怖くていい人

明人

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言えた

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「まだ姿見られてない今のうちに隠れて!!」
中野さんは私の言葉で身を隠し、私は相手に見えやすい直線を走る。
「居たぞ!!」
見つかった。
視線を切るように角を曲がる。
正直この建物の地図を把握していないし、この薄暗さ。人数。私に逃げ切れる可能性はないに等しい。
でも、足掻かなければ先の可能性なんて開けない。
窓から逃げたいがはめこみのタイプで開かない。割ろうにも身近に割れそうな物はないし、私の力で割れるかどうかも怪しい。出口を見つけるのが最優先なのだが、この人数出口も人がいる可能性は高い。
どうすればーー
そう考えていた瞬間後ろから口を塞がれた。
「捕まえたぞ!!」
横から出て来た男に腕を掴まれた。咄嗟に口を塞いでいる男の手に噛みつき、怯んだところを逃げ出す。
「待て!このクソ女!!」
どうしよう!どうすれば!!
今更になって溢れるように恐怖心が迫ってくる。
すぐにまた腕を掴まれ、捕まる。
「やっと捕まえたぞ。覚悟はできてんだろうな」
「離して!!」
「散々舐めた真似してただで帰れる訳ねぇよなぁ」
恐怖心が思考を鈍らせ現状を打開する策が思いつかない。
唯一頭に浮かんだのは藍くんの顔だった。
せめて、告白ぐらいしとけば良かった...
最後に思いつくのはこんなこんなことなのかと自嘲気味に笑った。
その時凄まじい音と共に窓ガラスを割ってバイクが飛び込んで来た。
あまりの事態に男と二人揃って硬直する。
「田中!!何処だ!!!」
「藍くん!?」
バイクで飛び込んできたのは血塗れの藍くんだった。藍くんはすぐに私に気付き、私の腕を掴んでいた男を殴り飛ばす。
「無事か!?」
「う、うん。藍くんの方がボロボロ...」
「俺のことなんざどうでもいい!さっさと行くぞ!」
藍くんが私の手を掴み再びバイクに跨ろうとした時。
「黎明!!」
花巻さんの声に私達は動きを止めた。
「ねぇ...何で?あたしだったら...こんなに必死に助けに来てくれた?大勢いたやつ全部ぶっとばして、ボロボロになってここまで必死に...。私の時は...まともに笑ってもくれなかったのに...」
ボロボロと花巻さんの目から涙が溢れ始めた。
「...俺がお前と適当に付き合っちまったことがそもそもの発端だとは思ってる。付き合うってことを深く考えず、お前のこともちゃんと理解しようとしなかった。その結果お前をここまで追い詰めた。その事実事態には謝罪する。悪かった」
藍くんが花巻さんに向かって頭を下げた後、言葉を続ける。
「だが、だからと言ってこいつを巻き込んでいい理由にはなんねぇんだよ!!文句があんなら俺に直接言って来やがれ!!」
「...それじゃ意味ないんだよ。その程度じゃあたしの痛みとつり合わない。あんたが1番痛い目見てくれないと意味ないの」
花巻さんがそう言った時、陰から何かが飛び出してきた。男じゃない。女の子だ。
相手が誰か認識した時、彼女の持っていた包丁が私の腹部に刺さっていた。
「なん...で...?中野さ...ん...」
中野さんは顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しながら何度もこう言った。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」
狂気じみた謝罪と共に聞こえる花巻さんの笑い声。
「田中!!!!」
痛みに崩れ落ちる私を藍くんが受け止めてくれる。
熱い。痛い。
「おい!しっかりしろ!田中!!!すぐに救急車呼ぶ!!」
心配そうに焦る藍くん。その声すら何だか遠く聞こえて、そばに居てくれているのにいなくなってしまいそうだった。
そうだ。ちゃんと言わなきゃ。
「藍...くん...」
「なんだ!?」
「私ね...藍くんのこと好きなんだ...」
藍くんの心配そうな表情が驚きに変わる。
「ちゃんと言えた...良かったぁ...」
意識が遠のくのがわかった。
「待て!!目ぇ閉じるな!!言い逃げなんてすんじゃねぇ!!未明!!!」
藍くんが名前を呼んでくれたことだけは覚えてる。
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