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第1話 宅配司書と作家志望
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レインボーシャワーがそこここに香る六月。かき氷やパンケーキの店が犇めくのホノルルの街中を、黄色いトロリーバスが走っていく。
込み入った観光バスの末席には、絹のウエディングドレスの女。彫が深く、健康的な小麦色の肌。東洋風の美しさだ。
そしてそこに寄り添うように、薄紫のドレスの女の姿があった。透き通るような白い肌にセピア色の髪。繊細なウィスタリアの瞳。儚げなたたずまいに反しその手はしっかりと連れのものを握っている。
よくよく目を凝らして見れば、美しく着飾った対照的な二人の髪が、ドレスの裾が乱れていることに気付かされる。
が、バカンスを楽しむのに忙しい観光地のこと。
人々は誰も気にしない。
時たまおめでとうと、朗らかな声をかけていくくらいで。
砂浜とヤシの木と、近代的なビルに挟まれた、呑気な、平穏な街。
窓の外に駆け去っていくそれを眺めながらプルメリアはぼそりと呟く。
「ふざけたプレゼン」
いきなり突き付けられた感想に、ラヴェンナの目が瞬かれる。
「あんたが選んだのはどれもこれも、理想にたっぷり染まったお綺麗な物語ばっかり」
投げつけるような批評の後、ふっと、プルメリアは笑いを落とした。
「あんた自身みたい」
向けられた顔は皮肉に染まり、だがやはり笑っている。
「ちょっとした汚れやありがちな理不尽なんかに、そうやっていちいちきれいな顔を歪めてさ」
挑戦的に東洋風美女は顎に手の甲をあてがう。
「ほんと勘に障るわ」
「お気に召しませんでしたか。すみません」
しゅんとうな垂れる彼女にええ、と小ざっぱりした声が答える。
「そんなのね、生きていくのになんの具体策も教えちゃくれない。余裕のある人間たちの道楽よ」
ラヴェンナが顔を上げた。
快さげに呟かれた声が、南国の快い風に、吹かれていく。
「しょせん文学なんて」
晴れ上がったその空を、小さなバス越しにプルメリアは仰ぐ。
わかっている。
わかっているのだ。
そんなことは。
「でもあたしは」
余裕がないと生まれない贅沢な文化。
人間が到達しうる最上の境地。
「そんなくだらないものに浸かって追い求めてくことが」
つんとした美女はとうとう降参したように、ぶるんと顔を振った。
「そんなことが、やめらんないのよ……!」
俯いたまま、呟く。
くそ意味がなくて。
役になんか立たなくて。
あるのはただ快さだけ。
自分自身の核心を見つけていられる快感。
それだけ。
「好き、だったのよ。そういう生き方が」
俯いた視線ごと拾うように、再度、宅配司書はその手を取った。
「行きましょう、プルメリアさん。物語を愛する人を、歓迎する場所があります」
紅のはがれた唇で微笑みを。
「図書館に専属の作家を置く、というお話は耳にしませんが。わたしたちの社長は前例のあることより、ないことの方を好まれる方です」
プルメリアの隣から顔を出し、かぎおさめとばかりに、ラヴェンナが南国の花々の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「なんとかなると思います」
「あんた……」
この時、ようやくプルメリアは悟った。
自分は今、生まれ変わったらしいと。
「中央ヨーロッパに位地するウィスタリアという国。ウィスタリア私立図書館」
ウィスタリアの瞳は笑みに、そして他の何かに、満ち満ちている。
「それがわたしの居場所です」
美しい宅配司書は、騎士のように手を差し伸べた。
――今度こそ、本物の門出に、祝福を。
込み入った観光バスの末席には、絹のウエディングドレスの女。彫が深く、健康的な小麦色の肌。東洋風の美しさだ。
そしてそこに寄り添うように、薄紫のドレスの女の姿があった。透き通るような白い肌にセピア色の髪。繊細なウィスタリアの瞳。儚げなたたずまいに反しその手はしっかりと連れのものを握っている。
よくよく目を凝らして見れば、美しく着飾った対照的な二人の髪が、ドレスの裾が乱れていることに気付かされる。
が、バカンスを楽しむのに忙しい観光地のこと。
人々は誰も気にしない。
時たまおめでとうと、朗らかな声をかけていくくらいで。
砂浜とヤシの木と、近代的なビルに挟まれた、呑気な、平穏な街。
窓の外に駆け去っていくそれを眺めながらプルメリアはぼそりと呟く。
「ふざけたプレゼン」
いきなり突き付けられた感想に、ラヴェンナの目が瞬かれる。
「あんたが選んだのはどれもこれも、理想にたっぷり染まったお綺麗な物語ばっかり」
投げつけるような批評の後、ふっと、プルメリアは笑いを落とした。
「あんた自身みたい」
向けられた顔は皮肉に染まり、だがやはり笑っている。
「ちょっとした汚れやありがちな理不尽なんかに、そうやっていちいちきれいな顔を歪めてさ」
挑戦的に東洋風美女は顎に手の甲をあてがう。
「ほんと勘に障るわ」
「お気に召しませんでしたか。すみません」
しゅんとうな垂れる彼女にええ、と小ざっぱりした声が答える。
「そんなのね、生きていくのになんの具体策も教えちゃくれない。余裕のある人間たちの道楽よ」
ラヴェンナが顔を上げた。
快さげに呟かれた声が、南国の快い風に、吹かれていく。
「しょせん文学なんて」
晴れ上がったその空を、小さなバス越しにプルメリアは仰ぐ。
わかっている。
わかっているのだ。
そんなことは。
「でもあたしは」
余裕がないと生まれない贅沢な文化。
人間が到達しうる最上の境地。
「そんなくだらないものに浸かって追い求めてくことが」
つんとした美女はとうとう降参したように、ぶるんと顔を振った。
「そんなことが、やめらんないのよ……!」
俯いたまま、呟く。
くそ意味がなくて。
役になんか立たなくて。
あるのはただ快さだけ。
自分自身の核心を見つけていられる快感。
それだけ。
「好き、だったのよ。そういう生き方が」
俯いた視線ごと拾うように、再度、宅配司書はその手を取った。
「行きましょう、プルメリアさん。物語を愛する人を、歓迎する場所があります」
紅のはがれた唇で微笑みを。
「図書館に専属の作家を置く、というお話は耳にしませんが。わたしたちの社長は前例のあることより、ないことの方を好まれる方です」
プルメリアの隣から顔を出し、かぎおさめとばかりに、ラヴェンナが南国の花々の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「なんとかなると思います」
「あんた……」
この時、ようやくプルメリアは悟った。
自分は今、生まれ変わったらしいと。
「中央ヨーロッパに位地するウィスタリアという国。ウィスタリア私立図書館」
ウィスタリアの瞳は笑みに、そして他の何かに、満ち満ちている。
「それがわたしの居場所です」
美しい宅配司書は、騎士のように手を差し伸べた。
――今度こそ、本物の門出に、祝福を。
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