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2人〜4人台本 幸せな日常
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リスナーさんから貰った案を物語に組み込んだ特殊な台本。声劇というより朗読に近い雰囲気で作ってます
~登場人物~
・太一(たいち)
小学三年生男。気弱。隼人は幼い頃から遊んでくれたお兄ちゃんで大好き。
・翔(しょう)
小学三年生男。太一の友達。気のいいリーダータイプだが根はビビり。世話焼き
・隼人(はやと)
大学生男。太一とは幼い頃よく遊んでいたため大切な弟のように思っている。真面目な男
・柳(やなぎ)港(みなと)
青年男(性別不詳可)隼人を育てた裏で働いている人物。家事全般は壊滅的。名前をコロコロ変え常に偽名を名乗り、相手をからかうような言動をする
学校が終わった。家に帰らなきゃ。そう思うのに家に向かおうとすると足が鉛のようになる。公園のベンチで座っていると横からひょっこりと顔を覗き込まれた。
「なあ太一家帰らねえの?」
「翔くん...」
翔くんはいつも1人の子にこうやって声をかけてくれる。優しくて、面白くて、僕の大好きな友達だ。
「なんか...家に帰りたくなくて…」
「なんかあったのか?」
心配そうに隣に座って尋ねてくる翔くんに、少し答えを迷った。多分言わない方が良いのだと頭では分かっている。でも、吐き出したい気持ちの方が勝った。
「…お母さんがね、最近知らないおじさんをよく家に呼ぶんだ。そのあとのお母さんすごく優しくなるんだけど僕…そのおじさん苦手で」
「え!?お前の母ちゃん不倫かよ!」
「シーっ!!声が大きい!っていうかそんなんじゃないよ!いつもお母さんはそのおじさんにお金渡してて…」
「それ…なんかやばそうだな…」
「うん…。でもこんなこと翔君ぐらいにしか話せないよ…」
お父さんは仕事で忙しくて家に居ることがほとんどない。家に居たとしてもいつもお母さんと喧嘩してる。おじさんが来た直後だけやけに優しくなるお母さんが正直怖かった。
「でも俺も何もできないからなぁ…そうだ!お前さ昔から仲良くしてる近所の兄ちゃんいたじゃん!もう大学生ぐらいじゃね?もう実質大人だろ!あの兄ちゃんなら何とかしてくれるかも!」
「隼人兄ちゃんか…」
隼人兄ちゃんは昔からずっと僕を実の弟のように可愛がってくれた。大学に行ってから頻繁に会うことはなくなったが、今でも仲はいい。
「うん。そうだね!相談してみる!」
隼人兄ちゃんならきっとどうにかしてくれる。そんな期待があった。
「よし!じゃあ兄ちゃんが学校終わるまでまだ暇だよな?近くにさ、出るって噂の廃墟があってさ探検しようぜ!」
「出るって何が…?」
「決まってんだろ?幽霊だよ」
「幽霊!?」
怖いものなんて好きじゃない。どうしてわざわざ怖いものを見たがるのか理解できない。
「でも俺も幽霊怖いから今の明るいうちに探検に行こうぜ!」
「何で怖がりなのに肝試しに行くんだよ!」
「いいじゃんほらいこ!」
「もお~」
怖いくせにどうして怖いものを見たがるのかもっと理解出来なかった。
翔君に促されるまま立ち入り禁止の看板がかけられた廃墟についた。フェンスに丁度僕らが通り抜けられるぐらいの穴が空いてて簡単に中に入ることが出来た。
「ツタとか凄いね…。見た目から怖いな…」
「こ、こ、こんなところで、でっでで…び、びびってんじゃ…」
「翔くんの方がビビってるよね!?」
「と、とにかく行くぞ!」
「しょうがないなぁ...」
廃墟はコンクリート造りで歩く度に建物の中で足音が響いた。まだ外は明るいのに中は薄暗い。
「ねぇ…翔君もう帰ろうよ~」
「ま、まだだ!この先で幽霊見たって6組の元太が言ってたんだ!」
「令和の狼少年と言われた元太君の言葉なんて信用ならないよ!」
