ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~

ほか

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第4話 宅配司書ができるまで

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 ランタンに、東洋風の水差しやグラス、水色や紫のビビットな色を使った家具やソファが目立つ、薄明かりのついたカフェ。



 ウィスタリアのリトル・インディアと言われる通りを、ダイアンは歩いていた。



 膝のあたりには従順に横についてくる少女の姿がある。







「この通りはこの黄昏時が一番きれいなんですよ」



 隣を行く少女がこっくりと頷く。



 あれだけの書物が脳内に入っているのだからおそらくこの程度の言葉は介しているだろう。



 自身の中の不明瞭な部分から背けるように、ダイアンの視線は西日に染まって情緒を醸し出す東洋風の店店を渡り歩く。







 なぜかこの少女に見せてやりたくなった。



 日常生活に必要なものを揃える、という名目を自身に課して。



 何のつもりかという声も内部に響いたが。



 この商品はすぐに、先方に明け渡すのに。







 広場に突き当たると、音楽が聞こえてきた。



 クラリネットにパイプオルガン、軽快なヴァイオリンを鳴らす人々を囲んで子どもたちが群がる。



 一度聴いたら耳を離れない癖になるメロディー。







 この国で最も有名な歌姫がかつて歌ってヒットした歌だ。



 早くに結婚し母となり、惜しまれ引退したのだったが。



 芸術になど関心のない自分がその情報を持ち合わせているくらいは有名だ。



 気付いたら少女の肩を抱き歩を止めていた。



 音楽を聴くなど、習慣にはなかったが。



 よいものかもしれない。







 弾む旋律に身を委ねているとふいに背中に軽い衝撃がして我に返る。



 そこに少女が顔を押し付けていた。



 じっと震える手で抱き着いてくる。



 外界へのはじめての反応らしい反応。



「どうしました」



 落ち着かせようと頭を撫でてみても、効果がない。



 全身の震えは増すばかりだ。



「楽器の音が苦手なのですか」



 肯定するように少女はぎゅっと抱き着いてくる。







 ……苦手なもの。



 少女を囲うように宥めつつ、ダイアンの想いは自身の過去へと飛ぶ。



 自分も幼い頃は大人が苦手だった。



 特に頑健な大人は。



 男であろうと女であろうと。



 施設でも組織でも容赦なくなぶり叩かれたから。



 この国でも、戦争が日常であった時代、そして現代にも存在する異国の国々では、強烈なトラウマを持ち帰った帰還兵は妻や子を殴るという。



 傷の記憶と行動は往々にして結びつく。







 押し寄せる思考の波の中ダイアンは考える。



 あの時。



 自分が欲していたものはなんだったか。



 答えは、言葉にできないものだった。



 だから音もなくそっと、目の前の少女を抱きしめる。







「深く息を吸って。呼吸を正常に戻すように努めなさい。今ここの瞬間、石畳を踏みしめ、息をしていることを思い出すのです」



 自分の語彙と知識の中には、彼女の中にあるような豊かな物語も、装飾語もない。



 ただ、経験だけ。



 泥のような経験と、そこから掴んだ、錆びた鍵のような、何か。



 かすかに、きつい手の感触が緩まる。



 少女の肩を両側から支え、震えるウィスタリアの目を見据えて。



 彼は言う。







「もう、ここには。きみを傷つけるものなんて」







 ウィスタリアの瞳がこちらを捕らえた。



 言いかけてふいに口を噤む。



 きみを傷つけるものなどもうないと。



 言えた立場か。



 きりりとダイアンは唇を噛む。



 オークション会場からこの子を盗み出し、金持ちの手に売ろうとしている自分が。



 首に何かがかけられる、軽い衝撃。





 少女が正面から抱きしめ返してきたのだと悟ったのは、数秒遅れた後だった。

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