最終兵器

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少女は無垢だった。
人間に限らずどの生物も生まれもってくるものは何も無い。情緒すら無い。
真っ白な心に周囲は色を与えていく。
ときに赤い情熱を。
ときに青い悲しみを。
ときに黄色の喜びを。
そうやって子供というものは色付けられていく。幾重にも塗り重ねられたサンプルもとい人間は赤と青を混ぜれば紫に、緑と黄色を混ぜたら黄緑になり、最終的に黒になっていく。
それが大人になるということかもしれない。

少女は違った。
いつまでたっても白のままだった。
決して世界から隔離されて育った訳では無い。
むしろ母から大きな愛を一身に受けていた。
与え過ぎられたのかもしれない。

母は娘を愛していた。
娘が「友達と遊びに行く」と初めて言った日、娘を止めた。どこかへ行ってしまう、死んでしまうと思っていた。
娘が「ワンピースが欲しい」と言った日、母は数十着ものワンピースをかき集め、全てを娘に与えた。
自分の全てを溺れる程の愛に捧げていた。

娘は母の愛に響くことは無かった。
母の異常さを恐れ、拒絶さえした。
中学校を卒業し、逃げるように家を出た。
血縁者は母以外にいないため、独りで、貧しくも、決して豊かな生活と言えずとも、楽しい日々を過ごした。
やがてアルバイト先での常連と恋に落ち、結婚。子供も生まれた。
しかし彼女の心は白かった。

20年が経ち、我が子が巣立つ中、地方、正確には故郷の大病院から電話がかかって来た。
「お母様が亡くなりました」
最期まで、娘の名前を言い続けていたそうだ。

その日、初めて少女ーー今や一介の母は泣いた。
数十年間無かった、いや隠されていた思いがとめどなく溢れ出て、濁流のように押し出され、えずき、号哭し、掻き毟った。
母は少女に戻っていた。
赤色の愛を持った。

母の愛は間違っていたのだろうか?
少女の「アイ」は素直に受け止めるべきものなのだろうか?
例え間違いだとしても、悪だとしても、ーー



ーーそれでも、2人の愛は本物だった



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