スペ先輩と帰りたい

寿々喜節句

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第十五話 二人を野生に返したい

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 ウル派との対決が終わり、私の緊張もほぐれて気持ちが楽になった。
 バイトも再開して、勉強に追われることもなく、日常が戻ってきた。
 一学期の期末テストの後の学校は、夏休みまでのカウントダウンみたいなものだ。
 いつものように登校し、スクールバッグから教科書や筆記用具を机に入れ替えていると、遅れて登校してきた新が私の前に来た。
「おっはよー、珍獣使いの小花ちゃん」
「おはよう。って何? 珍獣使い?」
 よくわからないことを言い出す新に聞き返す。
「うん。昨日部活で小花ちゃんの話が出てきたんだよ」
「なんでテニス部で私の話なんかしてんの?」
 どういうことだろうか。私がテニス部で話題になることなんて一つもしていない。
「スぺ先輩とウル先輩を飼いならす、珍獣使いの一年生の女の子がいるって話題になってるよ?」
「え?」
「しかもテニス部に限った話じゃないよ。他の部活ってか、特に二年生の間で話題だよ」
 新がそう言ったところで、ちょうどチャイムが鳴った。
 聞きたいことがたくさんあるのに、新は「ははは」と笑って自分の席に戻っていった。
「え? え? ちょっと!」
 私も席を離れるわけにもいかず、気が気じゃないまま一日が始まった。


  □◇■◆


 たしかに最近はほぼ毎日、スぺ先輩こと砂川先輩と一緒に帰っている。でもテスト期間中は勉強しているところを悟られないため、いくつか先の駅で待ち合わせをしたりしていたから、目撃されることも少なくなっていたはず。ただ、その前は学校から一緒に帰っていたので、テニス部なんかには見られていたのは知っている。まあ別に見られてもいいだろうと思っていたし、今も思っている。
 ウル先輩ことケレン先輩とは、テスト対決の後、私を生徒会に入れるべくしつこく付きまとってきている。そういった意味で一緒にいるところは見られているかもしれない。もしかしたら、二年生の教室や生徒会で私のことを話しているのかもしれない。そうだとしたら困ったものだ。
 ホームルームが終わってからすぐに新に事情を聞いた。
 新の話によると、砂川先輩とケレン先輩は二年生の、というより小平総合高校的に少し変わった癖のあるタイプらしく、その二人となんだかんだやっている私が物珍しいということらしい。
 懸念していることは、私自身が二人と同じ、癖のあるタイプと思われてしまうんじゃないかということ。
 砂川先輩とケレン先輩は、変わっている。それはもう代えがたい事実。しかし私はいたってまとも。というより、小平総合高校において、没個性のモブキャラと言える。それに私としては注目されることは好きじゃない。だから、どんな形であれ、スポットを当てるのはほんとにやめてほしい。
 そんなことばかり考えていたので、授業には集中できなかった。
 お昼を食べて気を取り直そう。もう私の大好きな昼食の時間だ。私の中学校までの得意教科は給食だったのだ。
 新とみーちゃんといつもの教室の隅で集まる。
 みーちゃんにも新は私の「珍獣使い」という私の二つ名を話した。
 意外なことにみーちゃんは知っていた。
 ラインをしている二年生の先輩から聞いたらしい。特に性別は聞かなかったけれど、おそらく男だろう。さすがとしか言いようがない。
「でも珍獣使いって言っても、なんかいい意味っぽいよ」
 みーちゃんがごはんにふりかけをかけながら言った。
「いや、珍獣使いにいい意味ってあるの?」
「なんかわかんないけど、小花、なんか人気があるよ」
「あーそうそう。バカにしてるっていうより、あのかわいい子は誰だ? 的な感じ」
「え? ちょっとなにそれ……」
 うれしいような、悲しいような。うん、悲しいかな。こんな変な目立ち方はしたくなかった。
 突然教室のドアが開く。
「小花さん、そろそろ生徒会に入りましょう」
 モデルウォークでケレン先輩がやってくる。珍獣の一人だ。
 毎日懲りずによく続けているものだと感心してくる。
「入りません」
「いいえ、あなたは生徒会に入るべき人材よ」
「身に余るお言葉です」
 私も慣れたもので、適当に先輩をあしらえるようになってきた。
 そんなやり取りをしていると、教室のどこかから「うわぁ。さすが珍獣使い」という男子の声が聞こえた。
「なんかすみません」
 私はケレン先輩に謝る。
「なんで小花さんが謝るのかしら? どちらかというと謝るのは私じゃないかしら」
「そうですけど、そのせいで、ケレン先輩が珍獣扱いされていますから」
「まあ、確かにそうね。でも気にしていないわ」
「それならいいんですけれど」
 ケレン先輩が気にしていないというなら、私が気にすることではない。
 でも私自身の事は少し気になる。
「小花さんもそんなくだらないこと、聞き流せばいいのよ」
「はい。でもちょっと嫌ですよね」
「それもそうよね。だったらそういうのをなくすためにも、学校をよくするためにも、生徒会に入りましょう」
 そうきたか。どんなことにも動じない、ブレないところは見習いたいものだ。
「別の方法を探します。先輩もそろそろお昼ご飯を食べたほうがいいですよ」
「そうね。そうするわ。じゃあまた」
 先輩はくるりと華麗にターンをするとモデルウォークで教室を出ていった。
「なんか毎日すごいね」
 みーちゃんがからあげをつまんで言った。
「私も朝、小花ちゃんに珍獣使いとか言ってごめんね」
「ううん。気にしないで。むしろ教えてくれてありがとう」
 私もケレン先輩のように気にしないようにした。


