36 / 141
第1幕 歌うバロタン・ボックス
32
しおりを挟む
「レインくん。きみは自分が出演する公演の前には必ず舞台を下見に行くそうだね」
レインの両手がぎゅっとシーツを掴む。
「チュチュくんのバロタン・ボックスがなくなった当日、きみはハイド・パークにいた。違うかい?」
目を閉じ、レインはかすかに頷いた。
ティナとチュチュが碧と赤茶色の瞳をまたたかせる。
「ハイド・パークの出張演奏会の下見にきていたレインくんは、スコットがコレクションボックス代わりにしていた大木の根元まで運んでいくのを偶然目にした」
「義理堅い彼は追いかけて取り戻そうとしたが、スコットは途中で最悪な場所に落としてしまった――サーペンタイン池の中に」
ティナの目がまたたきながら、思考を追う。
バロタン・ボックスの音割れはやはり水濡れによるものだったのだ。
「レインくんは我を忘れて、池に飛び込んで渡り、バロタン・ボックスを取り戻した。石畳の舗装道路ではつかない、赤土にまみれた運動靴はその証拠だよ。すっかり風邪をひいてしまった彼はその身をひきずって、チュチュくんのアパートの窓辺からそれを返した」
「なんでそんな方法で……?」
今だ半信半疑の色を隠せず、チュチュが呆然と呟く。
レインはまだ、口元をきつく結んだままだ。
「わざわざそんな返し方をしたのは知られたくなかったからだ。舞台俳優志望の自分が、本番前に川に飛び込むという愚行を犯したことを」
チュチュの胡桃色の瞳が、陽光を反射して、マンダリンオレンジにきらめく。
愛すべき小動物にするように、ヒューは軽やかな手つきでバロタン・ボックスを撫でる。
「よってこれはただのバロタン・ボックス。邪悪な魔力などかけらもない」
「レイン、ほんとうなの?」
「……」
彼の一つの首肯が、この場にいる者たちから口を挟む余地を奪う。
最後の疑念を、ティナが投じた。
「『フォルマシオンデイズ』ののオルゴールが人々の才能を引き出しているように見えたのは?」
バロタン・ボックスを慈しむのをやめないままに、ヒューはつけ加える。
「オルゴールには音楽療法の力がある。不眠や 緩和など、具体的な効果も確認されている。そんなふうに見えたとしても、それは自然なことではないかな」
へなへなと、小さな影がその場に座り込む――チュチュだ。
「レインの才能が、奪われたわけじゃなかったんだね。ちゃんと休めば、元どおりになるんだ……」
さっと顔を赤らめて、レインは顔を背けた。
「ばーか。あったりまえだろ。はやとちりネズミ」
いつもなら反論に出るチュチュは、黙っている。
「レイン。……ありがとう」
レインの両手がぎゅっとシーツを掴む。
「チュチュくんのバロタン・ボックスがなくなった当日、きみはハイド・パークにいた。違うかい?」
目を閉じ、レインはかすかに頷いた。
ティナとチュチュが碧と赤茶色の瞳をまたたかせる。
「ハイド・パークの出張演奏会の下見にきていたレインくんは、スコットがコレクションボックス代わりにしていた大木の根元まで運んでいくのを偶然目にした」
「義理堅い彼は追いかけて取り戻そうとしたが、スコットは途中で最悪な場所に落としてしまった――サーペンタイン池の中に」
ティナの目がまたたきながら、思考を追う。
バロタン・ボックスの音割れはやはり水濡れによるものだったのだ。
「レインくんは我を忘れて、池に飛び込んで渡り、バロタン・ボックスを取り戻した。石畳の舗装道路ではつかない、赤土にまみれた運動靴はその証拠だよ。すっかり風邪をひいてしまった彼はその身をひきずって、チュチュくんのアパートの窓辺からそれを返した」
「なんでそんな方法で……?」
今だ半信半疑の色を隠せず、チュチュが呆然と呟く。
レインはまだ、口元をきつく結んだままだ。
「わざわざそんな返し方をしたのは知られたくなかったからだ。舞台俳優志望の自分が、本番前に川に飛び込むという愚行を犯したことを」
チュチュの胡桃色の瞳が、陽光を反射して、マンダリンオレンジにきらめく。
愛すべき小動物にするように、ヒューは軽やかな手つきでバロタン・ボックスを撫でる。
「よってこれはただのバロタン・ボックス。邪悪な魔力などかけらもない」
「レイン、ほんとうなの?」
「……」
彼の一つの首肯が、この場にいる者たちから口を挟む余地を奪う。
最後の疑念を、ティナが投じた。
「『フォルマシオンデイズ』ののオルゴールが人々の才能を引き出しているように見えたのは?」
バロタン・ボックスを慈しむのをやめないままに、ヒューはつけ加える。
「オルゴールには音楽療法の力がある。不眠や 緩和など、具体的な効果も確認されている。そんなふうに見えたとしても、それは自然なことではないかな」
へなへなと、小さな影がその場に座り込む――チュチュだ。
「レインの才能が、奪われたわけじゃなかったんだね。ちゃんと休めば、元どおりになるんだ……」
さっと顔を赤らめて、レインは顔を背けた。
「ばーか。あったりまえだろ。はやとちりネズミ」
いつもなら反論に出るチュチュは、黙っている。
「レイン。……ありがとう」
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる