ಂ××ౠ-異世界転移物語~英傑の朝

ちゃわん

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第1章

第4話

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痛い…体が…痛い…。目が醒めちゃった…。

 昨日の発作!?…いや、これただの筋肉痛だわ。いや、首の寝違えみたいな感じか?全身だけど。

 まぁ、土下座に近い体制で寝続けたらそら体も痛くなるか。土下寝か。

 彼女の手がまだ頭に乗ってる。

 俺が眠り落ちた後も、撫で続けてくれてたのだろうか…。

 今思い返しても大分恥ずかしい。涙と鼻水垂らしてみっともない…。男としての沽券に関わるっていうか…。

 やばい…申し訳ないけど、なんだこれやばいくらい恥ずいんですが。

 いったい彼女とどんな顔して話せばいいんだ。

 と、とにかく、彼女を起こさないように手をどけて…、ここから脱出しよ。あ、い!ったぁ…い…。筋肉痛だこれ…。

 焚き火を通り過ぎるときに華麗にバックスローで薪を投げ入れ…、いや、ゆっくり入れよう。これで彼女が起きたら嫌だし…、反対側の木の根元あたりが落ち着けそうな感じする。

 少し頭が冴えちゃったし、実は起きたときから気になってる体の中のこの感覚を弄ってみたい…。

 取り敢えず、意識を集中して…。

 体の中の何かが確かに回っている。

 不思議な感覚だ。自分の意識一つで動かすことが出来る。

 体の中のこの何かは今まで自分が使ったことのない感覚だって事は分かる。

 確かに回っているが、回っていると分かる感覚は触覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚のどれも使っていない…よな?

 いや、間違いないな。間違いなく五感では感じていない。

 それ以外の感覚を使ってる気がする。シックスセンスか。第六感。…マジかよ。

 まぁ、強いて言うなら…。なんだろうな…、あ、そう、子パンダを初めて見たときの感覚と似た感じなんだ。

 確かにそこにあるのに、今まで使ってきた感覚では知覚していない。

 そんな感じだな。

 どうやらこの中のエネルギーのようなものは、自分の意志一つで動かすことができるものらしい。

 でも全然思ったとおりに動いてくれない。なんか抵抗がある。

 考えたとおりに動かすのにタイムラグがあるし、思った方向に行かないし。

 なんていうか…、自分の脳の今まで使ったことのない部分で歩こうとしてるような感じ。うん。改めて訳わかんねぇな。
 
 試しにエネルギーの回し方を変えてみるか。

 今までは体を正面から見たとき、その一番外側の部分に沿うように回してたわけだ。

 これをちょっと変えてみよう。

 回転の軸を90度傾ける。ミイラ男の包帯の巻き方みたいな回し方に挑戦。

 お!なんかさっきとは違う感覚だな。でもこっちのほうが回しやすいとかは特に無いな。

 ちょっとこっちのほうが難しいかな?

 次は血液の循環のように回してみるか?

 うーん…、別に思ったほどスムーズには行かないな…。

 さっきよりかは滑らかになった気はするが、劇的ってほどじゃないしなぁ。

 まぁ、色々変えてやってみるか。

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 うん。これだな。これが一番うまく出来る。

 体の内と外。このイメージだ。これがいい感じで出来る。

 臍の下あたり。丹田っていうのか?そこからスタートして骨を伝って手や足に広がっていく。指先や足先までたどり着いたら筋肉や皮膚を伝って体の中心に戻っていく。こういうイメージが一番しっくり来る。

 このやり方だと、より早く、より安定してエネルギーを流すことが出来る…気がする。

 血液のイメージよりもうまく動かせるっていのがちょっと予想外だな。

 なんとなくだけどこの力は脳の力で動かしている気がする。ただ、エネルギーを動かすのとエネルギーを導くのを同時にこなさなきゃならない。

 うまく頭の中でイメージできないな…。なんていうか…、穴の空いた箱の中にあるボールを取ろうとしたら、手を突っ込んで取り出す必要がある。
 
 この時もし透明な箱だったらボールはすぐ取れる。

 だけど、中が見えない黒い箱だったら?おそらく少し手こずるな。スムーズにはいかないはずだ。

 エネルギーを動かす力がここでいう手を動かす力だとすれば、エネルギーを導く力は、手をまっすぐにボールまでたどり着かせる力といった感じか。

 当然、黒い箱より透明な箱の方がボールにすぐ辿り着けるわけだ。

 中が見えてるんだから当たり前だよな。

 じゃあ、黒い箱の中のボールを取るためには?その時は、ボールの場所と、手の動きを想像で補わなきゃいけない。

 当然体の中は黒い箱の様に中が見えない。手の動きを想像することがエネルギーの動きを想像する力だとすれば、ボールの場所を想像することは、エネルギーの通り道を明確に想像することだ。

 ここで問題がある。俺は血液の動きなんて詳細には解らない。

 心臓から出ていって心臓に返ってくるんだろ?それは解ってる。

 じゃあ心臓から出ていって次はどこに行くんだ?肺か?脳か?分割されてるのか?

