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第4章
第41話
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「おはよう。ヴァル。」
「…おは、…よう。」
「とりあえず朝食を用意した。まだ立って動けるか?」
「…ううん…足はもう、力が…。」
「そうか…。体を動かせるところは動かそう。上半身は起こせるか?ゼドラ病を知ってるわけじゃないけど…、寝たきりになるのは良くないと思う。」
「…うん。」
「その、言い辛いかも知れないけど…、ゼドラ病にかかるとどれ位持つかって、その、聞いたことあるか?」
「ばあちゃんは、人によって違うって言ってた。でも、寝たきりになったら一週間持たないって…。…おぃちゃん、あたしが死ぬまで待たなくてもいいよ…。」
「…ヴァル。俺はそういう意味で聞いたんじゃない。ここまでリヴェータ教の枢機卿を引っ張って来るのにどれ位時間があるのか知りたかったんだ。」
「…。」
「ヴァル。今日は休んでるんだ。俺は街に行ってくる。マチーネさんに聞けばなんとかなるかもしれん。お金は結構当てがあるんだ、俺にはな。だから、時間さえあればなんとかなる。」
「…。」
「待っててくれ。今日中には帰ってくる。」
「…うん。」
…流石に信じるわけないか。
このままどこかへ逃げると思ってるんだろう。
昨日の俺の態度を見れば、まぁそう思うよな。
ここで俺を信じてくれなんて言うことも出来るけど…、あまり意味のないことだ。
頑張った上で枢機卿を連れてこれなくても、このままここから逃げても、ヴァルにとってはどちらでも同じことだ。
ヴァルが信じてくれたから、枢機卿を連れてこれなくてもしょうがないってことにはならない。
ヴァルに信じてもらうためには、何が何でも病気を直さなきゃならない。
信頼は、行動で得るしか無いんだ。
「じゃ、行ってくる。」
「…うん。」
家のドアを閉めても、ヴァルの顔がチラつく。
…無表情だった。
きっと、もう諦めてるから…。
大丈夫だ。
必ずなんとかなる。
いや、してみせる。
肉身体魔法を全力で使えば、一時間で街につける。
時間はない。枢機卿を連れてこれる保証はない。
それでも。
何故か今日は調子がいい。
魔力が体中に溢れてる気がする。
神経が研ぎ澄まされて、どんな音だって聞こえる気がする。どんな遠くだって見通せる気がする。
一歩がいつもより大きい気がする。
どんなに力を抑えようとしても、軽く蹴っただけで体が大きくジャンプしてしまう。
ラミシュバッツの街から逃げたときよりも。
一歩で、2,30mは飛んでしまう。
これでは逆に遅くなる。
ポンチョも邪魔になって。
…ポンチョか。
確か好きなように形を変えられるんだったな。
なるべく、大きく、平べったく…、F1とかの後ろに付いてるやつみたいにするんだ。
たしかあれは、車を下に押さえつけるために付いてるって聞いたことがある。
ああいう風に…。
大きく、薄い、翼のように…。
走る時は、低く、低く、地を這うように。
音を立てないように。
外套が音を立てるってことは、空気の邪魔になってるってこと。
通り過ぎていく風を切り裂くように。
風の引力魔法も使おう。斥力魔法も。
俺の前に引力魔法を使って引っ張る。俺の後ろに斥力魔法を使って押し出す。
引力魔法を掛けた場所はすぐ通り過ぎる。
すぐ斥力魔法に切り替える。
そして前にまた、引力魔法を作り出す。
でもすぐそこを通り過ぎる。だからすぐに斥力魔法に切り替える。もっと早く引力魔法を作り出して、もっと早く斥力魔法に切り替える。
周りの景色が…見えなくなってる。
でも、砂塵・土蜘蛛を使えば…、見えなくても周りは把握できる。
これなら。
これなら、自分の持つ最高速度で走ることが出来る。
全力で行く。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「お前はこの前の…、汚らわしい小娘と一緒にいた男か。っは。今日は忌まわしき血はおらんようだな。」
「…。」
「待て。この町に何のようだ。巨人の弟子だ。何か企んでるのではあるまいな?」
「マチーネさんに用がある。」
「…ふん。まぁ、いいだろう。ザリー公爵が今この街にいらっしゃる。余計な騒ぎを起こすなよ。」
起こさないさ。今、急いでるんだ。
マチーネさんの居場所は…、前来た時もそんなに離れてなかったような…。
…ここか?
いや、もうちょっと、奥か。
あ、これか?
…商業ギルドと書いてあるから間違いないだろう。
あの人は…、受付か?
「失礼します。こちらにマチーネさんはいらっしゃいますでしょうか。」
「…失礼ですがどちら様でしょうか。」
「ヴァルレンシア・ヴォーズスの使いのショーと言う者です。出来れば今すぐお目通りをお願いしたい。」
「…わかりました。少々お待ちください。」
大丈夫だろうか…。
会ってくれるのか。
前の顔合わせが初対面の癖に、もう一人で間をおかずに訪ねてきてる。
しかも、向こうの都合もお構いなしだ。
…門前払いを食らう可能性だってある。
そうなったらどうするか…。
リヴェータ教の枢機卿がいる所までヴァルをおぶって連れて行くか?
俺は金をうなるほど作れるから金の問題はない。
枢機卿の場所くらいだったら街の人に聞いても教えてくれるだろう。
ここに来るまで結構早かった。
一時間…かかってないような気がする。
歩きで六時間は掛かる道のりを一時間を十分下回る速さで走破する。
俺はかなり早く走れるんじゃないか?
歩きが時速10km/hだとしても…、60km/hは出ているんじゃないか?
いや、一時間を十分下回ってるはずだから…、もっと早いはずだ。
多少枢機卿が遠い所にいたとしても、今の俺ならかなり遠い所まで、時間を掛けずに行ける。
そうだな。最悪そんな手段でも構わないか。
選択肢は少なくとも一つ増えた。
「ショー様。こちらへどうぞ。」
そうだ。
そもそも一介の商人が枢機卿へのコネクションがあるわけでもないだろう。
相談してどうなるものでもなかったのかも知れない。
…でも、でもだ。
この街で唯一と言っていい位の、ルド婆さんとヴァルを嫌っていない人だ。
もしかしたら真剣に考えて、俺の考えつかない方法を思いつくかも知れない。
「どうされたかな、ショーさ…。」
「…?いきなり失礼しました。ですがどうしてもご相談したく…、どうされたんですか?」
ぽかんとした顔でこちらを見てる。
何だ?
