スペ先輩と帰りたい

寿々喜節句

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第三話 スペ先輩と通話したい

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「そういえば、バイトはどうするか決めたのか?」
 今日は珍しく先輩から話を切り出してきた。
 話題提供っていうわけではなくて、質問だけれど。
「昨日、店長に日数を減らしてもらえるようにお願いしました」
「なるほど。完全に辞めるのではなくて、バイトの時間とやりたいことをする時間のちょうどいいバランスを模索することにしたんだな。建設的でいいと思う」
「あ、ありがとうございます」
 なんかちょっと思っていなかった切り口の褒め方をされたので返答に困った。
 こういうところがスぺって言われるゆえんだと思う。うん、スぺ的だ。
 まあかといって褒められるとも思っていなかったから、少しだけうれしい。
 実は、この間先輩が私との下校を優先したいと言ったことも影響して、バイトの日数を減らしたというもう一つの理由もある。
 でもそんなことは口が裂けても言えない。
「気にかけてくれていたんですね」
「まあな。僕も少しばかり意見を言ったから、どんな選択をしたのかは気になっていたし、責任も感じていた」
「いやいや、そんな重く受け止めなくて大丈夫ですよ」
 砂川先輩は考えすぎる癖がある。これじゃあ気軽に相談しにくくなってしまう。
「そうか? まあ何かあったらまた相談してくれれば、少しくらいは役に立つかもしれない」
 先輩はそういうと、中指で眼鏡をくいっと上げた。
「あ、ありがとうございます。なんだかちょっと先輩らしくないですね」
 好きにしたらいいと言うことが多いし、他人にあまり興味がなさそうなので、そんな風に言ってくれるなんて思っていなかった。
「そうだな。たしかに今までの僕だったらあまり言わないセリフだろう。おそらく、この間小花さんの相談に乗ったことが気持ちよかったのだろう」
 自分を分析するように先輩は言う。
「先輩は普段誰かの相談に乗ったりすることはないのですか?」
「ないな。相談されないし、相談しない」
「うーん、たしかに、先輩が人と関わっているところはあまり想像できないです」
 砂川先輩が誰かと話しているところは見たことがない。
 学年が違うので、しょっちゅう顔を見ているわけではないけれど、遭遇するときはいつも一人でいるときだ。
「先生と勉強のことで話したりするぞ?」
「それは私の言っている、人との関わりの範疇には入りません」
「つまり小花さんは、先生を人だとは思っていない、ということなのか?」
「違います。人だと思った上で言っています」
「意味が分からないな」
 腕を組み首をかしげる砂川先輩。
「そういう目的のはっきりしたやり取りじゃなくて、何気ない会話とか無駄話のことですよ」
「それだったら今しているじゃないか」
「え?」
「ちょうど今それを小花さんとしている。だから僕は小花さんの言うところの人との関わりを持っている」
「い、いや、そうじゃなくて、私以外にいないですよね? ってことが言いたいんです」
「ああ、それならいない。必要なのか?」
「必要か必要じゃないかって話ではないのですが、そういう関わりを持っていると、相談に乗ったり、相談に乗ってもらったりしやすくなるんですよ」
「なるほどな。でも僕には小花さんがいるし、一人いればいいだろう」
「え?」
「小花さんと出会う前は、たしかに小花さんの言うような人との関わりを持っていなかった。だけど、小花さんと関わってみて、それも悪くないなって思うようになったのも事実だ。ただ、そればかりでもよくないと思う。やはり一人の時間も大切だしな」
 考え方がだいぶスぺっている。
「まあそういう時間も大切ですけど」
「だろう? だから僕は小花さんだけでいい。小花さんだけがいればそれでいい」
「な、なんですか急に!」
 つらつらとスぺったことを言っていると思ったら、恥ずかしげもなく変なことを言い出す先輩。
 表情一つ変えることなく、まるで他人事のようにどうしてそんなことを言えるのだろうか。
「この間、小花さんに素直になれって言われたのを思い出してね。気持ちを文章化してみたんだ」
「ま、まあたしかにそう言いましたけど……。そんなことはしょっちゅうやらなくていいんです!」
「そうなのか?」
「そうです! じゃあわかりました。私が素直になってくださいって言わない限り、素直にならないでください」
「なんだか支配されているようだが……。ただ今僕は小花さんを困らせてしまっているようだからな。まあ仕方がない。そうしよう」
「ほんとお願いしますね」
 そんな話をしながら小平駅の近くまで来たとき、モスバーガーからみーちゃんがふらっと出てきた。
 そして私に気が付くと、ぱっと表情が明るくなって話しかけてきた。
「あれ? 小花じゃん! スぺと一緒にいんの?」
 どうしてみーちゃんがここにいる? 今日はバイトがあるとか言って早く帰ったはずなのに。
「え? あ、あれ? あれれ?」
 動揺、混乱、パニックで言葉が出ない。
 みーちゃんは「なんかウケる」と言って笑っている。
「小花さんの知り合いかな?」
 先輩はいつもと変わらない。
「なになに? 小花さん、って呼ばれてんの?」
 砂川先輩の発言に早速食いつくみーちゃん。
「そ、そうそう。相手をしているうちにね……」
 苦し紛れの嘘の言い訳。声が震えていたかもしれない。
「へーじゃあ私も相手しよっかなー」
「いや、大丈夫だ」
 先輩がくいっと眼鏡を上げて、みーちゃんに断りを入れた。
「そんなことより小花、私今日のバイトなくなったんだー」
「え、そうだったの?」
 それでみーちゃんはここにいたのか。
「そうそう。だからこれからカラオケ行かない?」
 どうしようか考えながら、先輩を見る。
「行ってきな。僕のことは別に気にする必要はない。いつも通り一人で帰るだけだ」
「よっしゃー。じゃあ決定。行こう行こう」
 そう言うとみーちゃんは早速歩き出す。
「す、すいません」
「だから気にしなくていい」
「後で連絡します」
「連絡? わかった。待ってる。ほら、みーちゃんって言ったか? ずいぶん先に行ってるぞ?」
「は、はい。じゃあまた後で連絡しますので」
 そう言って私は先に行くみーちゃんのところへ走った。