 なんとなく肺って気がする。酸素を体中に巡らせなきゃ行けないから。

 でも肺からどうやって全身に行ってるんだ。手と足に分岐していってるのか?脳へはどういうルートで行ってるんだ。

 とまぁ、あまり具体的に想像出来ない。
 
 生物の授業もっと真面目に受けてればよかった。

 だから、骨!筋肉!みたいな方が簡単に想像出来た。
 
 なんか段々面白くなってきたな。

 もっと色々試してみよう。

 …ん?何か熱い視線が…、これは…俺に惚れてる…そんな視線だな。

 お、あれ?なに、君起きてたの?いやー偶然!愛の視線を感じたと思ったら!たまたま!君がこっち見てたわけだ!かー!参ったねこりゃ!しょーがないな!こりゃ!

 …ヘヘッ、冗談ですよ。いいじゃんちょっとさ、楽しんだってさ。そうでも思わないと彼女いつもなんか怒ってるから…。

 ん?いや、なんか微笑んでるな。

 あと、右手を動かしている。胸の前で小さく手を振っている。

 なんだ?何かを伝えようと?

 この現象は彼女が起こしてくれた様なものだ。

 もしかしたら何か教えてくれるのだろうか。

 集中して彼女を見なきゃ。彼女が伝えたいことを余すことなく受け取るために。

 集中。集中するんだ…。

 くそっ。何故か集中できない。目の隅のほうがチラチラする。

 俺は彼女の手の動きに集中したいのに。集中したいのに何やってんだよ子パンダァ…。

 しょうがない。子パンダを見ながら、彼女の手も見よう。これでいいだろ小蝿パンダ。

 彼女は手のひらを下に向けた状態で手を降っている、のか。

 子パンダは土下座の状態でペコペコしてる。

 彼女は優しくほほえみながら手を降っている。

 子パンダは泣いている。…いや、泣き真似をしている?

 「ヒーーーー…ヒーーーー…グスッ…チラッ…ウェーーーーン…チラッ」

 …昨日の俺の真似してやがる…。

 ものすごくムカつく。くそっ!恥ずい!

 糞パンダ、彼女の前でそういうことすんじゃないよ。空気読めよ。俺を読めよ。いや、何言ってんだ俺。

 顔に血が上るってのは今の俺の状態の事を言うんだろうな。

 もうまともに彼女の目を見れない。

 「…?」

 いきなり目をそらした俺を不思議がったのだろうか。

 俺のさっきの視線の先を追うと…。

 「!ッ kaz! Mery!」

 彼女は子パンダに気づいて慌てて手で叩いてくれた。子パンダを直接。石になった手で。

 意外と激しいな。

 でも子パンダを叱ってくれてちょっと嬉しい。

 ただ…、彼女は全く悪くないんだが、…勘弁してくだせぇ。

 なんていうのかな…。ちょっと~、その子泣いてるじゃん。やめなよ~。みたいな…。

 いや、自分の被害妄想な事は解ってる。

 でも恥ずかしいんだからしょうが無いじゃん。

 …よし。朝食を作ろう。生きるために必要なのは兎にも角にも飯だ。ご飯だ。朝食だ。余計なことを考えてる暇などない。俺一人だけじゃないんだから。だが、パンダテメーには食わせねぇ。

 今日の朝食は、夏の朝日に煌めく巨大赤りんごに果物を添えて。つまり果物だ。
 
 彼女に果物を食べさせ水を飲ませてると何か楽しくなってくるな。俺がいないと何もできない彼女…。俺は必要な人間なんだって気になってくる。ヒモを飼ってる女の人はこんな気持なんだろうか…。
 
