2つの世界の架け橋 第2巻

明人

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救い

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デュークはゲネルと共に城の城壁から至る所で煙をあげる街を見下ろした。その様を見て、両手で顔を覆って俯く。
「どうして...っこんなことに...っ」
歪む隙間の視界からいくつもの涙がこぼれ落ちる。
「ついこの間まで楽しげに語らっていたはずの者達が憎み、殺し合っている...。生まれたばかりの赤子まで犠牲になって...」
「これほどまでに争いが連鎖していくとは...っ。謀ったように沈静化されそうになると事件が起こる。もう...俺達の言葉に耳を貸す者は誰もいないだろう」
「僕は王なのに...。皆を守らなければならないのに...。何も出来ない...っ。どうしてこんなにも僕は無力なんだ...っ!」
顔を覆ったデュークは痛みを伴うほど、自身の顔に爪を立てた。
そんなデュークの手をゲネルが掴んで止める。
「やめろ。お前が傷付いたとしても現状は何も変わらない」
「どうしてそんな平気な顔で居られるんだ!!!」
デュークはゲネルの手を弾き飛ばして怒鳴る。ゲネルは驚きに目を丸くしていた。
「僕達が大切にしてきた人々がお互いに殺し合ってるんだぞ!!まぶたを閉じるたび、笑顔だった人達が怒りや憎しみ、果ては事切れた表情を浮かべて僕を睨みつけるんだ...っ」
「落ち着けデューク!それは幻覚だ!」
「幻覚なんかじゃない!!今このときにも起こっていることだ!!僕がその場に居ないだけで、本来向けられている感情なんだ!!!」
ゲネルはかける言葉が見つからない様子で俯く。デュークは強く歯を食いしばり、唸るように言葉を紡ぐ。
「いっそ...死んでしまいたい...」
足元しか見えないが、ゲネルが僅かに反応したのが分かった。
デュークは限界だ。優しすぎる故に地獄に耐えられない。
俯いていたデュークがハッとしたように顔を上げる。
「ゲネル。君にお願いがある」
「なんだ。お前の願いならなんだって叶えてやる」
そういったゲネルだったが、デュークと目が合うと途端にその表情は驚愕から恐怖に変わった。
「ゲネル...」
「嫌だ!!!」
デュークからの提案の前にゲネルは身をひきながら拒否をする。
それでも、デュークはゲネルに詰め寄り、ゲネルの手を握った。
「聞いて欲しいゲネル。僕の最後のお願いを」
ゲネルは泣きそうな程に顔を歪めた。それでもなお、デュークは続ける。
「君に...僕を殺して欲しい」
「馬鹿なことを言うな!!!」
「馬鹿なことなんかじゃない。聞いてくれ。共に暮らしているから争いが起きているのなら、住む土地を分ければいい。毒の森は危険だが、魔族ならば生きていけるはずだ。魔族にその土地に移住して貰うんだ。僕の命を代価に」
デュークの声は絶望していた先程とは一変し、どんどん晴れやかになっていった。
「環境の悪い地に移り住んでもらう以上犠牲は必要だ。その上君の手で僕の首をとれば、魔族達も高揚し指示を聞いてくれるかも知れない。何より...現状無意味な僕の命に意味が出来る。これってとても素晴らしいことだろう!」
死は恐れるものだが、時として救いとなる。
デュークにとっては後者なのだ。
愛しい者が殺し合い、それを見ていることしかできない現状はただ心が殺されていく日々。
そんな時間から開放される簡単な方法が死だ。
「このままでは城に攻め込まれるのも時間の問題だ。魔族は強い。平和に慣れていた兵達では敵わないだろう。そうなれば、いずれ僕の首はとられる。魔族達の士気は上がり人間が殺し尽くされかねない。それだけは避けなければならないんだ。人間の王として」
一つ一つ、デュークを殺すことの必要性が語られていく。
デュークにとっては救いであるがゆえに、生き生きと語っているが、親友を殺せと言われているゲネルは嫌悪感しかないだろう。
デュークはゲネルの手を両手で包み、自分の額に当てる。
「酷いことを言っているのは分かってる。でも...君に僕を救って欲しい」
ゲネルの表情は、悲しみと絶望と恐怖が入り混じっていた。
それでも、彼は唇を血が出るほど強く噛みながら答える。
「分かった。俺がお前を殺してやるよ。デューク」
泣きそうな顔で笑う彼に、デュークは微笑んだ。
「ありがとう。ゲネル」
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