君は花のよう

明人

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傍に居たい

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のらりくらりとかわすヘンリーにリックがため息をついていると、ドアがノックされた。
「失礼致します」
セドの声と共に扉が開かれ、セドと紅茶のセットを乗せたカートを押しながらルルーアも部屋に入ってきた。
「セドさんに治療していただいてる間に、お茶を淹れさせていただきますね」
手際良く作業をするルルーアを眺め、ヘンリーは口を開いた。
「本当に良い人材見つけたもんだ。庭もめちゃめちゃ綺麗になっててビビったし。もしかしてあれもお嬢さんの仕事か?」
「元々種類豊富な花が植えてありましたから、少し整えた程度のことです」
微笑みと共にヘンリーの前にティーカップが置かれる。
ティーカップの中には鮮やかな花びらが浮いていた。
「綺麗なもんだ。女の子が喜びそうだな。そんじゃ、いただきます」
口元に近づけた直後ふわりと香る薔薇の香りは優しい。味はほんのりと甘く、口の中にも香りが広がった。
「おぉ!美味い!良いセンスしてるぜお嬢さん!」
「ありがとうございます」
ルルーアが嬉しそうに笑っているのを見て、ルピィがムッとルルーアの裾を引っ張る。
「あたしも飲みたい!」
「分かった。ちょっと待ってね」
ルピィはルルーアに出された紅茶を飲み、顔を輝かせた。
「とっても美味しいわ!今まで飲んだ紅茶の中で1番!」
「本当?嬉しいなぁ」
ニコニコと笑うルルーアに胸打たれつつ、リックも声をかける。
「ルルーア。僕にも1つ淹れて貰えるだろうか?」
「は、はい!」
先程までスムーズに丁寧な動きをしていたルルーアの手が震え始め、ティーカップに紅茶を注いでいる最中大きく跳ねた水滴がルルーアの手にかかった。
熱さによる痛みでルルーアの体が跳ね、ティーポットが揺れる。
「ルルーア!」
ティーポットの中身まで溢れれば大火傷をする。リックが咄嗟にルルーアの手からティーポットを取ろうとしたが、その前にルピィの水がルルーアの手とティーポットを包んでいた。
「ルルーア大丈夫!?」
ルピィが最初に紅茶の跳ねた手を見つめ、ルルーアは少し恥ずかしそうに笑う。
「大丈夫だよ。ありがとうね。ルピィ。ヴァールリック様もすいません。すぐに淹れ直して来ますので」
部屋を出ようとするルルーアの腕をリックが掴んで止めた。
「いや。今日はもういい。代わりに明日から毎日朝、僕に紅茶を淹れて貰えないだろうか?」
「わ、私でよろしければ頑張ります!」
気合十分なルルーアにリックは微笑んだ。
「あのリックが笑ってる...」
「まだ居たのか」
驚きに口元を覆うヘンリーをリックは鋭く睨む。
「客に対する扱いが本当なってねぇよなぁ!ま、治療もしてもらったし、紅茶も飲んだし、お前の元気そうな姿も見れたしそろそろ帰るわ」
立ち上がったヘンリーはルルーアを見てニッと笑う。
「お嬢さん。今度はリックの居ないところで話しようぜ」
「さっさと帰れ」
リックに見張られるように屋敷から追い出され、見送りしようとしたルルーアは必要ないとリックが制止した。
ヘンリーは屋敷から出る前に一度リックを振り返る。
「リック。あのお嬢さんな。俺が剣を振り降ろそうとした時、目を瞑らなかったんだぜ」
「自身の罪を深めたいならそのまま語れ。今にも貴方を焼いてしまいたい気持でいるぞ僕は」
ユラユラと炎が揺れ始めるリックを待て待て!と止める。
「最後まで聞けば絶対聞いてよかったって思うから!」
「僕がそう思わなかった時が楽しみだな」
相変わらず不機嫌そうに炎が揺れているリックにため息をつきつつ、ヘンリーは続ける。
「普通は恐怖で身をすくませて、目を瞑る。だが、彼女は真っ直ぐ俺の剣を見て、体も避けようという体勢をとっていた。あんな大人しそうな子が、殺されそうだっていう恐怖に打ち勝って、生きてお前の傍に居たいって思ったんだろうな」
それじゃあなと軽く手を振りヘンリーは去って行った。
振り返りはしなかったため、赤くなり片手で顔を覆って俯くリックの姿は彼には見えなかった。
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