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第1.5話 モッコウバラの螺旋階段 その1

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黄色い小さな花をつけたモッコウバラの蔓がねじれながら、上へ上へと伸びている。春の心躍る景色は、その先のハナミズキの花々に続いていた。

眺める比呂乃は、豆の木に登るジャックの気分だ。麻のワンピース姿で黄色い螺旋階段を登り、ハナミズキの雲の上に座る自分を想像してみた。

「ハナミズキの雲の上には、きっと人食いオーガなんていない。
なぜって?あんなに日が差したまぶしい場所にそんなものが棲めるはずがないもの。
私がやって来たことを、おしゃべりハープに告げ口されることもなければ、金の卵を持ち帰ることもないだろう。そう、それでいい。
朝を迎えて気持ち良く話し出す鳥たちにあいさつをし、氣が済むまでバラやジャスミンの香りを胸いっぱいに吸い込んだら、「あー気持ちよかった!」って、ハナミズキの座布団から立ち上がるんだ。
パンパンとスカートのお尻をはたき、麦わらを被り直して、すたこら黄色い螺旋階段を駆け降りてくればいい。」

こちらに引っ越してから、比呂乃の毎朝のルーティンは市杵島神社へのお参りとなった。道すがらの花々との出会いとちょっとした妄想も比呂乃の楽しみの一つである。

市杵島神社に着いてお参りを済ませた比呂乃は、これも日課であるエネルギーワークを始めた。弁天池の近くの木に手を触れ、深呼吸をする。

すると、
「おはよっ!」と突然、声をかけられた。
比呂乃はぎょっとした。
顔の高さ位のところ、ちょうど樹木の幹が分かれたその間から、ガゼルが顔を出したのだ。
「あわわっ‼」
「あわわっ‼だって。かわいい!」
「あなた…。」
「おはよっ!」
「もう、びっくりさせないでよ。」
「おはよって言ってるのよ。」
「あー、おはよう。」
「あらやだ。私に向かってそんな挨拶なわけ?他の子たちなら、泣いて喜ぶ異次元とのコンタクトなのよ。」
「あっそう。よそはよそ、うちはうち。」
「ふふふ。さすがは比呂乃。ね~え。」
「な~に?」
「ね、懐かしいわね。
こうやって神社であなたと話すなんて。何十年ぶりかしら?」
「そうなの?」
「ええそうよ。」

その2につづく
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