  □◇■◆


 とはいうものの、一日中もやもやしていた。
 授業が終わると、新はテニス部に、みーちゃんは期末テストが悪かったので補習のために、そそくさと二人は教室を出て行った。
 私はいつものようにのんびりと、でもやっぱりパッとしない気持ちで帰宅する。
 ローファーに履き替えたとき声をかけられた。
「小花さん、下校か?」
 珍獣の一人、砂川先輩だった。
「あ、砂川先輩も帰りですか?」
「そうだ。一緒に帰るか?」
「え、ああ、そうですね……」
「ん? なんだ、あれか? 珍獣使いって言う陰口を気にしているのか?」
「先輩も知っているんですね」
「ああ」
 私たちが話をしている隣を、下校する他の生徒たちが通り過ぎていく。
 その時なんとなく見られているような気がしてくる。実際に「珍獣とその使いだ」とかいう声も聞こえた。
「ふんっ。そんなもの気にすることはない」
 先輩はそう言うと歩き出した。
 ここで立ち尽くしているわけにもいかないので、私も先輩の後に続く。
「ちょっと先輩。待ってください」
「別に無理してついてくる必要はない。小花さんが気にしているなら、僕が一人で帰れば済む話だ」
「い、いえ、気にしていないこともないですが……」
 言葉に詰まる。
「なんだ? 何か言いたげだな」
「え、ええ、そうですね。あの、今日時間あります?」
「僕はいつも通り家に帰って勉強するだけだ。あ、いや、今日はくりくりまるの散歩があるんだった」
「じゃあ一緒に散歩いいですか?」
「また変なうわさが立つかもしれないぞ?」
「うーん。でもちょっと聞いてほしいことがあって」
「そうなのか。わかった。じゃあくりくりまるを散歩しながら小花さんを家に送ろう」
「はい」
 先輩が眼鏡を壊してしまって、お家に送ったとき、くりくりまるの散歩のついでと言って送ってもらった。それが最初だった。
 期末テストの勉強を砂川先輩の家でしたときの帰りもそんな感じだった。
 その時はいろいろな話をしながら歩いていた。先輩のよくわからない妙に説得力のある持論なんかを聞きながら。
 でも今日は終始無言。
 先輩も気にしていないと言いながら、気にしているのかもしれない。それか、私が気にしているから、気にするような行動を控えようとしているのか。
 小平駅の改札を抜けて、所沢行きの電車に乗る。所沢駅で池袋行きの各駅停車に乗り換える。いつもなら降りる秋津駅を通り越し、砂川先輩の利用している清瀬駅で下車。
 清瀬駅のロータリーで先輩が「自転車を取ってくる」と言い、私が「はい」と答えただけで、他に言葉は交わしていない。
 二人に言葉はいらないとかそういう話ではない。ただただ気まずいだけだ。
 歩いて二十分。砂川先輩の家に着く。心身ともに疲れた。
 一度先輩が家に鞄を置きに入った。
 私が小屋で眠るくりくりまるを撫でると、目を覚ましたようだ。
 くりくりまるはのっそりと小屋から出てくると、私を見たままあくびを一つする。ぶるぶると毛並みを揃えて、その後伸びをする。
 準備が完了したくりくりまるは私に飛びつく。さっきまでのっそりしていたのが嘘みたいだ。
 少し疲れが癒された。そして、なんだか元気も出てきた。
「よし、くりくりまる。散歩の時間だ」
 砂川先輩も玄関から出てきた。
「先輩。話聞いてください」
「そのつもりだったけれど」
「あ、まあそうですよね。なんていうか、私の話す準備が整いました」
「そうかそれはよかった」
「でもあんまりまとまっていないので、寄り道しながら帰りましょう」
「わかった」
 先輩はくりくりまるにリードをつけると「持つか?」と私に言ってくれた。
 私は「はい」と答えて、歩き出した。