黒目黒髪に戻ってたのか?いや、髪は灰色のままだ。目も変わってないだろう。
「あぁ…、いえ、なんでもありません。…貴方はヴァル様といたショーさんですよね?」
「?…えぇ、そうですが…何か…問題がありますか?」
「いえ、いえ、なんでもありません。少々雰囲気が変わってるような気がしまして…、顔を覚えるのには自信があったんですがね。」
「はぁ…、いえ、それよりもご相談が…。」
「そうでしたね。何のご相談でしょう。ヴァル様がいらっしゃらないのと何か関係が?」
「はい…。ヴァルがゼドラ病にかかりました。」
「!!」
「すぐに、リヴェータ教の枢機卿以上の方と顔繋ぎをお願いできませんか。お金の方はなんとでもなります。」
「…聞きたいことは多々ありますが…、何故私のところへ?」
「この街で唯一、ヴァルのことを嫌っていないように見えたからです。…間違っていましたか?」
「…間違っていません。…私は、ヴォルドヴォニカル殿に恩があります。彼女に恩は返せませんでしたが…。」
「でしたら、どうかヴァルを助けてください。どうか…。」
頭を下げる位しか今はできない。
でも、それが何だって言うんだ。
出来ることは全部すればいい。
恥も外聞も捨てて、出来ることは全部するんだ。
「…やはり前お会いしたときと全然違います。前の貴方は…、信頼しようとは思わない方でした。」
「…。」
「信頼とは長い時間を掛けて育てるものです。昨日今日会った貴方を信頼することは出来ません。それは今も変わりません。…だが…。」
マチーネさんは、ふと、窓の外を見る。何の変哲もない、長閑な景色が広がっている。
「…あの窓の景色、貴方はどう思いますか?」
なんだ?いきなり何を言ってる?
何故そんな質問を?
…でも、マチーネさんにふざけてる様子はない。
何を意図してるかはわからない。けど、俺は聞かれたことに答えるだけだ。
「…窓の景色は…、綺麗だと思います。ここに来るまでの町並みと変わらず、綺麗だと思います。」
「…そうですな。私がこの街に定住を決めたのも景色や町並みがとても綺麗だからです。…貴方を信頼はしていませんが…、いつかヴァル様にもこの街を綺麗だと感じてほしい。私はずっとそう思っていました。」
「…。」
「そのためにもヴァル様には元気になってもらわねば。貴方を信頼するかどうかは別ですが、ま、貴方に協力しましょう。ヴァル様のためです。」
「あ、ありがとうございます!」
「さて、枢機卿への顔繋ぎの件ですが、…それは無理です。私のような商人ではとても…。枢機卿とは伯爵に匹敵するような立場の方だとお考え下さい。もし、会おうと思ったら…莫大なお金と時間がかかります。時間さえあればそういった方法も取れますが…。」
「時間は、ありません。ゼドラ病は寝込んでから一週間で死に至ると言われました。ヴァルはもう…寝たきりってほどじゃありませんが、下半身は全く動かない状態です。」
「…時間は、ありませんか…。方法は、もう一つ。枢機卿が伯爵に匹敵するなら、伯爵以上の方に顔繋ぎをお願いすればいい。普通は我々平民の願いを聞いてくれる貴族なんていませんが…、この領は例外です。」
「…ザリー公爵…。」
「そう。ザリー公爵はハルダニヤ国内でも賢君と名高いお方。平民の声が耳に入れば、無下にはしないお方です。巨人族の方々への正しい知識も持っていらっしゃいます。いや、あの方であれば、仮に悪魔の末裔の子孫であったとしても、それで今の方を区別なさらないお方です。しかも、視察のために、今この街にいらっしゃいます。」
「そうなんですか!ど、どこにいるんです!?」
「教会の近くの…、一番大きい屋敷です。この近辺を治めてる男爵の屋敷に逗留しておりますからな。」
よかった!
ここに相談に来てよかった!あとは公爵に直訴すればいいんだ!!
