18 / 19
宇宙との交信18 ~オリオン座流星群~
しおりを挟む
私は宇宙人と交信している。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。求愛行動に宇宙の画像を使うような宇宙バカだ。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。
私が進学した大学に実はその宇宙人がいて、そのメールだけのつながりは続いたまま、私は宇宙人と知り合いになった。
そう、単なる通信の相手で、単なる越えるべきライバルで、単なる先輩だったはず、なのに。
実家からのおじいちゃんの危篤を知らせる電話に動揺して、帰らなきゃ、と思ってネットを開いて、今が11時過ぎてて新幹線なんて最終があと数分で出ちゃうって知って、車の免許も、この近くに親戚がいないのもあって、明日の朝イチの新幹線が動き出すまで私にはどうしようもないと理解はした。
理解はしたけど、気持ちが落ち着かない。
父方母方の祖父祖母は皆健在で、こんな風な場面になるのは、私の人生では初めてだった。
それに、母方の従兄弟たちはほぼ男で、唯一の女が私だってこともあって、母方のおじいちゃんには特別可愛がってもらった記憶がある。だから、私も可愛がってくれる母方のおじいちゃんになついていたし、中学…いや高校くらいまでは、ちょこちょこ顔を見に家に行っていた。
大学生になって実家から離れてからは、ちょこちょこ行くのも難しいし、私も地元に帰ると友達に会ったりして、おじいちゃんの家に顔を出さずにこっちに戻ってきたこともあった。
いつでも会える、そう思ってたから。
考えればわかることで、私が年を取る度におじいちゃんも年を重ねていく。
それが何を意味するかなんて、簡単なことだ。
いつまでも当たり前のようにそこにいる、なんてことが、現実にはあり得ないってことだ。
その最後に、会えないかもしれない。
涌き出る不安をまぎらわす方法を考える。明日の朝が早いことを考えれば、もう寝た方がいいことはわかっている。でも、不安で興奮してしまった気持ちが、眠りに至らないだろうことは容易に分かる。
…こんなときに星の本でも読めば落ち着くんじゃないかって、そう思い付くのは、宇宙バカのなせる技かもしれない。
でも、開いた本の文字は、私の頭のなかを上滑りして、少しも入ってくることがなくて、どこか興奮した気持ちは落ち着くことはない。
…これを読んでも無理だ、と私は本を閉じる。
でも、落ち着かない気持ちを持て余して、私はスマホに手を伸ばす。
…特に何かをしようと思った訳じゃない。落ち着かない気持ちを紛らせるなにかがないかと思って手に取っただけだ。
色んなアプリを立ち上げては消し、今は何時だと時計を見ても、時間はそんなに進んでなかった。
気持ちが落ち着かないまま、手当たり次第に手を出してるだけで、一つのことに時間をかけたわけでもないから、時間が経ってないのも当然だ。
誰かに話したら落ち着くかな、と思う。
じゃあ誰に?と思った時、なぜか宇宙人が浮かんだ。
たぶん、直前に宇宙人から借りた本を読んだりしたから、一番に思い出したのだ。
いや、きっとそうだ。
それに、私が気を紛らせそうな下らない会話をできる相手は、宇宙人くらいしかいないし、と私は自分の思い付いた相手が正解なんだと理由をくっつけると、宇宙人の連絡先を出して通話を選んだ。
『もしもし?』
聞こえた宇宙人の声に、私は何て言っていいのかわからなくなって開きかけた口を閉ざす。
『実明?』
呼びかけられた名前に、電話をかけたんだから答えなきゃ、と口を開く。
「せ…んぱい。」
その声はかすれて、今の気持ちを表すように沈んでしまった。
『実明? どうかしたか?!』
案の定、宇宙人が焦ったような心配したような反応を返してくれて、失敗した、と思う。いつものような下らない話をしたいはずだったのに、どうしてそんな声を出してしまったんだろう。私はその質問に答えられなくて、唇をかむ。
『実明? 今どこにいる?』
「…家、です。」
心配の必要がないと言いたいはずなのに、私の声は弾んでくれない。
『今行くから。』
「え?! どうして!?」
まさかそんなことを言われると思わなかった私は、流石に焦る。
『何かあったんだろ。行くから。』
「いえ…いや…何でもないんです。」
私は精一杯何でもないと訴える。
『何でもないって声してないだろ。』
でも、宇宙人にはバレバレだったみたいだ。
「…わかり、ますか。」
どうやっても弾みそうにない自分の声に、これ以上隠すことも難しいと、私は話をすることにした。
当初の目的とはずれるけど、気を紛らわすことはできるかもしれないと思ったからだ。
『どうした?』
その、凪いだ宇宙人の声に、心配が潜んでいるのを感じたせいか、今の今まで持っていた不安な気持ちが涙になって滲んでくる。私は滲んできた涙を抑え込むように、細くため息をついて口を開く。
「…おじいちゃんが…危篤だって言われて…。」
『実明のおじいちゃんちはどこ?』
なぜ家の場所を尋ねられたのか分からなくて戸惑ったけど、とりあえず答えることにする。
「…T市です。」
『迎えに行くから待っといて。あと、病院の名前聞いといて。』
「え?! 何言ってるんですか!?」
まさかそんなことを言われると思ってなくて、その提案に驚く。
『車出すから。』
「え?! 車?」
宇宙人が言う車がどこから出てくるのかわからなくて、つい聞き返す。…レンタカーだって無理だと思うんだけど。
『天体観測に行ったときに、やっぱり車があると便利だなと思って、中古だけど買ったんだよ。』
これまた予想外の答えに驚く。そんなこと宇宙人の口からは聞いてもなかったから。でも、一つだけはっきりしているのは、私がそんなつもりで電話したわけじゃないってことだ。
「いや、いえ、いいです! そう言うつもりで電話したわけじゃないですから!」
こんな夜更けに、2時間はかかるだろう道のりを車を出してもらって何かがあったら、その方が申し訳ない。
『俺がいいって言ってるからいいの。』
「だって、こんな夜中に…。」
私がダメな理由を言い募ろうとしたら、電話は一方的に切られてしまった。その後何度着信を残しても、宇宙人は出てくれなかった。
「ケイスケ先輩…。」
ピンポン、とチャイムが鳴って、私は困った気分でドアを開けた。…断るつもりでパジャマを着たままだ。
「行くぞ。」
有無を言わせない様子で宇宙人に手を取られて、私は首を横に振る。
「いいんです。せっかく来てもらったけど、もし最後に会えなくても、それが運命だと思うんで。」
宇宙人が来るまで考えて見たけど、私が出した答えはこれだった。皆が皆、最後に立ち会えるわけでもない。だから、もし私がおじいちゃんの死に目に会えなくても、それが運命なんだと思うのだ。
「何言ってるんだよ。運命は自分で作るんだよ。ほらいくぞ。」
宇宙人は私の説明に納得していない様子で、そんなことを言ってくる。…運命は自分で作る…。その言葉にドキリとしないわけじゃない。でも、やっぱり私は宇宙人の好意をそのまま受け取ることはできないと思った。私にはメリットしかない話だけど、宇宙人には何もメリットがない話だからだ。