 前までのムスッとした表情をしなくなったな。

 丸くなったというか優しい雰囲気になってる。

 ただ、少し照れているようにも見える。

 「karche…」

 まぁ、俺でも照れる。気持ちはわかるさ。

 俺だって昨日は恥ずかしかったし。…おあいこということで。

 果物と水を取りに行くか。

 一応彼女には意思を伝えて置かないと。ペットボトルを指させばいいよな、前やったし。やっぱり言葉が通じないのはきついなぁ…。

 しかし、辞書もないし単語だってわからない。ありがとうって言葉位は解るが、そっからどうやって訳していけばいいんだっつー話ですよ。

 大分慣れたから果物採取と水汲みはすぐ終わったけど、何もすることがない…。

 ここら辺を探索してみようかと思ったけど、立ち上がってここを離れようとすると彼女が不安がるし…。

 大丈夫。すぐ戻ってくる。と伝えることも出来ない。

 さっきなんか薪の補充をしようとしただけで不安げな声で「…whoa-tofi?」と聞いてきた。どこいくの?とかそんな感じだと思う。

 薪はなるべく彼女から見える範囲で集めてきたからなんとかなったが…。

 それに、正直彼女が不安がっているならそばにいたいし、一人にさせるのも不安になる。

 なんたって彼女は俺の命の恩人だ。

 自分が生きてて命の恩人なんて言葉を使うことになるとは思いもしなかったけど、紛れもなくそうだ。

 だからだろうか。とにかく彼女に何かを返したい。

 彼女が望むことは何だってしてあげたい。自分が生きててこんな少女漫画みたいなセリフを吐くとは思わなんだ。

 とりあえず、水とご飯はある。

 何もしなくてもしばらくは大丈夫だろう。

 かと言って何もしないのは退屈だ。マジで何もしないっていうのが苦痛だとわかった。

 現代に生きてて何にもしていない時間って意外と無いしな…。初めての経験だ。

 しょうが無いから鞄の中の教科書でも読むか。

 彼女は、教科書に興味がありそうだ。

 じゃあ見る?ほら、ページ開いてやるから。

 …首を振って残念そうにしてる。

 そりゃそうか。そもそも言語が違うもんな。

 俺なんか日本語読めても興味ないしな。

 あー、興味ない。しかし退屈だ。興味ないけど読むしかない。何だこれ拷問か。適当な所を開いて読むか…。

 ……ん?ん?これ…。

 「!」

 これは…!辞書を作った人の話だ。金田一京助と書いてある。

 全くわからないアイヌ語を勉強するためにどうやって現地の人から単語を教わったのか書いてある。

 わけの分からない絵を書いて、「これは何?」という言葉を引き出したと書いてある。

 そうして何度もその言葉を使って色々な単語を訳していった。

 単語さえ解れば後はなんとか通じる。

 日本語だって、腹!ない!果物!だけで腹減ったから果物食べたいんだなってわかるし。

 俺はノートも筆記用具も持っている。

 これ出来るんじゃないか?

 やってみるか。

 これでコミュニケーションが取れるようになるだろうか。ノートが沢山あってよかった。

 途中でこの絵について何か聞かれないように、彼女に隠しながら絵を書こう。

 あんまりにもぐちゃぐちゃな絵だと、「ふざけてるの?」とか「意味わかんない」とか言われてしまうかもしれないから、それなりに意味のあるように見える絵を書かなくてはならない。

 しかも、こちらにありそうなものを書いてもいけない。

 「これは木ね?」とか言われたら元も子もないからな。

 一応5枚は書いておくか。

 こっちにはなくて、意味がありそうで、絵心がない俺にも描けそうなシンプルなもの…、音楽の音符マークとか?あとはナ◯キのマークとかも意味ありげだな。ん?そうだ数学の2次方程式とかはどうよ。何某かの言語に見えないことはないよな。水の化学式とかもそうだ。…最後に子パンダの頭に巻き◯"ソを乗っけたものも書いておこう。

 「…gaddizi?…multol?」

 「…fhyu-fi-?」

 「…gadizi?…?」

 「ン~~~~…un-baknnu(首を振りながら)…」

 「ブフッw」

 「ッチ」
 
 よし!笑ってくれた!メリィ?どうしたんだぁん?ご機嫌斜めですねぇぇ!

 …いや、違う違う。そうじゃない。

 でも今の感じから「gadizi」って言葉が「これは何?」って気がする。

 次点で、「un-baknuu」だろうか。

 俺は、そこらにある石を拾ってそれを指差し聞いた。

 「gadizi?」

 「!!」

 彼女はかなり驚いている。

 その表情はまさに「そういうことか!」といった感じだ。

 俺はもう一度ゆっくりと聞く。

 「ga di zi ?」

 彼女は頷いてゆっくりと答える。

 「si-sto。シースト」

 俺は急いでノートに書き留める。

 そして大事なことを聞き忘れていた。

 「ショータ、端溜翔太、ハ・シ・ダ・メ ショ・ー・タ」

 「ショータ…」

 俺は彼女を指差し…いいのかな。指差すってこっちでは失礼なことになるんだろうか。

 い、いや、そんなこと気にしないだろ。多分。

 「gadizi」

 彼女は…悩んでるのか?