「だからだよ!実際に見ていなかったぞって言ってやるんだ!」
「それも嘘だろって言い争いになって終わりだよ~」
なんて無意味な挑戦なんだろうかと正直もう帰りたい気持ちを全面に出しながら奥に進む。
「あれ…?」
「どうした?」
「なんか床に…」
薄暗くて気づかなかったけど床に黒い染みのようなものがあった。それが奥へ、奥へと続いている。その黒い染みが段々と大きくなっていると思ったその先に、暗いはずの部屋にぼんやりと光る何かがあった。足だ。人の。立ってる。でも
おかしい
翔君の悲鳴で我に返った。弾かれたように僕らは走る。ただひたすら。大切な物を落としたことにも気づかず。
息を切らしながら元居た公園に戻った。
「太一…。今…」
「いた…よね…?」
「わぁああ俺は何も見てない見てない~!」
翔君は頭を抱えながら走って帰ってしまった。もやもやとしたままふと今日の特別胸が踊ったことを思い出す。好きな娘から生まれて初めてのラブレターをもらったのだ。だが、その子のことは翔くんも好きで翔くんの前で読むのは気が引けてずっとポケットにしまっていたのだ。今の気持ちを吹き飛ばすには最適だとポケットを探る。右のポケット。ない。じゃあ左だ。ない。鞄に入れたのかな?ない…。ない!どこにもない!何処に…と思った時ふとあの廃墟を思い出す。咄嗟に走り出したあの時かもしれない。そうなるとあそこまで一人でと思うと足がすくむ。その時隼人お兄ちゃんの顔が浮かんだ。お兄ちゃんに相談すれば来てくれるかも。そう思って僕は隼人兄ちゃんに会いに行った。
隼人兄ちゃんは昔と変わらず優しくて僕のお願いも二つ返事で引き受けてくれた。
「ここか~。お前が好きな子のラブレター落としたっていう廃墟は」
「そんなおっきな声で言わないでよ!」
「あんなちっちゃかった太一に好きな子ができてることに俺は感動してる…っ」
「何で泣きそうになってるの!?」
廃墟に入るにはフェンスに空いた穴は隼人兄ちゃんには小さいと思っていたら、すぐにもっと大きな穴を見つけて通り抜けていた。
「でも立ち入り禁止の場所は危ないから入っちゃダメだろ」
「ごめんなさい…。ねえ。兄ちゃんはこの廃墟に幽霊が出るって知ってる?」
「幽霊?」
「うん。僕ね…見ちゃったかもしれないんだ…」
「何かの見間違いだろ」
「ほんとだもん」
「ま、行ってみれば分かるか。行こう」
兄ちゃんの背に隠れながら奥へ進む。翔君と来た時より辺りが暗くなってきたため余計に怖さが増す。
怖さを紛らわせようと兄ちゃんに相談したかったことを思い出す。
「兄ちゃんあのさ…お母さんが知らない男の人にお金渡してること見ちゃってさ…」
「ああ…大丈夫だよ」
「え?大丈夫?」
不意に兄ちゃんが立ち止まったため、その背中に鼻をぶつけた。
「いたぁ。兄ちゃんどうしたの?」
声をかけても反応はない。ふとそんな兄ちゃんの足元に手紙が落ちていることに気づいた。
「あった!兄ちゃん手紙あったよ!」
兄ちゃんに手紙を見せてもこちらを見てくれない。兄ちゃんはただ一点を見つめていた。その視線を辿るように振り返るとそこには薄暗く光る男の人がいた。
何より驚いたのはその男の人に見覚えがあったことだ。
「あの人...」
不意に視界が遮られた。真っ暗になったことで耳に神経が集まった。
「お前は見なくていい」
隼人兄ちゃんの声。いつのもの兄ちゃんの声なのに、少しだけ背筋がゾクッとした。
「帰ろう」
兄ちゃんに手を引かれて歩き出す。一瞬だけ振り返った時、その男の人は凄い形相でこちらを睨んでいた。
「ひっ」
「太一。見るなって言っただろ」
「に、兄ちゃん...」
廃墟を出ると兄ちゃんがしゃがんで僕と目を合わせてくれた。いつもの優しい隼人兄ちゃんの顔だ。
「太一。お前はお母さん好きか?」
「うん…。好き」
「じゃあ帰ったらそれを真っすぐ伝えてやれ。お前がどれだけお母さんのことが好きか、大切か言葉にして伝えるんだ。恥ずかしくても気持ちは言葉にしなきゃ伝わらないんだ。俺は…届かなかったけどお前はまだ間に合う」
