君は花のよう

明人

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傍に

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ルルーアが再び目を覚ました時、視界に映ったのは天井と覗き込んでくるリックとルピィの顔だった。
「ルピィ...ヴァールリック...様...」
頭がボーッとして状況が掴めない。
「ルルーア...」
心配そうに頭を撫でてくれるルピィの手に、小さく微笑む。
「大丈夫...だよ...」
安心させたかったのに、ルピィは顔を歪め唇を噛んだ。
「ルルーア」
リックの声に視線を動かせば、彼もまた眉を寄せていた。
「どう...しました...?」
何がルピィを、彼をこんなにも苦しめているのだろう。
出来ることならその元凶を取り除きたい。
少しためらった様子を見せた後、彼は口を開いた。
「今回君が傷つけられたこと、君の大切な家を失わせてしまったこと、その全ての原因は僕にある」
「え...?」
リックは全ての事情を教えてくれた。
あの赤い髪の女は、リックに好意を持っていたからこそ、このような凶行に及んだのだという事を。
「全て僕の責任だ。本当にすまない」
深く頭を下げるリックの方が、ルルーアよりずっと痛そうな顔をしている。
「貴方は、何も悪くないじゃないですか...」
「だが!僕は考えれば分かる可能性を失念していた!そのせいで...君をこんな目に...」
「私は...大丈夫ですよ...」
笑ってみせれば、リックが覆いかぶさるようにルルーアを見下ろす。
「君は!!どうして僕を責めない!!どうして自身の痛みを許容するんだ!!僕は...っ」
言葉の詰まるリックに、ルルーアはどうしてという言葉を考える。
女が凶行に走ったのはリックを愛していたから。だから、隣に居た自分が許せなかった。
その気持ちを理解できてしまうから。
そして、女の行為は決してリックのせいではないと分かるから。
そして何より、責めたい気持ちなど微塵も湧かなくて、どうすれば笑ってくれるかとそんなことばかり考えてしまう。
これが答えだろう。
「ヴァールリック様に...幸せで居て欲しいから...。辛い顔...して欲しくないです...」
そう言うと彼は顔を歪め、床に膝をついた。
「どうして...君はそんなに優しいんだ...っ」
このどうしての答えは分からない。
少し悩んで口を開いた。
「ヴァールリック様が、私と同じ立場だったら...私を責めましたか?」
リックは目を見開いたあと、顔を伏せた。
「いいや。君を責めることは絶対にしない」
「そういうことです。でも...私がヴァールリック様の立場になったら、ただ許されることは確かに苦しいかも知れませんね...」
「僕が君に出来ることはなんだってする。君が望むなら家だって...」
言いかけたリックは強く口を引き結んだ。
「...あの家が、唯一私の生きる意味だったんです」
「唯一?」
話すつもりはなかったが、ふわふわと定まらない思考の中で聞いて欲しいとも思ってしまった。
「父が亡くなって、母はおかしくなっていきました。父を深く愛していたから。私は...父の代わりになれなかった。母は父に会いたいと私を残して死にました。誰にも必要とされない私は、生きる意味があるのだろうかと思ったとき、庭の花が目に映ったんです」
ルピィもリックも黙って話を聞いた。
ルルーアは思い出すように目を閉じ、言葉を紡ぐ。
「母さんが愛した花達。私も手伝って咲かせた花達。まだ育ち切っていない子たちの世話をしなきゃと思って、手入れをすると咲いてくれたんです。とても...美しく...。それを見た瞬間涙が溢れて、生きなきゃって勝手に思ったんです。生きるなら、あの家の思い出をこの花達を守っていこうって...。でも私は、その全てを失いました」
ルルーアは包帯の巻かれた両手で顔を覆う。
「私はこれから...どうすればいいんでしょう...っ」
こんなこと聞かれても困ると分かっている。
負い目のあるリックがあらゆる手を尽くしてくれる可能性はある。
でも、それは全部罪悪感だからだ。
何も悪くないのに、その罪悪感を利用する形になる。
何も悪くないと言ったのは自分なのに、それを利用しようとするなんて最低にも程があるだろう。
「...これは、僕の勝手な願いだが、聞いて欲しい。僕は、君に生きて欲しい。理由や目的が必要なら僕が与える。どうか、僕の元で生きてはくれないだろうか?」
「それは...使用人としてここで働くというお話ですか...?」
「ちが...あ、いや、その...」
突然歯切れが悪くなり、言い淀むリック。
下心がバレる前に離れようと決めた。
だが、下心がバレてからでも遅くないのではないだろうか?
嫌悪を抱かれるかも知れないが、それは今回のことと相殺と思ってもらおう。
気付かれるその日まで...
「傍に...居てもいいですか?」
一瞬驚いたリックが、表情を柔らかく崩した。
「あぁ、勿論」
この綺麗な笑顔がとても好きだ。
罪悪感からだとしても、心を砕いてくれる優しい彼が好きだ。
この気持ちがどれほど大きくなるか分からない。
けど、隠しきれなくなるその日まで傍に居させてほしいとそう願った。
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