君は花のよう

明人

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病と名のつく症状だが、病ではない

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「何して遊びましょうか?」
「あなたの庭園を案内して!色んな子と話してみたいわ!」
「ふふ。本当に皆の声が聞こえるみたいですね。あ、そう言えばお名前聞いてませんでした。お名前をきいてもいいですか?」
ルルーアは水精霊と視線を合わせて問う。
リックも水精霊の名前は知らない。
まともな会話すら成立していなくて、聞きそびれていた。
水精霊は少し考える素振りを見せた後、笑う。
「あなたが名前をつけて」
「私がですか!?」
「うん。あたしに名前を頂戴」
明らかに助けを求めるような視線がルルーアから向けられるが、リック自身名前を知らないのだから頷くしかなかった。
ルルーアはかなり悩んだ後、水精霊の髪に触れた。
「とても綺麗でフワフワした髪...。ルピィ...。ルピィはどうでしょう?あなたの髪のようにフワフワした花があるんです」
「ルピィ...。素敵!ありがとう!あたしはルピィ!!」
水精霊は相当気に入ったのか、クルクルとその場で回り始めた。
今まで不機嫌そうな顔しか見ていなかったため、ニコニコと笑っている現状が少し不思議に感じる。
「そうだ。ルピィ様。お花達の声が聞こえるなら貴女に話してほしいお花があるんです」
ルルーアがそう言うと、先程までご機嫌だったルピィが頬を膨らませる。
「ル、ルピィ様?」
「様はやめて!!敬語も!!」
「で、でも、領主様の妹君にタメ口なんて...」
「構わない。彼女が望んでいるんだ」
「で、では...ルピィ。一緒に来てもらえるかな?」
「うん!」
水精霊、ルピィはルルーアと手を繋ぎ家の入口付近にある花壇まで案内された。
花壇には色とりどりの花が咲き誇っているが、一輪だけ蕾を垂れたままの花がある。
「この子、ずっと咲かなくて...。他の子たちが咲いてるところを見ると土も栄養も水も大丈夫だと思うんだけど。病気の様子もないし、咲いてくれない理由が分からなくて。ルピィこの子とお話して、理由を聞いてくれない?」
植物に関して知識は皆無だ。
リックでは皆目検討がつかないが、ルピィはジッと咲かない花を見つめたあと、ルルーアを見上げる。
「この子は病気であって病気じゃないわ」
「なぞなぞ...?」
「病と名のつく症状だけど、病じゃない」
どういうことだと考え込むルルーア。
病と名のつく症状だが、病ではない。
悩むルルーアより先にリックがハッとしたように顔を上げる。
「仮病か?」
リックの言葉にルピィは頷いた。
「そう。この子、咲かなければルルーアが心配して甲斐甲斐しく世話してくれるのが嬉しくて咲かなかったみたい」
「なるほど...。病と名のつく症状だけど、確かに病じゃない....」
ルルーアは花の前にしゃがみ込み、小さく微笑む。
「病気じゃないなら良かったけど、私はやっぱり綺麗に咲くあなたが見たいなぁ」
彼女がそう言うと、下を向いていた蕾がゆっくりと上を向き黄色い花を咲かせた。
「本当に咲いた...。凄い!凄いね!ルピィ!ありがとう!貴方は黄色いお花だったのね。凄く綺麗だわ」
嬉しそうに花の花弁を撫でる彼女を見ていると、何だが胸元がむず痒いような変な感覚がする。
振り払うように口を開いた。
「君に相談なのだが」
「何でしょう?」
「うちの屋敷で働く気はないか?衣食住の補償は勿論。給金も高めに出す」
「ど、どうして急に!?」
確かに急だ。説明がなかったと慌てて付け加える。
「君に懐いているルピィだが、僕にも屋敷の人間にも誰にも懐いていなくて困り果てていたところだったんだ。機嫌が悪いと屋敷中の物を壊して暴れる。君が居てくれれば、彼女の癇癪を防げるだろう」
「そ、そうなの?」
「あの屋敷は居心地が悪いの!あたしの嫌いな気配が充満してて、出てけー!って気配をひしひし感じる。おまけに男達は、むさ苦しくて嫌いだし、全部壊したくなっちゃう」
「そ、そうなんだ...」
大変そうだということは察してくれたようだ。
「君に頼みたいのはルピィの世話只一つ。それ以外をやらせる気はない。君が望む条件も呑もう。何かあれば言ってくれ」
「...た、大変申し訳ないのですが、使用人の話はお断りさせてください。私は現状の生活で十分幸せですので」
「そう...か...」
条件的には悪くないはずだが、現状で満足していると言われればそれまでだ。
欲しい物もないと言うのであれば、こちらから与えられるものもない。
何より困るのは、断られたことにより、頬を膨らませ始めているルピィの存在ぐらいだ。
ルルーアはそんなルピィの両頬を優しく包み、視線を合わせて微笑む。
「でも、私がルピィに会いたいからお屋敷に遊びに行ってもいいかな?」
「うん!!いつ来るの!?」
「明日。太陽が真上に登ったぐらいかな」
「分かった!また明日ね!ルルーア!」
機嫌が良くなったルピィの様子に感心する。
彼女は水精霊の心を操る天才かも知れない。
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