「間に合う…?」
「こっちの話だ。太一。俺はずっとお前の味方だからな。お前がしんどい時は俺のことを思い出してくれ。必ず俺が助けるから」
頭を撫でてくれる兄ちゃんの手はいつも通り優しいのに、何故かもやもやするような変な感覚になった。
兄ちゃんが家まで送ってくれて、じゃあなと手を振ってくれた。いつものことなのに何だか言わなきゃいけない気がした。
「またね!隼人兄ちゃん!」
「…ああ。またな。太一」
笑ってくれた兄ちゃんはいつも通りの笑顔なのにどうしてこんなにも不安になるんだろう。
その意味が分からないまま家に入ると母さんが通帳とにらめっこしながらぶつぶつと何か呟いていた。
「お金がない…。早くしないともうすぐ須藤さんが来る…。救ってもらえなくなる…。早くしないと…」
「お母さん…」
僕の存在なんて見えないみたいに、お母さんは通帳から目を離さない。
「仕事を増やす…?でも面接なんて行ってる暇はないし…。じゃあ夜の…」
「お母さん!!!」
やっとお母さんの目が僕に向いた。少し気恥ずかしいけど、兄ちゃんと約束した。
「あのね、僕…お母さんのこと大好きだよ。お母さんが作るハンバーグも好き。スーパーのご飯も美味しいけど、僕はお母さんが美味しい?って聞いてくれるご飯の方が好き。僕がいい成績とったら僕より喜んでくれるお母さんが好き」
好きを伝えているはずなのに何故かどんどん涙が溢れてくる。
「お母さんが僕のこと好きじゃなくても、僕はお母さんの事が大好きだよ」
お母さんの目が段々と大きく見開かれて、やがて強く強く抱きしめてくれた。
「太一…。ごめんね…。私…何してたんだろ…。ごめん…。ごめんね太一…。太一が居たのに…っ。ダメなお母さんでごめんね…っ」
その日は随分久しぶりにお母さんと一緒に寝た。
翌日お母さんが作ってくれたご飯はトーストが少し焦げてたけど、いつもの惣菜パンより僕はずっと好きだった。
帰りにお母さんと仲直りできたと兄ちゃんに報告したくて、兄ちゃんの家に行った。
昔兄ちゃんはうちの隣に住んでいた。でも、いつからかひとり暮らしになって、よくお家でゲームもさせてくれた。だから、場所は覚えてる。
家のチャイムを鳴らしてドアをノックするが返事がない。ドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。
「隼人兄ちゃん!」
部屋には何もなかった。一緒にやったゲームもテレビもソファもベットも。兄ちゃんが居たことなんて全部無かったことになってるみたいに。
「隼人兄ちゃん...?」
あの時の不安の理由を理解したくないのに目の前に突き付けられた。そんな気がした。
~隼人視点~
太一が俺の居た部屋に行くのが見えた。俺の痕跡を全て消した。太一はきっと驚くだろう。
だが、これは必要なことだ。太一に害が及ばないための。
俺は一番重い罪を犯した。
人殺し
それでも唯一の大切な者を守りたかった。
太一の家に最近出入りしていた男はろくでもない宗教の幹部だった。
あの顔を忘れない。
須藤。あいつと出会っておふくろは壊れていった。俺の家はめちゃくちゃになり、金の工面に奔走し続けた母親は過労で死んだ。父親も失踪し、借金だけが残った。
そんな誰も救えない、誰にも必要とされてない俺を必要としてくれたのが太一だった。
太一だけが俺の希望で、俺の全てで。そんな太一を俺のような目に合わせたくなくて、
「須藤を殺したんだよね~」
不意に顔を覗き込んできた男は眼帯をした長髪の若い男、のように見えるが実年齢は定かではない。
「柳さん...」
「それ前使ってた偽名で今は港だよ~」
毎日のように名前を変えるので本名すら知らない。
母親が残した借金の代わりに俺をひきとったのが柳...港さんだ。港さんは生活力皆無。家はゴミ屋敷で足の踏み場もなかった。必然的に俺は家政婦のような生活をしていたが、知識も必要だと勉強を教えてくれ学校にも行かせてくれた。かと思えば港さんの仕事を手伝わされもした。