  □◇■◆


 あの後のみーちゃんとのカラオケは気持ちが入らず、上手く歌えなかった。まあ気持ちが入ったとしても上手くはないんだけれど。
 ずっと心ここにあらずという状況だった。フリータイムで十八時まで、気が気じゃない状態で歌い続けるのもつらかった。
 家に着いた時にはもうほんとへとへとで、ベッドにダイブしてそのまま眠ってしまいたかったけれど、お化粧も落とさないといけないし、それよりも砂川先輩に連絡をしなくてはいけない。
 気持ちをリセットしてスマホを鞄から取り出すと、ラインのアプリケーションを開いて先輩のアイコンを探す。
「そういえば、先輩との通話って初めてだ……」
 そう思ったら緊張してきてしまった。少しためらいが出てくる。
 先輩は柄にもなく、可愛いワンちゃんの写真をアイコンにしていた。
 たぶん柴犬だと思われる。飼っているのだろうか。
 かわいいワンちゃんに癒されたと同時に勇気も出てきた。
 電話をかけたとしても、例えばお風呂に入っていたとかで、出ない可能性だってある。そうしたら折り返してきてくれるはず。
 そう思ったら楽になった。
 通話ボタンを押す。
「もしもし」
「いや、早いわっ!」
 ワンコールもしていない。コンマ何秒の世界だ。着信早受け世界ランキングで上位に入賞するくらい早い。そんなランキング知らないけど。
「早いって……。別れ際に待っているって伝えただろう? だから十六時くらいからスタンバイしていた」
「え!? 今十九時ですよ!? どんだけ待ってるんですか!?」
「三時間だろ。こんな簡単な計算もできないのか?」
「計算できるから言っているんです!」
 これはスぺ。完全にスぺってる。
 スマホごしの先輩との会話は表情が見えない分、言葉のトゲというか鋭さというか、雰囲気が冷たく感じる。
「まあいいや。それで用はなんだ?」
「え、ああ、いや、あのですね……」
 こういうのって先に世間話というか、助走をつけてから本題に入りたい。
 でも砂川先輩にそういうことを求めてはいけないのかもしれない。
 たぶん無駄話はせずに要点だけのやり取りが先輩の電話連絡なのだろう。
 だけどなかなか言い出しにくい。
「ああ、ちょっと待ってくれ。紙とペンを用意する」
 がさがさと音がして「用意が悪くて申し訳ない、それじゃあどうぞ」と言ってきた。
 すごい嫌だぁ。やめろよぉ。
「え、あ、はい。えーっと、そうですね。用ってことでもないんですけど……。一緒に帰っていたのにカラオケに行ってすいません」
「なんだ、そんなことか。気にするな」
「ええ、でもなんか悪いことしたなって……」
「まあそんなことより、小花さんが僕の相手をしていると言っていたけれど、どういうことかな?」
 みーちゃんについたとっさの嘘の事を言っているのだろう。
「あ、あれですか……。」
「僕の認識では、僕が小花さんの相手をしている、なんだけれど」
 たしかに、最初は私から話しかけたし、私が相談に乗ってもらっている。
「えーっとですね。それはですね。あのですね。ほら、あの時、みーちゃんが先輩と一緒にいるって私をからかってきたじゃないですか」
「いや、僕の記憶では、みーちゃんはからかってきていない。からかってきそう、という状況だった」
 どっちでもいいだろう、という言葉をぐっと飲みこんだ。
「そうでしたね。はい。そうでした。だから、とっさに私が先輩の相手をしていると言ってはぐらかそうとしたんですよ」
 みーちゃんには先輩は私のおもちゃだと言っている。だからそういう体にしなければいけなかった。