 目を瞑って真剣に考えてる…様に見える。…そんな変なことを聞いてしまったのだろうか。

 答えたくなければいいよ、と伝えてくても伝えられなかった。そうだ言葉が通じませんでしたよね。はい。

 お!?答えてくれそうだ。

 「…シャモーニ…シャモーニ ル アマースト」

 「シャモーニ…シャ、モー、ニ」

 間違えて覚えないように、丁寧に繰り返さねば。…ふざけてると思われてるだろうか。

 彼女は笑って頷いてるし、怒ってはないよな。

 よし。これで彼女の名前はしっかりと覚えた。

 …日本にいたときは人の名前なんて覚える必要ないじゃんとか思ってた。俺他人に興味ネーし、みたいな。

 でも、それはすごく失礼なことなんじゃないかって思い始めている。

 人は自分の名前を一生背負って生きている。

 そして生きているからには色々辛いことがある。授業中にゴミぶつけられたり、休み時間に席取られたり、石化したり。

 彼女の苦しみと自分の苦しみを同列に語ることに恥ずかしさがあったが、つまり、そういうことだろう。

 名前すら覚える気がないということは、相手の背負ってきたものすら馬鹿にするという事じゃないのだろうか。

 彼女が毎朝苦しんでる姿をみて何となくそう思うべきだと感じた。

 彼女の名前を忘れないようにノートに書き記そう。丁寧に。大きく。

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 「ウ"ーーーーー!ウ"ア"!ウ"ア"!ウ"ア"ーーーーーー!」

 今朝も彼女の叫び声が聞こえる。

 ほぼ毎朝痛みがあるようだ。

 痛みを和らげる方法は解らない。

 今日も取り敢えずは、彼女を宥めよう。

 「大丈夫…大丈夫だよ…。きっと良くなる…良くなるからね…」

 「ウ"ーーーー!ウーーーー!ウーーー……フッフゥッフーーーー、スーーー…」

 落ち着いたか。

 この状態になってしばらくすると目が覚めるから、目が覚めたとき暖かくなるように、焚き火に薪を足しておこう。

 実際気休めでしかないんだよな。

 彼女の叫び声は一向に良くなる気配がないし、それに心配事もある。

 昨日からいきなり彼女が食事を取らなくなった。水もだ。

 食べさせようと思うとムスッっとしたあの顔になって首を振るのだ。

 たまに顔にすごい脂汗を滲ませてる。

 ものすごい顔だった。

 必死で何かに耐えていると言った風だ。

 やはり痛みに耐えているのだろうか。

 俺がいるから見栄でも張って我慢しているのだろうか。
 
 俺の経験上痛いときは痛いと叫んだほうがいい。

 そのほうが痛みは紛れる気がするんだよね。

 中には男らしく我慢しろって言う奴もいるが、痛いもんは痛いんだから素直になったほうがいい。

 ただ不思議なのは俺が食事をしてる時は俺のことを凝視している。

 気の所為だとは思うんだけど…ものすごく物欲しそうに見ているような…、いや、勘違いか?