疑問を持つことを許されない何かの処分や掃除。
そんな経験や知識を利用して、俺は人を殺した。あの廃墟で。死体は確実に処分したがまさかあんな形で残っているとは思わなかった。
「港さん。俺を殺しに来たんですよね?」
「なんで?」
「何でって...あの宗教団体は資金源としては大きい。太一に今後あの宗教団体が近づかないように見せしめに幹部を殺しました。でも、俺がやったことはいずれバレるでしょう。そうなった時責任を取らされるのは俺を引き取った港さんでは?」
「分かってて須藤を殺したんだ」
「…はい」
港さんにとっては飼い犬の手を噛まれるような思いだろう。借金を肩代わりし、血のつながりもない子供を学校にまで行かせてくれたというのにとんだ恩知らずだ。
「君は賢い。今までずっと君はボクが仕掛けてきた二分の一の正解を選び続けてきた。ボクは君の言動一つでも不愉快に感じたら君を殺す気だったんだ。でも…君は今回自ら不正解を選び取った」
首筋にナイフが突き付けられた。想像していたような恐怖は特になく、この人なら確実に痛みなく殺してくれるだろうなという安心感すらあった。だから自然と港さんに目を向ける。目が合うと湊さんはくしゃりと笑った。
「君は…ずるいなぁ」
「え?」
「隼人にとって太一君が第一だ。例えボクだとしても太一君に手を出せば君はボクを殺そうとするだろう?絶対に僕に勝てないと分かってるのに」
「…はい。俺が殺せる最善を尽くします」
「そういう君だからボクは大好きなんだ」
パッと手品のようにナイフが消える。目を丸くしていると相変わらずの笑顔で手が差し出された。
「ねえ、後戻りできない場所まで行く気はある?」
これも俺が生き残るための二分の一の選択だ。生き残る答えは一つしかない。
「はい。あなたについていきます」
俺の答えに港さんは満足そうに笑った。
「ようこそこちら側へ。歓迎するよ。隼人はきっといい殺し屋になる。ボクが保証するよ」
俺が選んだ道はきっと茨が敷き詰められていることだろう。一歩進むごとに痛みを伴い、戻ることの出来ない地獄。
でも、港さんについていくことを選ばなければ俺はきっと死んでいるのと変わらなかっただろう。
「それじゃあ帰ろうか。隼人」
「…はい」
世間でいうお天道様の下を歩けるような人生ではないかも知れない。
それでも帰っても誰もいないあの家より、遥かにずっと、帰りたいと思える。
俺の一挙一動が常に命の危機に晒されているのだとしても、ちゃんと見てもらえていることの方が幸せで、この人に殺されるなら構わないとそう思えるほどには愛情に似たものを与えてもらっている気もした。
港さんにとっては飽きれば捨てるだけの都合のいい駒であることは間違いないだろう。
「ああ、それから。君はボクが誰かに殺されるかもって心配してくれたのかも知れないけど、無用な心配だよ」
そう言って笑った港さんの瞳がどこまでも続くような深い闇のようで、思わず背筋がゾクリとした。
でも俺は、この闇を選んだ。
大切な者を守るために。自分が、生きていくために。
「フハッ」
「え?何で笑ったんですか?」
「君が…あんまり幸せそうに笑うもんだから…。絶望してもいいような人生なのに」
「笑って…ましたか?」
「うん。今まで見たことないほど綺麗な笑顔でね」
「…確かに普通の人にとっては絶望したくなる人生が待ってるのかも知れません。でも、これは俺が選んだ俺が生きる人生です。だから、どんな未来も楽しみだって思えるんです」
「プッ!アハハ!いいねぇ!しっかり狂ってる!だからこそ今まで生きてこれたのかもね。ま、人生楽しんだもん勝ちだからね。楽しい人生を謳歌しな」
「はい」
この人に出会えたことこそが俺にとっての分岐点でもあったのだろう。
自然と笑えるぐらいには幸せな人生を歩めてる。
