1 / 10
1
しおりを挟む
ザ・平均女子。僕が椎名唯を初めて目にした時の感想はそんな単純なものだった。中学三年生になって初めての席替えで、僕は廊下側の前から二番目の席を引いた。隣の席のくじを引いたのが、彼女だった。今年の一月に転入してきた彼女を、僕はそれまで見たことがなかった。ちらちらと横顔を盗み見る僕に、「よろしく」とだけ彼女は言って、僕も「よろしく」と会釈をした。
髪を肩で切りそろえ、きちんと制服を着こなした彼女は、真面目な普通の女の子にしか見えなかった。僕らは特に仲の良い会話をすることもなく、ただ授業を受ける席が隣りなだけというクラスメイトだった。
彼女が少し変わった女子だと認識したのは、席替えから二週間も経ってからだ。
教室や廊下で見かける彼女の姿は、いつも一人だった。目立っていじめられているわけでもなく、女子同士で会話を交わしているのも目にしたが、それはあくまで「会話」であり、楽しそうな「お喋り」ではなかった。
そんな風にちょっとだけ彼女に意識を向けた頃、僕は気が付いた。
「それ……」
頬杖をついて教科書を眺めていた彼女は、僕の声に顔を上げる。僕の指先を見て「これ?」と言うのに、僕は頷いた。
「periodのグッズだよね」
アイボリー色のペンケースには、黒を基調に金色の文字で「period」とロゴが入ったリボン型のストラップがついている。新進気鋭のスリーピースバンド「period」の、オンライン限定で購入できる公式グッズだ。
僕は鞄からポーチを取り出して見せた。端にくくりつけている同じストラップは僕もお気に入りで、発売日にネットショップでポチって手に入れたものだ。
「知ってるの?」
彼女の眠たげな目が少しだけ開かれた。
「うん。いっつも聴いてる」
「CD買ってる?」
「大体レンタルだけど、お金がある時は買ってるよ。全曲持ってる」
「私も」
この日初めて、僕は彼女と十分間の休憩時間をお喋りして過ごした。それは中々に楽しい時間で、次の授業が終わっても、昼休みになっても僕らはバンドの話をした。彼女をてっきり暗い女の子だと思っていた僕は、椎名唯への印象を大きく変えることになった。
「今度のライブ、申し込む?」
放課後、僕の問いかけに彼女は「もちろん」と首肯する。僕らの地元でピリオドの初ライブが十二月に開催される。八か月も先の話だが、なんとしてでもチケットを手に入れなければならない。来月に抽選申込みが始まる予定で、ライブ自体が初めてな僕は、申込み用のアカウントを準備して心待ちにしていた。
「津守くんは申し込むの?」
「もちろん」
彼女を真似て僕も頷いた。
「椎名さんは、当たったら誰かと行くの」
「ううん。ひとり」
迂闊な質問をしてしまった。僕の身近にもピリオドを聞いている友人はいるけど、グッズを買ったりライブに申し込むほどではない。だから彼女のストラップを目にしてこんなにはしゃいだんた。これは、「それなら一緒に」というのが自然な流れだ。
だが、今日初めて話した女子をライブに誘う度胸はなかった。むしろ、初めてのライブで他人に気を遣いたくないという思いまである。気まずさを感じる僕の心境に気付いていないのか、彼女は「一緒に行く?」と鞄を肩にかけた。
「あ、でも、こういうのって友だちと行くもんだね」
ぽんと手を叩きそうな、思いついた表情をして僕を見る。僕は何と答えればいいのか、咄嗟に思いつかない。僕らは友だちではないからだ。
「じゃ、友だちになればいいんだ」
顎に指を当てる彼女は、何ごとか考えついたらしい。僕を見る瞳は「どう?」と言っているみたいで、呆気に取られていた僕は思わず笑ってしまった。そもそも抽選が当たるかもわからない。「確かに」という言葉が今度は口から出た。
「友だちになる?」
ふざけながら言った僕に、彼女は右の手のひらを突きつけて「待った」のポーズを取った。
「考えさせて」
彼女はふざけなんて微塵も感じさせない真剣な表情で、真っ直ぐ僕を見つめた。告ったわけでもないのに、なんて大袈裟な仕草だろう。時計を見て、僕は笑いながら彼女に軽く片手をあげる。もう学校を出ないといけない時間だ。「そんじゃ」と軽く挨拶をして、僕は教室を後にした。