「いえ。こんな夜中に電話してすみません。心配してきてくれてありがとうございます。」
私はぺこりと頭を下げる。そうして、宇宙人のその好意を受け取れないのだと示した。
「俺に無理やり連れて行かれるのと、着替えて自分で行くの、どっちがいい?」
私が拒絶したのに、宇宙人は飄々とそう言ってのけた。
「へ?」
ぽかん、と口が開く。
「俺に、無理やり連れて行かれるのと、着替えて自分で行くの、どっちがいい?」
「いや、それ…。」
どっちにしろ連れて行くの前提の話なんだけど…。私は信じられないものを見る気分で宇宙人を見つめる。
「今夜中だからな。ギャーギャー騒いだらうるさいだろうな。」
その言葉に私はハッとする。玄関先で騒がれて困った出来事があったのを思い出したからだ。
「ああ、大家さんが来るかも。ケイスケ先輩中に入って下さい!」
以前、偽勇者が家のドアをドンドン叩いてたら、心配した大家さんがやってきて、結果的に家の鍵は大家さんの手によって開けられてしまった。そのことを思い出して焦りつつ宇宙人を家の中に招き入れる。
…今の格好を考えれば、そんな無防備なことをできるはずもなかったんだけど、おじいちゃんのことと大家さんが来るかもしれないと焦っていたのもあって、私は躊躇せずに宇宙人を招き入れた。
私は困った表情のまま部屋にいる宇宙人を見上げた。
「わざわざ来てくれてありがとうございます。でも…。」
「でもじゃない。実明はおじいちゃんに会いたくないのか?」
そんなこと、聞くまでもない話だ。会いたいに決まってる。でも、誰かに無理をさせたいわけじゃない。
「会いたいんだよな? なら、行こう。」
「でも。」
「少しでも長く会いたいなら、着替える!」
私がまだ言い募ろうとしたのを、宇宙人はそう一喝して飲み込ませた。申し訳ない気分のまま頭を下げる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください。…すぐ着替えるんでちょっと待っててください。」
私は行くことにした。宇宙人が明らかにホッとする。それだけ、私を心配してくれているんだろう。
着替えるために内ドアを閉めた私は、宇宙人の優しさに涙が滲んだ。
「こんな時間にすみません。」
闇夜がライトに照らされるのを見ながら、私は何度目かになる謝罪の言葉を口にした。だって、申し訳ないのだ。
「いいんだよ。俺がいいって言ってるんだから。もう謝るなよ。」
「でも…。」
そう言われても、謝る気持ちを止められそうにもなくて、私は気を落ち着けさせるために着ているパーカーのひもをくるくると指に巻き付けた。
「次言ったら…そうだな、1回ごとに、実明が手料理を俺に振舞う、でどう?」
「な、何ですか、そのペナルティ!」
「えー。だって実明は俺に申し訳ないって思ってるわけだろ。だったら、それくらい簡単だろ? 一人分も二人分も作るのそんなに変わらないだろうし。」
「…もう言いません。」
私がムッとすると、宇宙人からクスリと笑いが漏れる。
「そうして。」
宇宙人は私に気を遣わせないために、ああ言ってからかったのだと、嫌でもわかる。また滲んできた涙を紛らわせるように、ふー、と息をついて、背もたれに体を預けた。宇宙人にはかないそうにない。
「着いたら眠れないかもしれないから、ちょっとでも寝ろよ。後ろに毛布あるから。」
何でもないことのように宇宙人は言ってくるけど、私はそれにYesと返事ができそうになかった。
「ケイスケ先輩が起きて運転してくれてるのに、寝るなんてできません!」
「いいから。そもそも俺は、既に仮眠してるし、今の時間起きてる予定だったの。」
どういうこと? 私は理由がわからなくて不思議な気持ちで宇宙人を見る。
「オリオン座流星群だよ。」
宇宙人の言葉に、あ、と声が漏れる。危篤の知らせがなかったら、私も見ようと思っていたんだった。今日がピークで、そのピークの時間はこの後のはずだった。
「ケイスケ先輩ごめんなさい。」
私が謝ったのに、宇宙人は笑った。
「手料理1回、な。」
「え、だって…。謝るしかないじゃないですか!」
「見れなかったら見れなかったで別にいいんだよ。そんなことより、実明がおじいちゃんに会えることの方が大事だからな。むしろ仮眠しててよかったよ。こうやって運転するのに不安がないから。」
宇宙人と視線が合って、その目がひどく優しいことに気付く。
「…ありがとうございます。…でも、ごめんなさい。」
「ほら、手料理2回な。」
「…作りますよ。今回のお礼としたら、手料理2回くらいじゃ足りないくらいじゃないですか。」
手料理で宇宙人がいいって言うんだったら、何回だって作ってもいい。それくらい感謝の気持ちはあふれている。
「まあ、流星群のピークはたぶん、あっちに着いた頃だと思うから、あっちで見てみるつもりでいる。ほら後ろに双眼鏡とかテントとか転がってるだろ。準備は万端だろ。むしろ、いつも行かないだろうところで見るからワクワクしてるくらいだけど。」
宇宙人の言葉に、私は後部座席を覗き込む。確かにそこには言っていた道具が並んでいるし、その宇宙人の声が全くの嘘ではないと感じられた。…私に気を遣わせないようにそう言ってくれているのだと、それくらいはわかる。
「…流石宇宙バカですね。転んでもただじゃ起きない。…って言うか、あんな短時間で良くここまで用意しましたね。」
だから、私はいつものような軽口をたたいた。それが、宇宙人が与えてくれる優しさを気にしてないよと伝えるメッセージになるからだ。
「車買ったときに、いつ星見に行くかわかんないからと思って全部積んどいた。正解だったな。」
「…用意周到すぎますよ。で、実際星を見に行ったのって?」
本当は電話でこんなやり取りをするつもりだったのに、どうして私の地元に向かう車の中でこんなやり取りをしているんだろうと思わないでもない。でも、こんなやり取りをしている方が、気も紛れる。
「今回が初。だからようやくこの道具が使えて、俺的にも万々歳なわけ。」
「流石宇宙人。」
するっと言葉が漏れる。あ、と思ったけど、宇宙人はニヤリとしている。
「あれ、もう5年も前の話になるのか?」
んー、と私は指を折る。そうか、もう5年前になるんだ。
「…そうですね。私のスマホに謎の宇宙人の電波を受信したのは、5年前ですね。」
あの当時はさっぱり理解できなかったメールだけど、今となってはよく理解している。
「あの時、何でメール返してきたわけ?」
素朴とも言えるその質問は、今の今まで宇宙人からされた記憶はなかった。でも、改めて聞かれると、私は首をひねる。
「え? …単純に面白かったから、ですかね?」
「…なるほど。実明ちょろいな。詐欺には気をつけろよ。」
「えー。大丈夫ですよ。それに、おかげで私は今この大学にいるわけですから。」
ちょろいとか間違ってるし、と私が何の気なく言った言葉に、宇宙人が、え、と声を漏らす。
「…それって、俺のメールがきっかけで、宇宙バカになったってこと?」
「えーっと…。あれ、言ったことありませんでしたっけ?」
私は言ったことがなかったのかと首をかしげた。
「前に聞いた時、何となく興味があって天文学部に入ったって言ってただろ?」
その問いかけに、少し考えて、あー! と思い出す。確かにそう言ったことがあった。