ーENDー
~登場人物~
・太一(たいち)
小学三年生男。気弱。隼人は幼い頃から遊んでくれたお兄ちゃんで大好き。
・翔(しょう)
小学三年生男。太一の友達。気のいいリーダータイプだが根はビビり。世話焼き
・隼人(はやと)
大学生男。太一とは幼い頃よく遊んでいたため大切な弟のように思っている。真面目な男
・柳(やなぎ)港(みなと)
青年男(性別不詳可)隼人を育てた裏で働いている人物。家事全般は壊滅的。名前をコロコロ変え常に偽名を名乗り、相手をからかうような言動をする
学校が終わった。家に帰らなきゃ。そう思うのに家に向かおうとすると足が鉛のようになる。公園のベンチで座っていると横からひょっこりと顔を覗き込まれた。
「なあ太一家帰らねえの?」
「翔くん...」
翔くんはいつも1人の子にこうやって声をかけてくれる。優しくて、面白くて、僕の大好きな友達だ。
「なんか...家に帰りたくなくて…」
「なんかあったのか?」
心配そうに隣に座って尋ねてくる翔くんに、少し答えを迷った。多分言わない方が良いのだと頭では分かっている。でも、吐き出したい気持ちの方が勝った。
「…お母さんがね、最近知らないおじさんをよく家に呼ぶんだ。そのあとのお母さんすごく優しくなるんだけど僕…そのおじさん苦手で」
「え!?お前の母ちゃん不倫かよ!」
「シーっ!!声が大きい!っていうかそんなんじゃないよ!いつもお母さんはそのおじさんにお金渡してて…」
「それ…なんかやばそうだな…」
「うん…。でもこんなこと翔君ぐらいにしか話せないよ…」
お父さんは仕事で忙しくて家に居ることがほとんどない。家に居たとしてもいつもお母さんと喧嘩してる。おじさんが来た直後だけやけに優しくなるお母さんが正直怖かった。
「でも俺も何もできないからなぁ…そうだ!お前さ昔から仲良くしてる近所の兄ちゃんいたじゃん!もう大学生ぐらいじゃね?もう実質大人だろ!あの兄ちゃんなら何とかしてくれるかも!」
「隼人兄ちゃんか…」
隼人兄ちゃんは昔からずっと僕を実の弟のように可愛がってくれた。大学に行ってから頻繁に会うことはなくなったが、今でも仲はいい。
「うん。そうだね!相談してみる!」
隼人兄ちゃんならきっとどうにかしてくれる。そんな期待があった。
「よし!じゃあ兄ちゃんが学校終わるまでまだ暇だよな?近くにさ、出るって噂の廃墟があってさ探検しようぜ!」
「出るって何が…?」
「決まってんだろ?幽霊だよ」
「幽霊!?」
怖いものなんて好きじゃない。どうしてわざわざ怖いものを見たがるのか理解できない。
「でも俺も幽霊怖いから今の明るいうちに探検に行こうぜ!」
「何で怖がりなのに肝試しに行くんだよ!」
「いいじゃんほらいこ!」
「もお~」
怖いくせにどうして怖いものを見たがるのかもっと理解出来なかった。
翔君に促されるまま立ち入り禁止の看板がかけられた廃墟についた。フェンスに丁度僕らが通り抜けられるぐらいの穴が空いてて簡単に中に入ることが出来た。
「ツタとか凄いね…。見た目から怖いな…」
「こ、こ、こんなところで、でっでで…び、びびってんじゃ…」
「翔くんの方がビビってるよね!?」
「と、とにかく行くぞ!」
「しょうがないなぁ...」
廃墟はコンクリート造りで歩く度に建物の中で足音が響いた。まだ外は明るいのに中は薄暗い。
「ねぇ…翔君もう帰ろうよ~」
「ま、まだだ!この先で幽霊見たって6組の元太が言ってたんだ!」
「令和の狼少年と言われた元太君の言葉なんて信用ならないよ!」
「だからだよ!実際に見ていなかったぞって言ってやるんだ!」
「それも嘘だろって言い争いになって終わりだよ~」
なんて無意味な挑戦なんだろうかと正直もう帰りたい気持ちを全面に出しながら奥に進む。
「あれ…?」
「どうした?」
「なんか床に…」