翌朝、隣りの席の彼女は、席に着いた僕に「はい」と一枚の紙を突き出した。ついそれを受け取って、書かれている内容に驚く。
「友だち契約書」。紙の上部には太いゴシック体の文字が並んでいた。下にはもう少し小さな文字が連なっている。
――私は当契約に基づき、契約満了時まで椎名唯の友人となる。契約時、以下のことを約束する。
・互いの名を口にする際、敬称を略する
・奢る行為を含め、金銭の貸し借りを禁ずる
・犯罪行為、及びそれを教唆する行為を禁ずる
・契約満了時、互いに連絡先を削除する
・期限まで必ず友人関係でいる
・契約の更新はしないものとする
・本契約の期間は、契約時から翌年三月十三日までとする
上記のいずれかを破った場合、五十万円の罰金を課す。
なんだこりゃ。口を半開きにしたまま目線を上げると、彼女は当然な顔をして僕を直視していた。何の冗談、という言葉を口にできないほど、その視線には淀みも揺れもない。まさか彼女は本気なのか。昨日「考えさせて」と言ったのは、この契約書を準備するためだったのか。
契約書の最後は、署名欄で括られていた。
「……これにサインしろって?」
「うん」
はは、と僕は白けた笑い声を絞り出した。それでも彼女は釣られて笑うこともなく、ストラップのついたペンケースを開け、ボールペンを取り出して僕に差し出す。これで名前を書けということらしい。
彼女に友だちがいない理由がわかった。変な子だ。圧倒的に変わっている。
そう思いながら、僕はペンを受け取った。彼女の行為を馬鹿にし、紙を突き返す選択肢もある。それが一番全うなようにも思える。だが、それだと自分が情けない気がしたのだ。女子の気概に破れた悲しき男子。そんな自分を想像し、悪ノリのテンションで、僕は契約書に自分の名前と今日の日付を書き込んだ。
ペンと紙を渡すと、彼女は契約書をじっと見つめ、満足そうに頷いた。
「卒業式の日まで、よろしく」
そうか、来年の三月十三日は卒業式なのか。奇妙に納得する僕は、こうして椎名唯と友だち契約を結んだのだった。
髪を肩で切りそろえ、きちんと制服を着こなした彼女は、真面目な普通の女の子にしか見えなかった。僕らは特に仲の良い会話をすることもなく、ただ授業を受ける席が隣りなだけというクラスメイトだった。
彼女が少し変わった女子だと認識したのは、席替えから二週間も経ってからだ。
教室や廊下で見かける彼女の姿は、いつも一人だった。目立っていじめられているわけでもなく、女子同士で会話を交わしているのも目にしたが、それはあくまで「会話」であり、楽しそうな「お喋り」ではなかった。
そんな風にちょっとだけ彼女に意識を向けた頃、僕は気が付いた。
「それ……」
頬杖をついて教科書を眺めていた彼女は、僕の声に顔を上げる。僕の指先を見て「これ?」と言うのに、僕は頷いた。
「periodのグッズだよね」
アイボリー色のペンケースには、黒を基調に金色の文字で「period」とロゴが入ったリボン型のストラップがついている。新進気鋭のスリーピースバンド「period」の、オンライン限定で購入できる公式グッズだ。
僕は鞄からポーチを取り出して見せた。端にくくりつけている同じストラップは僕もお気に入りで、発売日にネットショップでポチって手に入れたものだ。
「知ってるの?」
彼女の眠たげな目が少しだけ開かれた。
「うん。いっつも聴いてる」
「CD買ってる?」
「大体レンタルだけど、お金がある時は買ってるよ。全曲持ってる」
「私も」
この日初めて、僕は彼女と十分間の休憩時間をお喋りして過ごした。それは中々に楽しい時間で、次の授業が終わっても、昼休みになっても僕らはバンドの話をした。彼女をてっきり暗い女の子だと思っていた僕は、椎名唯への印象を大きく変えることになった。
「今度のライブ、申し込む?」
