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翌朝、使用人が用意したのは山歩きをするような軽装だった。
朝食もそこそこに出発の準備を促され、馬車に揺られてついた先は、奥深い森の入り口だった。
同行していたのは、アリエル様と十数名の武装した兵士たち。
馬車を降りた私に、アリエル様が近づいてきた。
「チョーカーを外せ」
「えっ、外しても良いのですか?」
「だめだ。俺が外せと言った時だけ外せ」
「…………」
小さなバッグを持たされていたので、その中にチョーカーを収める。
兵士たちが先導する中、森の中に入っていく。
「あの、この森って……」
「魔物の森だ」
やっぱり……。
辺境伯領の国境沿いの地域には、俗に魔物の森と呼ばれる広大な森林地域がある。
その名の通り、魔物と呼ばれる魔力を帯びた生き物が生息していて、見た目は一般的な動物に近いが、狂暴で強く危険な生き物だ。
数が増えると狂暴になり、定期的に森の外に出てきては人々の生活を脅かす。
辺境伯家の武力は、ほとんどが魔物退治のためなのだと聞いたことがある。
歩きやすい平坦な道を、しばらく進んだ。
水の音が聞こえていて、川に沿って歩いてきたことがわかる。
意外と光が差す場所が多く、兵士たちに囲まれているのもあり、恐ろしさは感じなかった。
「……このあたりでいいだろう」
アリエル様が軽く手を挙げると、兵士たちがそれぞれ別方向に散っていった。
「しばらくここで待っていろ。いいか、動くなよ?」
「はい? どういう……」
聞き返す間もなく、アリエル様は離れて行き姿が見えなくなった。
何がどうなっているの……。
周囲を見渡すが、誰も見当たらない。
静まり返った森に鳥の声だけが響く。
どうしていいかわからず、言われるままに立ち尽くしていた。
十五分ほどは、その場に立っていただろうか。
周囲に腰掛けるのにちょうどいい石を見つけた。少しくたびれた私はそれに腰掛けた。
「まさか、ここに置き去りにされたとか、ないわよね……?」
不安になってきてそう口にしたとき、斜め後ろの方でカサカサと草をかき分ける音がした。
兵士たちが戻ってきたのだろうかと耳をそばだてる。
複数の足音が聞こえ始め、それがだんだん近づいてくる。
違う……人の足音じゃない。
私は立ち上がって逃げる場所を探そうとするが、動く間もなく何かが草むらから飛び出してくる。
凶悪な風貌をした獣数匹が、私を見据えつつ取り囲む。
足がすくんで微塵も動けない私に向かって、じりじりと距離を詰める魔獣たち。
一匹の魔獣が飛び上がり、いよいよ食べられてしまうと咄嗟に目を閉じた。
だが、いつまでたっても想像していたような衝撃はこない。
足音は聞こえなくなり、ただ犬が口を開けているときのような息の音が聞こえる。
少し薄目を開けると、やはり何か傍に生き物がいるようだ。
再び目を閉じ、しばらく悩んだ末、目を開いた。
見えた光景に、ぎょっとする。
狼や狐、猿に似た生き物が、ずらりと十匹ほど横並びに座っていた。
どれも私の方を見ているが、襲ってくる気配はない。
「はは、やはり思った通りだ!」
どこかへ去ったはずのアリエル様が機嫌よく顔を出す。
続いて、兵士たちがぞろぞろ戻ってくる。
「すごいな、狂暴な魔物たちが、借りてきた猫のようだ」
口々に言って、魔物たちを眺めて回る。
「ちょっと、どういうことなんです。説明してください!」
安心すると同時に、ふつふつと腹立たしい気持ちが湧いてきた。
「魅了の呪いの効果だ。普通は人にしか効果がないはずなんだがな。もしやと思って、魔物に効くか試してみたら……この通りだ」
「もしやって、どうなるかわからないまま試したのですか。私が襲われるかもしれないのに!」
「そう怒るな。万が一には備えて近くに待機していたじゃないか」
「そうだとしても! 私、このまま死ぬのかと思っ……」
両の目から涙がこぼれ落ちる。悔しい、こんな自分勝手な人の前で、泣いてしまうなんて。弱みなんか見せたくない。
「な、泣くほどのことか? ……わ、悪かった。説明が足りていなかった。だが、働いてもらうと言っただろう。お前の能力が魔物討伐に役立つと思ったのだ」
「そうだとしても! これじゃあ囮じゃないですか。あんまりです!」
もう付き合っていられない。
ずかずかと森の入り口にむけて一人歩き出すと、慌てて周囲の兵士が追いかけてくる。
自分でもびっくりするくらい、感情が抑えられなかった。
生まれてからつい最近まで、私はいたって普通の貴族令嬢だったと思う。
ただ家や世間のしきたりに頷いて、不満は漏らさず、最大限期待に応えられるよう努力する。
前世の記憶を取り戻しても、基本的な価値観は変わらなかった。
でも、前世の私の視点で客観的に私自身を見つめたとき、現状がずいぶん窮屈に思えて。
自分がたどるかもしれない「物語」の結末は、令嬢としては悲惨でも、人としての自由がある。
そんなふうに思えて、物語をなぞる行動をした。
その結果ときたら、予想は打ち砕かれ、牢に入れられ何者かに呪いをかけられ……散々なありさま。
助け舟を出してくれた人は、この通りの人でなし。
もう、取引なんてかまうもんですか。