薄暗くて気づかなかったけど床に黒い染みのようなものがあった。それが奥へ、奥へと続いている。その黒い染みが段々と大きくなっていると思ったその先に、暗いはずの部屋にぼんやりと光る何かがあった。足だ。人の。立ってる。でも
おかしい
翔君の悲鳴で我に返った。弾かれたように僕らは走る。ただひたすら。大切な物を落としたことにも気づかず。
息を切らしながら元居た公園に戻った。
「太一…。今…」
「いた…よね…?」
「わぁああ俺は何も見てない見てない~!」
翔君は頭を抱えながら走って帰ってしまった。もやもやとしたままふと今日の特別胸が踊ったことを思い出す。好きな娘から生まれて初めてのラブレターをもらったのだ。だが、その子のことは翔くんも好きで翔くんの前で読むのは気が引けてずっとポケットにしまっていたのだ。今の気持ちを吹き飛ばすには最適だとポケットを探る。右のポケット。ない。じゃあ左だ。ない。鞄に入れたのかな?ない…。ない!どこにもない!何処に…と思った時ふとあの廃墟を思い出す。咄嗟に走り出したあの時かもしれない。そうなるとあそこまで一人でと思うと足がすくむ。その時隼人お兄ちゃんの顔が浮かんだ。お兄ちゃんに相談すれば来てくれるかも。そう思って僕は隼人兄ちゃんに会いに行った。
隼人兄ちゃんは昔と変わらず優しくて僕のお願いも二つ返事で引き受けてくれた。
「ここか~。お前が好きな子のラブレター落としたっていう廃墟は」
「そんなおっきな声で言わないでよ!」
「あんなちっちゃかった太一に好きな子ができてることに俺は感動してる…っ」
「何で泣きそうになってるの!?」
廃墟に入るにはフェンスに空いた穴は隼人兄ちゃんには小さいと思っていたら、すぐにもっと大きな穴を見つけて通り抜けていた。
「でも立ち入り禁止の場所は危ないから入っちゃダメだろ」
「ごめんなさい…。ねえ。兄ちゃんはこの廃墟に幽霊が出るって知ってる?」
「幽霊?」
「うん。僕ね…見ちゃったかもしれないんだ…」
「何かの見間違いだろ」
「ほんとだもん」
「ま、行ってみれば分かるか。行こう」
兄ちゃんの背に隠れながら奥へ進む。翔君と来た時より辺りが暗くなってきたため余計に怖さが増す。
怖さを紛らわせようと兄ちゃんに相談したかったことを思い出す。
「兄ちゃんあのさ…お母さんが知らない男の人にお金渡してること見ちゃってさ…」
「ああ…大丈夫だよ」
「え?大丈夫?」
不意に兄ちゃんが立ち止まったため、その背中に鼻をぶつけた。
「いたぁ。兄ちゃんどうしたの?」
声をかけても反応はない。ふとそんな兄ちゃんの足元に手紙が落ちていることに気づいた。
「あった!兄ちゃん手紙あったよ!」
兄ちゃんに手紙を見せてもこちらを見てくれない。兄ちゃんはただ一点を見つめていた。その視線を辿るように振り返るとそこには薄暗く光る男の人がいた。
何より驚いたのはその男の人に見覚えがあったことだ。
「あの人...」
不意に視界が遮られた。真っ暗になったことで耳に神経が集まった。
「お前は見なくていい」
隼人兄ちゃんの声。いつのもの兄ちゃんの声なのに、少しだけ背筋がゾクッとした。
「帰ろう」
兄ちゃんに手を引かれて歩き出す。一瞬だけ振り返った時、その男の人は凄い形相でこちらを睨んでいた。
「ひっ」
「太一。見るなって言っただろ」
「に、兄ちゃん...」
廃墟を出ると兄ちゃんがしゃがんで僕と目を合わせてくれた。いつもの優しい隼人兄ちゃんの顔だ。
「太一。お前はお母さん好きか?」
「うん…。好き」
「じゃあ帰ったらそれを真っすぐ伝えてやれ。お前がどれだけお母さんのことが好きか、大切か言葉にして伝えるんだ。恥ずかしくても気持ちは言葉にしなきゃ伝わらないんだ。俺は…届かなかったけどお前はまだ間に合う」
「間に合う…?」
「こっちの話だ。太一。俺はずっとお前の味方だからな。お前がしんどい時は俺のことを思い出してくれ。必ず俺が助けるから」
頭を撫でてくれる兄ちゃんの手はいつも通り優しいのに、何故かもやもやするような変な感覚になった。
