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三月二十五日、土曜日の午前十時前、スマホに届いたメッセージを見てため息をついた。「待ってる」と返信して、駅前のベンチに腰掛ける。三月の空気はまだひんやりしていて、僕はフリースジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。
「ごめんごめん、待った?」
薄桃色のダウンジャケットを着てうすく汗をかいた葉月が、それからきっちり五分後に姿を見せた。「そんなに」と僕は返して、「暑くない?」と問いかける。いくら空気が冷たくても、もこもこのダウンは流石に過剰な防寒具だと思えた。
「そんなに」
僕の台詞を真似て、葉月は笑う。少しウェーブしたセミロングの黒髪を、今日は頭の後ろで器用に結っている。ほっそりしたうなじに僕が見惚れる間もなく、「行こっか」と歩き出した。
近くの複合施設のカフェで温かなお茶を飲みながら、たわいの無い話をする。葉月って、こんなに可愛かったんだ。幼稚園から高校までずっとそばで過ごしていながら、今になって彼女の笑顔に見入ってしまう。今日まで気付かなかったなんて、僕は本当に馬鹿だ。
「次、どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「もー、そういうのが一番困るんだけど」
唇を尖らせる彼女に続いてエスカレーターに乗り、本屋をひやかす。雑貨屋をあちこち覗いて、ペットショップで犬や猫を眺めて、軽く食事を摂って。どさくさに紛れて何度も僕は彼女の横顔を盗み見る。「何見てんの」あまりに長い間見ていたから、気が付いた彼女が笑った。それでも僕は何も言えなかった。
今日がずっと続けばいい。
そう思っていても、時間の流れは止められない。いつの間にか日が傾く時刻になって、僕たちは最後に屋上の観覧車に乗った。
ゆっくり上昇するゴンドラ。入学してもうすぐ一年になる高校が向こうに見える。「眩しいね」夕陽に目を細める彼女の頬がオレンジに染まって、それは泣きたくなるほど綺麗だった。
「……本当に、駄目なの」
ゴンドラが天辺に至る頃、我慢できずに僕は言ってしまう。彼女ははしゃいでいた口を閉ざして、表情を固くした。
「僕は、遠距離でも全然構わないよ」
僕が何と言っても、葉月の返事は変わらないだろう。
その予想通り、彼女は悲しげな目を伏せた。それを見て、やっぱり駄目かと肩を落とす。
「ごめん、佑二」
今日は、明日遠くに引っ越す彼女との最後のデートだった。片道の移動でも丸一日を要する場所に、葉月は引っ越してしまう。それでも僕は彼女と付き合っていたかった。電話やメールだけでもいい、恋人でいられなくなっても、とにかく繋がっていたかった。
だけど葉月はそれを望まなかった。幼い頃から一緒に育った彼女の拒絶に、僕は身を引き裂かれる思いだった。
「佑二には、もっといい人が見つかるよ」
そんな人はいない。僕の人生において、葉月より大切な人は、これからも絶対に登場しない。
僕が女々しい言葉を吐く前に、葉月は言った。
「さよなら」
ゴンドラは、もう地上につく。
「さよなら」
僕も彼女と同じ涙を浮かべながら、同じ言葉を口にした。
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