 体調が偶々悪くて食欲が無かったのかな?と思って彼女に食べさせようとすると、これまたムスッっとした表情で首を振る。

 そのあと、俺をものすごい顔で睨んでくる。

 一体、なんだよ、もう…。仲良くなれた感じがしたのに…。

 最近嬉しかったことといえば、この果物がアルゴの実って名前だと解った位か。

 この短い間でこの周りにあるものは大体訳せる用になってきた。

 ノートを見返しながらだが。

 ただ、文法とかがまだよくわからない。英語っぽい気がするがどうだろう。

 だからか長い説明とかがわからない。

 とにかく今は語彙を増やす時期だろう。

 これからも、暇な時間はとにかくモニと話すようにしよう。

 俺は彼女をモニと、彼女は俺をショーと呼んでいる。

 あだ名みたいで少し恥ずかしいが、女の子に呼び捨てされるのが嬉しい。
 
 彼氏みたい…。

 …言ってみただけです。

 それともう一つ不思議な事があるんだよな。

 メリィのことだ。俺はゴミクズバエとずっと呼んでいたのだが名前があったらしい。

 彼女のペット…ではないみたいだが、だいぶ仲がいい。

 少なくとも俺より。

 俺のことは常に馬鹿にしてくるくせに、彼女のことは常に気にかけているからだ。

 俺を虚仮にするのは彼女を笑わせようとするがゆえっぽい。

 ところが、だ。

 この件に関しては特に心配している素振りすらない。

 やっぱり今朝も目が覚めてもご飯はいらないらしい。本当に沈んだ顔をしてる。

 ビックリしたのは、ご飯を食べないと言っているときも、脂汗をかいて耐えているときもあの蝿は笑ってやがる。「ッブシーーーーwwwwwブシッwブシッw」って。

 いくらなんでもクズすぎやしないか…。人がこんなに苦しんでる所を笑うなんて…。

 弾けて混ざれと願いを込めてメリィをみていると、モニもウンコクズバエに気付く。

 大分頭にきたんだろうな…、分かるよ、そいつムカつくよな。そりゃ、ストーンハンドを全力で振り回して叩き潰そうとするよ。本当そいつ死ねばいいのに…。

 よし!やれ!後片付けは俺がやる!何、簡単だ。薪が一つ増えたと思えばいい。

 あれ?どうした?モニ。急に動きが止まったけど…。本当に急に、マジで大丈夫…か?

 痛みに耐えようと下を向いたりだとか、目をつぶって歯を食いしばったりとかも…ないな。

 ホント微動だにしない。

 「…?…モニ イタイ?」

 片言だけど、なんとか通じるよな。

 痛いとか嬉しいとか怖いとか、単純な感情は教えてもらってるし。

 「……ッ」

 無言だ。

 大丈夫だろうか。

 すごい勢いで集中しているようだ。瞬き一つせず、一点を集中してみている。

 その先になにかあるわけではないと思うのだが…。

 「……………ッフーーーーーー…」

 大分長い沈黙の後に動き出した。…かなりゆっくりとした動きだが。

 「…ミズ イク」

 水?水が飲みたい?じゃないのか。水に行きたいってことか?

 川に行きたいってこと?

 あっち?あっちは川があるけど、本当に行きたいの?飲水ならもってくるけど、何で?
 
 頷いてる…。行きたいってことか。

 ふむ…。たまには違う景色を見たいということだろうか。

 「ッブシッwwブフゥゥッwwwwプーーーーーーwwww」

 この世で一番汚い音を出しているメリィをものすごい顔で睨んでいるモニ。

 怖いでやんすよぉ…。

 まぁいい。そいじゃまぁ行きますか?ちょいと失礼しますよ、抱っこしていかなきゃならんからね。

 「…ミズ イク ダメ。ダメ! イク ダメ!」

 あ、あれ?嫌なの?川に行きたいんじゃないの?いや、違うか。これはひょっとして…俺にお姫様抱っこされんのが嫌ってこと…?

 傷つくでやんすよぉ…。

 い、いや、急に行きたくなくなった可能性もある。でも、川に行こうとしたりやめたりとどうも忙しないじゃないか。

 ま、逆に考えれば、わがままを行ってもらえるくらいには信頼され始めてるということだろうか。

 子供は親の愛情を確かめるためにわがままを言うって聞いたことがある。

 俺の愛情というか信頼というか…、それを確認したいと思うほどには心を開いてくれているのだろうか。

 あれ?モニがさっきより焦ってる…?

 どうしよう、どうしようって感じだ。

 かなり切羽詰まってる?どうした?

 え?どうしたら良いの?

 と、とにかく落ち着かせよう。そこからゆっくり会話を…。

 「ショー ダメ ミズ イク」

 指を刺してる方向から考えれば、お前は向こうに行ってろって意味だよな。

 心に来るでやんすよぉ…。

 いいよいいよ、行くよ。でもさぁ、もうちょっと優しく言ってくれてもいいじゃん。はっきり言われりゃそりゃ傷つくよ。

 …俺も人にはあまりはっきり言わないようにしなきゃな…。

 「ショー キライ ナイ、 キライ ナイ」

 え?あ、あれ?ひょっとして俺が落ち込んでるの解っちゃった?それで気ィ使ってくれちゃった感じ?いやぁ~悪いね。そんなことしなくても全然平気なんだけどね。俺にも何か君に事情があることくらい解ってたからね。

 いや、まぁ、ね、ぶっちゃけテンションは上がるよね。
 
 世の男子がなんであんなに女子の気を引こうとしていたのか解った気がする。

 これはいいもんだ。

 余裕がないながらも彼女も少し微笑んでいる。

 「ブシッwwwブシッwwwブシっwwブシッw」
 
 おぉ…相当怒ってるな。全力水平チョップか。普通の人間でも当たり所が悪けりゃ重症だな。

 「ブリッブリュリュリュリュリューーーーブリッブリッムリムリムリムリッ」

 …おなら…?

