怖くていい人

明人

文字の大きさ
上 下
6 / 64

リンゴジュース

しおりを挟む
「泣くつもりなかったんだけどなぁ...」
保健室でグスグスと鼻をかんでいると、未来ちゃんが笑いながら頭をポンポンと撫でてくれた。
山中くんは教室に戻っている。
「いっつも感情出さんもんやからびっくりしたんやろなぁ。よう頑張った」
泣いたりといったことは良くしてきたが、怒るということをしたことはあまりなかった。こんなに体力がいることだったのかと自分で驚いている。
「よく考えたら藍の奴パワー有り余りすぎやろ。車ひっくり返すって普通有り得んやろ」
「確かに...凄いよね」
「褒めたらあかんて」
そんなことを話していると不意に保健室のドアが開き、視線を向けるとそこには藍くんが立っていた。手には紙パックのリンゴジュースを2個持って。
「おお!藍!どないやった?」
「何もねぇよ」
藍くんは私達に向かってジュースを軽く放った。
未来ちゃんは難なく受け止めたが、私は取ろうとした手が宙を掻き、ビタンとジュースは床に落ちた。
ジュースを拾いあげようと手を伸ばした直後ぷっと笑い声が聞こえ顔を上げる。
「だっせぇな」
藍くんが笑っている。初めて見た。
「それやるよ」
彼はそう言い残すと、扉を閉めて去っていった。
「素直にありがとうぐらい言えんのかいな」
未来ちゃんはそうぼやきながらストローを刺してジュースを飲み始める。
私に向き直った直後少し目を丸くしてまたニヤァと笑った。
「何見惚れてんねん」
「え!?」
「良かったな~。プレゼントもろたで」
未来ちゃんが結局私が拾えなかった床に落としたジュースを手にし、私の顔の前で動かす。
「プレゼントってほどじゃないでしょ」
「せやな。藍に形に残るもん未明にプレゼントしいやって言うとこか?」
「何でそうなるの!?」
未来ちゃんはずっとニヤニヤしていて、私は顔が赤い自覚を持ちながら誤魔化すようにジュースを飲んだ。
ジュースを飲み終わって教室に戻ると藍くんの鞄がなく、その日はもう教室には来なかった。
しおりを挟む

処理中です...