  □◇■◆


「なるほど。中学生の頃そんなことがあったのか」
 先輩は隣を通る西武池袋線の電車が通り過ぎるのを待ってからそう言った。
 私たちは以前スぺメソッドの神髄を聞いたあの公園に来ていた。
「そうなんです。バイト先を家から遠くしているもそういう理由です」
 公園に着くなりベンチに二人で腰を掛けて、私は中学校での出来事を先輩に話した。
 簡単に言えば、今回みたいなことがあったのだ。
 そんなに深刻なものではなかったけれど、私としてはそれなりに辛かった。
 私はアニメが大好きで、自分でイラストを描いていたり、ストーリーを考えたりしていたんだけれど、それをオタクだオタクだと男子にからかわれていた。
 実際オタクだし気も小さいので言い返せなかった。一緒にアニメの話をしていた女の子の友だちも発覚するのを恐れて離れていった。
 救いだったのは、からかわれるようになったのが中学三年生の二学期の後半だったこと。
 そのおかげで少し耐えればよかったし、受験する高校をからかってくるやつらのいない高校に変更できた。
 新しい学校で心機一転、今までとは違うスクールライフを送ろうと考えていた。新とみーちゃんと出会って楽しくやっていた。
 でも今回の陰口で、中学校でのその出来事を思い出してしまった。
「そうだったんだな。話してくれてありがとう」
「いえ。こちらこそ聞いてくれてありがとうございます」
 私が話している最中、先輩は相づちを打つだけで黙って聞いてくれた。
 それだけで少し楽なった気がした。
「そんな理由があって悩んでいるなんて思わなかった」
「そうですよね。言っていませんでしたし、それに普段から明るくいようと努めていましたし」
 ばれないように私としても頑張っていたから先輩にも伝わっていなかったようだ。
「うん。それもそうだけれど……」
 先輩は歯切れの悪い感じで言う。
 なにか言いたげだ。
「他に何かあります?」
「ああ。なんて言うか、ほら、小花さんも、僕にスぺって陰口を言っていただろう?」
「え?」
「僕は悩みはしなかったからいいけれど。言うときは言うし、言われるときは言われるってことだな」
「そ、そうですね……」
 痛いところを突かれた。
 たしかに私も陰口を先輩に言っていた。
「別に責めてるつもりはない。もちろん陰口やいじめを正当化するつもりもない。それで人生を狂わされた人もいるだろう」
「はい。そういう人もいますよね」
「でも考えてほしい。陰口は陰で言うから陰口なんだ」
「そうですね。その言葉の通りですね」
 何を考えればいいのだろうか。
「それなら光を当てたらいい」
 砂川先輩は私の選んだ眼鏡をくいっと上げた。
「どうやってですか?」
「僕はスぺと呼ばれているのを知ってから、自ら名乗るようにした」
「そうでしたね」
 私のバイト先の店長にも、スぺって呼ばれていると自己紹介していたし、ケレン先輩にも僕はスペシャルだと自慢していた。
「そうするともうその瞬間には陰口じゃなくなる」
 たしかにケレン先輩に至っては、スぺと呼ばれていることを羨ましがって自らをウルと名乗るようになった。
 もしかしたらあれは、陰口に光が当たりきって、陰口じゃなくなった瞬間かもしれない。
「じゃあ私は自らを珍獣使いと名乗ればいいのですか?」
「ああ。そうだ。まあこれでうまくいくものと行かないものもあるけどな。珍獣使いだったらうまくいくだろう」
「えーちょっとやだな」
「いいじゃないか。だって日本で普通に生活をしていたら絶対にそんな職業には就けない」
「ふふっ。たしかに」
 そこなの? 良いと思う点そこなの? 先輩は珍獣使いになりたいのだろうか。
「必要だったら僕も協力しよう」
「どうやってですか?」
「状況に合わせてだ。珍獣になりきったっていい」
「まあ、よくわからないですけれど、わかりました」
 先輩は言っちゃ悪いけれど、なりきるとかじゃなくて珍獣だ。あ、いや、これは陰口ではない。事実だ。
「そういうことだ」
「はい。ありがとうございました」
 話しが一段落着いたのだろうか。少し間が空く。
 くりくりまるは散歩の再開を待ちくたびれたのか、地面にぺたりと座り込んでうとうとしている。
 そろそろ出発だろう。
「いや、話は終わっていない」
 私が立ち上がろうとしたとき、先輩が言った。
「え? そうなんですか?」
「ああ。今は珍獣使いという陰口についての解決方法を考えただけだ。小花さんの悩みは中学時代に言われた陰口だろう?」
「え、あ、まあそうですね」
「過去のことだから、どうすることもできないけれど、僕は好きなことに打ち込めるというのは力だと思っている。なにも隠す必要はない。取り繕わない小花さんでいたらいいと思う」
 先輩は相変わらず表情を動かさずに言った。でもいつもより優しい口調に感じた。
「あ、ありがとうございます」
 認めてもらえたようでうれしかったけれど、それは先輩が調子に乗ると嫌なので伝えなかった。なんの調子に乗るのとか自分で言っていてわからないけれど、まあとにかく、なんか伝えたくなかった。
「今度小花さんのおすすめのアニメやマンガを教えてくれないか?」
「は、はい。いいですよ。それじゃあ先輩のおすすめの本を貸してください」
「ああ。わかった」
 これで話が終わったようだ。砂川先輩が立ち上がった。
 次いで私が立ち上がると、私たちに気が付いたくりくりまるも散歩の態勢に入った。
「あ、でも最初はアリスを読んでみたいな」
 公園を出るときに私が言った。
「いいだろう。不思議の国と鏡の国を用意しておこう」
 先輩は楽しそうに答えてくれた。


