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第2幕 湖上ホテルの宝物部屋
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姉妹同士の関係性が、隣席した客から知り合いに変わったことを記念した二度目のお茶会は、ごくごくささやかなものだった。
マーマレードやチョコレートを閉じ込めたクッキーにはたまに、Eat meと書かれている。Drink meと書いてあるティーカップから湯気を立てているのは、ロシアンティー。
カップも食器もリボンを結んだ少女が描かれたデザインだ。
『ふしぎの国のアリス』をイメージしたそれらは、きっとエイプリルの趣味なのだろうと、ティナは推測する。
「まぁ、そうなの。チュチュさんも、音楽学校で学んでいらっしゃるのね」
そのエイプリルは、アリスの柄のティーカップを大事そうに両手で包み込むようにして、チュチュに笑顔を向けた。
「まーねーん」
ロシアンティーのほのかに甘い香りに鼻をひくひくと動かしながら、得意げに応えるチュチュを、エイプリルはどこかまぶしそうに見つめた。
「羨ましいわ。……わたしも、歌うことが好きだったの」
砂色の瞳にどこか夢見るような色が混じる。
「元気だったときは、よく歌っていたわ。大声を出すのははしたないと姉さまに叱られたくらい」
チョコとプレーンのまだら模様のクッキーをかじっていたチュチュが、目を丸くする。
「へー。そうなんだ。なんか意外。エイプリルって、おしとやかに見えるのにね。ねぇお姉ちゃん?」
「そうね、叱られるくらい大声を出すようには、ちょっと見えないわね」
チュチュの問いかけにティナが同調したとき、陽の光が雲間に隠れ、エイプリルの頬が色を失ったように見えた。
「……今は、お日様の元になかなか出られません、から」
なんとなく訪れた隙間風のような沈黙に、その顔を窺がいつつチュチュがそっと声を乗せる。
「ねぇ、エイプリル。なんか、不安とか、怖いことがあるの?」
「え」
繊細なつくりの顔に浮かんだぎょっとしたような表情に、膝の上に置いたティナも手もかすかに蠢いた。
「さっきから、カップを持つ片手が震えてて。だいじょうぶ?」
「あ――」
鋭い落下音。
直後、テーブルの上、真っ二つに割れ転がったティーカップから、飴色の液体がテーブルをつたってぽたぽたと零れ落ちていた。
「違う! そんなことないわ!」
突然大声を出したエイプリルに、チュチュは瞳をまたたかせる。
これは、怒気? 苛立ち? 違う――。
「わたし、あなたのお姉さまに会えて、あなたともこうしてお話できてすごく、すごく嬉しいのっ。不安なんかじゃ、ない……!」
それが恐怖なのかもしれないと悟ったとき、チュチュは低く、言葉を返していた。
「ごめん、ただ、あたしは――」
「うっ」
「エイプリル!?」
「だいじょうぶ?」
口元を抑えたエイプリルに駆け寄ろうとしたチュチュとティナを静止して、それまで黙っていたジャクリーンが彼女を抱え上げる。
「取り乱して申し訳なかったわ。一度失礼します」
すっかり顔色を失った妹を抱えた姉は、丘をあとにする間際に、振り向いた。
「妹の調子がいつもよりよかったので油断して、迷惑をかけてしまったけれど。……あなた方と時を過ごせて、よかったわ」
それとわからぬほどうっすらとした微笑みを残して、ジャクリーンがその場を去ったあと、ティナは首を傾げる。
「気分が悪くなってしまったのかしら。心配ね」
それ以上に、神妙な表情をしていたのは、チュチュだった。
「ねぇお姉ちゃん。エイプリルって――」
それまで姉妹が去ったさきのホテルを見守っていたティナが、ふいに顔を向ける。
「なに、チュチュちゃん?」
「……ううん、なんでもない」
唐突に閉会となってしまった茶会のティーカップをチュチュが飲み干すと、ロシアンティーは少しだけぬるくなっていた。
マーマレードやチョコレートを閉じ込めたクッキーにはたまに、Eat meと書かれている。Drink meと書いてあるティーカップから湯気を立てているのは、ロシアンティー。
カップも食器もリボンを結んだ少女が描かれたデザインだ。
『ふしぎの国のアリス』をイメージしたそれらは、きっとエイプリルの趣味なのだろうと、ティナは推測する。
「まぁ、そうなの。チュチュさんも、音楽学校で学んでいらっしゃるのね」
そのエイプリルは、アリスの柄のティーカップを大事そうに両手で包み込むようにして、チュチュに笑顔を向けた。
「まーねーん」
ロシアンティーのほのかに甘い香りに鼻をひくひくと動かしながら、得意げに応えるチュチュを、エイプリルはどこかまぶしそうに見つめた。
「羨ましいわ。……わたしも、歌うことが好きだったの」
砂色の瞳にどこか夢見るような色が混じる。
「元気だったときは、よく歌っていたわ。大声を出すのははしたないと姉さまに叱られたくらい」
チョコとプレーンのまだら模様のクッキーをかじっていたチュチュが、目を丸くする。
「へー。そうなんだ。なんか意外。エイプリルって、おしとやかに見えるのにね。ねぇお姉ちゃん?」
「そうね、叱られるくらい大声を出すようには、ちょっと見えないわね」
チュチュの問いかけにティナが同調したとき、陽の光が雲間に隠れ、エイプリルの頬が色を失ったように見えた。
「……今は、お日様の元になかなか出られません、から」
なんとなく訪れた隙間風のような沈黙に、その顔を窺がいつつチュチュがそっと声を乗せる。
「ねぇ、エイプリル。なんか、不安とか、怖いことがあるの?」
「え」
繊細なつくりの顔に浮かんだぎょっとしたような表情に、膝の上に置いたティナも手もかすかに蠢いた。
「さっきから、カップを持つ片手が震えてて。だいじょうぶ?」
「あ――」
鋭い落下音。
直後、テーブルの上、真っ二つに割れ転がったティーカップから、飴色の液体がテーブルをつたってぽたぽたと零れ落ちていた。
「違う! そんなことないわ!」
突然大声を出したエイプリルに、チュチュは瞳をまたたかせる。
これは、怒気? 苛立ち? 違う――。
「わたし、あなたのお姉さまに会えて、あなたともこうしてお話できてすごく、すごく嬉しいのっ。不安なんかじゃ、ない……!」
それが恐怖なのかもしれないと悟ったとき、チュチュは低く、言葉を返していた。
「ごめん、ただ、あたしは――」
「うっ」
「エイプリル!?」
「だいじょうぶ?」
口元を抑えたエイプリルに駆け寄ろうとしたチュチュとティナを静止して、それまで黙っていたジャクリーンが彼女を抱え上げる。
「取り乱して申し訳なかったわ。一度失礼します」
すっかり顔色を失った妹を抱えた姉は、丘をあとにする間際に、振り向いた。
「妹の調子がいつもよりよかったので油断して、迷惑をかけてしまったけれど。……あなた方と時を過ごせて、よかったわ」
それとわからぬほどうっすらとした微笑みを残して、ジャクリーンがその場を去ったあと、ティナは首を傾げる。
「気分が悪くなってしまったのかしら。心配ね」
それ以上に、神妙な表情をしていたのは、チュチュだった。
「ねぇお姉ちゃん。エイプリルって――」
それまで姉妹が去ったさきのホテルを見守っていたティナが、ふいに顔を向ける。
「なに、チュチュちゃん?」
「……ううん、なんでもない」
唐突に閉会となってしまった茶会のティーカップをチュチュが飲み干すと、ロシアンティーは少しだけぬるくなっていた。
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