「あ…ま…!」
今すぐ、お願いに行こう。
「お待ちなさい!落ち着きなさい!」
「?なんです?早くお願いしに行かないと。」
「それは…、難しい。いや、無理なのです。」
「何故です?!」
「ザリー公爵様は平民の声にも耳を傾け、助けてくださるお方。それは、我が領の人間すべてが知っております。そして、一時期、その平民達が沢山嘆願に来たことがあります。それこそザリー公爵家が日常を送れないほどにね…。」
「…。」
「ザリー公爵様は未だ、民に心寄り添う領主ではあります。…が、ザリー公爵家の安全を守る老狼騎士団は、ザリー公爵家直近の騎士団のことですが、過敏になっています。ザリー公爵やザリー公爵家、彼らが住んでいる場所には決して近づけません。彼らが近づかせないからです。」
「…大声で叫べば…なんとかなるのでは…?」
「…そうなった時、彼らは手加減しません。そう思った平民は沢山いましたが…、殺されました。問答無用で切り捨てられるからです。」
「…その、民に優しいはずのザリー公爵の騎士団が、平民とはいえ、問答無用…いきなり切り捨てるっていうのがちょっと、…おかしくないですか?」
「いえ、騎士団がザリー公爵と交渉した末勝ち取った権利です。…彼らの首まで掛けてね。騎士団もザリー公爵領の民というわけです。」
「…。」
「もちろん、平民の嘆願は出来ます。3ヶ月毎に7日間。公爵家の館に直参すれば、どの様な身分のものでも嘆願を受け入れてくださいます。奴隷でも、犯罪者でも…。これを妨げる権利は誰にもありません。この時の公爵領の中ではどんな犯罪者でも捕まえないという取り決めを老狼騎士団と公爵の間で交わしています。…が、これは公爵領都の公爵家の館で行われる正式な式典。時間も距離もありすぎます…。」
「そう…ですね…。それは、聞いたことがあります…。でも、その嘆願って、危ないやつが入ってきたらどうするんです?暗殺者とか…。。」
「えぇ…。嘆願場には老狼騎士団もいますし、最低限決められた所作、近づける距離があります。不審な態度を取ったら、問答無用で切り捨てていいことにはなっていますが…、何の危険も無しに暗殺者が近づくことは出来るでしょう。」
「じゃあ、不味いんじゃ…。」
「しかし、それをする愚かな奴らはいません。これは、民とザリー公爵様との間に交わされた約束です。お互いの信義に基づいたね…。愚かな裏ギルドがこの時に公爵様の暗殺を企みました。暗殺者本人はその場で斬り殺されましたが…、暗殺者の脳から辿り、裏ギルド、裏ギルドに依頼した子爵家と…王族の末席。全て殺されました。ザリー公爵領全ての人達の協力によってね。」
「…王族って…。」
「とんでもない出来損ないでしたからな。王家も処分する算段を付けていたところではありますが…、それでも王族の一人に違いない。しかし、その出来損ないの処分と王族を殺した罪を相殺ということにしたのは…、もし、これでザリー公爵様に罪ありとみなしたら…、ザリー公爵と王族の戦争になったからです。しかも王族の方には大義名分がない。諸将は敵にならずとも味方にもならなかったでしょう。」
「…。」
「そんな状態で、王家はザリー公爵領の平民と貴族、女も男も、老も若いも全ての人間が死兵と化した軍と戦うことを恐れたからです。」
「…。」
「…話が長くなりましたな。つまり、3ヶ月に7日間の嘆願許可と無許可で近づく人間の切り捨て許可は、ザリー公爵と、民の間で交わされた約束なのです。お互い納得したね。これを犯すことは、この領に住んでいるものには出来ません。」
「…じゃあ、どうしたら…。」
「いや、先程ショーさんはいい所を突きました。大声をあげるのです。」
「…いや?それは出来ないんでしょう?大声を上げた瞬間に殺される。」
「そうですね。大声が聞こえる距離まで近づけば、切り捨てられ、切り捨てられない距離であれば声は聞こえないでしょう。」
「…そうですよね。」
「近づけば…、ですね。向こうから近付いてくる場合は…その限りではないでしょう。」
「ザリー公爵様が通る道に、乞食がいたとします。ザリー公爵様はその道を進まねばなりません。乞食は助けを訴えている…。これを切り捨てる許可は老狼騎士団にはありません。そして、ザリー公爵様は…、乞食の声をお聞き届けくださるでしょう。」
「…ザリー公爵様が、いつ、どこへ行くか。分かるのですか?」
「3日後にここから南の、ガッツマイヤー子爵家との領域沿いにある交易街…ガガンの街に向かいます。馬車と馬が通れる道はたった一本。まず間違いないでしょうな。」
「…でも、そういった事を考える人は他にもいたんではないですか?誰にでも出来そうな方法ですが…。」
「まぁ、これは裏技みたいなものですよ。嘆願期があるからそれ以外では嘆願しない。それはこの領に住むものの義務と言っていい。しかし、貴方はここの領民ではない。領民ではない貴方が、ここの領民のためにこの方法で嘆願する。…多少無理矢理ですが、約束にも、信義にも外れておりません。」
「…。」
「…ここの領民のために他の領民が命をかけて嘆願する。これはきっと今までにないし、誰もが出来ることではないでしょうが…。」
「…ありがとうございます。これで、ヴァルは助かります…。」
「私は、老狼騎士団を足止めする方法を考えておきましょう。全てとは行かずとも、一部でも、足止めできればだいぶ違うでしょう。」
「…公爵様には簡単に会えるわけではないのでは?」
「公爵様にはお会いできなくても…、老狼騎士団程度には顔繋ぎ出来ておりますよ。彼らも魔力を食べて生きているわけではないのです。食事、酒…、彼らは健啖家でもありますし、好色家でもございますよ。ックック。」
「…なるほど。ありがとうございます。」
「3日後の朝の鐘が鳴る前です。場所の打ち合わせに入りましょう…。」
よかった…。
これで、何とかなるか…。
いや、ことは大事だ。ヴァルの命がかかってる。
枢機卿の居場所も念の為聞いておこう。そうすれば万が一の時は、枢機卿に直接嘆願すればいい。
今の話だとかなり難しいが…、それでも聞いておいて損はないだろう。
「あの、一応枢機卿がどちらにいらっしゃるかを教えてください。これが失敗した時は直接枢機卿にお願いに伺います。」
「…それは、かなり難しいと…。いや、そうですね。幾つか作戦を考えておくのはいいことでしょう。枢機卿は、ここからまっすぐ北にある領都にいらっしゃいます。これからザリー公爵が向かう南の交易街、ガガンの街へ行く道の正反対に進めばよろしい。」