「それはあれです。まだ私が”みはる”だとばれてなかったから、ばれないように細心の注意を払った結果です。」
「…そう言えば、何であればれないようにしてたわけ? 最初に話すようになった時に言ってくれてれて良かったんじゃないかと思うんだけど。」
そんな話も、実はそこまで具体的に掘り下げられたことはなかったな、と思う。そこまで考えて、宇宙人と二人きりで長時間いるのなんて、初めてかもしれないと思う。いつぞやプラネタリウムで遭遇したことはあったけど、あの時はそもそもほとんど話すこともなかったし、と昔の出来事を思い出す。
「…単に傍観者でいたかっただけですよ。」
私は誤魔化す必要も感じなくて、正直に答えた。
「傍観者?」
「そうです。…だって、私のメールを受けた後のケイスケ先輩とシロー先輩の掛け合い、面白かったんですもん。」
「…俺らは見世物か。」
呆れたような表情の宇宙人と目が合う。
「まあ、そうなりますね。」
それ以外の真実はなく、私は頷くしかない。
「俺らの反応見て楽しんでた…そうか、だからあの時期、メシエとか星の画像が付いたメールばっかり送ってきたのか。」
入学して宇宙人の存在に気付いた後、その反応を見るために使ってたのは、勿論宇宙の画像だった。
「でも、タケノシンがそれぶち壊したんですよ。」
私は傍観者としているつもりだったのに、男の娘が私に勉強教えろって騒ぐから、宇宙人の友達がその親切心を発揮して、そして絶賛巻き込まれ系お人好し宇宙人までついて来た。
「…ああ、志朗が“勉強教えようか”って言い出したからな。」
宇宙人もあの時のことを思い出したみたいだ。
「それでも極力関わらないようにって思ってたのに、何で巻き込まれちゃったんだろうなぁ。」
そう呟いて、息を吐く。気が付けば、あの勉強会に巻き込まれ、何だかんだとこうやって車の助手席に座るような関係性にまでなった。
不思議な縁だと思う。
それがたった一つのメールから始まっただなんて、誰が思うだろうか。
あふ、とあくびが漏れる。
あと1時間ちょっとと、カーナビは到着時刻を示している。
寝ないようにしないと。
そう気合を入れたつもりだったのに、いつの間にか私には眠りが落ちてきていた。
****
「山は越えました。ですが小康状態ですので、まだ予断は許さない状況だと思って下さい。」
病室から出てきた医師が、そうお母さんたちに説明しているのを聞いて、まだ、とは言われてもほっと息をつく。
私が病室について、まだ回りについた機械が動いてることで、辛うじておじいちゃんが生きていることを知る。
私が病室に入ってきたのを驚いた様子でいたお母さんたちだったけど、直後に鳴り響いた異常を知らせる音に、病室は一気に騒がしくなり、治療の妨げになるだろう私たちは病室から出された。
忙しなく出入りする看護師や医師たちの姿に、私を含めた皆は不安が入り交じった表情で、聞こえてくる話し声も、ボソボソと必要最低限の声だけだった。
そうしてようやくもたらされた、唯一のすがれる吉報に、その場にいた私たちがほっと息をついたのは当然だった。
ぞろぞろと皆が病室に戻っていく。
「みーちゃん、どうやってきたの?」
呼ばれて振り向けば、唯一の私の下になる従弟と、私の二つ上に当たる従兄が二人揃って私の後ろに立っていた。
「あ、たっくんとなつ兄。…あれ? いたっけ?」
さっきまで従兄弟は誰もいなくて、孫世代は私だけだった。
「今日は越せそうだからって家で待機してたんだけど、ダメかもって連絡貰って今ついたとこ。…どうなの?」
なつ兄と呼ぶ従兄に、私は頷く。
「持ち直したって。まだ予断は許さないって言われてたけど、今は大丈夫みたい。」
病室に入ると、従兄弟たちに押し込まれるように、おじいちゃんのベッドの真横につく。
私がおじいちゃんにかわいがられていたと知っている親戚たちが、スペースを開けてくれたのだ。
「父さん、実明ちゃんがきたよ。」
私の横に立つおじさんがおじいちゃんに声を掛けてくれる。
「おじいちゃん。」
私の呼びかけに、うっすらと開いていた瞳が、大きく開く。
「みは…る。」
口元は酸素マスクに覆われて、声はかすれて小さいけれど、確かにおじいちゃんが私の名前を呼んでくれたことに、ホッとする。
私がさっき病室に着いた時に騒がしくなったのと違って、病室に響く機会の音は一定で、状態が落ち着いていることを示していた。
「おじいちゃん、会いに来たよ。」
私がおじいちゃんの手に触れると、コクコク、とおじいちゃんの首が動く。触れた手はどこか冷たくて、さっきまで危険だったということを示しているようにも思えた。
「ほら、おじいちゃん。実明ちゃんもおじいちゃん心配して、遠くから来てくれたんだから、早く元気にならないと。」
おばさんの声に、おじいちゃんが頷く。
「…本当に人騒がせなんだから。」
お母さんの声は少し滲んでいて、涙をこらえてるのがわかる。お母さんはよくおじいちゃんとよく喧嘩をしてたけど、それはおじいちゃんを心配してるからこその喧嘩なのだ。だから口ではそんなことを言いながら、ホッとしているんだろう。
ウトウト、とおじいちゃんが目を閉じていくのを見ながら、病室にはどこかホッとした空気が流れていた。
個室とは言え病室に全員がいるのも多すぎると、私と従兄弟たちは病室から談話室に移動する。
まだ薄暗い病棟の中、談話室のソファーに3人で座る。
「で、実明ちゃんはどうやって来たの?」
私がそのままにしていた従弟からの疑問は、兄の方に引き継がれた様子だ。
「先輩が送ってくれて。」
そう言えば、おじいちゃんに会えたとも会えなかったとも宇宙人には連絡してないと思い出す。
…そんな状況でもなかったから、仕方ないと言ってくれるだろうけど。
「お、彼氏かー。」
従弟の言葉に、私はブンブンと頭を横に振る。
「違うし。」
「えー…だってみーちゃんの大学があるところからここまで、こんな時間に送ってきてくれるそんな親切な人っている?!」
「…ま、いるんだろ。」
そう同意してくれたはずの従兄は、明らかにそう思っていなさそうにニヤニヤ笑っている。
「違うって!」
「で、その実明ちゃんを送ってきてくれた先輩とやらは、どうしてるわけ? もう帰ったの?」
従兄の疑問に、私は首をひねる。
「どこかで星見てると思うけど。」
「「は?」」
流石兄弟。ハモった。
「今日はオリオン座流星群がピークだから。」
ぷ、と吹き出したのは従兄で、は? と首をひねったのは従弟だ。
「何その先輩。実明ちゃんと星繋がりなわけ?」
私が高校生になってから天文部に入り、大学も天文学を学べる大学に進んだのを知っている従兄が、呆れたような声を出す。
「まさしくそれ。」
「それにしても、親切すぎる先輩だな。」
「…まあ、そうだね。」
「着いてから連絡したか? 心配してるんだろうから連絡してやれよ。」
お兄さんぶる従兄に頷いて、私はスマホを取り出した。
「私も好きです! って送ってあげたら喜ぶよ。」
余計な一言を言う従弟を睨みつけつつ、私は宇宙人におじいちゃんが峠を越したことを伝えるメールを送った。…宇宙人とはいつも下らないメールばかりのやり取りだけだから、こんなメールを送ったのは初めてかもしれない。
間を置かずにメールが届く。