 …。

 …いや…。

 よく考えてみろ。
 
 ご飯が食べれる。水も飲める。

 生きているんだ。手足が石になっていても。強い意志で。

 となればだ。出さなければならないだろう。入ったものは。

 吐き出すわけでもないのなら出ていく場所は一つだ。…いや、二つか。

 つまりだ、彼女はここ数日ずっと我慢していたって事か。

 うんちを。

 「……ッウ…グスッグスッ…ヒック…」

 これは落ち着いてもらわなければ。

 気付かなかった俺も悪い。

 俺が恥を承知で下の世話についても聞かなければいけなかった。

 若い女の子からそんなこと言えるわけがない。

 しかも目の前には同年代の男だ。今の彼女の気持ちを考えれば、それは想像を絶するものだろう。

 …にもかかわらず俺は今ちょっと…、なんていうのかな…、なーんだ、そんなことかって感じだ。

 いや、むしろ嬉しかったくらいだ。命の危機じゃなかったんだから。

 黄門様の危機ですんでよかった。よかった。
 
 とは言え、ここで間違えてはならない。

 下手な態度を取れば彼女は大いに傷つくだろう。そしてさらに大泣きするだろう。

 とにかく笑顔で近づいて、彼女を川まで連れて行こう。その時臭う素振りなんて一切見せない。そんなことしたら彼女が傷ついてしまう。ここは、ごく当たり前に近付いて運んで、川で洗おう。笑顔を絶やしてはならない。真面目な顔でもしよう物なら、ショーは怒ってるんだわって思うかもしれないからな。その後、俺のジャージを渡そう。持っててよかった。よし、それで行こう。そうしよう。

 ほら!だ~いじょ~ぶだよ~。

 「ギュアーーーーハッハwwwwwギュハッwwwwギュゥゥゥゥwwwwブリッwwwブリッwブリッwwwwwブゥゥゥゥゥッwwww」

 「ウワーーーーーーーーン!ウエエエエエーーーーーーーン!ウエッ!ウエッ!ア”ア”ア”ア” ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ン!」

 このクソバカパンダァ!

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 「グスッ…ヒッ…グッ…ウウウ…ズッズッ…フウ"ウ"…」

 ああ…、地球にいた頃よりも近い太陽が川の水面を美しく照らしている…。

 「ヒッ…ヒッ…ウ…アッ………グズーーーウ"ウ"ウ"ウ"ウ"…」
 
  川の流れに合わせて光が散らばっていく…。星空に近づいている様じゃないか。

 「ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ゥ”ゥ”ゥ”ゥ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ーーーー!」

 光が当たった川の水はまるで滑らかで、そういう形のガラスだって言われても俺は疑えない…。

 「………………………………ァ"ァ"ァ"………………………ァ"ァ…」

 草木や木々は心地よい風に揺れ、静かな音を奏でている。これなら服も痛まず乾くだろう。

 「ァ……ソレハ…………ゥゥゥ……グスッ…ゥゥゥゥッ…アァ…」

 モニはうっすらとした桜の花びらのような髪の色だからだろうか、赤いジャージが思いの外似合っている。川の近くの焚き火と相まって、まるで一枚の絵画のようじゃないか。ハッハ。

 「………………………………ィィィぃ………………」

 丁度よかったからモニが着ていた服も洗ったが、やっぱ大分ボロボロだな。こりゃもう着れないかもな…。

 「ギュボッ!ギュジュジュッ!ゴボッ………………ッゴギュ!」

 いやー、しかしメリィに手伝ってもらうと早いなぁ。洗われる方を手伝ってもらってるわけだが。ハッハ。
 
 体毛と一緒に心も洗われるようだろう?

 グッククククッ。どうしてもメリィを捕まえることが出来なかったが、体に魔力を纏わせたら捕まえられちゃった。やったね。グフッ。

 体の中で回しているエネルギーには名前があるらしい。ただ、どうやって訳したらいいかわからなかったから便宜上魔力と呼ぶことにしちゃった。つい、勢いでね。やっぱ恥ずかしいけど、ロマンだからね。…うん。はい。この話はここで一旦終わりにしよう。うん。

 でも、そう呼び始めてから少しこのエネルギーの扱いがうまくなった気がして、メリィの魔力と似たような感じの魔力にしたら、グフフッ、この有様っつーわけよ。

 その時のこいつの顔ったら。「え?マジすか?え?」みたいな感じでよぉ。どーしてやろうか、お?おぉん?

 …ま、なんか離したらもう二度と捕まえられなさそうだったからずっと捕まえてる。

 今さっきの話しだが。

 あんまりにも頭にきて咄嗟にしたことだったのが良かったのかな。

 とりあえず仕置も兼ねて水洗いもしてやるよ。感謝しろよ?

 お前もなんかちょっと小汚いぞ。モニは全く綺麗だがお前は薄汚い。
 
 少し洗い方が雑になってしまうのはご愛嬌だろう。なぁ?