「なるほど。」
「もし、失敗したら、この街の正門までいらして下さい。当日は一日中馬車を正門前に用意しています。そしてすぐに領都に向かいましょう。枢機卿への面会の算段はその時考えればよろしい。…念の為聞くのですが、お金は問題ないと仰いましたが、本当ですか?…正直そうは見えないのですが…。」
「はい。問題ありません。お金があれば枢機卿に会えますか?」
「可能性は上がるでしょう。枢機卿自体は素晴らしいお方だと聞いていますが…、そこまでお目通りをお願いする方々は…お金が嫌いじゃないですからね。」
「なるほど。…いざというときのために準備しておきます。…念の為ですが。」
「えぇ、この作戦がうまくいくことを願っています。いや、必ず成功させましょう。ヴァルドヴォニカル様に高き狭間で顔見せできませんからね。」
「えぇ…。俺も向こうで顔が見せられないような事は出来ません。」
「…死者が誇り高いと苦労するのは生きてるものですな。全く。」
「そうですね…。生き返って、顔でも引っ叩いてくれるのが一番うれしいんですがね…。」
「そうですな…。全く、その通りです…。」
これで、最悪の状況にも一応、手は打った。
もし、何か理由があって正門前に馬車がなくても…、俺一人で何とかたどり着ける。
…いや、他にもやることはある。
マチーネさんから聞いたことが正しいか…、街の人に聞いて確かめておこう。
疑うわけじゃないが、情報は確かであればあるほどいい。…これ、誰かに聞いたことがあるような…。まぁ、いいか。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「あぁ、そうだぁ。このお祭り騒ぎも後3日さぁ。ザリー公爵様がご出立されるからなぁ。」
「どれくらい視察してるかかい?一年の3ヶ月は回ってるさね。どこをって?一年ごとに決まった場所さぁね。」
「ザリー公爵様の長女アルト様はね、凛々しくて素敵で、公正で…、ザリー公爵領全女子の憧れなんだから!」
「あぁ、大変ですよねぇ。我々の誰よりもお忙しい方ですよ。次は…ガッツマイヤーの所の近くでしょう?ここから南の…。」
「アルト様は器量もいいし、お優しい方なんだがな…。頑固でなぁ…。いや、若いってことなんだろうけどなぁ…。生き遅れっちまうのが心配だよ…。」
「ザリー公爵様は勉強のためにアルト様を付けて一緒に回ってるらしいですよ。一度お顔を見たいなぁ…。」
「ザリー公爵はアルト様にも厳しいお方でな…。ガッツマイヤーにご友人がいらっしゃるらしいのだが、交易街に行くついでにお会いになればいいのに、それは許されなくてな…。もう少し優しくしてもいいのになぁ…。」
「アルト様は孤児院を設立したお方でね。ザリー公爵領都にしかないけど、ゆくゆくは領内に幾つも作る予定なんだってさ。立派で、美しくて…。結婚したい…。」
「ザリー公爵様は素晴らしい方だ!そんな方がこの街に来る時かならず食べるものがある。それがこのアザン巻よ!どうだい!?物持ちもいいから一日は持つぜ?お!毎度!2個だな!ありがとよ!兄ちゃん!」
「アルト様ってね。親がいない子どもたちを集めて教育してるの。孤児院でね。本当に優しくて素晴らしいお方だわぁ~~。…結婚したい…。」
大体聞いた感じだと、マチーネさんの言ったことは間違ってないな。
アルト様は結婚出来るんだか出来ないんだか分からんな。
3日後の朝の鐘が鳴る前。それまでに、アザンの街から南に数km行った所で待ち伏せすればいい。
いや、街から出る所を確認してから先回りしよう。
俺なら馬のスピードを有に超えられる。
ヴァルは…、動けないだけで、激しい動きが不味いってわけじゃないだろう。
アザンの街でザリー公爵が出発して、道を進むのを見て、先回りする。
これでいいだろう。
うん。
万が一ってことがないように、一応毎日来て、マチーネさんから情報をもらっておこう。
マチーネさんは間違ってない。
なるべく細かく顔合わせをしておいたほうがいいだろう。
よし。
よし。
何とかうまくいきそうだ。
…今日はもう、家に帰ろう。
ヴァルが心配だ。日が暮れる前に帰らねば。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「ほら、これ。アザン巻って言うんだってさ。結構美味しい…かも知れないよ。俺も今食べるからわからないけど…。」
「…。」
「…うん。結構美味しいな。肉が柔らかい…、薄いパンみたいなもので巻いてるのか…。これはタレかな…。」
「…。」
「結構形崩れちゃったかな…。やっぱり急いでたとはいえ、動きは激しかったからなぁ。」
「…。」
「あ、さっき話した通り、ヴァルの病気は何とかなりそうだ。ザリー公爵様に嘆願すればうまくいくって、マチーネさんが。」
「…あたし、治るの…?」
「治るさ。ザリー公爵様は優しいんだって。もしこれがダメでも、さっき言ったみたいに、枢機卿に直接お願いすることだって出来る。」
「でも、それってお金が凄い掛かるって…。」
「お金は問題ない。言ったろ?お金の当てはあるんだって。」
「…おぃちゃんはお金どっから持ってきてるの?あんなに沢山のお金…、おぃちゃんは最初絶対持ってなかった。」
…う~ん、まぁ、いいか。
「これは、信頼できる人にしか言わないんだけど…、俺、金を作ることが出来るんだ。」
「うそ…。あたしが子供だからって騙そうとしてるんでしょ。…そんなこと出来ないもん…。」
「いや、本当なんだ。…何か石とか金属とかあればいいんだけど…。」
「じゃあ、このお匙金に出来るの?」
スプーンか…。金属製だからいけるな。
「あぁ、いいよ。見ててくれよ…。」
いつもどおり、土の魔法を使って、かつ、魔力を濃くしていって…。
ふむ…。せっかくだから何か変わった形に…、羽の形でいいか。
形を整えるのは本当瞬間で出来るようになったな。
風の引力・斥力魔法をよく使ってたから、土の材質変化もかなり早くなってる。
「ほら。金だろ?」
「…本当に、金…に見える…。」
「何だよそれ。眼の前にあるじゃんか。」
「だってあたし金なんて見たこと無いもん。わかんないもん。」
「あぁ…、そりゃそうか。まぁ、しょうがないか。それ、あげるよ。」
「あ、…うん。…ありがと。」
「まぁ、とにかくこんなふうに俺は金をいくらでも作れるんだ。だから、お金に困ることはない。最近わかったことだけどな。」