  □◇■◆


 勢いよくあけられたドアのせいで私たちの楽しい昼食は一度中断された。
 私はドアに背を向けていたけれど、すぐに誰かわかった。
「小花さん、生徒会に入りましょう」
 やはりケレン先輩だった。
 男子が「おー珍獣の登場だ」とか言っている。
「だから入りませんって」
 私は一度お弁当を置いて、先輩に対峙する。
「いいえ、小花さんにふさわしい場所よ」
「そんなことないですよ。ケレン先輩のいる生徒会に私が入ったら、生徒会がサーカスになってしまいますよ」
「サーカス?」
 きょとんとするケレン先輩。
「ええ。砂川先輩も入ったら入場料を取れるかもしれませんね」
「なるほど。そういうことね」
 ケレン先輩がにやりと笑った。
「そういうことです。先輩に鞭なんて振れませんから、早く野生に帰ってください」
「面白いこと言うじゃない……。もしかして砂川君ね? まったく、飼っているのか、飼われているのか」
 両手を広げ、オーバーなリアクションをしている。
「飼われていません! 飼っています!」
 私が砂川先輩に飼われているわけなんてない。
 周りを見ると聞いていた男子も、みーちゃんも新も驚いている。
 思いの外、大きい声で言っていたようだ。
「あ、いや、あの……」
「ふふっ。今日のところはもういいわ。なかなか切れのある返しで楽しかったわ」
 先輩は踵を返した。そしてドアのところで振り返って言った。 
「私が二人を飼ってあげるわ。珍獣使いは私よ」
 そしてウインクをして出ていった。
 男子が「ケレン先輩が珍獣使いなの?」とか混乱しながらも、「金井さんって面白くね?」とか言っている。
 よくわからないけれど、ケレン先輩が珍獣使いの称号を持って行ってくれた。
 でもよく考えたらこの場合、私が珍獣になっちゃうなって思った。
 まあなんにせよ、ケレン先輩も砂川先輩も楽しい人だし、野生に帰すのはもうちょっと先でもいいかなって思えた。
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