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裸婦画の行方
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私は画家である。藤川春彦という画号で作品を発表している。
格好をつければそうなのだが、美術の専門教育を受けたわけでもなんでもないアマチュアだ。日曜画家なのだ。
いつかプロになれたら、などとは思ってもいない。私にそこまで打ち込める情熱がないわけではないが、今の生活を捨てるほど高い志はなかった。
そんな私でもインターネットで作品を公開すれば誰かしらの目に留まる。時々反応もある。
私の発表する作品には、女を描いている。主題だったり、風景の一部であったりするが、女だ。
いま、美術界では美人画が流行っている。私の描く絵が美人画かどうかはさておき、女の絵というのは世間からみて一定の人気があるのは間違いない。
そんな私に、熱心にメールを送ってきた人が二人いる。
先にメールのやり取りが始まったのは菅原志帆だ。最初のうちは私の絵に対する感想をぽつりと簡単に送ってくるだけだった。ある日私がいつもありがとうというようなことを綴って返事をしたら、翌日菅原から長文の返事があった。私の絵とは関係ない、ただの雑談のようなメールだった。好きな漫画や映画について語る菅原の文章は面白かった。少なからず菅原の人となりが知れる可愛らしい内容だった。
もう一人、メールのやり取りがあった女がいた。その女はナオと名乗った。
ナオとの出会いは風変わりであった。
ある日の深夜、画像付きのメールが届いた。その日はモデルを見ながら描きたいというようなことをブログに書いて投稿していた。いつもはポーズ集なんかの資料を参考に絵を描いているのだが、自分の作品を自分で資料を用意して仕上げたいという思いがあった。それを受けてのメールかもしれない。
メールに本文はなく、画像もワンピースを着た髪の長い若い女が携帯電話のカメラで撮影したありふれた写真だった。
私は気にすることなく眠りについた。
翌日、目覚めるとメールが二十件ほど届いていた。いつもなら会員登録しているサイトのニュースが一つ二つ程度受信する程度なので驚きながら確認した。全て昨日の女の写真が添付されたメールだった。昨日の写真はいかにも自撮りといった感じだった。三脚を使いポーズを変えて撮影していた。私は次々と画像を確認した。徐々に下着が見えるようなポーズになり、ワンピースを脱いでいた。最後には下着まで脱ぎ捨ててヌードで床に横たわって終わっていた。
私は誰何するメールを送った。
返事は夜遅くに来た。本文の無い画像のみのメールだった。画像には昨日と同じ女がスケッチブックを持って写っていた。スケッチブックにはこう書いてあった。
「藤川春彦様へ。ナオです」
しばらく私は菅原とのメールを繰り返しつつ、ナオから届いた画像を参考に絵を描いて過ごした。ナオの絵はメールでナオに送り返した。服を着たナオの絵はインターネットで時々発表した。ナオを描いた絵は、特段話題になることはなかった。
ナオの絵を描くようになったからか菅原が私の絵のモデルに興味を示した。私はナオの絵を描くようになった経緯を菅原に説明した。
ある日私は有名なガラス工芸を展示している美術館に赴いたことをブログに書いた。菅原はその美術館の近くに住んでいると言う。そして菅原から食事に誘われた。私は応じた。
週末、私が待ち合わせのファミリーレストランに赴くと菅原は上品な白いワンピースを着て、不安そうに下を向いて待っていた。旅行中に買った中古のミリタリージャケットを羽織っている私とは月とすっぽんだなと思った。
「こんにちは。藤川春彦です」
私が声をかけると菅原は不思議そうな顔になった。
「菅原志帆です」
「中、入りましょうか」
店に入ると店員に案内され、テーブル席に向かい合って座った。
菅原はあえて私を見ないようにするためか、うつむきながらメニューを開いた。私はそんな菅原をまじまじと眺めた。
菅原が顔を上げたところで私は店員を呼んで交互に注文を伝えた。
「藤川先生って女の人だったのですね。私、びっくりしました」
私はスケッチブックを取り出した。料理が届くまで菅原をスケッチした。
この日を最後に、菅原からのメールは絶えた。
裸のあるいは下着姿のナオを何枚か描いてはいたが、どこかに投稿することは無かった。今まで裸婦画を公開したことが無かったのは、深いこだわりがあったわけでもなかった。
ナオから初めて本文のあるメールを受信した。裸の絵を発表してはどうかという内容だった。
私は少しだけ悩んで、一番できの良いナオの裸婦画を翌日発表した。
初めてのヌードであったが、やはり特別な反響はなかった。
裸婦画を公開して二月が経った頃、菅原からのメールが届いた。