兄ちゃんが家まで送ってくれて、じゃあなと手を振ってくれた。いつものことなのに何だか言わなきゃいけない気がした。
「またね!隼人兄ちゃん!」
「…ああ。またな。太一」
笑ってくれた兄ちゃんはいつも通りの笑顔なのにどうしてこんなにも不安になるんだろう。
その意味が分からないまま家に入ると母さんが通帳とにらめっこしながらぶつぶつと何か呟いていた。
「お金がない…。早くしないともうすぐ須藤さんが来る…。救ってもらえなくなる…。早くしないと…」
「お母さん…」
僕の存在なんて見えないみたいに、お母さんは通帳から目を離さない。
「仕事を増やす…?でも面接なんて行ってる暇はないし…。じゃあ夜の…」
「お母さん!!!」
やっとお母さんの目が僕に向いた。少し気恥ずかしいけど、兄ちゃんと約束した。
「あのね、僕…お母さんのこと大好きだよ。お母さんが作るハンバーグも好き。スーパーのご飯も美味しいけど、僕はお母さんが美味しい?って聞いてくれるご飯の方が好き。僕がいい成績とったら僕より喜んでくれるお母さんが好き」
好きを伝えているはずなのに何故かどんどん涙が溢れてくる。
「お母さんが僕のこと好きじゃなくても、僕はお母さんの事が大好きだよ」
お母さんの目が段々と大きく見開かれて、やがて強く強く抱きしめてくれた。
「太一…。ごめんね…。私…何してたんだろ…。ごめん…。ごめんね太一…。太一が居たのに…っ。ダメなお母さんでごめんね…っ」
その日は随分久しぶりにお母さんと一緒に寝た。
翌日お母さんが作ってくれたご飯はトーストが少し焦げてたけど、いつもの惣菜パンより僕はずっと好きだった。
帰りにお母さんと仲直りできたと兄ちゃんに報告したくて、兄ちゃんの家に行った。
昔兄ちゃんはうちの隣に住んでいた。でも、いつからかひとり暮らしになって、よくお家でゲームもさせてくれた。だから、場所は覚えてる。
家のチャイムを鳴らしてドアをノックするが返事がない。ドアノブを回すと鍵はかかっていなかった。
「隼人兄ちゃん!」
部屋には何もなかった。一緒にやったゲームもテレビもソファもベットも。兄ちゃんが居たことなんて全部無かったことになってるみたいに。
「隼人兄ちゃん...?」
あの時の不安の理由を理解したくないのに目の前に突き付けられた。そんな気がした。
~隼人視点~
太一が俺の居た部屋に行くのが見えた。俺の痕跡を全て消した。太一はきっと驚くだろう。
だが、これは必要なことだ。太一に害が及ばないための。
俺は一番重い罪を犯した。
人殺し
それでも唯一の大切な者を守りたかった。
太一の家に最近出入りしていた男はろくでもない宗教の幹部だった。
あの顔を忘れない。
須藤。あいつと出会っておふくろは壊れていった。俺の家はめちゃくちゃになり、金の工面に奔走し続けた母親は過労で死んだ。父親も失踪し、借金だけが残った。
そんな誰も救えない、誰にも必要とされてない俺を必要としてくれたのが太一だった。
太一だけが俺の希望で、俺の全てで。そんな太一を俺のような目に合わせたくなくて、
「須藤を殺したんだよね~」
不意に顔を覗き込んできた男は眼帯をした長髪の若い男、のように見えるが実年齢は定かではない。
「柳さん...」
「それ前使ってた偽名で今は港だよ~」
毎日のように名前を変えるので本名すら知らない。
母親が残した借金の代わりに俺をひきとったのが柳...港さんだ。港さんは生活力皆無。家はゴミ屋敷で足の踏み場もなかった。必然的に俺は家政婦のような生活をしていたが、知識も必要だと勉強を教えてくれ学校にも行かせてくれた。かと思えば港さんの仕事を手伝わされもした。
疑問を持つことを許されない何かの処分や掃除。
そんな経験や知識を利用して、俺は人を殺した。あの廃墟で。死体は確実に処分したがまさかあんな形で残っているとは思わなかった。
「港さん。俺を殺しに来たんですよね?」
「なんで?」