「そっか…。もう少しおぃちゃんが早く来てくれれば…、ばあちゃんも…。」
「…あぁ、…そうだよな。」
「…。」
「…。」
「…おぃちゃん…。」
「ん?」
「…ありがとう…。」
「気にするな。姉弟子を助けるのは弟弟子の努めだ。」
「…うん。」
こんな時でもきちんとお礼が言える。
ヴァルはやっぱりいい子だ。
この子を死なせはしない。
街で準備できる装備は買っておこう。
投げナイフを服の下に仕込めるベルトも買えれば買いたい。
ないなら俺が作ればいい。
浮島でもそうやったしな。
それと念の為金も作っておこう。
すぐに領都に向かって金が必要になるかも知れない。
準備はしておかなければ。
俺が持っていた剣も買い直そう。
流石に俺が自分で作ったものよりはいいだろう。
出来れば、防具も。
金はなんとかなる。
マチーネさんにもお願いしておこう。
大丈夫、大丈夫。
時間は少ないけど、まだある。
ちゃんと、確実に、出来ることは全部しておくんだ。
後悔しないように。
「…おは、…よう。」
「とりあえず朝食を用意した。まだ立って動けるか?」
「…ううん…足はもう、力が…。」
「そうか…。体を動かせるところは動かそう。上半身は起こせるか?ゼドラ病を知ってるわけじゃないけど…、寝たきりになるのは良くないと思う。」
「…うん。」
「その、言い辛いかも知れないけど…、ゼドラ病にかかるとどれ位持つかって、その、聞いたことあるか?」
「ばあちゃんは、人によって違うって言ってた。でも、寝たきりになったら一週間持たないって…。…おぃちゃん、あたしが死ぬまで待たなくてもいいよ…。」
「…ヴァル。俺はそういう意味で聞いたんじゃない。ここまでリヴェータ教の枢機卿を引っ張って来るのにどれ位時間があるのか知りたかったんだ。」
「…。」
「ヴァル。今日は休んでるんだ。俺は街に行ってくる。マチーネさんに聞けばなんとかなるかもしれん。お金は結構当てがあるんだ、俺にはな。だから、時間さえあればなんとかなる。」
「…。」
「待っててくれ。今日中には帰ってくる。」
「…うん。」
…流石に信じるわけないか。
このままどこかへ逃げると思ってるんだろう。
昨日の俺の態度を見れば、まぁそう思うよな。
ここで俺を信じてくれなんて言うことも出来るけど…、あまり意味のないことだ。
頑張った上で枢機卿を連れてこれなくても、このままここから逃げても、ヴァルにとってはどちらでも同じことだ。
ヴァルが信じてくれたから、枢機卿を連れてこれなくてもしょうがないってことにはならない。
ヴァルに信じてもらうためには、何が何でも病気を直さなきゃならない。
信頼は、行動で得るしか無いんだ。
「じゃ、行ってくる。」
「…うん。」
家のドアを閉めても、ヴァルの顔がチラつく。
…無表情だった。
きっと、もう諦めてるから…。
大丈夫だ。
必ずなんとかなる。
いや、してみせる。
肉身体魔法を全力で使えば、一時間で街につける。
時間はない。枢機卿を連れてこれる保証はない。
それでも。
何故か今日は調子がいい。
魔力が体中に溢れてる気がする。
神経が研ぎ澄まされて、どんな音だって聞こえる気がする。どんな遠くだって見通せる気がする。
一歩がいつもより大きい気がする。
どんなに力を抑えようとしても、軽く蹴っただけで体が大きくジャンプしてしまう。
ラミシュバッツの街から逃げたときよりも。
一歩で、2,30mは飛んでしまう。
これでは逆に遅くなる。
ポンチョも邪魔になって。
…ポンチョか。
確か好きなように形を変えられるんだったな。
なるべく、大きく、平べったく…、F1とかの後ろに付いてるやつみたいにするんだ。
たしかあれは、車を下に押さえつけるために付いてるって聞いたことがある。
ああいう風に…。
大きく、薄い、翼のように…。
走る時は、低く、低く、地を這うように。
音を立てないように。
外套が音を立てるってことは、空気の邪魔になってるってこと。
通り過ぎていく風を切り裂くように。
風の引力魔法も使おう。斥力魔法も。
俺の前に引力魔法を使って引っ張る。俺の後ろに斥力魔法を使って押し出す。
引力魔法を掛けた場所はすぐ通り過ぎる。
すぐ斥力魔法に切り替える。
そして前にまた、引力魔法を作り出す。
でもすぐそこを通り過ぎる。だからすぐに斥力魔法に切り替える。もっと早く引力魔法を作り出して、もっと早く斥力魔法に切り替える。
周りの景色が…見えなくなってる。
でも、砂塵・土蜘蛛を使えば…、見えなくても周りは把握できる。
これなら。
これなら、自分の持つ最高速度で走ることが出来る。
全力で行く。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「お前はこの前の…、汚らわしい小娘と一緒にいた男か。っは。今日は忌まわしき血はおらんようだな。」
「…。」
「待て。この町に何のようだ。巨人の弟子だ。何か企んでるのではあるまいな?」
「マチーネさんに用がある。」
「…ふん。まぁ、いいだろう。ザリー公爵が今この街にいらっしゃる。余計な騒ぎを起こすなよ。」
起こさないさ。今、急いでるんだ。
マチーネさんの居場所は…、前来た時もそんなに離れてなかったような…。
…ここか?
いや、もうちょっと、奥か。
あ、これか?
…商業ギルドと書いてあるから間違いないだろう。
あの人は…、受付か?
「失礼します。こちらにマチーネさんはいらっしゃいますでしょうか。」
「…失礼ですがどちら様でしょうか。」
「ヴァルレンシア・ヴォーズスの使いのショーと言う者です。出来れば今すぐお目通りをお願いしたい。」
「…わかりました。少々お待ちください。」
大丈夫だろうか…。
会ってくれるのか。
前の顔合わせが初対面の癖に、もう一人で間をおかずに訪ねてきてる。
しかも、向こうの都合もお構いなしだ。
…門前払いを食らう可能性だってある。
そうなったらどうするか…。
リヴェータ教の枢機卿がいる所までヴァルをおぶって連れて行くか?
俺は金をうなるほど作れるから金の問題はない。
枢機卿の場所くらいだったら街の人に聞いても教えてくれるだろう。
ここに来るまで結構早かった。
一時間…かかってないような気がする。
歩きで六時間は掛かる道のりを一時間を十分下回る速さで走破する。
俺はかなり早く走れるんじゃないか?
歩きが時速10km/hだとしても…、60km/hは出ているんじゃないか?