『そうか良かったな。眠れそうならきちんと寝ろよ。』
宇宙人の優しさに、ジワリと胸が暖かくなる。
「えー。何? 付き合うことになったの?」
「うるさいな、たっくん。」
従弟に文句を言いつつ、私は宇宙人にどこにいるのか問いかけた。…素朴な疑問だ。
『まだ病院の駐車場にいる。移動する時間が勿体なかったしな。でも、結構見れた。もうピークは過ぎたけど、まだ見れると思う。そこから見えるか?』
立ち上がって談話室の窓を覗いてみるけど、残念ながら談話室のある窓からはオリオン座が見えなかった。多分、方向的に反対側だと思う。
「何してんだ?」
従兄の問いかけに私は振り向く。
「まだ流れ星が見えると思うって言われたから見てみたんだけど、こっちの方向じゃなかった。」
「…外見ただけで方向分るとか、みーちゃんどうなってんの?」
「宇宙バカだぞ、巧(たくみ)。」
呆れた様子の従兄弟たちにムッとしつつ、私は宇宙人に見えないとメールを返す。
「で、その宇宙バカに輪をかけた宇宙バカな先輩は、今どこにいるんだ?」
従兄が不思議そうに私に尋ねてくる。
「まだ、病院の駐車場にいるって。」
移動する時間が勿体ないとか、本当に宇宙バカだな、と思うと、気が緩んだのもあって、頬が緩む。
「どうせだから、お礼言いに行ったら? その先輩、もう帰っちゃうんだろ。」
従兄の提案に、それもそうだと立ち上がる。
「何かあったら電話ちょうだい。」
スマホをかざして見せれば、従兄弟たちは2人そろってニヤニヤしていた。
…たぶん従兄弟たちの中では盛大な勘違いが繰り広げられているだろうけど、まあいいか。
病院の外に出ると、私は一度空を見上げた。オリオン座を探すと、オリオン座はすぐに見つかった。ピークが過ぎたからか、すぐに星は流れてくれなくて、私は諦めて暗い中ぽつぽつと街灯が立っている駐車場に目を凝らす。
宇宙人がまだ起きているとすれば、たぶん外に出ているはずだし、荷物の中にランタンがあったから、明かりがついているはずだと思ったから。
でもそんな形跡はなくて、私はスマホを取り出す。
呼び出し音がそれほど鳴らないうちに、電話はつながった。
『…もしもし?』
その声に、ホッとする自分に気付く。…いつの間に宇宙人の声にほっとするようになったんだろう。
でもそのちょっと眠そうな声に、申し訳ない気分になる。仮眠を取ってる最中だったのかもしれない。
『…どうした?』
私が答えずにいたことに、宇宙人が問いかけてきて、ハッとする。
「いえ。改めてお礼を言おうと思って。ありがとうございました。」
私は直接会いに行くのは辞めた。折角寝ようとしているところを邪魔したくなかったからだ。それに、どうせ大学に行けば、宇宙人には会えるのだ。
私が会いたいと思う気持ちを通そうとするのは、単なるエゴだろう。
…それに、今までにない気持ちの動きに、私は戸惑っていた。
『俺がやりたくてやっただけだから気にすんな。』
その言葉に、涙が滲みそうになるのは、何でだろう。
「ありがとうございます。」
スマホを離して、スン、と鼻を鳴らす。息を整えてまたスマホを耳に当てる。
こんな時間でも病院に来る人は当然のようにいて、私の目の前に車が止まってそこから慌てたような人が出てくる。私は邪魔にならないように脇に避ける。
『え? もしかして実明、今外にいるのか?』
車のドアが閉まった音をスマホが拾ったのかもしれない。あの音をごまかすのは無理だろう。
「流れ星のおこぼれでも見ようかと思って。」
『ちょい待ち。こんな夜中に一人で外出るなよ。どこにいる?』
慌てたような声に、私も慌てる。
「もう戻るから大丈夫ですって!」
『お礼言うなら、直接言えよ。』
そう言われてしまえば、逆らうこともできないわけで。
「はい…。」
『どこいる?』
「救急の入り口です。」
『すぐ移動するから、中入って待っとけ。』
それだけ言うと、宇宙人の電話は切れた。
ジワリと押し寄せる暖かな気持ちを、何と呼ぶんだろう。
私は宇宙人の忠告を無視して救急の入り口から少し進むと、光が極力目に入らない角度で夜空を見上げた。
オリオン座の周りを騒がしていたはずの塵たちは、もうその出番を終えてしまったみたいに静まり返っているように見える。
その静けさが、きゅっと胸を締め付ける。
この宇宙人への気持ちは、たぶん…恋だろう。
だけど、この気持ちを宇宙人に伝えたいか、と言われれば、この居心地のいい関係の方が失いたくないもので、ワンコがお試しに、と言ったように、気軽に付き合うなんて選択肢なんて選べそうにもない。
終わりがあるかもしれない関係なんて、選びたくはなかった。
たとえ、宇宙人の隣に、私ではない誰かが立つことになったとしても、私は今の関係を壊したくはないのだ。
尊敬する先輩として、超えるべきライバルとして、ずっとこの先も近くに居て欲しい。だからきっと、私はこの気持ちを口に出すことはないだろう。
あ、と零れ落ちるように流れた星を目で追う。
同時に、車が止まる音とドアが開く音に気付く。
「実明、お前中に入っとけって言っただろ。」
私に近づいてきた声に、私はどんな顔をすればいいか少しだけ迷って、憎たらしい後輩の顔を思い出す。
「流れ星見れるって言ったのケイスケ先輩じゃないですか。それを見るなって言うのはひどいですよ。」
ムッとした顔をして宇宙人を見れば、宇宙人が呆れたように肩をすくめる。
「お前、本当に宇宙バカだな。」
「おほめいただいてありがとうございます。ケイスケ先輩のおかげで立派な宇宙バカになりましたよ。」
「おじいちゃん、とりあえずよかったな。」
宇宙人にぐしゃぐしゃと髪をかき回されるのに、胸がきゅっとなって感情がこぼれそうになる。
「この節はありがとうございました。でも、髪をぐしゃぐしゃにするのは辞めてください!」
心の中とは裏腹に宇宙人を睨めば、宇宙人が優しい顔で私を見ていた。
「いつもの調子が戻って来たな。」
「おかげさまで。ところで、ケイスケ先輩この後どうするんですか?」
帰り道が心配でつい尋ねた。
「仮眠して帰る。さっき寝入ってたんだけどな。誰かさんに起こされたんだよ。」
やっぱりそうだったんだと謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、ニヤニヤした宇宙人に、病院に着いた時に宇宙人と交わした会話を思い出す。
「そうなんですね。」
「何だよ、起こしたの自分だろ。謝るところだろ。」
私が謝罪の言葉を口にしなかったことに、宇宙人が抗議してくる。でもそれは、本当に謝罪してほしかったわけでは絶対にない。
「だって次謝ったらデートなんですよね? いやですよ!」
そう。病院に到着してからまた謝った私に、宇宙人は「次言ったらデートな。」と言ったのだ。それをニヤニヤする宇宙人を見て思い出したのだ。案の定、宇宙人がつまらなさそうな顔になった。
…こうやってからかわれてるくらいがちょうどいい。
「あ、流れ星。」
私が空を指さすと、宇宙人も空を見上げる。
「次の流星群は一緒に見るか?」
「いいですよ。」
ちらりと見た宇宙人は、目を輝かせながら夜空を見上げている。
この星たちの光が地球に届くまでの時間ぐらい、私たちのこの関係もずっと続いていけばいいのに。
