君は花のよう

明人

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執務室で書類仕事をしていたリックはふと込み上げた衝動に片手で顔を覆う。
なんなんだあの可愛い生き物は...っ
食事中ルルーアは出てくる物、出てくる物に目を輝かせ、口に運んでは表情を綻ばせていた。
ニコニコと美味しそうに楽しそうに食事している様子に一周回って冷静になって眺めていた。
この時抑えていた衝動が今更襲い来たらしい。
頬にパンくずなんてつけるほど夢中になって...っ。
無意識に彼女に触れてしまっていた。
彼女が屋敷の使用人になってくれればあの光景が毎日見れるのか。
「いいな」
早速交渉に行こう。
今回の食事や広い風呂で前よりここで働くことのメリットは理解して貰えたことだろう。
今ならルルーアもあっさり了承してくれるかもしれない。
頭の端で理性的な自分が落ち着けと言っているが、その声はあまりにも小さく行動に移す意志の方が強かった。
ドアを開けて廊下に出ると、人が居たことに驚く。
更にそこに居たのは風呂上がりだと思われる寝巻き姿のルルーアだ。髪がまだ少し濡れているのか首筋に張り付いている様は、彼女の清らかさの中に女性としての色気が醸し出されている。風呂上がり故に体が熱を持って火照っている様子も情欲をそそられた。だと言うのに着ている寝間着は襟がしっかりと詰まり、足首まであるロングスカートのものだ。防御性が高く、これだけの色香を漂わせつつも、ルルーアらしい清浄さを演出している。
「あ、あの、ヴァールリック様?」
ルルーアの声でハッと我に返った。
衝撃が強すぎて脳内で語りが始まってしまっていた。
「すまない。少しボーッとしていた。どうかしたのか?」
「あ、いえ。あとはもう寝るだけの予定なのでおやすみなさいを言いに。お仕事の邪魔をしてしまったでしょうか?」
「そんな...っことは...っ」
「ほんとですか!?」
ルルーアから言われるおやすみなさいの一言が、こんなにもダメージの大きいものだとは思ってもいなかった。
これから同じベットで寝るのではないかという錯覚すら起きている。
いや、この屋敷の主人であり領主なのだからルルーアに同じベットで寝てもらうぐらいはいいのではないか? 
「ヴァールリック様?」
不思議そうに顔を覗き込んで来るルルーアを見て、もういっそこのままルルーアを寝室に連れ込んでしまうかという考えが頭をよぎる。
その刹那水球が頭にぶち当たった。
「ちょっと罪悪感があったから二人きりにさせたらあんたは何を考えてんのよ!!」
廊下の向こうにルルーアと同じ寝間着姿のルピィが確認出来た。
「まさか心が読めるのか?」
「読めないわよ。でも何となく不埒なことを考えてるのが分かったわ」
「ふ、不埒?」
「ルルーア!そこの助平は危険だから早くあたしの部屋に行きましょ!!」
ルピィがルルーアの手を掴みグイグイと引っ張って行く。
「え!?あ、あの!ヴァールリック様!おやすみなさい!」
何の変哲もないただの就寝前の挨拶だというのに、彼女が口にするとどうしてこんなにも穏やかな気持ちになれるのだろう。
「あぁ。おやすみ。ルルーア」
ルルーアは小さな笑みを返してくれ、ルピィに手を引かれるまま去っていった。
執務室に戻り、壁に額を打ち付ける。
さっき何を考えていた?彼女部屋に連れ込もうだと?
もう一度壁に額を打ち付ける。
いくら風呂上がりの彼女が魅力的だったからと言って、そんな獣のような思考に至るなど思ってもみなかった。
元々女という生き物が苦手だった。
顔や権力、力に惚れ、言い寄って来ては、自分の望みが叶わないとなると泣き落とし、暴言、色仕掛。醜いことこの上なかった。
鼻がおかしくなりそうなほど香水の匂いをまとい、ギラギラと威圧するように宝石やドレスを身にまとう。
それが基本的な女というと生き物だと。
勿論例外は居る。
だが、例外に対して抱く感情らしいものもなかった。これと相手も同じ感覚なのだろうと。
それがルルーアに対して全く適応しない。
彼女には自分を見てほしいし、好意を寄せて欲しい。
叶うなら彼女から触れてほしいし、触れたい。
どんな表情も見たい。
あぁ、そうか。
これが恋というものか。
強く胸元を握り締める。
彼女に好かれるにはどうすればいいだろう。
今日はもう迷惑だろうから明日の朝彼女に色々好みを聞こう。
少しずつでもいい、好きになって欲しい。
人に対して初めてそう願った。
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