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12章 世界は輝く
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最後に町を見に行きたいと言った凛に、家族は反対しなかった。彼女の意見を尊重したというよりは、好きにしろという無干渉に等しかった。引っ越しを明日に控えた日、足の悪い彼女は家に居ても邪魔だったのだ。
「今度事故に遭ったら置いていくわよ」
そう言い捨てる叔母に「ごめんなさい」と呟き、凛は家を出た。入院中は病院にいたせいかあまり感じなかったが、家族の居る家は随分と息苦しくて窒息しそうだった。彼らの気分を害さないよう神経を張り詰めさせ、常に笑顔で接さなければならない。これから転校先で、新しい環境に馴染みながら家では彼らに気を遣う生活が始まるのかと思うと気が滅入る。
二年という短い時間だったが、若葉町では良い人たちに巡り合えた。記憶がなくとも、見舞いに来てくれた人々を想うと確信できる。果たして、明日向かう次の場所はどうだろうか。
ポジティブ思考に努めるが、それでもこの二年間より恵まれるとは思えない。身体が傷ついているせいもあるのか、期待よりも不安が募る。
ゆっくりと松葉杖をつき、凛は夕刻の町を歩いた。この町の全てを覚えていたい。景色だけでなく、音も匂いも、記憶に染みつかせておきたい。
見覚えのない学校の前を通る。若葉中学校。見上げた校舎の上には青い空が広がり、名前も知らない鳥が宙返りをする。校門前の桜はまだ咲いていない。花びらの舞う光景を見てみたかった。
歩いては立ち止まり、スマートフォンの地図を見ることを繰り返して、凛は夕方からの営業を迎えたよつば食堂を訪れた。
「あらあら、凛ちゃん。よう来てくれたね」まだ他に客はおらず、エプロン姿の悦子が嬉しそうに奥から出てくる。「足は大丈夫? 立ってたらしんどいやろ」
早速椅子を引いてくれるのに、礼を言って凛は腰を下ろした。天井から吊られているテレビでは、夕方のニュースが始まっている。
「明日引っ越しなので、最後に挨拶しておきたくって。それに、一回食べてみたかったんです」
「わざわざありがとうね。遂に明日なんやなあ」
おすすめを頼むと、悦子は少し考えた後に親子丼を運んできた。
「うちでは一番安いんやけど、一番自信あるんよ。何年食べてても、美味しいって言ってくれる人もおるんやから」
彼女の言う通り、温かな親子丼は美味しかった。肉は柔らかく、玉ねぎは甘く、卵はちょうどよくとろけている。確かに、何年食べても飽きないだろう。とても幸せな気持ちになれる。
「元さん、今日は休みやって言うてたからなあ。他のみんなも最近遅いし……」
食べ終わった頃、残念そうに悦子が言うのに凛は笑いかけた。
「また必ず来ます。その時たくさん、お話させてください」微笑む凛は金を払いながら、「そうだ」とポケットに手を入れる。
「これ、よかったら貰ってください」凛は小さな子犬のぬいぐるみを差し出す。
「あら、病院で見た子やね」
「私が作ったものなので、あまり出来は良くないけど……」
「そんなことないわ。よう出来とるよ。ほんとに貰ってもええの?」
「はい。悦子さんなら、絶対に大事にしてくれるから」
モデルにしたのは、かつて里親探しに奔走した子犬。あの子犬を知っている悦子なら、このプレゼントもきっと大切にしてくれるだろう。
「なら、喜んで頂くわ。ありがとうね」悦子は宝物のようにそれを受け取る。
暖簾をくぐって客が入って来たので、凛は立ち上がった。杖をつくその背を、悦子の手が優しく撫でる。
「凛ちゃん、元気でおるんよ」
「悦子さんも、元気でいてください」
顔を見合わせて笑い、凛はよつば食堂を後にした。
「今度事故に遭ったら置いていくわよ」
そう言い捨てる叔母に「ごめんなさい」と呟き、凛は家を出た。入院中は病院にいたせいかあまり感じなかったが、家族の居る家は随分と息苦しくて窒息しそうだった。彼らの気分を害さないよう神経を張り詰めさせ、常に笑顔で接さなければならない。これから転校先で、新しい環境に馴染みながら家では彼らに気を遣う生活が始まるのかと思うと気が滅入る。
二年という短い時間だったが、若葉町では良い人たちに巡り合えた。記憶がなくとも、見舞いに来てくれた人々を想うと確信できる。果たして、明日向かう次の場所はどうだろうか。
ポジティブ思考に努めるが、それでもこの二年間より恵まれるとは思えない。身体が傷ついているせいもあるのか、期待よりも不安が募る。
ゆっくりと松葉杖をつき、凛は夕刻の町を歩いた。この町の全てを覚えていたい。景色だけでなく、音も匂いも、記憶に染みつかせておきたい。
見覚えのない学校の前を通る。若葉中学校。見上げた校舎の上には青い空が広がり、名前も知らない鳥が宙返りをする。校門前の桜はまだ咲いていない。花びらの舞う光景を見てみたかった。
歩いては立ち止まり、スマートフォンの地図を見ることを繰り返して、凛は夕方からの営業を迎えたよつば食堂を訪れた。
「あらあら、凛ちゃん。よう来てくれたね」まだ他に客はおらず、エプロン姿の悦子が嬉しそうに奥から出てくる。「足は大丈夫? 立ってたらしんどいやろ」
早速椅子を引いてくれるのに、礼を言って凛は腰を下ろした。天井から吊られているテレビでは、夕方のニュースが始まっている。
「明日引っ越しなので、最後に挨拶しておきたくって。それに、一回食べてみたかったんです」
「わざわざありがとうね。遂に明日なんやなあ」
おすすめを頼むと、悦子は少し考えた後に親子丼を運んできた。
「うちでは一番安いんやけど、一番自信あるんよ。何年食べてても、美味しいって言ってくれる人もおるんやから」
彼女の言う通り、温かな親子丼は美味しかった。肉は柔らかく、玉ねぎは甘く、卵はちょうどよくとろけている。確かに、何年食べても飽きないだろう。とても幸せな気持ちになれる。
「元さん、今日は休みやって言うてたからなあ。他のみんなも最近遅いし……」
食べ終わった頃、残念そうに悦子が言うのに凛は笑いかけた。
「また必ず来ます。その時たくさん、お話させてください」微笑む凛は金を払いながら、「そうだ」とポケットに手を入れる。
「これ、よかったら貰ってください」凛は小さな子犬のぬいぐるみを差し出す。
「あら、病院で見た子やね」
「私が作ったものなので、あまり出来は良くないけど……」
「そんなことないわ。よう出来とるよ。ほんとに貰ってもええの?」
「はい。悦子さんなら、絶対に大事にしてくれるから」
モデルにしたのは、かつて里親探しに奔走した子犬。あの子犬を知っている悦子なら、このプレゼントもきっと大切にしてくれるだろう。
「なら、喜んで頂くわ。ありがとうね」悦子は宝物のようにそれを受け取る。
暖簾をくぐって客が入って来たので、凛は立ち上がった。杖をつくその背を、悦子の手が優しく撫でる。
「凛ちゃん、元気でおるんよ」
「悦子さんも、元気でいてください」
顔を見合わせて笑い、凛はよつば食堂を後にした。
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