そちらが好き勝手するなら、私も自由にさせてもらうわ。
こんな人になら、嫌われたってかまわないもの。
朝食もそこそこに出発の準備を促され、馬車に揺られてついた先は、奥深い森の入り口だった。
同行していたのは、アリエル様と十数名の武装した兵士たち。
馬車を降りた私に、アリエル様が近づいてきた。
「チョーカーを外せ」
「えっ、外しても良いのですか?」
「だめだ。俺が外せと言った時だけ外せ」
「…………」
小さなバッグを持たされていたので、その中にチョーカーを収める。
兵士たちが先導する中、森の中に入っていく。
「あの、この森って……」
「魔物の森だ」
やっぱり……。
辺境伯領の国境沿いの地域には、俗に魔物の森と呼ばれる広大な森林地域がある。
その名の通り、魔物と呼ばれる魔力を帯びた生き物が生息していて、見た目は一般的な動物に近いが、狂暴で強く危険な生き物だ。
数が増えると狂暴になり、定期的に森の外に出てきては人々の生活を脅かす。
辺境伯家の武力は、ほとんどが魔物退治のためなのだと聞いたことがある。
歩きやすい平坦な道を、しばらく進んだ。
水の音が聞こえていて、川に沿って歩いてきたことがわかる。
意外と光が差す場所が多く、兵士たちに囲まれているのもあり、恐ろしさは感じなかった。
「……このあたりでいいだろう」
アリエル様が軽く手を挙げると、兵士たちがそれぞれ別方向に散っていった。
「しばらくここで待っていろ。いいか、動くなよ?」
「はい? どういう……」
聞き返す間もなく、アリエル様は離れて行き姿が見えなくなった。
何がどうなっているの……。
周囲を見渡すが、誰も見当たらない。
静まり返った森に鳥の声だけが響く。
どうしていいかわからず、言われるままに立ち尽くしていた。
十五分ほどは、その場に立っていただろうか。
周囲に腰掛けるのにちょうどいい石を見つけた。少しくたびれた私はそれに腰掛けた。
「まさか、ここに置き去りにされたとか、ないわよね……?」
不安になってきてそう口にしたとき、斜め後ろの方でカサカサと草をかき分ける音がした。
兵士たちが戻ってきたのだろうかと耳をそばだてる。
複数の足音が聞こえ始め、それがだんだん近づいてくる。
違う……人の足音じゃない。
私は立ち上がって逃げる場所を探そうとするが、動く間もなく何かが草むらから飛び出してくる。
凶悪な風貌をした獣数匹が、私を見据えつつ取り囲む。
足がすくんで微塵も動けない私に向かって、じりじりと距離を詰める魔獣たち。
一匹の魔獣が飛び上がり、いよいよ食べられてしまうと咄嗟に目を閉じた。
だが、いつまでたっても想像していたような衝撃はこない。
足音は聞こえなくなり、ただ犬が口を開けているときのような息の音が聞こえる。
少し薄目を開けると、やはり何か傍に生き物がいるようだ。
再び目を閉じ、しばらく悩んだ末、目を開いた。
見えた光景に、ぎょっとする。
狼や狐、猿に似た生き物が、ずらりと十匹ほど横並びに座っていた。
どれも私の方を見ているが、襲ってくる気配はない。
「はは、やはり思った通りだ!」
どこかへ去ったはずのアリエル様が機嫌よく顔を出す。
続いて、兵士たちがぞろぞろ戻ってくる。
「すごいな、狂暴な魔物たちが、借りてきた猫のようだ」
口々に言って、魔物たちを眺めて回る。
「ちょっと、どういうことなんです。説明してください!」
安心すると同時に、ふつふつと腹立たしい気持ちが湧いてきた。
「魅了の呪いの効果だ。普通は人にしか効果がないはずなんだがな。もしやと思って、魔物に効くか試してみたら……この通りだ」
「もしやって、どうなるかわからないまま試したのですか。私が襲われるかもしれないのに!」
「そう怒るな。万が一には備えて近くに待機していたじゃないか」
「そうだとしても! 私、このまま死ぬのかと思っ……」
両の目から涙がこぼれ落ちる。悔しい、こんな自分勝手な人の前で、泣いてしまうなんて。弱みなんか見せたくない。
「な、泣くほどのことか? ……わ、悪かった。説明が足りていなかった。だが、働いてもらうと言っただろう。お前の能力が魔物討伐に役立つと思ったのだ」
「そうだとしても! これじゃあ囮じゃないですか。あんまりです!」
もう付き合っていられない。
ずかずかと森の入り口にむけて一人歩き出すと、慌てて周囲の兵士が追いかけてくる。
自分でもびっくりするくらい、感情が抑えられなかった。
生まれてからつい最近まで、私はいたって普通の貴族令嬢だったと思う。
ただ家や世間のしきたりに頷いて、不満は漏らさず、最大限期待に応えられるよう努力する。
前世の記憶を取り戻しても、基本的な価値観は変わらなかった。
でも、前世の私の視点で客観的に私自身を見つめたとき、現状がずいぶん窮屈に思えて。
自分がたどるかもしれない「物語」の結末は、令嬢としては悲惨でも、人としての自由がある。
そんなふうに思えて、物語をなぞる行動をした。
その結果ときたら、予想は打ち砕かれ、牢に入れられ何者かに呪いをかけられ……散々なありさま。
助け舟を出してくれた人は、この通りの人でなし。
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