 よーやっと、綺麗になった。着れるか着れないかはともかく、こうやって焚き火にかざしておけばすぐ乾くだろ、服もメリィも。

 とりあえず次の拠点はここにしよう。

 戻ってもいいんだけど…その…臭いが…ちょっとね…ちょっとだけね。

 俺の変態パワーを持ってすれば、女の子の物ならどんなに臭くても興奮できるって思ってたけど、うん、臭いものは臭いです…ごめんなさい…俺の力不足です…。

 それに、だ。ここは風景も綺麗だし、そんなに寒くない。

 不思議なんだよな。水回りって寒いイメージがあったんだけど、ここは温かい。と言うより島全体がすごく温かい。Tシャツ一枚でも問題ない位だ。高度が高くなっても寒くなるって聞いたこと有るんだけど…、俺の勘違いっだったかな。
 
 とにかく、ここは第二の拠点として適切だということだ。

 果物が生っている木は周りに沢山あるし、水も沢山ある。生きるために必要な最低限の物は揃っている。

 俺に万が一何かが起こったとしても、彼女一人は生きていける。

 事故とか、この浮島から落ちるとかね。

 あと、やっぱりモニには背中に羽が生えていた。彼女を着替えさせる時に偶々見えちゃったけどさ。たまたま。偶然ね。あのときは緊急だったししょうがない。うん。

 片方がかなりぐちゃぐちゃになっていた。ただ、それは見た目だけの話であって、骨が折れたりだとかはなかった。これなら空を飛べるのでは?とも思ったが、よくよく見てみると、羽の先のほうが石化していた。…こんなところ石化してたっけな。いや、汚れを落としたからだろう。前は泥まみれだから全然わからなかったし。

 ただ、ジャージを着せるときに羽が邪魔になって、めちゃくちゃ大変だった。その部分だけ破いてなんとか着せたけどさ…。目を赤く泣き腫らして口効いてくんないモニを宥めすかして羽を真後ろに伸ばしてもらって、羽から先に入れたさ。結構大掛かりになって大変だった。

 ちなみに彼女がもともと着ていた服は上から被せるようになっていた。

 確かにこれなら羽があっても着るのは楽だろう。っていうか俺の方法じゃ一人で着るのは無理だ。多分これがこちらのでのスタンダードな服なんだろうな。

 さて、先程からモニは一切喋っていません。

 話しかけても無視するし、俺の方をあからさまに見ようとしない。

 なんかその姿が可愛かったから、無理やりモニの視界に入ろうとモニの視線の先周りをしていたらぶん殴られた。
 
 全力でやしたぜ…姉貴…手ぇ石になってんの忘れてんじゃないでしょうね。

 水もご飯も俺の手から食べようとしない。

 一応ペットボトルと果物を目の前に置いておいたが、自分で食べようとして尽く失敗してるんだこれが。

 その度に俺がモニの口元に食事を運ぶのだが、まぁ食べようとしない。

 これは明らかに拗ねているだけだし、たぶんほっておけば食べるようになるからいいんだけどさ。

 …言葉の翻訳が進まない。これが問題だ。

 はぁ…、仕方ないから魔力の操作でも練習するか。

 取り敢えず…、メリィを捕まえた時に、色々な所に魔力を集められる事がわかった。

 手足だとか、目とか、耳とかだ。

 手足に集めると手足が固くなる。

 力が強くなるといったことはあまりない。

 いや、固くなるというか…、丈夫になる。そうだな丈夫になるだ。手自体は動かせるからね。硬さとしては、木に全力パンチしても全然手が痛くない位。

 元々が俺の力程度だから木を傷つける程ではなかったが、手には傷一つ付いていなかった。

 …これはすごいことなんじゃないか…。

 何かオラ楽しくなってきたぞ。色々やってみっぞ。

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 …ま、結局魔力を集めた部分が頑丈になる以外何も起きなかったね。

 その部分が重くなるとか、すごいパワーになるとかはなかったから破壊力が劇的に上がるもんでもないな。

 ただ、そこらの木々に向かって自己流ムエタイをかましているときに気づいちゃったよ。

 これ、俺の服にも魔力通ってね?

 だってこんなに木に叩きつけてるのに服に傷一つつかない。と言うよりもともとあった服のほつれ部分が一切広がらず、それどころかほつれた糸が木に引っかかっても糸が切れるどころか木が切れた。

 ンあっ!?って思ったよね。

 これって物にも魔力通せるんじゃないの?