いや、一時間を十分下回ってるはずだから…、もっと早いはずだ。
多少枢機卿が遠い所にいたとしても、今の俺ならかなり遠い所まで、時間を掛けずに行ける。
そうだな。最悪そんな手段でも構わないか。
選択肢は少なくとも一つ増えた。
「ショー様。こちらへどうぞ。」
そうだ。
そもそも一介の商人が枢機卿へのコネクションがあるわけでもないだろう。
相談してどうなるものでもなかったのかも知れない。
…でも、でもだ。
この街で唯一と言っていい位の、ルド婆さんとヴァルを嫌っていない人だ。
もしかしたら真剣に考えて、俺の考えつかない方法を思いつくかも知れない。
「どうされたかな、ショーさ…。」
「…?いきなり失礼しました。ですがどうしてもご相談したく…、どうされたんですか?」
ぽかんとした顔でこちらを見てる。
何だ?
黒目黒髪に戻ってたのか?いや、髪は灰色のままだ。目も変わってないだろう。
「あぁ…、いえ、なんでもありません。…貴方はヴァル様といたショーさんですよね?」
「?…えぇ、そうですが…何か…問題がありますか?」
「いえ、いえ、なんでもありません。少々雰囲気が変わってるような気がしまして…、顔を覚えるのには自信があったんですがね。」
「はぁ…、いえ、それよりもご相談が…。」
「そうでしたね。何のご相談でしょう。ヴァル様がいらっしゃらないのと何か関係が?」
「はい…。ヴァルがゼドラ病にかかりました。」
「!!」
「すぐに、リヴェータ教の枢機卿以上の方と顔繋ぎをお願いできませんか。お金の方はなんとでもなります。」
「…聞きたいことは多々ありますが…、何故私のところへ?」
「この街で唯一、ヴァルのことを嫌っていないように見えたからです。…間違っていましたか?」
「…間違っていません。…私は、ヴォルドヴォニカル殿に恩があります。彼女に恩は返せませんでしたが…。」
「でしたら、どうかヴァルを助けてください。どうか…。」
頭を下げる位しか今はできない。
でも、それが何だって言うんだ。
出来ることは全部すればいい。
恥も外聞も捨てて、出来ることは全部するんだ。
「…やはり前お会いしたときと全然違います。前の貴方は…、信頼しようとは思わない方でした。」
「…。」
「信頼とは長い時間を掛けて育てるものです。昨日今日会った貴方を信頼することは出来ません。それは今も変わりません。…だが…。」
マチーネさんは、ふと、窓の外を見る。何の変哲もない、長閑な景色が広がっている。
「…あの窓の景色、貴方はどう思いますか?」
なんだ?いきなり何を言ってる?
何故そんな質問を?
…でも、マチーネさんにふざけてる様子はない。
何を意図してるかはわからない。けど、俺は聞かれたことに答えるだけだ。
「…窓の景色は…、綺麗だと思います。ここに来るまでの町並みと変わらず、綺麗だと思います。」
「…そうですな。私がこの街に定住を決めたのも景色や町並みがとても綺麗だからです。…貴方を信頼はしていませんが…、いつかヴァル様にもこの街を綺麗だと感じてほしい。私はずっとそう思っていました。」
「…。」
「そのためにもヴァル様には元気になってもらわねば。貴方を信頼するかどうかは別ですが、ま、貴方に協力しましょう。ヴァル様のためです。」
「あ、ありがとうございます!」
「さて、枢機卿への顔繋ぎの件ですが、…それは無理です。私のような商人ではとても…。枢機卿とは伯爵に匹敵するような立場の方だとお考え下さい。もし、会おうと思ったら…莫大なお金と時間がかかります。時間さえあればそういった方法も取れますが…。」
「時間は、ありません。ゼドラ病は寝込んでから一週間で死に至ると言われました。ヴァルはもう…寝たきりってほどじゃありませんが、下半身は全く動かない状態です。」
「…時間は、ありませんか…。方法は、もう一つ。枢機卿が伯爵に匹敵するなら、伯爵以上の方に顔繋ぎをお願いすればいい。普通は我々平民の願いを聞いてくれる貴族なんていませんが…、この領は例外です。」
「…ザリー公爵…。」
「そう。ザリー公爵はハルダニヤ国内でも賢君と名高いお方。平民の声が耳に入れば、無下にはしないお方です。巨人族の方々への正しい知識も持っていらっしゃいます。いや、あの方であれば、仮に悪魔の末裔の子孫であったとしても、それで今の方を区別なさらないお方です。しかも、視察のために、今この街にいらっしゃいます。」
「そうなんですか!ど、どこにいるんです!?」
「教会の近くの…、一番大きい屋敷です。この近辺を治めてる男爵の屋敷に逗留しておりますからな。」
よかった!
ここに相談に来てよかった!あとは公爵に直訴すればいいんだ!!