その願いを、流れ星は叶えてくれるだろうか。
その宇宙人は単なる地球人であり、単なる宇宙バカだ。求愛行動に宇宙の画像を使うような宇宙バカだ。
そんな宇宙人との元々間違いメールから始まったその交信は、本当にたまにある繋がりだった。
私が進学した大学に実はその宇宙人がいて、そのメールだけのつながりは続いたまま、私は宇宙人と知り合いになった。
そう、単なる通信の相手で、単なる越えるべきライバルで、単なる先輩だったはず、なのに。
実家からのおじいちゃんの危篤を知らせる電話に動揺して、帰らなきゃ、と思ってネットを開いて、今が11時過ぎてて新幹線なんて最終があと数分で出ちゃうって知って、車の免許も、この近くに親戚がいないのもあって、明日の朝イチの新幹線が動き出すまで私にはどうしようもないと理解はした。
理解はしたけど、気持ちが落ち着かない。
父方母方の祖父祖母は皆健在で、こんな風な場面になるのは、私の人生では初めてだった。
それに、母方の従兄弟たちはほぼ男で、唯一の女が私だってこともあって、母方のおじいちゃんには特別可愛がってもらった記憶がある。だから、私も可愛がってくれる母方のおじいちゃんになついていたし、中学…いや高校くらいまでは、ちょこちょこ顔を見に家に行っていた。
大学生になって実家から離れてからは、ちょこちょこ行くのも難しいし、私も地元に帰ると友達に会ったりして、おじいちゃんの家に顔を出さずにこっちに戻ってきたこともあった。
いつでも会える、そう思ってたから。
考えればわかることで、私が年を取る度におじいちゃんも年を重ねていく。
それが何を意味するかなんて、簡単なことだ。
いつまでも当たり前のようにそこにいる、なんてことが、現実にはあり得ないってことだ。
その最後に、会えないかもしれない。
涌き出る不安をまぎらわす方法を考える。明日の朝が早いことを考えれば、もう寝た方がいいことはわかっている。でも、不安で興奮してしまった気持ちが、眠りに至らないだろうことは容易に分かる。
…こんなときに星の本でも読めば落ち着くんじゃないかって、そう思い付くのは、宇宙バカのなせる技かもしれない。
でも、開いた本の文字は、私の頭のなかを上滑りして、少しも入ってくることがなくて、どこか興奮した気持ちは落ち着くことはない。
…これを読んでも無理だ、と私は本を閉じる。
でも、落ち着かない気持ちを持て余して、私はスマホに手を伸ばす。
…特に何かをしようと思った訳じゃない。落ち着かない気持ちを紛らせるなにかがないかと思って手に取っただけだ。
色んなアプリを立ち上げては消し、今は何時だと時計を見ても、時間はそんなに進んでなかった。
気持ちが落ち着かないまま、手当たり次第に手を出してるだけで、一つのことに時間をかけたわけでもないから、時間が経ってないのも当然だ。
誰かに話したら落ち着くかな、と思う。
じゃあ誰に?と思った時、なぜか宇宙人が浮かんだ。
たぶん、直前に宇宙人から借りた本を読んだりしたから、一番に思い出したのだ。
いや、きっとそうだ。
それに、私が気を紛らせそうな下らない会話をできる相手は、宇宙人くらいしかいないし、と私は自分の思い付いた相手が正解なんだと理由をくっつけると、宇宙人の連絡先を出して通話を選んだ。
『もしもし?』
聞こえた宇宙人の声に、私は何て言っていいのかわからなくなって開きかけた口を閉ざす。
『実明?』
呼びかけられた名前に、電話をかけたんだから答えなきゃ、と口を開く。
「せ…んぱい。」
その声はかすれて、今の気持ちを表すように沈んでしまった。
『実明? どうかしたか?!』
案の定、宇宙人が焦ったような心配したような反応を返してくれて、失敗した、と思う。いつものような下らない話をしたいはずだったのに、どうしてそんな声を出してしまったんだろう。私はその質問に答えられなくて、唇をかむ。
『実明? 今どこにいる?』
「…家、です。」
心配の必要がないと言いたいはずなのに、私の声は弾んでくれない。
『今行くから。』
「え?! どうして!?」
まさかそんなことを言われると思わなかった私は、流石に焦る。
『何かあったんだろ。行くから。』
「いえ…いや…何でもないんです。」
私は精一杯何でもないと訴える。
『何でもないって声してないだろ。』
でも、宇宙人にはバレバレだったみたいだ。
「…わかり、ますか。」
どうやっても弾みそうにない自分の声に、これ以上隠すことも難しいと、私は話をすることにした。
当初の目的とはずれるけど、気を紛らわすことはできるかもしれないと思ったからだ。
『どうした?』
その、凪いだ宇宙人の声に、心配が潜んでいるのを感じたせいか、今の今まで持っていた不安な気持ちが涙になって滲んでくる。私は滲んできた涙を抑え込むように、細くため息をついて口を開く。
「…おじいちゃんが…危篤だって言われて…。」
『実明のおじいちゃんちはどこ?』
なぜ家の場所を尋ねられたのか分からなくて戸惑ったけど、とりあえず答えることにする。
「…T市です。」
『迎えに行くから待っといて。あと、病院の名前聞いといて。』
「え?! 何言ってるんですか!?」
まさかそんなことを言われると思ってなくて、その提案に驚く。
『車出すから。』
「え?! 車?」
宇宙人が言う車がどこから出てくるのかわからなくて、つい聞き返す。…レンタカーだって無理だと思うんだけど。
『天体観測に行ったときに、やっぱり車があると便利だなと思って、中古だけど買ったんだよ。』
これまた予想外の答えに驚く。そんなこと宇宙人の口からは聞いてもなかったから。でも、一つだけはっきりしているのは、私がそんなつもりで電話したわけじゃないってことだ。
「いや、いえ、いいです! そう言うつもりで電話したわけじゃないですから!」
こんな夜更けに、2時間はかかるだろう道のりを車を出してもらって何かがあったら、その方が申し訳ない。
『俺がいいって言ってるからいいの。』
「だって、こんな夜中に…。」
私がダメな理由を言い募ろうとしたら、電話は一方的に切られてしまった。その後何度着信を残しても、宇宙人は出てくれなかった。
「ケイスケ先輩…。」
ピンポン、とチャイムが鳴って、私は困った気分でドアを開けた。…断るつもりでパジャマを着たままだ。
「行くぞ。」
有無を言わせない様子で宇宙人に手を取られて、私は首を横に振る。
「いいんです。せっかく来てもらったけど、もし最後に会えなくても、それが運命だと思うんで。」
宇宙人が来るまで考えて見たけど、私が出した答えはこれだった。皆が皆、最後に立ち会えるわけでもない。だから、もし私がおじいちゃんの死に目に会えなくても、それが運命なんだと思うのだ。
「何言ってるんだよ。運命は自分で作るんだよ。ほらいくぞ。」
宇宙人は私の説明に納得していない様子で、そんなことを言ってくる。…運命は自分で作る…。その言葉にドキリとしないわけじゃない。でも、やっぱり私は宇宙人の好意をそのまま受け取ることはできないと思った。私にはメリットしかない話だけど、宇宙人には何もメリットがない話だからだ。
「いえ。こんな夜中に電話してすみません。心配してきてくれてありがとうございます。」
私はぺこりと頭を下げる。そうして、宇宙人のその好意を受け取れないのだと示した。