 と思って木とか石とかに魔力を流してみたらまぁ、思ったとおり頑丈になったよ。

 ただし、地面に生えている木には魔力を通すことはできない。いけそうな気もしたけど弾かれるというか…。落ちている木の枝とか、落ち葉とかには魔力を通せる。木の枝を折ってみて魔力を流すと、最初は通せなかったが徐々に通せるようになった。まるでこの枝がだんだん死んでいってしまったように思えて少し気分が悪い。恐らくだが、生き物には魔力を通せないのだろう。ただの物には魔力を通すことが出来るってことか。

 なるべくこういう訓練の結果は頭で反復して覚えておくようにしよう。ノートは出来れば全部モニとの翻訳用にしたい。それ以外はなるべく頭で覚えておこう。なるべく頭で復習するようにするんだ。

 とにかく、硬いものはより硬くなるし、そうでないものでもまぁまぁ硬くなる感触か。

 これで一番捗ったのは、色々な物の加工がしやすくなったということだ。

 最初は石か木を加工しようとしたんだよね。でも、あれ?いつも切り分けてるのに使ってるバター用の食器に魔力を通したらどうなるんだって思って通してみたらスッパスッパ木が切れる。石も簡単に加工できたのはビビったね。

 途端に調子に乗って色々加工したよ。とりあえず最初は皿を作った。平皿からボウルのようなものまで作ってみた。まぁ、何を作っていいのかわからなかったから容器のようなものを作ってみただけだ。特に意味はない。

 なんてことを重ねていたら途中から急激に疲労感が出てきた。

 なんていうか今すぐ眠りたい。何も考えたくない。

 あぁ……眠い……。

 ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 「ア"ーーーーーー!ア”ウ"っ!ア”ガ”ッ!ッッア”ア”ーーーーーー!」

 今朝も絶好調だ。

 もちろん俺の体調のことである。彼女の体調をジョークに使うなんて不謹慎な…。

 いつもどおり彼女を宥めねば。

 「moniche……moni…che……」

 どうやら落ち着いてきたみたいだな。だけど、たまにこの寝言を言ってるんだよね。

 そして必ず涙を流す。

 ポロポロと。静かに。

 …きっと人の名前なんだろうな…。人の名前を呼ぶときって独特の声色っていうか、調子があるじゃん。この言い方は家族とかもっと仲のいい親密な…。

 …やめよう。モニは苦しんでいる。俺は彼女を助けたい。それでいいじゃないか。

 ちなみにもう3日だけど、まだ飯を食べようとしていない。水は流石に飲むようになったが。

 存外頑固な所があるな。

 しかしいい加減に食べないとな…。

 朝の叫び声も心なしかひどくなっていってる気がする。

 食事を取らないから体力が落ちているんだ。

 「…スーーーーー…スーーーーー」

 どうやら落ち着いたか。

 しかし、どうやってアルゴの実を食べさせるか…。もう飽きてしまったのだろうか…。贅沢な。

 そう考えていたらモニの目が覚めていたようだ。相変わらず目を合わせようとしない。

 取り敢えず目の前にアルゴの実を切り分けたものを持っていく。

 俺の魔力を纏わせたエクスカリバーで切り分けた物だ。パンにバター塗り塗りするやつのことね。

 これ、最初の頃の出来とは一線を画してるよ、マジで。

 高級焼肉店のデザートとして出てきても遜色ないからね。

 …

 ……

 ………

 食べない。

 ふーん、頑なにこちらを見ようとしないね。口も絶対開けませんって感じで力入れてるし。唇白くなってますよ。

 グ~~~~~~~~キュルルル~~~~~…キュウ…。

 恥ずかしさを誤魔化すために更に恥ずかしい状況になっていく。ドツボというやつではないだろうか。

 「フゥ……、モニ。」

 覚悟を決めて、言うしかないか。

 モニは、なんだよ、絶対食べねぇぞって顔してるね。それいつまで持つかね。

 「モニ アルゴ タベル ナイ、ショー モニ カワ イク ナイ」

 「…‥?………!!」

 「カワ イク ナイ。 イク ナイ」

 「モニ アルゴ タベル、 ショー モニ カワ イク。」

 「………」

 「カワ イク。 アシタ。 アシタのアシタ。 アシタのアシタのアシタ」

 「ゥゥゥ……」

 どうやらわかったくれたか。俺の真心が通じてくれたんだな。

 もしアルゴを食べないのだったら、川には連れてってやんねぇぞ。つまり、下の処理をやってやんねぇぞと言っている。食べれば毎日ちゃんと処理してあげるよと言っている。

 今、女の意地を張れば、将来の女の意地は張れなくなるぞ…と言っているのだ。

 俺の真心君に届け!

 「…タベル………タベルゥゥゥ!!…ゥ”ゥ”ゥ”!!」

 どうやらわかってくれたか。話し合いってのは大事だ。何より平和に物事が解決するしね。
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