「あ…ま…!」
今すぐ、お願いに行こう。
「お待ちなさい!落ち着きなさい!」
「?なんです?早くお願いしに行かないと。」
「それは…、難しい。いや、無理なのです。」
「何故です?!」
「ザリー公爵様は平民の声にも耳を傾け、助けてくださるお方。それは、我が領の人間すべてが知っております。そして、一時期、その平民達が沢山嘆願に来たことがあります。それこそザリー公爵家が日常を送れないほどにね…。」
「…。」
「ザリー公爵様は未だ、民に心寄り添う領主ではあります。…が、ザリー公爵家の安全を守る老狼騎士団は、ザリー公爵家直近の騎士団のことですが、過敏になっています。ザリー公爵やザリー公爵家、彼らが住んでいる場所には決して近づけません。彼らが近づかせないからです。」
「…大声で叫べば…なんとかなるのでは…?」
「…そうなった時、彼らは手加減しません。そう思った平民は沢山いましたが…、殺されました。問答無用で切り捨てられるからです。」
「…その、民に優しいはずのザリー公爵の騎士団が、平民とはいえ、問答無用…いきなり切り捨てるっていうのがちょっと、…おかしくないですか?」
「いえ、騎士団がザリー公爵と交渉した末勝ち取った権利です。…彼らの首まで掛けてね。騎士団もザリー公爵領の民というわけです。」
「…。」
「もちろん、平民の嘆願は出来ます。3ヶ月毎に7日間。公爵家の館に直参すれば、どの様な身分のものでも嘆願を受け入れてくださいます。奴隷でも、犯罪者でも…。これを妨げる権利は誰にもありません。この時の公爵領の中ではどんな犯罪者でも捕まえないという取り決めを老狼騎士団と公爵の間で交わしています。…が、これは公爵領都の公爵家の館で行われる正式な式典。時間も距離もありすぎます…。」
「そう…ですね…。それは、聞いたことがあります…。でも、その嘆願って、危ないやつが入ってきたらどうするんです?暗殺者とか…。。」
「えぇ…。嘆願場には老狼騎士団もいますし、最低限決められた所作、近づける距離があります。不審な態度を取ったら、問答無用で切り捨てていいことにはなっていますが…、何の危険も無しに暗殺者が近づくことは出来るでしょう。」
「じゃあ、不味いんじゃ…。」
「しかし、それをする愚かな奴らはいません。これは、民とザリー公爵様との間に交わされた約束です。お互いの信義に基づいたね…。愚かな裏ギルドがこの時に公爵様の暗殺を企みました。暗殺者本人はその場で斬り殺されましたが…、暗殺者の脳から辿り、裏ギルド、裏ギルドに依頼した子爵家と…王族の末席。全て殺されました。ザリー公爵領全ての人達の協力によってね。」
「…王族って…。」
「とんでもない出来損ないでしたからな。王家も処分する算段を付けていたところではありますが…、それでも王族の一人に違いない。しかし、その出来損ないの処分と王族を殺した罪を相殺ということにしたのは…、もし、これでザリー公爵様に罪ありとみなしたら…、ザリー公爵と王族の戦争になったからです。しかも王族の方には大義名分がない。諸将は敵にならずとも味方にもならなかったでしょう。」
「…。」
「そんな状態で、王家はザリー公爵領の平民と貴族、女も男も、老も若いも全ての人間が死兵と化した軍と戦うことを恐れたからです。」
「…。」
「…話が長くなりましたな。つまり、3ヶ月に7日間の嘆願許可と無許可で近づく人間の切り捨て許可は、ザリー公爵と、民の間で交わされた約束なのです。お互い納得したね。これを犯すことは、この領に住んでいるものには出来ません。」
「…じゃあ、どうしたら…。」
「いや、先程ショーさんはいい所を突きました。大声をあげるのです。」
「…いや?それは出来ないんでしょう?大声を上げた瞬間に殺される。」
「そうですね。大声が聞こえる距離まで近づけば、切り捨てられ、切り捨てられない距離であれば声は聞こえないでしょう。」
「…そうですよね。」
「近づけば…、ですね。向こうから近付いてくる場合は…その限りではないでしょう。」
「ザリー公爵様が通る道に、乞食がいたとします。ザリー公爵様はその道を進まねばなりません。乞食は助けを訴えている…。これを切り捨てる許可は老狼騎士団にはありません。そして、ザリー公爵様は…、乞食の声をお聞き届けくださるでしょう。」
「…ザリー公爵様が、いつ、どこへ行くか。分かるのですか?」
「3日後にここから南の、ガッツマイヤー子爵家との領域沿いにある交易街…ガガンの街に向かいます。馬車と馬が通れる道はたった一本。まず間違いないでしょうな。」
「…でも、そういった事を考える人は他にもいたんではないですか?誰にでも出来そうな方法ですが…。」
「まぁ、これは裏技みたいなものですよ。嘆願期があるからそれ以外では嘆願しない。それはこの領に住むものの義務と言っていい。しかし、貴方はここの領民ではない。領民ではない貴方が、ここの領民のためにこの方法で嘆願する。…多少無理矢理ですが、約束にも、信義にも外れておりません。」
「…。」
「…ここの領民のために他の領民が命をかけて嘆願する。これはきっと今までにないし、誰もが出来ることではないでしょうが…。」
「…ありがとうございます。これで、ヴァルは助かります…。」
「私は、老狼騎士団を足止めする方法を考えておきましょう。全てとは行かずとも、一部でも、足止めできればだいぶ違うでしょう。」
「…公爵様には簡単に会えるわけではないのでは?」
「公爵様にはお会いできなくても…、老狼騎士団程度には顔繋ぎ出来ておりますよ。彼らも魔力を食べて生きているわけではないのです。食事、酒…、彼らは健啖家でもありますし、好色家でもございますよ。ックック。」
「…なるほど。ありがとうございます。」
「3日後の朝の鐘が鳴る前です。場所の打ち合わせに入りましょう…。」
よかった…。
これで、何とかなるか…。
いや、ことは大事だ。ヴァルの命がかかってる。
枢機卿の居場所も念の為聞いておこう。そうすれば万が一の時は、枢機卿に直接嘆願すればいい。
今の話だとかなり難しいが…、それでも聞いておいて損はないだろう。
「あの、一応枢機卿がどちらにいらっしゃるかを教えてください。これが失敗した時は直接枢機卿にお願いに伺います。」
「…それは、かなり難しいと…。いや、そうですね。幾つか作戦を考えておくのはいいことでしょう。枢機卿は、ここからまっすぐ北にある領都にいらっしゃいます。これからザリー公爵が向かう南の交易街、ガガンの街へ行く道の正反対に進めばよろしい。」
「なるほど。」
「もし、失敗したら、この街の正門までいらして下さい。当日は一日中馬車を正門前に用意しています。そしてすぐに領都に向かいましょう。枢機卿への面会の算段はその時考えればよろしい。…念の為聞くのですが、お金は問題ないと仰いましたが、本当ですか?…正直そうは見えないのですが…。」
