怖くていい人

明人

文字の大きさ
上 下
60 / 64

忘れられない

しおりを挟む
田中は少しだけ驚いた表情をしたが、そのままゆっくりと目を閉じた。
「おい!!やめろ!!起きろ!!!」
俺は止血で押さえている手はそのままに携帯を取り出し、すぐ山中にかける。
『藍くん!?大丈夫!?』
「田中が刺された!救急車は!?」
『田中さんが!?救急車は今着いたとこだよ!場所は!?』
「場所は潰れたゲー...っ」
すぐに住所を告げようとしたが、俺の携帯が叩き落とされ、床を滑る。その携帯を花巻が拾い、通話ボタンを切る。
「何のつもりだてめぇ!!!」
「だって、その女死んだら黎明私のこと絶対忘れられないでしょ?」
花巻は光のない目で歪んだ笑みを浮かべた。
「てめぇはそれでいいのか!?ただ憎まれて嫌われてそれで満足なのかよ!!だったらもう既に俺はてめぇのことが大嫌いだよ!これで満足か!?」
花巻は一瞬泣きそうな顔をしたが、唇を噛んで笑って見せる。
「黎明が嫌いでも私は黎明のこと好きよ。ずっと。あんたが私のことを考えてくれるなら、それが嫌悪であっても構わない。黎明が私を思ってくれるならそれで...」
「それでてめぇの人生なんか意味あんのかって聞いてんだよ!!それで楽しいか!?嬉しいか!?そんな執着クソほどの価値もねぇ!!てめぇの自傷行為に付き合う気はねぇんだよ!!」
「五月蝿いわよ!!!」
花巻の平手が俺の頬を叩き、胸ぐらが掴まれる。
「あたしをこうしたのはあんたでしょ!?だって、いい男と付き合えたと思ったら私のことちっとも興味なくて、つまんない男なんだと思ったから捨てたのに!何で...何でっ私以外だとそんなに優しくなんのよ!何でそんな笑ってんのよ!!私の何が悪かったのよ...っ!」
「...お前が悪かった訳じゃねぇ。ただ、こいつがすげぇってだけなんだよ。俺を変えたこいつが」
溢れる血は暖かいのに顔色は悪くなっていっている。こんなクソみてぇな問答してる場合じゃないよな。
「こいつは俺にとって命より大事なもんだ!!てめぇなんかに奪わせてたまるかよ!!」
「このっ!!」
再び花巻が手を振り上げ、俺はただ花巻を睨みあげていた。
しおりを挟む

処理中です...