 でもそんなことは先輩には言えない。
「ちょっとよくわからないな。そう言うことで、みーちゃんのからかいを食い止められるのか?」
 砂川先輩にしてみたら「そうだったのか」と納得できることじゃあないだろう。
 どう言い逃れしていこうか。相手はスぺだ。スペシャルだ。
「そ、そうですよ? 食い止められたんですよ? 気が付きませんでした?」
 とりあえず、とぼけてみる。
「全然気が付かなかった」
「みーちゃんの性格から言って、私が相手をしているって言えば、みーちゃんも先輩の相手をしようとするんですよ」
「実際にそういう発言はあった」
「でもみーちゃんのことだからすぐに飽きたと思います」
「たしかに僕が断ったらそれきりで、すぐに別の話題、バイトがなくなったという話になった」
「でしょ? そうなんですよ。結局すぐに飽きちゃうんで、ああやってテキトーに言っておけばいいですよ」
「友達に対して、結構いい加減な態度を取ってるんだな」
「いやいや、普段からじゃないですよ。ああいうちょっと面倒な場面においてはテキトーにはぐらかすんです」
 変な印象を持たれてしまっただろうか。
「まあ僕は女子グループの行動原理を知らない。だから小花さんが言うならそうなのだろう」
 いけたぁ! よくわからない言い分だったけれど、言い逃れられたぁ!
「わかってもらえて嬉しいです」
 スぺと呼ばれる砂川先輩に言い逃れができた嬉しさもある。
「だけど素直にバイトのことで相談をしていると言ってもよかったんじゃないか?」
 たしかに。言い逃れはできたけれど、こっちのパターンの否定はできていない。
 何て言えばいいだろう。
「そ、そのパターンもあったんですけれど、それだとみーちゃんも相談したくなるかもしれないし、砂川先輩にいろいろ相談する人が増えちゃうかもしれないなって思って……負担になったら悪いし」
 よくもまあこんな嘘が出てくるなと、自分に感心する。
「なるほど。あんな短時間に気を遣ってくれていたのか。それはありがとう」
「え、ええ。どうも……」
 何とかこれも案外すんなり言いくるめられたけれど、罪悪感がすごい。
「でも小花さんの相談に一度乗ってから、そういうのも悪くないと思っていた。だからみーちゃんに何か困りごとがあるなら、僕でよければ相談に乗るけれど」
 なんだかよくわからないけれど、それは嫌だと思った。
「そ、そうですか? じゃあまあ、伝えておきますけど……でも、ほら、まだ私もいろいろ相談したいですし、ちょっと待ってもらいたいです」
「そうだな。考えてみたら、僕は器用じゃないし、何人もいっぺんに相談に乗るっていうのは難しいかもしれない」
「う、うん、そうですよね。やっぱり伝えるのはやめておきましょう」
 先輩も「わかった」と言ったので、とりあえずみーちゃんの問題は無事に解決したようだ。
 電話の向こう側の砂川先輩にばれないように、ふうとため息をついて胸をなでおろす。
「僕は小花さんだけにしておこう」
「え?」
 先輩がぼそっと気になる発言をした。
「あ、いや、これは気持ちを素直に表現したのではない。相談に乗るのは小花さんだけ、という意味だ。言葉が足りなくて紛らわしかったな」
「そ、そうだったんですね。ちょっとびっくりするじゃないですか」
 素直に表現してくださいって言えばよかったと、ほんの少しだけ思った。
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