「はい。問題ありません。お金があれば枢機卿に会えますか?」
「可能性は上がるでしょう。枢機卿自体は素晴らしいお方だと聞いていますが…、そこまでお目通りをお願いする方々は…お金が嫌いじゃないですからね。」
「なるほど。…いざというときのために準備しておきます。…念の為ですが。」
「えぇ、この作戦がうまくいくことを願っています。いや、必ず成功させましょう。ヴァルドヴォニカル様に高き狭間で顔見せできませんからね。」
「えぇ…。俺も向こうで顔が見せられないような事は出来ません。」
「…死者が誇り高いと苦労するのは生きてるものですな。全く。」
「そうですね…。生き返って、顔でも引っ叩いてくれるのが一番うれしいんですがね…。」
「そうですな…。全く、その通りです…。」
これで、最悪の状況にも一応、手は打った。
もし、何か理由があって正門前に馬車がなくても…、俺一人で何とかたどり着ける。
…いや、他にもやることはある。
マチーネさんから聞いたことが正しいか…、街の人に聞いて確かめておこう。
疑うわけじゃないが、情報は確かであればあるほどいい。…これ、誰かに聞いたことがあるような…。まぁ、いいか。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「あぁ、そうだぁ。このお祭り騒ぎも後3日さぁ。ザリー公爵様がご出立されるからなぁ。」
「どれくらい視察してるかかい?一年の3ヶ月は回ってるさね。どこをって?一年ごとに決まった場所さぁね。」
「ザリー公爵様の長女アルト様はね、凛々しくて素敵で、公正で…、ザリー公爵領全女子の憧れなんだから!」
「あぁ、大変ですよねぇ。我々の誰よりもお忙しい方ですよ。次は…ガッツマイヤーの所の近くでしょう?ここから南の…。」
「アルト様は器量もいいし、お優しい方なんだがな…。頑固でなぁ…。いや、若いってことなんだろうけどなぁ…。生き遅れっちまうのが心配だよ…。」
「ザリー公爵様は勉強のためにアルト様を付けて一緒に回ってるらしいですよ。一度お顔を見たいなぁ…。」
「ザリー公爵はアルト様にも厳しいお方でな…。ガッツマイヤーにご友人がいらっしゃるらしいのだが、交易街に行くついでにお会いになればいいのに、それは許されなくてな…。もう少し優しくしてもいいのになぁ…。」
「アルト様は孤児院を設立したお方でね。ザリー公爵領都にしかないけど、ゆくゆくは領内に幾つも作る予定なんだってさ。立派で、美しくて…。結婚したい…。」
「ザリー公爵様は素晴らしい方だ!そんな方がこの街に来る時かならず食べるものがある。それがこのアザン巻よ!どうだい!?物持ちもいいから一日は持つぜ?お!毎度!2個だな!ありがとよ!兄ちゃん!」
「アルト様ってね。親がいない子どもたちを集めて教育してるの。孤児院でね。本当に優しくて素晴らしいお方だわぁ~~。…結婚したい…。」
大体聞いた感じだと、マチーネさんの言ったことは間違ってないな。
アルト様は結婚出来るんだか出来ないんだか分からんな。
3日後の朝の鐘が鳴る前。それまでに、アザンの街から南に数km行った所で待ち伏せすればいい。
いや、街から出る所を確認してから先回りしよう。
俺なら馬のスピードを有に超えられる。
ヴァルは…、動けないだけで、激しい動きが不味いってわけじゃないだろう。
アザンの街でザリー公爵が出発して、道を進むのを見て、先回りする。
これでいいだろう。
うん。
万が一ってことがないように、一応毎日来て、マチーネさんから情報をもらっておこう。
マチーネさんは間違ってない。
なるべく細かく顔合わせをしておいたほうがいいだろう。
よし。
よし。
何とかうまくいきそうだ。
…今日はもう、家に帰ろう。
ヴァルが心配だ。日が暮れる前に帰らねば。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「ほら、これ。アザン巻って言うんだってさ。結構美味しい…かも知れないよ。俺も今食べるからわからないけど…。」
「…。」
「…うん。結構美味しいな。肉が柔らかい…、薄いパンみたいなもので巻いてるのか…。これはタレかな…。」
「…。」
「結構形崩れちゃったかな…。やっぱり急いでたとはいえ、動きは激しかったからなぁ。」
「…。」
「あ、さっき話した通り、ヴァルの病気は何とかなりそうだ。ザリー公爵様に嘆願すればうまくいくって、マチーネさんが。」
「…あたし、治るの…?」
「治るさ。ザリー公爵様は優しいんだって。もしこれがダメでも、さっき言ったみたいに、枢機卿に直接お願いすることだって出来る。」
「でも、それってお金が凄い掛かるって…。」
「お金は問題ない。言ったろ?お金の当てはあるんだって。」
「…おぃちゃんはお金どっから持ってきてるの?あんなに沢山のお金…、おぃちゃんは最初絶対持ってなかった。」
…う~ん、まぁ、いいか。
「これは、信頼できる人にしか言わないんだけど…、俺、金を作ることが出来るんだ。」
「うそ…。あたしが子供だからって騙そうとしてるんでしょ。…そんなこと出来ないもん…。」
「いや、本当なんだ。…何か石とか金属とかあればいいんだけど…。」
「じゃあ、このお匙金に出来るの?」
スプーンか…。金属製だからいけるな。
「あぁ、いいよ。見ててくれよ…。」
いつもどおり、土の魔法を使って、かつ、魔力を濃くしていって…。
ふむ…。せっかくだから何か変わった形に…、羽の形でいいか。
形を整えるのは本当瞬間で出来るようになったな。
風の引力・斥力魔法をよく使ってたから、土の材質変化もかなり早くなってる。
「ほら。金だろ?」
「…本当に、金…に見える…。」
「何だよそれ。眼の前にあるじゃんか。」
「だってあたし金なんて見たこと無いもん。わかんないもん。」
「あぁ…、そりゃそうか。まぁ、しょうがないか。それ、あげるよ。」
「あ、…うん。…ありがと。」
「まぁ、とにかくこんなふうに俺は金をいくらでも作れるんだ。だから、お金に困ることはない。最近わかったことだけどな。」
「そっか…。もう少しおぃちゃんが早く来てくれれば…、ばあちゃんも…。」
「…あぁ、…そうだよな。」
「…。」
「…。」
「…おぃちゃん…。」
「ん?」
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「気にするな。姉弟子を助けるのは弟弟子の努めだ。」
「…うん。」
こんな時でもきちんとお礼が言える。
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出版社: アルファポリス
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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