「俺に無理やり連れて行かれるのと、着替えて自分で行くの、どっちがいい?」
私が拒絶したのに、宇宙人は飄々とそう言ってのけた。
「へ?」
ぽかん、と口が開く。
「俺に、無理やり連れて行かれるのと、着替えて自分で行くの、どっちがいい?」
「いや、それ…。」
どっちにしろ連れて行くの前提の話なんだけど…。私は信じられないものを見る気分で宇宙人を見つめる。
「今夜中だからな。ギャーギャー騒いだらうるさいだろうな。」
その言葉に私はハッとする。玄関先で騒がれて困った出来事があったのを思い出したからだ。
「ああ、大家さんが来るかも。ケイスケ先輩中に入って下さい!」
以前、偽勇者が家のドアをドンドン叩いてたら、心配した大家さんがやってきて、結果的に家の鍵は大家さんの手によって開けられてしまった。そのことを思い出して焦りつつ宇宙人を家の中に招き入れる。
…今の格好を考えれば、そんな無防備なことをできるはずもなかったんだけど、おじいちゃんのことと大家さんが来るかもしれないと焦っていたのもあって、私は躊躇せずに宇宙人を招き入れた。
私は困った表情のまま部屋にいる宇宙人を見上げた。
「わざわざ来てくれてありがとうございます。でも…。」
「でもじゃない。実明はおじいちゃんに会いたくないのか?」
そんなこと、聞くまでもない話だ。会いたいに決まってる。でも、誰かに無理をさせたいわけじゃない。
「会いたいんだよな? なら、行こう。」
「でも。」
「少しでも長く会いたいなら、着替える!」
私がまだ言い募ろうとしたのを、宇宙人はそう一喝して飲み込ませた。申し訳ない気分のまま頭を下げる。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください。…すぐ着替えるんでちょっと待っててください。」
私は行くことにした。宇宙人が明らかにホッとする。それだけ、私を心配してくれているんだろう。
着替えるために内ドアを閉めた私は、宇宙人の優しさに涙が滲んだ。
「こんな時間にすみません。」
闇夜がライトに照らされるのを見ながら、私は何度目かになる謝罪の言葉を口にした。だって、申し訳ないのだ。
「いいんだよ。俺がいいって言ってるんだから。もう謝るなよ。」
「でも…。」
そう言われても、謝る気持ちを止められそうにもなくて、私は気を落ち着けさせるために着ているパーカーのひもをくるくると指に巻き付けた。
「次言ったら…そうだな、1回ごとに、実明が手料理を俺に振舞う、でどう?」
「な、何ですか、そのペナルティ!」
「えー。だって実明は俺に申し訳ないって思ってるわけだろ。だったら、それくらい簡単だろ? 一人分も二人分も作るのそんなに変わらないだろうし。」
「…もう言いません。」
私がムッとすると、宇宙人からクスリと笑いが漏れる。
「そうして。」
宇宙人は私に気を遣わせないために、ああ言ってからかったのだと、嫌でもわかる。また滲んできた涙を紛らわせるように、ふー、と息をついて、背もたれに体を預けた。宇宙人にはかないそうにない。
「着いたら眠れないかもしれないから、ちょっとでも寝ろよ。後ろに毛布あるから。」
何でもないことのように宇宙人は言ってくるけど、私はそれにYesと返事ができそうになかった。
「ケイスケ先輩が起きて運転してくれてるのに、寝るなんてできません!」
「いいから。そもそも俺は、既に仮眠してるし、今の時間起きてる予定だったの。」
どういうこと? 私は理由がわからなくて不思議な気持ちで宇宙人を見る。
「オリオン座流星群だよ。」
宇宙人の言葉に、あ、と声が漏れる。危篤の知らせがなかったら、私も見ようと思っていたんだった。今日がピークで、そのピークの時間はこの後のはずだった。
「ケイスケ先輩ごめんなさい。」
私が謝ったのに、宇宙人は笑った。
「手料理1回、な。」
「え、だって…。謝るしかないじゃないですか!」
「見れなかったら見れなかったで別にいいんだよ。そんなことより、実明がおじいちゃんに会えることの方が大事だからな。むしろ仮眠しててよかったよ。こうやって運転するのに不安がないから。」
宇宙人と視線が合って、その目がひどく優しいことに気付く。
「…ありがとうございます。…でも、ごめんなさい。」
「ほら、手料理2回な。」
「…作りますよ。今回のお礼としたら、手料理2回くらいじゃ足りないくらいじゃないですか。」
手料理で宇宙人がいいって言うんだったら、何回だって作ってもいい。それくらい感謝の気持ちはあふれている。
「まあ、流星群のピークはたぶん、あっちに着いた頃だと思うから、あっちで見てみるつもりでいる。ほら後ろに双眼鏡とかテントとか転がってるだろ。準備は万端だろ。むしろ、いつも行かないだろうところで見るからワクワクしてるくらいだけど。」
宇宙人の言葉に、私は後部座席を覗き込む。確かにそこには言っていた道具が並んでいるし、その宇宙人の声が全くの嘘ではないと感じられた。…私に気を遣わせないようにそう言ってくれているのだと、それくらいはわかる。
「…流石宇宙バカですね。転んでもただじゃ起きない。…って言うか、あんな短時間で良くここまで用意しましたね。」
だから、私はいつものような軽口をたたいた。それが、宇宙人が与えてくれる優しさを気にしてないよと伝えるメッセージになるからだ。
「車買ったときに、いつ星見に行くかわかんないからと思って全部積んどいた。正解だったな。」
「…用意周到すぎますよ。で、実際星を見に行ったのって?」
本当は電話でこんなやり取りをするつもりだったのに、どうして私の地元に向かう車の中でこんなやり取りをしているんだろうと思わないでもない。でも、こんなやり取りをしている方が、気も紛れる。
「今回が初。だからようやくこの道具が使えて、俺的にも万々歳なわけ。」
「流石宇宙人。」
するっと言葉が漏れる。あ、と思ったけど、宇宙人はニヤリとしている。
「あれ、もう5年も前の話になるのか?」
んー、と私は指を折る。そうか、もう5年前になるんだ。
「…そうですね。私のスマホに謎の宇宙人の電波を受信したのは、5年前ですね。」
あの当時はさっぱり理解できなかったメールだけど、今となってはよく理解している。
「あの時、何でメール返してきたわけ?」
素朴とも言えるその質問は、今の今まで宇宙人からされた記憶はなかった。でも、改めて聞かれると、私は首をひねる。
「え? …単純に面白かったから、ですかね?」
「…なるほど。実明ちょろいな。詐欺には気をつけろよ。」
「えー。大丈夫ですよ。それに、おかげで私は今この大学にいるわけですから。」
ちょろいとか間違ってるし、と私が何の気なく言った言葉に、宇宙人が、え、と声を漏らす。
「…それって、俺のメールがきっかけで、宇宙バカになったってこと?」
「えーっと…。あれ、言ったことありませんでしたっけ?」
私は言ったことがなかったのかと首をかしげた。
「前に聞いた時、何となく興味があって天文学部に入ったって言ってただろ?」
その問いかけに、少し考えて、あー! と思い出す。確かにそう言ったことがあった。
「それはあれです。まだ私が”みはる”だとばれてなかったから、ばれないように細心の注意を払った結果です。」
