流星の徒花

柴野日向

文字の大きさ
25 / 80
4章 新しい日々

しおりを挟む
 卒業式は、無事に終わった。三年間の中学生活は、終わりを告げた。
 愁いに浸る間もなく、翔太は凛に引っ張られるまま、高校入学への準備を始めた。若葉中学校から青南高校に進学するのは、雨宮翔太と榎本凛の二人だけだった。だからだろうと翔太は思った。きっと凛は心細いから、制服の購入や教科書の受け取りにもわざわざ待ち合わせをして一緒に行きたがるのだろう。
「私も一緒に行く」
 だが、流石に凛の言葉を断る場面もあった。
 それは高校への通学手段について話している時だった。自転車で通うと行った翔太に、凛は自分もそうすると言ったのだ。
「いいって。凛は電車で行きなよ」よつば食堂でいつも通りの親子丼を食べながら、翔太は言った。「電車でも四十分かかるんだよ。女の子なんだし、帰りは危ないよ」
「平気だよ、それぐらい。私だって」今日は同じ親子丼を前にして、凛は譲らない。
「だめ」
「どうして」
「どうしても」
「いじわる」凛は頬を膨らませる。「いいもん。勝手に行くから」
「置いていく」言い捨てて食べ始める翔太に、「ひどい」と凛は身を乗り出した。
「私だって、心配してるんだよ」
「なにを」
「それは……」
 それ以上何も言えなくなるのに、翔太にも少し罪悪感が湧く。ただ一緒に通学したいという思いと共に、彼女は不安なのだ。片目の見えない翔太が、長距離を毎日自転車で通って事故に遭わないかどうか。
 かといって翔太に電車で通うという選択肢はない。交通費などというものを美沙子や勝也が考慮するはずがなかったし、残念なことに市は補助金を出していなかった。しかし食堂に通う大人が、幸い古い自転車を譲ってくれた。それでもう確定なのだ。
「いじわる言ってごめん」翔太は謝ったが、やはり承諾は出来ない。「でも、俺は大丈夫だよ」
「そんなこと言ったって」
「凛は部活だって入るだろ。そしたら帰りはいつも一緒なんてわけにはいかない。青南高校は田舎だから、人通りだってない。そんな夜道を、女の子が一時間以上もかけて一人で帰るのなんて危なすぎる」
「でも、翔太だってそんな夜道を一人で帰るんでしょ」
「俺は他に方法がないんだ。でもそっちは違うだろ。それなら安全な方を行って欲しい。もし俺に付き合って自転車で通って、何か事件にでも遭ったりすれば、無事だったとしても俺は堪えられないよ。説得できなかったことを一生後悔する」
 凛は翔太を心配しているが、翔太も凛が心配なのだ。それに気づいた彼女は、渋々ながらも頷いた。
「ほら、冷めるから食べなよ」
 不承不承の顔で、彼女はいただきますと手を合わせる。
「同じ学校なんだから。その気になればいつだって会えるよ」
 翔太は何気なく言ったが、それを聞いた彼女の表情は至極嬉しそうだった。「……そうだね」と頷いて、微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】 その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。 片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。 でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。 なのに、この呼び出しは一体、なんですか……? 笹岡花重 24歳、食品卸会社営業部勤務。 真面目で頑張り屋さん。 嫌と言えない性格。 あとは平凡な女子。 × 片桐樹馬 29歳、食品卸会社勤務。 3課課長兼部長代理 高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。 もちろん、仕事できる。 ただし、俺様。 俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

私は秘書?

陽紫葵
恋愛
社内で、好きになってはいけない人を好きになって・・・。 1度は諦めたが、再会して・・・。 ※仕事内容、詳しくはご想像にお任せします。

処理中です...