放課後、僕の問いかけに彼女は「もちろん」と首肯する。僕らの地元でピリオドの初ライブが十二月に開催される。八か月も先の話だが、なんとしてでもチケットを手に入れなければならない。来月に抽選申込みが始まる予定で、ライブ自体が初めてな僕は、申込み用のアカウントを準備して心待ちにしていた。
「津守くんは申し込むの?」
「もちろん」
彼女を真似て僕も頷いた。
「椎名さんは、当たったら誰かと行くの」
「ううん。ひとり」
迂闊な質問をしてしまった。僕の身近にもピリオドを聞いている友人はいるけど、グッズを買ったりライブに申し込むほどではない。だから彼女のストラップを目にしてこんなにはしゃいだんた。これは、「それなら一緒に」というのが自然な流れだ。
だが、今日初めて話した女子をライブに誘う度胸はなかった。むしろ、初めてのライブで他人に気を遣いたくないという思いまである。気まずさを感じる僕の心境に気付いていないのか、彼女は「一緒に行く?」と鞄を肩にかけた。
「あ、でも、こういうのって友だちと行くもんだね」
ぽんと手を叩きそうな、思いついた表情をして僕を見る。僕は何と答えればいいのか、咄嗟に思いつかない。僕らは友だちではないからだ。
「じゃ、友だちになればいいんだ」
顎に指を当てる彼女は、何ごとか考えついたらしい。僕を見る瞳は「どう?」と言っているみたいで、呆気に取られていた僕は思わず笑ってしまった。そもそも抽選が当たるかもわからない。「確かに」という言葉が今度は口から出た。
「友だちになる?」
ふざけながら言った僕に、彼女は右の手のひらを突きつけて「待った」のポーズを取った。
「考えさせて」
彼女はふざけなんて微塵も感じさせない真剣な表情で、真っ直ぐ僕を見つめた。告ったわけでもないのに、なんて大袈裟な仕草だろう。時計を見て、僕は笑いながら彼女に軽く片手をあげる。もう学校を出ないといけない時間だ。「そんじゃ」と軽く挨拶をして、僕は教室を後にした。
翌朝、隣りの席の彼女は、席に着いた僕に「はい」と一枚の紙を突き出した。ついそれを受け取って、書かれている内容に驚く。
「友だち契約書」。紙の上部には太いゴシック体の文字が並んでいた。下にはもう少し小さな文字が連なっている。
――私は当契約に基づき、契約満了時まで椎名唯の友人となる。契約時、以下のことを約束する。
・互いの名を口にする際、敬称を略する
・奢る行為を含め、金銭の貸し借りを禁ずる
・犯罪行為、及びそれを教唆する行為を禁ずる
・契約満了時、互いに連絡先を削除する
・期限まで必ず友人関係でいる
・契約の更新はしないものとする
・本契約の期間は、契約時から翌年三月十三日までとする
上記のいずれかを破った場合、五十万円の罰金を課す。
なんだこりゃ。口を半開きにしたまま目線を上げると、彼女は当然な顔をして僕を直視していた。何の冗談、という言葉を口にできないほど、その視線には淀みも揺れもない。まさか彼女は本気なのか。昨日「考えさせて」と言ったのは、この契約書を準備するためだったのか。
契約書の最後は、署名欄で括られていた。
「……これにサインしろって?」
「うん」
はは、と僕は白けた笑い声を絞り出した。それでも彼女は釣られて笑うこともなく、ストラップのついたペンケースを開け、ボールペンを取り出して僕に差し出す。これで名前を書けということらしい。
彼女に友だちがいない理由がわかった。変な子だ。圧倒的に変わっている。
そう思いながら、僕はペンを受け取った。彼女の行為を馬鹿にし、紙を突き返す選択肢もある。それが一番全うなようにも思える。だが、それだと自分が情けない気がしたのだ。女子の気概に破れた悲しき男子。そんな自分を想像し、悪ノリのテンションで、僕は契約書に自分の名前と今日の日付を書き込んだ。
ペンと紙を渡すと、彼女は契約書をじっと見つめ、満足そうに頷いた。
「卒業式の日まで、よろしく」
そうか、来年の三月十三日は卒業式なのか。奇妙に納得する僕は、こうして椎名唯と友だち契約を結んだのだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる