだと極寒だった。だが仕方あるまい。
バルコニーの窓を閉めるときに、宇宙人が申し訳なさそうな表情をしてたけど、事情を知っていてなお巻き込まれてしまったので、お互い様だ。私は心の中で宇宙人と宇宙人の友達と男の娘があの火星人の不条理にあわなければいいな、と願いつつ、空を見上げた。
流石宇宙人、と唸ったのは、そのバルコニーの向こう側に墓地が広がり、その奥には山が切り立っているため、周囲に余計な光がほとんどなくて、星がものすごくきれいに見えたことだ。目を輝かした私の隣で、偽勇者の表情が完全に引いていた。
普通の人の部屋選びとしては目の前に墓地はマイナスポイントだろう。どうやら宇宙人が申し訳ない表情をしたのは、我々を追い出すことだけではなく、この景色のこともあったらしいと分かる。でも、私は次の部屋選びの時の参考にしようと決めた。きっと家賃も相場より安いに違いない。
表情の硬い偽勇者の隣で星空を見上げていたら、部屋の中から、「じゃ、俺ら帰るから」という宇宙人の友達の声が聞こえた。まじか、と思いつつ、まあ彼女が来たらその選択肢しかないか、と納得もする。隣の偽勇者も、あー。と言いたそうな表情をしているので、納得はしているんだろう。
どうやらこの部屋の防音性は低いらしい。火星人が連絡をくれなかった宇宙人を責めている。人の痴話げんかなど聞きたいわけじゃない。
どうやってここから脱出しようかな、と考えていたら、建物の脇から宇宙人の友達と男の娘が現われた。二人がビールケースを手に持っているのを見て、これで脱出できるとほっとする。宇宙人の部屋は一階で、そのまま地面だったらすぐに脱出できたのだけど、わざわざバルコニーの形に整えられていたせいで私たち二人では脱出するのは困難だった。
スカートじゃなければ、早々に脱出を試みたんだけど、なにせ今日は偽勇者からのスカート指定で脱出に不適なのは間違いない。二人の手助けによりバルコニーから無事脱出した我々は、やれやれと家路についた。
……火星人から逃げきれたのか?! 攻撃されるのは……誰だ?
これぞまさしく、宇宙への挑戦?
応援ありがとうございます!
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