「…そう言えば、何であればれないようにしてたわけ? 最初に話すようになった時に言ってくれてれて良かったんじゃないかと思うんだけど。」
そんな話も、実はそこまで具体的に掘り下げられたことはなかったな、と思う。そこまで考えて、宇宙人と二人きりで長時間いるのなんて、初めてかもしれないと思う。いつぞやプラネタリウムで遭遇したことはあったけど、あの時はそもそもほとんど話すこともなかったし、と昔の出来事を思い出す。
「…単に傍観者でいたかっただけですよ。」
私は誤魔化す必要も感じなくて、正直に答えた。
「傍観者?」
「そうです。…だって、私のメールを受けた後のケイスケ先輩とシロー先輩の掛け合い、面白かったんですもん。」
「…俺らは見世物か。」
呆れたような表情の宇宙人と目が合う。
「まあ、そうなりますね。」
それ以外の真実はなく、私は頷くしかない。
「俺らの反応見て楽しんでた…そうか、だからあの時期、メシエとか星の画像が付いたメールばっかり送ってきたのか。」
入学して宇宙人の存在に気付いた後、その反応を見るために使ってたのは、勿論宇宙の画像だった。
「でも、タケノシンがそれぶち壊したんですよ。」
私は傍観者としているつもりだったのに、男の娘が私に勉強教えろって騒ぐから、宇宙人の友達がその親切心を発揮して、そして絶賛巻き込まれ系お人好し宇宙人までついて来た。
「…ああ、志朗が“勉強教えようか”って言い出したからな。」
宇宙人もあの時のことを思い出したみたいだ。
「それでも極力関わらないようにって思ってたのに、何で巻き込まれちゃったんだろうなぁ。」
そう呟いて、息を吐く。気が付けば、あの勉強会に巻き込まれ、何だかんだとこうやって車の助手席に座るような関係性にまでなった。
不思議な縁だと思う。
それがたった一つのメールから始まっただなんて、誰が思うだろうか。
あふ、とあくびが漏れる。
あと1時間ちょっとと、カーナビは到着時刻を示している。
寝ないようにしないと。
そう気合を入れたつもりだったのに、いつの間にか私には眠りが落ちてきていた。
****
「山は越えました。ですが小康状態ですので、まだ予断は許さない状況だと思って下さい。」
病室から出てきた医師が、そうお母さんたちに説明しているのを聞いて、まだ、とは言われてもほっと息をつく。
私が病室について、まだ回りについた機械が動いてることで、辛うじておじいちゃんが生きていることを知る。
私が病室に入ってきたのを驚いた様子でいたお母さんたちだったけど、直後に鳴り響いた異常を知らせる音に、病室は一気に騒がしくなり、治療の妨げになるだろう私たちは病室から出された。
忙しなく出入りする看護師や医師たちの姿に、私を含めた皆は不安が入り交じった表情で、聞こえてくる話し声も、ボソボソと必要最低限の声だけだった。
そうしてようやくもたらされた、唯一のすがれる吉報に、その場にいた私たちがほっと息をついたのは当然だった。
ぞろぞろと皆が病室に戻っていく。
「みーちゃん、どうやってきたの?」
呼ばれて振り向けば、唯一の私の下になる従弟と、私の二つ上に当たる従兄が二人揃って私の後ろに立っていた。
「あ、たっくんとなつ兄。…あれ? いたっけ?」
さっきまで従兄弟は誰もいなくて、孫世代は私だけだった。
「今日は越せそうだからって家で待機してたんだけど、ダメかもって連絡貰って今ついたとこ。…どうなの?」
なつ兄と呼ぶ従兄に、私は頷く。
「持ち直したって。まだ予断は許さないって言われてたけど、今は大丈夫みたい。」
病室に入ると、従兄弟たちに押し込まれるように、おじいちゃんのベッドの真横につく。
私がおじいちゃんにかわいがられていたと知っている親戚たちが、スペースを開けてくれたのだ。
「父さん、実明ちゃんがきたよ。」
私の横に立つおじさんがおじいちゃんに声を掛けてくれる。
「おじいちゃん。」
私の呼びかけに、うっすらと開いていた瞳が、大きく開く。
「みは…る。」
口元は酸素マスクに覆われて、声はかすれて小さいけれど、確かにおじいちゃんが私の名前を呼んでくれたことに、ホッとする。
私がさっき病室に着いた時に騒がしくなったのと違って、病室に響く機会の音は一定で、状態が落ち着いていることを示していた。
「おじいちゃん、会いに来たよ。」
私がおじいちゃんの手に触れると、コクコク、とおじいちゃんの首が動く。触れた手はどこか冷たくて、さっきまで危険だったということを示しているようにも思えた。
「ほら、おじいちゃん。実明ちゃんもおじいちゃん心配して、遠くから来てくれたんだから、早く元気にならないと。」
おばさんの声に、おじいちゃんが頷く。
「…本当に人騒がせなんだから。」
お母さんの声は少し滲んでいて、涙をこらえてるのがわかる。お母さんはよくおじいちゃんとよく喧嘩をしてたけど、それはおじいちゃんを心配してるからこその喧嘩なのだ。だから口ではそんなことを言いながら、ホッとしているんだろう。
ウトウト、とおじいちゃんが目を閉じていくのを見ながら、病室にはどこかホッとした空気が流れていた。
個室とは言え病室に全員がいるのも多すぎると、私と従兄弟たちは病室から談話室に移動する。
まだ薄暗い病棟の中、談話室のソファーに3人で座る。
「で、実明ちゃんはどうやって来たの?」
私がそのままにしていた従弟からの疑問は、兄の方に引き継がれた様子だ。
「先輩が送ってくれて。」
そう言えば、おじいちゃんに会えたとも会えなかったとも宇宙人には連絡してないと思い出す。
…そんな状況でもなかったから、仕方ないと言ってくれるだろうけど。
「お、彼氏かー。」
従弟の言葉に、私はブンブンと頭を横に振る。
「違うし。」
「えー…だってみーちゃんの大学があるところからここまで、こんな時間に送ってきてくれるそんな親切な人っている?!」
「…ま、いるんだろ。」
そう同意してくれたはずの従兄は、明らかにそう思っていなさそうにニヤニヤ笑っている。
「違うって!」
「で、その実明ちゃんを送ってきてくれた先輩とやらは、どうしてるわけ? もう帰ったの?」
従兄の疑問に、私は首をひねる。
「どこかで星見てると思うけど。」
「「は?」」
流石兄弟。ハモった。
「今日はオリオン座流星群がピークだから。」
ぷ、と吹き出したのは従兄で、は? と首をひねったのは従弟だ。
「何その先輩。実明ちゃんと星繋がりなわけ?」
私が高校生になってから天文部に入り、大学も天文学を学べる大学に進んだのを知っている従兄が、呆れたような声を出す。
「まさしくそれ。」
「それにしても、親切すぎる先輩だな。」
「…まあ、そうだね。」
「着いてから連絡したか? 心配してるんだろうから連絡してやれよ。」
お兄さんぶる従兄に頷いて、私はスマホを取り出した。
「私も好きです! って送ってあげたら喜ぶよ。」
余計な一言を言う従弟を睨みつけつつ、私は宇宙人におじいちゃんが峠を越したことを伝えるメールを送った。…宇宙人とはいつも下らないメールばかりのやり取りだけだから、こんなメールを送ったのは初めてかもしれない。
間を置かずにメールが届く。
『そうか良かったな。眠れそうならきちんと寝ろよ。』
宇宙人の優しさに、ジワリと胸が暖かくなる。
「えー。何? 付き合うことになったの?」
