バー木蓮 比呂乃ママと一杯いかが?

くうちゃん

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第10話 特別妄想編 ひろ乃の日本昔ばなし

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第10話 特別妄想編 ひろ乃の日本昔ばなし
 
弁天様から大黒様に向かう道中に団子坂はある。毎日、諸藩からの旅人や江戸城内の商人が行き来している。
秋の気配が漂う夕暮れ時、鮮やかな茜空の下、団子坂の手前で、お茶屋ののぼりがススキの穂と共に揺れている。
前掛け姿の尋乃(ひろの)が今日の商いの仕舞支度をしながら、「今日もいろんな人が来てくださって、有難いことでございます。」と心の中で、弁天様とご先祖様に報告していた。
 
すると、茶屋の表に気配がして、振り向くと、縁台の辺りでこちらの様子をうかがう影が見えた。
お客様かどうか、お顔が、夕日に翳ってわからない。
そちらから声がして、
「一杯お茶を頂戴したいのですが、よろしゅうございましょうか?」
妙に持って回ったご丁寧な注文だが、尋乃は、わざと軽快に、
「はーい。かいしこまりまして。」と応じ、お茶を差し出した。
そうして客人を見ると、人間のなりをした狐殿であった。
どこをどう歩いてきたものか、手足が泥で大層汚れていた。
「あら、大変!」
狐殿であったことより、その手足のあまりの様子を見て驚いた。
気の毒に思った尋乃は、急いで桶に湯を張り、狐殿に勧めた。
 
「いいんですよ、お前様。」
「お互い様じゃないですか。」
「ええ、ええ。そのままお使いくださいませな。」
「お熱うございませんで?」
「それはそれは。ようございました。」
「ええ。そこの手ぬぐいをお使いくださいませ。」
「まあ。大和からわざわざ。」
狐殿は国のお役目で、大和の方から、わざわざいらしたものらしい。
 
尋乃は先日、歌舞伎で見た「義経千本桜」を思い出し、この子は親御さんをなくした子ではないかしらと妙な想像を働かせてしまった。
幼い頃から、尋乃は良きにつけ悪しきにつけ、想像力がたくましい。さらに、情にもろく泣き上戸である。まあそれはそれとして。
 
しかし、遠く大和の地から来たと言う狐殿に
「それは、お疲れのことでございましょう。」
「ゆっくりなさってくださいませ。」
 
言いながら、敬うような、労わるような気持ちで、尋乃は店にあるお団子を差し出した。
狐殿は遠慮なく、むしゃむしゃと召し上がり、ゆっくり残りの茶をすすった。
そうして、しばらく秋の風に肌をさらして、随分疲れが取れたのか、狐殿は、立ち上がり、尋乃に向かって頭を垂れて出て行った。
 
「お気をつけて。行ってらっしゃいませ。」
尋乃は送りだして、ここでは、よくこういう不思議があるもんだと微笑んだ。
菓子皿と湯飲み茶わんを片付けようと、ふと縁台を見ると、お代が入った袋が置いてある。尋乃は有難く頂戴し、中身も見ずに、今日のお代と一緒に巾着に入れて、家に戻った。
 
尋乃は家に戻って、白湯を飲み人心地着いた。それから、今日一日の最後の仕事をしようと、巾着を開くと、狐殿から頂いたお代だけが飛び出し、はらはらと葉っぱに変わっていった。
そして最後に、何やら葉っぱに包まれた四角い固まりが現れた。尋乃が開いてみると、なんと、鯵と酢飯を包んである。
何やら、良い匂いがするので、尋乃は冒険心がくすぐられ、頂くことにした。
「ふーっ!美味しい‼」
ふっくらとした魚の身が香ばしく、ご飯は不思議な触感でサクサクいただけ、あっという間になくなった。
 
実はその前日も、紀州のカラス殿がいらして、足元が泥に汚れた為、同じように、桶にお湯を入れて綺麗に落として頂くついでに、翼を休めて頂いた。
その折、頂いたお代は、美味しいおすしと暖竹の葉っぱに変わって、これも美味しく頂いたら、あっという間になくなったということがあったのだ。
床に入り、尋乃は、ああ美味しかったな、いやはや不思議なことが続くもんだと思い返しながら、眠りに落ちていった。
 
その夜、尋乃の夢枕に、信楽の狸さんが立った。
「尋乃や、鮒と一緒にお配りなさい。」とおっしゃった。
 
不思議な夢を見たと、目覚めた尋野は、どういう意味かしらと夢のおさらいをした。そして、夢の意図が判った。
「ああ、お先祖様の故郷近江の鮒ずしと、あの美味しいお寿司たちと一緒に、機会を見つけて、茶屋で出すように教えて下さったのだわ。」
 
翌朝、茶屋に、常連の丹波の狐殿と摂津のネズミ殿がやってきて話し込んでいらしたので、尋乃は、これまでのいきさつを聞いていただいた。
ご両人は、肯きながら、大層流ちょうに、
「ああそれは、大和の柿の葉寿司で、
ああ、それは紀州のなれずしのことでございましょう。
近江の鮒ずしとともに、こちらの丹羽や摂津のお酒と合わせて、お客人にふるまわれたら、皆様にお喜び頂けますでしょう。」
と言い、お酒を置いて行かれた。
 
「有難うございます。」と尋乃はご両人を見送った。
 
「しかし、鮒寿司は手前で調達するとしても、ほかの品々を揃える手立てがあるのだろうか?」と尋乃は思案しようとした。しかし、難しいことが考えきれない性質なのか、
「まあいいかー。」と洗い仕事に戻っていった。
そしてまた、その日の夕刻を迎えた。
 
「しかし、世の中は、面白い。
いろんなことが起きるなあ!」
 
尋乃は団子坂から茜色の雲を見上げながら、大きく深呼吸した。
「ふーっ!」と息を吐いたときである。
店先でザッザッと土を履くような音が響き、怖くなって、尋乃はサッと振り返る。
店先の道に、大きくて逞しい四本足の後ろ姿を捉えた。
そちらが引いてきたものだろう。大きな大きな荷車の荷台には、大量の魚と柿の葉が積んであるのが見て取れた。
荷車を引く隆々とした筋肉と、みっしり生えた艶々した毛が、夕陽に照らされ、極彩色に輝いている。
その後ろ姿が振り向いた。大きく濡れた瞳が茜色に輝いた。
 
「えっ?
鹿?殿?
ヒ、ヒエー!!」
 
さすがの尋乃も腰を抜かし、一言。
 
「桶ねえです。」
 
昔、昔の お・は・な・し♡
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