「何でって...あの宗教団体は資金源としては大きい。太一に今後あの宗教団体が近づかないように見せしめに幹部を殺しました。でも、俺がやったことはいずれバレるでしょう。そうなった時責任を取らされるのは俺を引き取った港さんでは?」
「分かってて須藤を殺したんだ」
「…はい」
港さんにとっては飼い犬の手を噛まれるような思いだろう。借金を肩代わりし、血のつながりもない子供を学校にまで行かせてくれたというのにとんだ恩知らずだ。
「君は賢い。今までずっと君はボクが仕掛けてきた二分の一の正解を選び続けてきた。ボクは君の言動一つでも不愉快に感じたら君を殺す気だったんだ。でも…君は今回自ら不正解を選び取った」
首筋にナイフが突き付けられた。想像していたような恐怖は特になく、この人なら確実に痛みなく殺してくれるだろうなという安心感すらあった。だから自然と港さんに目を向ける。目が合うと湊さんはくしゃりと笑った。
「君は…ずるいなぁ」
「え?」
「隼人にとって太一君が第一だ。例えボクだとしても太一君に手を出せば君はボクを殺そうとするだろう?絶対に僕に勝てないと分かってるのに」
「…はい。俺が殺せる最善を尽くします」
「そういう君だからボクは大好きなんだ」
パッと手品のようにナイフが消える。目を丸くしていると相変わらずの笑顔で手が差し出された。
「ねえ、後戻りできない場所まで行く気はある?」
これも俺が生き残るための二分の一の選択だ。生き残る答えは一つしかない。
「はい。あなたについていきます」
俺の答えに港さんは満足そうに笑った。
「ようこそこちら側へ。歓迎するよ。隼人はきっといい殺し屋になる。ボクが保証するよ」
俺が選んだ道はきっと茨が敷き詰められていることだろう。一歩進むごとに痛みを伴い、戻ることの出来ない地獄。
でも、港さんについていくことを選ばなければ俺はきっと死んでいるのと変わらなかっただろう。
「それじゃあ帰ろうか。隼人」
「…はい」
世間でいうお天道様の下を歩けるような人生ではないかも知れない。
それでも帰っても誰もいないあの家より、遥かにずっと、帰りたいと思える。
俺の一挙一動が常に命の危機に晒されているのだとしても、ちゃんと見てもらえていることの方が幸せで、この人に殺されるなら構わないとそう思えるほどには愛情に似たものを与えてもらっている気もした。
港さんにとっては飽きれば捨てるだけの都合のいい駒であることは間違いないだろう。
「ああ、それから。君はボクが誰かに殺されるかもって心配してくれたのかも知れないけど、無用な心配だよ」
そう言って笑った港さんの瞳がどこまでも続くような深い闇のようで、思わず背筋がゾクリとした。
でも俺は、この闇を選んだ。
大切な者を守るために。自分が、生きていくために。
「フハッ」
「え?何で笑ったんですか?」
「君が…あんまり幸せそうに笑うもんだから…。絶望してもいいような人生なのに」
「笑って…ましたか?」
「うん。今まで見たことないほど綺麗な笑顔でね」
「…確かに普通の人にとっては絶望したくなる人生が待ってるのかも知れません。でも、これは俺が選んだ俺が生きる人生です。だから、どんな未来も楽しみだって思えるんです」
「プッ!アハハ!いいねぇ!しっかり狂ってる!だからこそ今まで生きてこれたのかもね。ま、人生楽しんだもん勝ちだからね。楽しい人生を謳歌しな」
「はい」
この人に出会えたことこそが俺にとっての分岐点でもあったのだろう。
自然と笑えるぐらいには幸せな人生を歩めてる。
ーENDー
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「うそっ! お腹が出て来てる!?」
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
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