「あの気持ち悪い絵を消してください」
私はそのメールを見てすぐ全ての作品の公開を取り下げた。
格好をつければそうなのだが、美術の専門教育を受けたわけでもなんでもないアマチュアだ。日曜画家なのだ。
いつかプロになれたら、などとは思ってもいない。私にそこまで打ち込める情熱がないわけではないが、今の生活を捨てるほど高い志はなかった。
そんな私でもインターネットで作品を公開すれば誰かしらの目に留まる。時々反応もある。
私の発表する作品には、女を描いている。主題だったり、風景の一部であったりするが、女だ。
いま、美術界では美人画が流行っている。私の描く絵が美人画かどうかはさておき、女の絵というのは世間からみて一定の人気があるのは間違いない。
そんな私に、熱心にメールを送ってきた人が二人いる。
先にメールのやり取りが始まったのは菅原志帆だ。最初のうちは私の絵に対する感想をぽつりと簡単に送ってくるだけだった。ある日私がいつもありがとうというようなことを綴って返事をしたら、翌日菅原から長文の返事があった。私の絵とは関係ない、ただの雑談のようなメールだった。好きな漫画や映画について語る菅原の文章は面白かった。少なからず菅原の人となりが知れる可愛らしい内容だった。
もう一人、メールのやり取りがあった女がいた。その女はナオと名乗った。
ナオとの出会いは風変わりであった。
ある日の深夜、画像付きのメールが届いた。その日はモデルを見ながら描きたいというようなことをブログに書いて投稿していた。いつもはポーズ集なんかの資料を参考に絵を描いているのだが、自分の作品を自分で資料を用意して仕上げたいという思いがあった。それを受けてのメールかもしれない。
メールに本文はなく、画像もワンピースを着た髪の長い若い女が携帯電話のカメラで撮影したありふれた写真だった。
私は気にすることなく眠りについた。
翌日、目覚めるとメールが二十件ほど届いていた。いつもなら会員登録しているサイトのニュースが一つ二つ程度受信する程度なので驚きながら確認した。全て昨日の女の写真が添付されたメールだった。昨日の写真はいかにも自撮りといった感じだった。三脚を使いポーズを変えて撮影していた。私は次々と画像を確認した。徐々に下着が見えるようなポーズになり、ワンピースを脱いでいた。最後には下着まで脱ぎ捨ててヌードで床に横たわって終わっていた。
私は誰何するメールを送った。
返事は夜遅くに来た。本文の無い画像のみのメールだった。画像には昨日と同じ女がスケッチブックを持って写っていた。スケッチブックにはこう書いてあった。
「藤川春彦様へ。ナオです」
しばらく私は菅原とのメールを繰り返しつつ、ナオから届いた画像を参考に絵を描いて過ごした。ナオの絵はメールでナオに送り返した。服を着たナオの絵はインターネットで時々発表した。ナオを描いた絵は、特段話題になることはなかった。
ナオの絵を描くようになったからか菅原が私の絵のモデルに興味を示した。私はナオの絵を描くようになった経緯を菅原に説明した。
ある日私は有名なガラス工芸を展示している美術館に赴いたことをブログに書いた。菅原はその美術館の近くに住んでいると言う。そして菅原から食事に誘われた。私は応じた。
週末、私が待ち合わせのファミリーレストランに赴くと菅原は上品な白いワンピースを着て、不安そうに下を向いて待っていた。旅行中に買った中古のミリタリージャケットを羽織っている私とは月とすっぽんだなと思った。
「こんにちは。藤川春彦です」
私が声をかけると菅原は不思議そうな顔になった。
「菅原志帆です」
「中、入りましょうか」
店に入ると店員に案内され、テーブル席に向かい合って座った。
菅原はあえて私を見ないようにするためか、うつむきながらメニューを開いた。私はそんな菅原をまじまじと眺めた。
菅原が顔を上げたところで私は店員を呼んで交互に注文を伝えた。
「藤川先生って女の人だったのですね。私、びっくりしました」
私はスケッチブックを取り出した。料理が届くまで菅原をスケッチした。
この日を最後に、菅原からのメールは絶えた。
裸のあるいは下着姿のナオを何枚か描いてはいたが、どこかに投稿することは無かった。今まで裸婦画を公開したことが無かったのは、深いこだわりがあったわけでもなかった。
ナオから初めて本文のあるメールを受信した。裸の絵を発表してはどうかという内容だった。
私は少しだけ悩んで、一番できの良いナオの裸婦画を翌日発表した。
初めてのヌードであったが、やはり特別な反響はなかった。
裸婦画を公開して二月が経った頃、菅原からのメールが届いた。
「あの気持ち悪い絵を消してください」
私はそのメールを見てすぐ全ての作品の公開を取り下げた。
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