「うるさいな、たっくん。」
従弟に文句を言いつつ、私は宇宙人にどこにいるのか問いかけた。…素朴な疑問だ。
『まだ病院の駐車場にいる。移動する時間が勿体なかったしな。でも、結構見れた。もうピークは過ぎたけど、まだ見れると思う。そこから見えるか?』
立ち上がって談話室の窓を覗いてみるけど、残念ながら談話室のある窓からはオリオン座が見えなかった。多分、方向的に反対側だと思う。
「何してんだ?」
従兄の問いかけに私は振り向く。
「まだ流れ星が見えると思うって言われたから見てみたんだけど、こっちの方向じゃなかった。」
「…外見ただけで方向分るとか、みーちゃんどうなってんの?」
「宇宙バカだぞ、巧(たくみ)。」
呆れた様子の従兄弟たちにムッとしつつ、私は宇宙人に見えないとメールを返す。
「で、その宇宙バカに輪をかけた宇宙バカな先輩は、今どこにいるんだ?」
従兄が不思議そうに私に尋ねてくる。
「まだ、病院の駐車場にいるって。」
移動する時間が勿体ないとか、本当に宇宙バカだな、と思うと、気が緩んだのもあって、頬が緩む。
「どうせだから、お礼言いに行ったら? その先輩、もう帰っちゃうんだろ。」
従兄の提案に、それもそうだと立ち上がる。
「何かあったら電話ちょうだい。」
スマホをかざして見せれば、従兄弟たちは2人そろってニヤニヤしていた。
…たぶん従兄弟たちの中では盛大な勘違いが繰り広げられているだろうけど、まあいいか。
病院の外に出ると、私は一度空を見上げた。オリオン座を探すと、オリオン座はすぐに見つかった。ピークが過ぎたからか、すぐに星は流れてくれなくて、私は諦めて暗い中ぽつぽつと街灯が立っている駐車場に目を凝らす。
宇宙人がまだ起きているとすれば、たぶん外に出ているはずだし、荷物の中にランタンがあったから、明かりがついているはずだと思ったから。
でもそんな形跡はなくて、私はスマホを取り出す。
呼び出し音がそれほど鳴らないうちに、電話はつながった。
『…もしもし?』
その声に、ホッとする自分に気付く。…いつの間に宇宙人の声にほっとするようになったんだろう。
でもそのちょっと眠そうな声に、申し訳ない気分になる。仮眠を取ってる最中だったのかもしれない。
『…どうした?』
私が答えずにいたことに、宇宙人が問いかけてきて、ハッとする。
「いえ。改めてお礼を言おうと思って。ありがとうございました。」
私は直接会いに行くのは辞めた。折角寝ようとしているところを邪魔したくなかったからだ。それに、どうせ大学に行けば、宇宙人には会えるのだ。
私が会いたいと思う気持ちを通そうとするのは、単なるエゴだろう。
…それに、今までにない気持ちの動きに、私は戸惑っていた。
『俺がやりたくてやっただけだから気にすんな。』
その言葉に、涙が滲みそうになるのは、何でだろう。
「ありがとうございます。」
スマホを離して、スン、と鼻を鳴らす。息を整えてまたスマホを耳に当てる。
こんな時間でも病院に来る人は当然のようにいて、私の目の前に車が止まってそこから慌てたような人が出てくる。私は邪魔にならないように脇に避ける。
『え? もしかして実明、今外にいるのか?』
車のドアが閉まった音をスマホが拾ったのかもしれない。あの音をごまかすのは無理だろう。
「流れ星のおこぼれでも見ようかと思って。」
『ちょい待ち。こんな夜中に一人で外出るなよ。どこにいる?』
慌てたような声に、私も慌てる。
「もう戻るから大丈夫ですって!」
『お礼言うなら、直接言えよ。』
そう言われてしまえば、逆らうこともできないわけで。
「はい…。」
『どこいる?』
「救急の入り口です。」
『すぐ移動するから、中入って待っとけ。』
それだけ言うと、宇宙人の電話は切れた。
ジワリと押し寄せる暖かな気持ちを、何と呼ぶんだろう。
私は宇宙人の忠告を無視して救急の入り口から少し進むと、光が極力目に入らない角度で夜空を見上げた。
オリオン座の周りを騒がしていたはずの塵たちは、もうその出番を終えてしまったみたいに静まり返っているように見える。
その静けさが、きゅっと胸を締め付ける。
この宇宙人への気持ちは、たぶん…恋だろう。
だけど、この気持ちを宇宙人に伝えたいか、と言われれば、この居心地のいい関係の方が失いたくないもので、ワンコがお試しに、と言ったように、気軽に付き合うなんて選択肢なんて選べそうにもない。
終わりがあるかもしれない関係なんて、選びたくはなかった。
たとえ、宇宙人の隣に、私ではない誰かが立つことになったとしても、私は今の関係を壊したくはないのだ。
尊敬する先輩として、超えるべきライバルとして、ずっとこの先も近くに居て欲しい。だからきっと、私はこの気持ちを口に出すことはないだろう。
あ、と零れ落ちるように流れた星を目で追う。
同時に、車が止まる音とドアが開く音に気付く。
「実明、お前中に入っとけって言っただろ。」
私に近づいてきた声に、私はどんな顔をすればいいか少しだけ迷って、憎たらしい後輩の顔を思い出す。
「流れ星見れるって言ったのケイスケ先輩じゃないですか。それを見るなって言うのはひどいですよ。」
ムッとした顔をして宇宙人を見れば、宇宙人が呆れたように肩をすくめる。
「お前、本当に宇宙バカだな。」
「おほめいただいてありがとうございます。ケイスケ先輩のおかげで立派な宇宙バカになりましたよ。」
「おじいちゃん、とりあえずよかったな。」
宇宙人にぐしゃぐしゃと髪をかき回されるのに、胸がきゅっとなって感情がこぼれそうになる。
「この節はありがとうございました。でも、髪をぐしゃぐしゃにするのは辞めてください!」
心の中とは裏腹に宇宙人を睨めば、宇宙人が優しい顔で私を見ていた。
「いつもの調子が戻って来たな。」
「おかげさまで。ところで、ケイスケ先輩この後どうするんですか?」
帰り道が心配でつい尋ねた。
「仮眠して帰る。さっき寝入ってたんだけどな。誰かさんに起こされたんだよ。」
やっぱりそうだったんだと謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、ニヤニヤした宇宙人に、病院に着いた時に宇宙人と交わした会話を思い出す。
「そうなんですね。」
「何だよ、起こしたの自分だろ。謝るところだろ。」
私が謝罪の言葉を口にしなかったことに、宇宙人が抗議してくる。でもそれは、本当に謝罪してほしかったわけでは絶対にない。
「だって次謝ったらデートなんですよね? いやですよ!」
そう。病院に到着してからまた謝った私に、宇宙人は「次言ったらデートな。」と言ったのだ。それをニヤニヤする宇宙人を見て思い出したのだ。案の定、宇宙人がつまらなさそうな顔になった。
…こうやってからかわれてるくらいがちょうどいい。
「あ、流れ星。」
私が空を指さすと、宇宙人も空を見上げる。
「次の流星群は一緒に見るか?」
「いいですよ。」
ちらりと見た宇宙人は、目を輝かせながら夜空を見上げている。
この星たちの光が地球に届くまでの時間ぐらい、私たちのこの関係もずっと続いていけばいいのに。
その願いを、流れ星は叶えてくれるだろうか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる